旅は道連れ世は情け
〜浅草観光編〜
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※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。 |
秋葉原は帰る前に寄ることにして、オレ達はすぐ近くの合羽橋に向かった。 オレも初めて来たけど、ここはまた雰囲気が違うなあ。 ………道具街、というだけあってここらは観光客を相手にしているワケではないというカンジがひしひしとする。(要するに、通りに華やかさは無い) 一般人ではなくその手の商売をしているプロを対象にしている向きがあるんだな。でも、小売はしない、とかいうお高さ(?)は無い。欲しいといえば、スプーン一本からでも売ってくれそうなフレンドリーさは好ましいよね。 あ、イルカさんがうずうずしてる感じ。 コイツは料理が好きだから。色々とじっくりと見たいんだろうな。 「買い物してきてもいいぜ」 と、こっそり囁いてやったら、イルカは僅かに首を振った。 「今日は、ざっと下見にしておく。でないと、手当たり次第になりそうで怖い。…今度、道具の調達だけを目標に来るよ」 「………ん、わかった」 合羽橋再チャレンジ決定だな。…オレも一緒に来ようっと。見張ってねえと、何買うかわからんものな。堅実なはずのイルカさんは、ことこういう道具に関する財布の紐はものっそい緩いんだもの。……まあ、だからこそこの間の花見弁当みたいに玄人はだしの料理を作れるんだろうけど。 教授も、興味深そうにキョロキョロと見ている。 「ねえ、カカシ君。面白いものってどれ?」 「ええと…オレもここ初めてなんで、待ってください。………あ、あれ。あのお店、それっぽいです」 パッと見、食べ物屋。その実態は食品サンプルショップ。 教授は眼を丸くした。 「……うわあ、これみーんなニセモノなの? …いや、ニセモノじゃなくて作り物か。すっごいねえ。よく出来てる」 ほーんと、マジよく出来てる。 知らなかったら、口に入れてしまいそうな程。 さすがのイルカも感心したようだ。 「ここまでくると、芸術だよな……うわ、この大福、本物ソックリだ。パンも」 サクモさんも驚いたように眼を瞠って作り物の料理を眺めている。 「…これ、用途は? お店の飾りですか」 オレはハイ、と頷いた。 「そうですね。レストランが、客にメニューをよりわかりやすく説明し、眼に訴えるために店の外にディスプレイするのが主目的…ですね。そういう店、多いですよ。結構前からそういう伝統はあったけど、昔のは歴然と作り物ってわかる感じだったのが、最近はここまで技術が進んだというところでしょう。よりリアルに、本物よりも美味そうに見えるってのが凄いですよねー」 近くで見ても本物みたいだものなぁ。 「なるほど。…日本の技術力は、面白い方向に突出していますね」 その分、値段を見ると結構しているけど。 本物の料理を見本にしたら、毎日入れ替えしなくちゃいけないんだから、店にとっては経済的だよな。 教授はやはり相当気に入ったようで、熱心に見ている。こういう面白グッズが大好きだもんなあ、この人。 それにしても、必要以上に熱心に見ているような。 ………まさかとは思うが。 教授はオレの視線に気づいて、エヘ、と笑う。 「………あのさ。パーティでさ。………各テーブルにちょこっとずつ、こういう物の皿を混ぜておくのって面白くない?」 やっぱ、イタズラですか! 先生! サクモさんがため息をついた。 「…ファイアライト家のパーティでは、やめておいた方がいいですよ。洒落がわからない御仁にあたると、後々怖いでしょう。…やるなら、ジョークのわかる身内のパーティにしておくのですね」 教授はコリコリ、と頭をかく。 「あはは、やっぱりそうですよねえ。……でも、やりたいなー。ハロウィンパーティとかだったら、笑って許されませんかねー。…みんなビックリすると思うんだけど」 あー、そうねー。アナタ、サプラーイズ! も大好きですもんねー……… そのノリで、前の時サクモさん日本に連れて来ちゃったんですもんねー。オレに内緒で! 『カカシ君を驚かせてあげようと思って〜』じゃないですよ。おかげさまで、心の準備も無くいきなり父親とご対面したオレは、突然過ぎて感動もクソもなかったっけな。 まーでも、終わりよければすべて良し、と言うからね。 