旅は道連れ世は情け
〜浅草観光編〜
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※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。 |
荷物も増えてしまったことだし、これ以上歩き回るのも疲れるだろうということで、オレ達はそのまま駅に向かい、帰途につくことにした。 浅草と違って、アキバはJRも地下鉄もつくばEXも似たような場所に駅があるから、便利だ。 「夕飯、どうします? 俺、一応メシ炊く準備はしてきましたけど」 電車の中で、このメンツの中では一番主婦的感覚と生活能力があるイルカさんが皆に意見を求める。 時間的にはまだ、帰ってからメシ作る余裕はあるけど。 「………今からじゃ、面倒じゃない? イルカ」 「俺はいいけど。…カンタンなもんでも良ければ、だけどな」 吊り革に手首を引っ掛けてブラブラさせていた教授が口を挟む。 「…でもやっぱり、今からイルカ君に作ってもらうのも悪いよ。…ランチが結構ボリュームあったから、夜はカンタンでもいいんじゃないかな。…ピザでも取っちゃう? あ、サクモさん、何か食べたいものあります?」 サクモさんは、首を振った。 「私に気を遣わないでもいいですよ。…皆が、いつも何を食べているのか知りたいので、普段どおりにしてください」 普段どおりか……いつもだったら……あ、そーだ。 「イルカ、ホットプレートすぐ出るよな」 「ん? うん。…何? まさか焼肉か?」 「昼間スキヤキで夜焼肉かよ。いくらオレでもそんな事は言わないって。…あのさ、お好み焼きなんてどう? 仕度、そんな大変じゃないし。作りながら、みんなで食うの。楽しそうじゃん」 真っ先に教授が賛成する。 「お好み焼き、いいね。面白そう」 サクモさんは、初めて聞く食べ物の名前に首を傾げた。 「オコノミヤキ?」 そこで、お好み焼きがどんな食べ物か、みんなで熱くサクモさんに説明する。(イルカも教授も何でそんなに熱心なんだ…? オレもだけど)その熱さに面食らったサクモさんは降参したように手をあげた。 「……な、何となくわかりました。私は火が通っていれば、大抵のものは食べられますから、お任せします」 「じゃ、決まり。夜はお好み焼き大会に決定」 日本の下町庶民の味を体験してってください、おとーさん。 てなわけで、ひとまず部屋に荷物を置いて、スーパーにお好み焼きの材料を買いに行く事になった。 父さんと教授は休んでいていい、と言ったのだけど、教授は大人しく休む気なんかさらさら無い。 食材を一緒に選びたいって言ってるけど、実はその費用を持つのも目的なんだろうなあ。 昼は、サクモさんに先越されたから。さっさとカードで支払われてしまって、「少しは年長者の顔を立てなさい」なんて言われて、教授は引っ込まざるを得なかったんだな。 カフェのレジなんかで「アラ奥様、今日はアタクシが」「いえ、アタクシが」と支払いでモメている奥様方を時々見るけれど。………あれに近いことやってないか? この保護者ども。 「…で、何でサクモさんまで来ちゃうかな」 カラカラ、とカートを押しながらぼやく金髪美形。 「………いけませんか? 興味があったもので」 「いけなくないですけど。…お疲れになりませんか」 「私、見た目よりも体力ありますから大丈夫です。演奏家なんて、体力勝負ですから。人を年寄り扱いしないように」 「やだな、そんな意味じゃないですよ〜」 いつもならオレらを振り回して終わる教授が、サクモさん相手だと勝手が狂っているようなのが何だかおかしい。 オレは、イルカと顔を見合わせてこっそり笑った。 そしてふと、もしもサクモさんが本当に日本に。教授の隣の部屋に越してきたなら。 この買い物風景は日常的によくあるものになるんだろうか、と思った。 オレが教授のところでバイトしている所為もあり、オレらと彼との付き合い方は、既にご近所さんを通り越して、まるで親戚みたいになってきていて。最近は夕飯を一緒に済ませることも多い。 で、サクモさんとオレは親子だ。都合がつく限り一緒に飯を食うのは当たり前―――だろう。 だから、将来的にこうしてみんなで一緒に買い物してメシを食うことが『いつもの光景』になるのは不思議でも何でもない。 すごく幸せで、いい光景だ―――と思う。 なのに、その幸せな日常風景を思い描くのが、何故だか怖い。 胸の中に、ほんの僅かだが不安な気持ちがわき起こって、オレを落ち着かない気分にさせた。 そんなオレにイルカは目敏く気づいて小声で囁く。 「…カカシ? どうした?」 ああ、やっぱりお前はオレをよく見ているな。 オレは微笑って首を振った。 「………や、何でもないよ」 オレ達の部屋でお好み焼き大会の夕食を済ませ、サクモさんと教授は上の部屋に引き上げていった。(お好み焼きプラス焼きソバで、どこが軽い夕食なんだ、となってしまったのは言うまでも無い) 部屋に引き上げる前に、教授は合羽橋で仕入れたキーホルダーをみんなに配った。随分たくさん買うな、と思ってたんだが、彼は最初からオレ達に配るつもりだったんだな。 ちなみに、配る方法はクジ引き。こういう遊び心をいつでも忘れないアナタが大好きですよ、先生。 クジ引きで当ったギョウザを手の上でひっくり返しながら、オレは知らず知らずため息をついていた。 「………マグロの方が良けりゃ、取り替えてやるぞ?」 と、イルカはマグロをオレの目の前で振る。 (教授はタマゴの鮨で、サクモさんはタルトだった) 「え? あ、いや…やだな、ギョーザにため息ついたんじゃ………ただ、さ」 「ただ?」 「父さん、もう帰っちゃうんだなー、と思ってさ」 「………飛行機、明後日だったな。教授も一緒なんだっけ」 「うん。ハイデルベルグに用があるんだって」 イルカは、オレの髪をくしゃりとかきまぜた。 「………寂しいか?」 「………………イルカがいるもん。寂しくないよ」 イルカは黙ってオレのあごを指先でつかまえて、キスした。 オレは、その優しいくちづけに酔う。 イルカの唇が離れた途端、オレは今日スーパーで唐突にわき起こった僅かな不安感を思い出した。 (……幸せすぎて怖いってか? …バカじゃね? オレ) でもそれは、イルカと二人だけだった世界が壊れること。 自分の世界が変化していくことへの恐れだったのだと。 その時のオレは、気づかなかった。 |
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END