るいとも  2

 

 

「バイト? お前、怪我人が何を言ってるんだ」
そー言われるかなーって思ってたんですけど、ホントに言われちゃいました。はっはっは。
「大丈夫だよ、イルカ。場所はこのマンション内だし。今度ウチの学校の教授になる人の所で、手伝いするだけだから。ほらこれ、名刺」
イルカは教授の名刺を胡散臭そうに見た。
「………本当〜に、本物の教授なのか確認したか?」
名刺なんて、幾らでも勝手に作れるもんね。これだけで信じるほどオレも世間知らずじゃない。それに、教授って年には見えなかったもんな。
「ああ、そりゃあ。…オレだって、インチキ教授じゃないかってちょっと疑ったから、教務の方で確かめたよ。本当だった。なんか、理事長に縁故がある人みたい」
「縁故採用?」
「…って言っても、理事長の方が縁故を利用して頼んだって話。飛び級で、普通なら中坊って年で大学出ちゃってる天才だってさ」
ふーん、とイルカは曖昧に頷いた。
「でも何でお前が?」
「ガッコで掲示板見てたら、声掛けられた。…オレ見て、真面目そうな子って言う人も珍しいよね」
「そう言われたのか?」
「うん」
美人さんだって言われたのは黙っておこう。いらん誤解を招きそうだ。
「………ソレ本気で言ったのなら、人を見る眼はありそうだな。…わかった。でも、無理はするなよ。それから、おかしな真似されたら、ぶん殴っていいからな。俺が許可する」
「おかしな真似?」
は、とイルカは小さくため息をついた。
それからオレのあごをつかまえて、ちゅ、とキス。
おおう、こんな朝っぱらからちゅーしてくれるなんて、珍しー。嬉しー。
「………お前、妙に色気があるから…気をつけろ。………こんな事言いたくはないが、お前のツラや後姿に欲情する野郎は俺だけじゃないって事だ。自覚しとけ」
はう?
ンな事、真面目な顔で言われても。…って言うか、イルカさんったらナニゲに恥ずかしい事つるっと言いませんでした?
オレが絶句してイルカの顔を見てたら、イルカはぐっと詰め寄って念を押した。
「わかったのか? 少しは用心しろって言ってるんだ」
オレはコクコクと頷いた。いや、ここで頷かなかったら、椅子に括りつけられて、足が治るまで外出禁止にされかねない。
「…わ、わかった。…気をつける………」
その時、ピンポン、とチャイムが鳴った。
イルカはスタスタと玄関まで行って、誰何する。
「はい。…どちら様でしょう」
ドアフォンから、のほほんとした若い男の声が聞こえてきた。
『おはようございまーす。今度こちらのマンションに越してきた、ファイアライトと申します〜。ご挨拶かたがた、カカシ君をお迎えに〜』
教授だ。………雇い主がバイトを迎えに来ますか、フツー………
イルカはドアを開けた。
「ども、初めまして!」
にこにこと笑顔を浮かべた教授が立っていた。
初めて会った時の様なスーツじゃなくて、パーカーにジーンズの金髪美形は、やはりどー見ても『教授』って感じじゃない。留学生だと言われた方がしっくりくる。
「どうも………ご丁寧に。初めまして、うみのです」
「キミがうみのイルカ君か。カカシ君のルームメイトだね。よろしくね。…あ、カカシ君、おはよ〜」
オレを見つけてニコニコと手を振る教授に、「おはようございます」と頭を下げる。
「わざわざ来てくださったんですか? すみません、すぐ仕度しますから」
「いや、急がなくてもいいよ。キミ、友達とルームシェアしてるって言っていたでしょう? 出来れば、そのお友達にも挨拶しておきたかったもんだから。………ええと、イルカ君って呼んでもいいかな?」
教授に笑い掛けられて、イルカはぎこちなく頷いた。
イルカってば珍しく、面食らってるんだ。………わかる気がする。
「あ…はい。……あの、よろしければ、どうぞ上がってください。お茶でも如何ですか?」
「ありがとう! じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
教授はちゃっかりと上がりこんで、イルカが勧めるままソファに腰掛けた。
「いいね。友達と暮らしているなんて。…仲、いいんだね」
どこからどう見てもガイジンな教授に気を遣ったのか、イルカはコーヒーを淹れている。
「小学校からの腐れ縁………いや、小学校からの友人なんです。たまたま、大学も一緒になったので」
教授はクスクス笑った。
「大丈夫だよ。…腐れ縁って言葉、知っているから。僕の発音、おかしいかな。やっぱり、日本語に疎く聞こえる?」
イルカは慌てて首を振った。
「いえ、失礼しました。完璧なイントネーションです」
というか、流暢過ぎて日本語しか話せないんじゃねーかと思うくらいだよな。でも、イルカはまだ、教授の見た目で『ガイジン』扱いモードになっちゃうんだろう。
「イルカ君も法学部?」
「いいえ。英文学科です」
じゃあ、英語は話せる?
いきなりの英語での質問に、イルカは慌てずに答えた。
日常会話程度でしたら。あまり高度な会話になるとついていけません
十分じゃない。キミはあれだね、外国人に道訊かれてもきちっと答えられるね。日本人はシャイなのか、慌て者が多いのか、僕が日本語で道を訊いているのに、赤くなってアタフタ逃げちゃうんだよ
オレは思わずぷっと噴き出してしまった。(オレも日常会話くらいなら英語聞き取れるのよ)