内緒で日本に連れてきたってのはともかく、オレは父さんに会えて嬉しかったし、彼もオレの存在を喜んでくれていて。 そして今、彼はここに。…オレの隣にいる。 それがすべてだ。 教授がひょいとマグロの鮨を手に取った。 「あ、これ面白い。ストラップついてる。ははは、スシをぶら下げて歩くの?」 ストラップは色々あった。鮨ネタとか、お菓子とか。 …あ、マカロンそっくりじゃん。美味そう。可愛いな。 アンコやサクラちゃんあたりが見たら喜ぶ…かな? お店用のサンプルだけではなく、こういう商品を置いているあたりは、さすがの商魂。 これは、教授は絶対に何か買うな。 「んじゃ、今日は取りあえず……すみません、このマグロと、タマゴのお鮨のと…ブルーベリータルトと、ギョウザのキーホルダー。…あとは、このピザとフルーツパフェのサンプルをください」 ―――やっぱりねー……… 「あ、はい。少々お待ちを」 今まで英語で話していた金髪外人が、いきなり流暢な日本語で注文したものだから、お店の人は驚いたようだったけど。注文自体には動じてないみたいだな。…やっぱ多いのか。このテの外人。 「…そのパフェ、買うんですか? 先生」 さっきチラッと値段見たけど、確か七千円…くらいだったような。いいお値段だな、とつい思っちゃうオレはどうせ貧乏人さ。 「うん。面白いから、部屋に飾る」 ………あのシックな色調のリビングに飾る気ですか。 何となくシュール。……いや、いいんですけどね。ご自分の部屋に何を置こうが。 「ピザも?」と訊いたのはサクモさん。 教授は悪戯っ子の顔で笑う。 「ええ。…あー、あれは大学の準備室に置いておこうかなあ。こういうのは、人目に晒してナンボって感じですもんね」 結局、誰かをかつぎたいんでしょ、先生ってば。 まったく、子供みたいな大学教授だ。 でも、気持ちはわからんでもない。単に『面白い』ってだけではなく、この見事な造形に対する素直な賞賛の気持ちから、手元に置いておきたくなるってのはオレにもあるもん。 そして他人にも見せて、共感を得たくなっちゃうんだよな。人間、何か見て「わあスゲエ」と思ったら、つい他の人にも見せたくなるじゃん。アレと同じよ。 サクモさんはクスクス笑った。 「………程々にね、ミナト」 肩を竦めて教授も笑う。 「わかってまーす」 それから、浅草寺の周辺をぐるっと散歩して、各々浅草の土産物を買う為に一度仲見世の方に戻った。 サクモさんは仕事仲間への土産物を選び、教授は、お茶請けにすると言って雷おこしをご購入。 オレとイルカは自分達のオヤツ用と、お隣の三忍野夫妻への土産に人形焼を。 オレはちょっと気に入ったので、ぬれおかきも買った。電子レンジで温めるとウマイらしい。 お茶を飲んでちょっと休憩してから、いよいよ(………)秋葉原へ移動することになった。 新仲見世通りを抜けて、つくばエクスプレスの浅草駅へ。これだと秋葉原までたった二駅だ。 アキバに詳しいヤツによると、このつくばエクスプレスの開通と同時期にJR秋葉原駅周辺は激変したらしい。 オレも時々ならこの街に来るけれど。(パソコンのパーツとか、やっぱ色々品定め出来るし) オレは昔のアキバは知らんから、別に何とも思わんが、そいつによると、その変化には「嘆かわしい」ものがあるのだそーだ。 ………どこがどう嘆かわしいんだろう。 アキバって、昔っから一種独特な街だったんだろう? それが、駅周辺が少しだけ小奇麗な雰囲気になって、アニメオタク系の店とかメイド喫茶とかが増えただけなんじゃないのか? …あ、その『だけ』が気に入らんのかもな。 確かに、大通りに面した店頭に、肌も露わな女の子…萌え系(っていうんだろ?)のアニメキャラの絵がドカドカっとあるこの状態は………何と言うか異常な気もするが。 だって、裏通りでも何でもないから、小さな子でも眼にしてしまうワケじゃないか。絵が可愛いから、見ちゃうよな? コドモ。 ………教育上あんまりよろしくないと、お兄さんは思う。 ついでに言うと、ウチのおとーさんにもあんまし見て欲しくねえっっ………! 日本が誤解されそうだ。(涙) ああいうモノを否定はしないが、節度というものが欲しいのだ。要するに、昼間っから酒は飲むな的な。(自分でも何言ってんだかわからんが) と、いうわけで、サクモさんには教授と一緒に駅近くの大きな家電量販店のビルにいてもらうことにした。あそこなら色々と見るものもあるし、中に喫茶店もある。