旅は道連れ世は情け

〜浅草観光編〜

※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。

 

ココなら結構何でもありそう、という店を見つけ、オレ達は素直に本当の事を言って、リストを店員に見せた。
外国から来た人が、向こうにいる知人にこういう買い物を頼まれたのだが、こちらの事情に疎いのでオレ達が代わりに買いに来た。けど、オレ達もよくわからんので、悪いけどリストにあるものを揃えて欲しい。あるものだけで構わないから、と。
「わかりました。えーと、ちっと待ってくださいねー」
店員は、オレらよりちょこっと年上っぽいお兄さんだったが、真面目なタチの人だったらしく、一生懸命リストを解読する努力をしてくれた。
さすがにドイツ語で書かれた部分は訊いてきたが、英語で書かれた作品名やキャラクター名は、ほぼわかったようだ。さすがだ。
オレは、レンタルビデオショップでバイトしていた事があるから、DVDになっているような作品のタイトルはそのまんまならわかるんだが。作品が海を渡った時、違うタイトルに変更されてたりするとお手上げなんだよな。
店員さんは、そういう知識も割とあったし、キャラ名から推察してくれたりして、リストにあった作品のグッズを大体揃えてくれた。
これくらいありゃ、十分だろう。
「すんません、このアニメは今人気があるので、グッズがたくさん出てるんスけど………どうしましょう。キャラ指定無いし………」
んなコト訊かれてもなあ………
「ここ、外人さんも結構来るでしょ? そういう人達の売れ筋ってあるかな。適当に二、三個見繕ってもらえたら、それでいいですよ。大体、頼んだ人もダメ元だって思って頼んでると思うし」
既にカウンターの上は結構な量のアニメグッズが積まれていて。これ全部買ったら、結構でかい紙袋になるだろうな〜、と思うと憂鬱だった。
…でかいガンプラの箱とかが無いだけでも、ヨシとしよう。
「…そういやお前、金は持ってるのか?」
「うん。…さっき、父さんから預かった。あの人ね、オレに立て替えさせるのすっごく嫌みたいで。……でもさ、これ持って帰るの荷物になりそうだよな。…本人に着払いで送っちゃえばいいと思わん?」
「………外国宛でも、着払いって利くのか?」
「………知らない。やったことないもん」
そんな話をしているうちに、店員さんは外国人に人気の売れ筋だというグッズを選んできてくれて。
会計をして、ようやくお使い終了。
店員さんは、サービスのつもりなのかこの店のデフォなのか、アニメキャラの絵がバッチリ入った可愛い紙袋に入れてくれた。ああ、こういうモンが好きなオタク系ガイジンなら、この紙袋にも価値を見出すんだろうなー。
ちなみに、紙袋は二つに分けてもらった。…デカイ袋よりも幾らかマシかと思ったんだけど。
でも、コレぶら下げて電車に乗るのは勇気が要るなあ。
………うっかり知り合いに出くわす前に、百円ショップで紙袋買おうかな。
何てなことを考えながらも、肩の荷を降ろした気分で店を出る。しかし、こんな時に限って、聞き覚えのあるデカイ声に呼び止められてしまった。
「あー! カカシ兄ちゃんとイルカ兄ちゃん!」
振り向くと、思った通りの元気印小僧がにぱーっと笑ってた。
「ひっさしぶりだってばよ!」
「………おう。久し振り、ナルト。最近あんまし遊びに来ないね、お前」
へへへ、とナルトは笑った。
「ちゅーがくせいも、結構忙しいんだってばよ。部活とか部活とか部活とか」
………部活しにガッコ行ってんのか、お前。
「ナルトは、野球やってんだっけ?」
「おう! まだタマ拾いだけどさ、そのうちレギュラーになって、四番で打つんだ! 試合、出るようになったら見に来てくれってばよ」
「……うん。ま、ガンバレ。………で、お前こんなトコで何やってんの?」
アキバはナルトの行動範囲とも思えんが。電車に乗らなきゃ来られないトコだもんな。
「キバとゲームソフト買いに来たんだ。アキバの店でないと、オマケ付かないから。………兄ちゃん達は? あ! ソレ、アニメショップの袋! わあ、何買ったんだってばよ?」
う。やっぱ、目敏いね、お前。
イルカは、袋を覗き込もうとしたナルトの頭をグリッと押さえる。
「こら。…これは頼まれ物だから、ダメ」
「頼まれ物? こんなに?」
「今、ウチに外国からお客さんが来ているんだよ。…で、日本に行くなら買ってきてくれって、向こうにいるアニメの好きな人に、その人が頼まれたんだ。けど、その人にはアニメのことはわからないし、こういう物がどこに売っているとかよくわからないから、俺達が代わりにお使いに来たってこと。…わかったか?」
イルカの説明に、ふうん、とナルトはわかったような、わからなかったような相槌を打つ。
「外国のお客さんって、トモダチ?」
「いや。オレの親父」
ナルトは、眼を真ン丸にした。
「親父って……父ちゃん? カカシ兄ちゃんの? 外国にいんの?」
………ああ。ナルトにはまだ言ってなかったか。 オレの父親が見つかった話は。(と言うか、オレは父親の存在自体が不明だったんだってコト、言ってなかったけか?)
