蒼穹の欠片−5
「よおし、それじゃあ知っている火遁の印を結んでみな。発動させなくていいから」 「はい」 イルカは眉間に皺を寄せ、必死になってアカデミーで教わった印を思い出す。 指を数回動かしたところで、ストップが入った。 「ほい、失敗」 「うう〜〜…」 「何の火遁をやろうとしたのか知らんが、今のじゃ火遁の法則から外れる。チャクラが無駄になって終わりだ」 イルカはしょぼん、と萎れた。 「火遁は危険な術だ。基本をしっかり押さえておかなきゃ、黒焦げになるのはお前だよ」 「……はい」 アサギは苦笑して、イルカを手招いた。 「おいで」 素直に傍に来たイルカの背後にアサギは回り、イルカに手を組ませてその上から手を重ねた。 イルカの手はまだ発育途中なので、アサギの手の中にすっぽりと収まってしまう。 「さっき、水遁の基本をやったな? あれと同じで、最初に組む印で術の種類が定まる。 お前のチャクラじゃ、きちんとした手順を踏まなきゃ術は発動しない」 「チャクラが多かったら、少しくらい間違えてもいいんですか?」 アサギはクスクス笑った。 「いいって訳じゃないけどさ。効率よくチャクラを使えた方がいいんだから。俺の知っている上忍で、適当な印で強引に自分のやりたい術を発動させる嫌な奴がいるんだよ。…滅多にいないけどね。そういういい加減な忍は。……俺としてはね、お前にはきちっとした印を結んで安定した術を発動する事が出来るようになって欲しいわけ。ほい、最初の印だ」 アサギはイルカの指を持って、何度も火遁の最初の『型』を繰り返した。 「さっきのお前のは、この最後の指の組み方が逆だった。右の刀印でこう……」 「あ、本当だ。…火遁はまだ俺達には無理だからって、アカデミーの先生、一回しか見せてくれなかったから…」 アサギは少し感心した顔になった。 一回見ただけの印を、あそこまで覚えていたこのイルカという少年は、もしかしたら結構忍に向いているのではなかろうか。 アカデミーでの成績があまり良くないのは、頭が悪いとか、才能が無いというより『ツメが甘い』のだろうとアサギは思った。 「んじゃ、もう覚えたな」 「はい!」 「やってみな」 イルカはチャクラを練らず、指の動きだけで『火遁』の印を結んで見せる。 「よし! 上出来!!」 アサギは胸の中に抱き込んだ形になっているイルカをぎゅうっと抱いて誉めてやった。 「お前、覚えた印は綺麗に結ぶね。指の動きが曖昧じゃなくていい」 イルカは嬉しいのと照れ臭いのとで赤くなった。 「あ、ありがとうございます…」 その耳元に、アサギは囁く。 「…そのうち、俺のとっておきのヤツ教えてやるよ。火遁の応用術」 イルカは赤くなったままコクコク頷いた。 「はい! お願いします」 「んじゃ、今日は一通りやるかな。後、土遁と風遁な」 「…はい…」 イルカの返事には心なしか元気がない。 アサギはイルカの背中をどん、と叩いた。 「もーへたばっててどーするよ。あのなあ、『走る事しか能がない』って言われた俺がだなあ、その悔しさをバネにして必死で覚えた数々の術を伝授してやろうって言ってんだ。頑張れよ。…そうだ、ちょっと見せてやろうか」 「は?」 アサギはスタスタとイルカから離れると、十分距離を取った上ですうっと手を上げ、構えた。 チャクラを練り、整える為の印。 イルカは瞬きもせずじっとアサギの指を見つめた。 「いいか? そこから一歩も動くなよ。…動いたら死ぬぞ」 指が、複雑な印を結び始める。 最初は水。 それから、風。 イルカが不思議に思って見ている中、彼の指は更に別種の属性の印を結び切る。 「氷刹焔舞!!」 イルカは眼を瞠った。 蒼い、蒼い空に。 無数の透明な煌めきが舞っている。 氷の様にもガラスの破片の様にも見える、美しい欠片が空の蒼を映し、光を弾き。 イルカが見惚れた次の瞬間、その美しい破片は一斉に凶器と化した。 空中で一瞬動きを止めたそれらは、意志を持って地上にいる者に襲いかかったのである。 イルカは悲鳴もあげられなかった。 凶器はイルカの立っている処を綺麗に避けて、前後左右に無数の孔を穿っていた。 がくがくと、イルカの膝が揺れる。 「ア…アサ…アサギ…さ……」 「……よし、成功。…どうした? 怖かったか?」 イルカはぺたん、とその場に座り込んだ。 「あー、悪い。もうちょっと遠くに外せば良かったなあ。…でもそれじゃあよく見えねえだろうと思ってさあ…ゴメンゴメン」 「今の…」 アサギはひょいと屈んで、イルカの少し蒼褪めた頬を指で擦った。 「氷刹焔舞。…属性の違う術の複合技だよ。…今のは俺にもちょっとしんどい術なんだけどさあ、どうせなら『こういう事も出来るんだ』ってのお前に見せてやりたくて。………覚える張りあいになんない?」 アサギに顔を覗きこまれ、イルカの白くなっていた頬に徐々に赤味が差してきた。 「どうした?」 イルカは大きく息を吸って深呼吸する。 「……すっごく綺麗でした!!」 「あ?」 イルカは黒い瞳を輝かせる。 「怖かったけど、綺麗でした! 俺、死ぬのは怖いけど、死ぬ前にあんなに綺麗なもの見られるならあんな術で殺されるのもいいって思っちゃいました!」 「…おま……」 アサギは呆れたように肩から力を抜く。 イルカは欠片の名残を捜すように空を見上げた。 「…アサギさんの眼の色に似てましたね。…氷の欠片に空の蒼が映って……」 そして、アサギの顔を見て微笑む。 「本当に、綺麗でした」
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