退屈はしないだろう。 ―――一緒にいるのが教授という段階で、既に退屈するワケがないけれど。 「…じゃ、父さんをよろしく、教授。買い物済んだら電話します」 ヒラ、と手を振ると教授もにこやかに振り返してくれた。 「ハイ、いってらっしゃい。気をつけてね」 「カカシ、すみません。よろしくお願いします」 サクモさんは、オレ達にお使いをさせることをまだ申し訳ながっている顔だ。 いいんですよ、父さん。…アナタにこんな買い物させられますかってんだ。 「すぐ戻ります、父さん。待っててくださいね」 サクモさんにも手を振って、オレとイルカは電気街――つまり、中央通りを目指した。 「………あー、やっぱ四人で来て正解だったわ〜。ありがとな〜、イルカ」 「ん? ああ、そっか。そうだな。彼一人にしてオレ達だけで買い物に行くわけにはいかないものな。………オレもやっぱ来て良かったと思ってるよ。…お前とサクモさん、ガードが必要だ」 オレはチラッとイルカを睨んだ。 「サクモさんはともかく、オレにはそんなん要らないって」 「そーかあ? まんまと写真盗み撮りされてただろ?」 う、とオレは言葉に詰まる。 「いやあ、それは…うん、油断してたんだよ。…でもさあ、あの女の子、お前の事も撮ってたんだぜ?」 オレがさっさと消しちゃったけどね。 「………え? 本当か?」 「ホント」 イルカは眉間に皺を寄せた。 はっはっは。自分は対象外とか思ってたな? イルカさんって、自分がいい男だって自覚無いんだよな。 本当に女の子にモテるのは、オレみたいなのじゃなくて、イルカの方だよ。 オレの場合、男としての中味がどうこう以前に、見てくれで判断されちゃうことが多いから。 何というか………珍獣扱い? 女の子にとっては、オレってマジなお付き合いの対象じゃなくて、観賞用(?)とかアクセサリー扱いの男なんじゃないかと思う時がある。(自分で言ってて悲しいわ) いいんだけどね。オレには、オレのことよーく見てて、理解ってくれる親友兼恋人のイルカさんがいるもんね。 この男を他のヤツに盗られたくないと思うオレは、かなりのところまで来ているよーな。ヤバイことに、既に後戻り出来ないっぽいわ。オレ自身は、コイツを好きになったことを後悔したりはしないけど。 ………教職志望のイルカの将来を思うと、オレの存在って邪魔にならんかな、と不安になる事はある。 ゲイってのもまた、日本じゃ(外国でも、かな)色眼鏡で見られる存在だから。そういう点じゃ、オタクよりも厳しいだろうね。 イルカはわざとらしい咳払いをした。 「………………それはともかく」 …あ、逃げたな。 「とにかく、前も言ったけど、お前はサクモさんや教授といると目立つんだって。…目立つのが悪いとは言わないけど………お前は田舎で結構嫌な思いしているだろう…? だから………」 目立つ、というのは好い事ばかりではない。 特に田舎では、それは異端視に繋がり、偏見によってオレは身に覚えの無い濡れ衣を着せられたり、妙な噂を立てられたりしたものだ。その度にオレを庇ったり、俺の代わりに怒ったりしていたのは、イルカだった。 「あ………うん。ごめん………」 「謝ることじゃないけど。……さあ、さっさとお使い済ませてこよう。面倒だから、一度で済みそうな店で、店員にリスト見せて揃えてもらおうぜ」 イルカはスタスタと先に歩いていく。 「でもコレ、殆ど英語とドイツ語だよ? 日本語、店の名前だけじゃん」 浅草の有名な老舗なら外国人客対応しているだろうけど、秋葉原のアニメホビー店にどこまで期待していいやら。 イルカさんはぴた、と立ち止まる。 「………そうか。…なら、お前ソレ全部翻訳して書き直せ」 「えー? オレが?」 と、反射的に言ってしまってから、オレは慌てて頷いた。 「あ、いや…やる。元はと言えば、父さんのお使いだもんな。お前は付き合ってくれてるだけだし……。イルカ、何か紙持ってる? メモ帳でもいいけど」 「あ、紙か………それ全部書くとなると、メモじゃキツイな。…もう面倒だから、店で読み上げるか?」 オレは三秒ほど黙った。 口で言うのが恥ずかしいから、店員にリスト渡してやろーと思ったんじゃないのか、お前。 「………店員の教養に期待して、このままのリストを渡すってどお?」 |
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