「ん。…普段はね、日本にはいないんだ。今、用事があって来てんの」
「へー、いつもは日本にいないのか〜。カカシ兄ちゃん、寂しくね?」
おう。…さすがコドモ。ズバッと訊くね。
「うん? まあ。…でも、イルカもいるし」
「あ、だよな。ヒトリグラシじゃないもんな。……母ちゃんも、外国なの?」
「うーん。もっと遠いかなー」
「………遠い? どこ?」
オレは黙って空を指差した。
ナルトは素直に上を向き。
そして、何ともいえない顔でオレを見た。
おとぼけ天然小僧のこの子にも、その意味がわかったんだろう。
オレは、ナルトに何か言わせる前に、笑ってヤツの髪をかきまぜてやった。
「…寂しく、ないよ」
ナルトはグシャグシャになった髪を手で押さえ、「そっか」と一言呟いた。
「それよりお前、友達と来てんだろ? 待たせてんじゃないのか」
ざっと周囲を見る限り、ナルトを待ってるっぽい子は見当たらないんだが。
「…キバ? あっちのゲーセンでクレーンに挑戦中。ぜってぇ取りたいモノあんだって。…オレ、ゲーセンで遊べるほど小遣い持ってこなかったしさ。……目当てのモンがゲット出来たら、メール寄越すって言うから、古本屋でマンガ読んでよーかなーって思って出てきたんだ」
「ふーん、そっか。な、その古本屋ってどこなんだ?」
ナルトはアッチ、と指差した。
お、駅の方か。ラッキー。
「………ナルト、久々にちょいとバイトしねえ?」
以前、オレは『バイト』と称してナルトにお駄賃をやっていたことがある。当時小学生で、施設暮らしだったナルトには、あまり自分の自由になる金がなかった。
でも、自分を庇って大怪我したイルカに、何か御礼をしたいと健気なコトを言うからさ。子供に出来るバイトなんてそうそう無いから、オレは細々とした用事をナルトにやってもらい、その度にお駄賃をやって、ナルトがイルカにプレゼントを買う手助けをしたんだ。
何か言いかけたイルカを、オレは手振りで黙らせた。
まあ、見てろって。
「バイト? でも、オレあんま時間ないと思うよ?」
「大丈夫。すぐ済む。…マンガ読む時間もあるよ」
 ナルトは少しだけ迷ったが、結局「やる」と言って笑った。
「で、何すりゃいいの?」
オレはニッコリ笑って、アニメショップの袋を持ち上げた。
「荷物持ち」
だって、ナルトくらいの子が持つ分には、誰も何とも思わんだろう? アニメキャラの紙袋。
イルカは、黙って苦笑している。止めない所を見ると、イルカもやっぱりこの袋を持って歩くことに抵抗があるんだろう。
「コレ? 二つとも?」
「そう。そんなに重くないだろ? 持ったらついて来い」
で、サクモさん達がいるビルの下までナルトに紙袋を運ばせて、オレは近くの百均に紙袋を買いに行った。(その間、ナルトはイルカと一緒に待機)
戻ってみると、ナルトはちゃっかりジュースを飲んでいた。………イルカ、お前も甘いね。