それは、『外人に話しかけられた』だけが原因じゃないんじゃないかな。道を訊かれた人は、この人が超のつく美形なんで、あがってしまって、パニクったに違いない。気の毒に。
「あー、カカシ君、そこで笑う?」
「や…すみません。光景が眼に浮かんでしまって」
イルカがコーヒーを運んできた。いい匂いだな。オレももらおう。
「どうぞ」
「ありがとう。いい匂いだね」
と、グウウゥ、と妙な音が。
えっ? とオレとイルカは同時に反応してしまった。あれ、ハラの虫が鳴いた音…だよな。
教授は赤くなって「し、失礼」と小さな声で謝る。
「…もしかして…朝食、まだ…ですか?」
イルカの問いかけに、金髪美形は真っ赤になった。
「………いや、あの………その、まだ荷物を全部解いてなくて………冷蔵庫とかもまだ買ってなくて………その、この辺の事もまだ疎いから………」
教授は恥ずかしそうにもじもじと指先をいじって俯いてしまった。
「………後で、カカシ君に色々と訊こうと思ってたんだ。その、店とか」
要するに、家に食い物が無いんだな。
「簡単なものでよろしければ、召し上がりませんか? 大した物はありませんが」
そう言うと思った。イルカは空腹な人間を放っておけないタチだもんな。
「いや、それじゃ悪いよ」
「教授〜、ご遠慮なさらず。オレも気になっちゃうし、何でも良ければ食べてってくださいよ」
オレが重ねて勧めると、教授は赤くなったまま頷いた。なんか、だいぶ年上なんだろうけど、可愛い人だな。
「あ、ありがと…世話掛けてごめん…………」
イルカは手早く、喫茶店のモーニングのような朝食を用意した。
残り物のオニオンスープにトースト、トマトとレタスのサラダにベーコンエッグ。
「イルカ君って料理上手いんだね〜。美味しそう………」
教授は感激して眼を潤ませている。………もしかしてこの人、ここんとこロクに食ってないんじゃ………
「いや、そんな料理と呼べるようなモノじゃ………」
「いやいや、このベーコンのカリカリ具合といい、卵の焼き方といい、ワザだね! 僕はこんなに上手く目玉焼きが作れた事が無い。キミの腕は尊敬に値する」
教授はマジ顔でイルカの手を握った。
「そ、そんな………」
大袈裟な、とイルカは引き気味だったが、美形教授は真剣だった。
「僕は、僕に苦手なことを上手にやれる人は尊敬するんだ」
ベーコンエッグ一皿で天才(らしい)美形教授の尊敬を勝ち取ってしまったイルカは、引き攣った笑みを浮かべている。
「さ、左様ですか………ソレは何と言うか…光栄……いや、…お恥ずかしいと言うべきか………と、ともかく、冷めないうちにどうぞ………」
「はい! 頂きます!」
教授は、嬉しそうにスープを飲み、トーストを齧って、遅い朝食をとり始めた。
………傍で見ている分には面白い一幕だったな、うん。
まあ、相手はいい大人だ。
これで餌付けしたことにはならんだろうから、安心しろよ、イルカ。
と、イルカは心なしか疲れた表情でオレを振り返る。
オレは咄嗟に視線を逸らし、知らん顔でジャケットをまさぐり、携帯や財布などを確かめた。………ええと、後要る物あったっけかな。遠くへ行くわけじゃないから、仕度は必要最低限でいいか。
黙々とメシを食っていた教授が、「あれ」と小さな声を上げた。ダイニングの椅子の上に放り出してあった、自然科学系の雑誌に興味を持ったようだ。
今月号は、自来也先生が数ページ書いているから買ったのだけど。
教授はフォークを置いて、雑誌を手に取る。
「これ、見てもいい?」
イルカは頷いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
パラパラ、とページをめくった教授は「やっぱり!」と口の中で呟いた。
「………自来也先生………」
イルカとオレは顔を見合わせた。………まさかとは思うけど…まさか、だよね?
「この雑誌社に問い合わせれば、居場所がわかるかも。人に黙って引越しやがって………」
ああ、ビンゴ。………知り合いかよ。
その先生なら、問い合わせるまでもなく、この部屋の隣に棲息していらっしゃいます。
―――でも、そう教えていいものだろーか?
どういう知り合いかはわからんが、何か怒ってるっぽいぞ、この人。
眼でどうする? とイルカに訊くと、イルカは判断しかねるように首を傾げた。
やっぱりね。事情もわからんのに、勝手な口出しは出来ないよな。
なのにね、グッドだかバッドだかわからんタイミングでまたチャイムが鳴るんだわ。
こういう予感って当たるんだよねえ………
応対に出たイルカが「はい」と言い終わらないうちに、聞き慣れた濁声が。
『すまーん、悪いがちょいと匿ってくれぃ!』
あ、また締め切り破ったんだな、このエロ作家。時々編集さんの来襲を避けて逃げてくんだよ、ウチに。
電光石火の速さで玄関まで走り、扉を開けたのは―――天才美形教授だった。
「自来也先生っ!!!」
マンションの廊下に、野太い悲鳴のような濁声が木霊した。

「何でお前がココにおるんじゃ――――――ッ!!!」

 

 



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イルカのBDSSなんですが………寄り道激しくてすみません。^^;
ある意味恐ろしいマンションになってまいりました。