「お待たせ。…ほい、バイト代」
と、五百円玉を渡そうとしたら、ナルトは「いいよ」と遠慮した。
「オレだってさ、前ほどガキじゃねーんだってば。バイトの時給がフツーどれくらいかって、知ってる。…こんな、ちょこっと荷物運んだくらいで金なんてもらえないよ。イルカ兄ちゃんがジュースおごってくれたから、これで十分」
「へーえ、ホント、オトナになったねー、ナルト」
感心してみせると、ナルトは得意げに鼻の下をこすった。
………可愛いねー、ホント。
「なあ、カカシ兄ちゃんの父ちゃん、いつまで日本にいんの?」
「……明後日、帰るよ。父さんにも仕事があるから」
言ってから、ドキンとした。
ああ。………あと一日だ。今回は、あと一日しか彼といられないんだ。
「そっかー。オレ、ちょこっと会ってみたいなーって思ったんだけど………ダメかな」
「………父さんに?」
ウン、とナルトは頷いた。
「何で?」
「…ご挨拶」
その神妙な言い方がおかしくて、オレは笑ってしまった。
「………父さんは今、このビルにいるんだ。買い物済んだら、連絡して合流することになってる。……来るまで待ってるか?」
ナルトは、ウン、と頷いた。
オレは、ケータイで教授に電話する。
……ハイ。ええ、終わりました。今、下にいます。JR側の、駅に近い方の出口です。ジューススタンドのある………ええ。はい、待ってます
ケータイをたたんでふと眼を上げると、ナルトの顔が妙なことになっているのに気づいた。
「………どうした? ヘンな顔して」
「………………オレ、エーゴ苦手………」
ああ、今オレが英語で話していたからか。
「大丈夫だよ。父さん、少しなら日本語話せるから」
「そ………そっか。良かった」
五分と経たないうちに、二人は出てきた。
「あ! 病院で会った、カッコイイ兄ちゃんだ!」
コイツが教授に会ったのは確か、一回だけだと思うんだが。教授くらいインパクトがあれば、ナルトでも覚えているよなあ………
んでもって、教授は当然ナルトを覚えていた。
「おや、キミは確か…サクラちゃんのクラスメイトだったね」
「うん、そうだってばよ」
オレはナルトの頭をポンポン、と撫でた。
「そこで偶然会ったんですよ。父さん、この子はナルトっていって、ウチの近所の子です。…ナルト、オレの父さん」
サクモさんは、にこっと微笑んで手を差し出した。
「はじめまして、ナルトくん。…サクモ=アインフェルト、といいます」
ナルトはぱか、と口を開けた。
カオが、「予想外だってばよ」と言っている。この正直者。
「えっと、ハジメマシテ…だってばよ………」
ギクシャクと握手をして、ナルトは照れたように赤くなった。
「カ、カシ兄ちゃんには、いつも、おせ…おせぁになってん…る…ます……んだってば………です」
サクモさんは、首を傾げ、オレにこそっと囁いた。
ごめん、カカシ。…今、この子何て言いました?
あー、ちょっと今のはわかりにくいよなぁ………
はじめまして、カカシ兄ちゃんにはいつもお世話になっています、と言いました。…こういう改まった挨拶は不慣れなんで、上手く言えなかったんでしょう
そうですか。…可愛い友達ですね? カカシ
………そうですね。…うん、友達です
ただの近所の子…というよりは友達に近いよな。
「カカシに素敵な友達がいて、嬉しいです。…ナルトくん、私の息子と仲良くしてくれて、ありがとう」
ナルトはますます照れて赤くなった。
「ええっと、そんな、ナカヨクしてもらってんのはオレの方で…ベンキョ、教えてもらったり、ラーメンおごってもらったりしてんだってば。カカシ兄ちゃん、やさしーんだ。つえーしさ。オレも、カカシ兄ちゃんやイルカ兄ちゃんみたいなカッコイイオトナになりたいとか思っててさ。……でさ、あのさ、あのさ。えーと、カカシ兄ちゃんの父ちゃんも、背ぇ高くてカッコイイな! すっげ、優しそうだし。…オレ、ウチの父ちゃんみたいなオッサンじゃねーかと思ってたケド、違ってた。ビックリだってばよ」
ナルトは照れ隠しなのか早口でペラペラとまくし立てた。
通訳の必要を感じた教授が、サクモさんの耳元でナルトのセリフをドイツ語で伝えている。
オレは、言い訳じみている気がしたが、補足した。
…ナルトは、最近まで孤児だったんです。今は、養い親と暮らしていますが。…だからオレは………この子に同情しただけ、と言うか…
だってオレは、この子が言ってくれるほど優しくないし。
………でも、親がいない寂しさはわかってしまうから、何となく放っておけなかっただけで。
サクモさんは、黙ってオレの頭を抱き寄せて、こめかみにキスした。
それから、少しかがんでナルトをふんわりと抱擁する。
………きみに、神のご加護がありますように
ナルトは真っ赤になってキョドった。(無理ないな。慣れてないだろーからな、こういうの)
「えええっ………あのっ…何て言ったの? 今」
オレの代わりに、教授がゆっくりと答えた。
「キミのことを神様が護ってくれますように、と言ったんだ。…祈りの言葉だよ」
ナルトが何か言おうとして口を開きかけた、その時。
ナルトのジーンズのポケットからけたたましい音が鳴った。携帯の着メロだな。
ナルトは慌ててポケットから携帯を引っ張り出す。
「あ、キバからメールだ。…ゲット成功、ヤッホー、じゃねーってばよ。………ゴメン、オレ行くね」
「おう。…悪かったな、つきあわせて」
「んにゃ、いいってば。…イルカ兄ちゃんジュース、ゴチでしたってばよ!」
イルカはひら、と手を振った。
「どういたしまして。急いでコケんなよ」
それからナルトは、赤い顔でサクモさんを見上げた。
「………ありがと、だってばよ」
ナルトはブンブン手を振りながら、中央通りの方へ駆け戻っていく。
サクモさんは、その小さな背中を見送って、そっと息をついた。
………カカシも孤児だった…わけですよね。それだけじゃない。父親不明の私生児で…辛い思いをさせた。…私が、不甲斐無かったばかりに………
独り言のようなそれは、ドイツ語だったので。
正確に聞き取ったのは、教授だけだった。(残念ながら、オレにはわからない単語があったのだ)
だから、後から教授に意味を聞いたのだけど。
ナルトのことを言うんじゃなかったなかったな、とオレはちょこっと悔やんだ。
サクモさんは今、『親子問題』に敏感なのに。
んでもって、すぐにオレに対して罪悪感めいた感情を抱いてしまうというのに。
いけないのは、恋人に妊娠も告げず、黙って行方をくらませたオレの母親の方だろう。彼女の実家の住所も知らなかったサクモさんに、何が出来るんだ。
それに、この人の性格じゃ、自分に何か落ち度があって彼女に嫌われてしまったとか思い込んだら、しつこく後を追うような真似はしないだろう。彼女の迷惑になる、と思ってしまうだろうから。
彼が罪悪感を持つことなんか、ないんだ。
オレは彼がまだオレの母を想ってくれていたこと、オレを息子と認めてくれたこと。それだけで十分なんだから。
だって、オレ達はまだ生きているんだもの。
どっちかが死んじゃってから、その存在がわかったのでは、悲劇だけれど。
オレ達は言葉を交わし、互いのぬくもりを感じて、共通の思い出をこれからたくさん作っていける。
オレは、この春の貴方との思い出を忘れない。
母さんの法事の事も、あの花見の事も、それからこの浅草観光の事も、ずっと忘れない。
もしも、この先何が起きたとしても。
季節がめぐり、桜の花びらが舞うごとに、あの夢のような美しい光景を。
綺麗なバイオリンの音と、貴方の歌声を思い出すだろう。
 

 



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