旅は道連れ世は情け
〜浅草観光編〜
3
※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。 |
ところで、とサクモさんが左右を見て呟いた。 (心の中で彼をまだ『サクモさん』って呼んでしまうオレにも問題はあるな、うん) 「………今日は何かのお祭ですか? カカシ」 ………あ、そうか。沿道には提灯がディスプレイされているし、左右に立ち並ぶ店は、普通の商店街で見かけるものとは少し違った独特な雰囲気を持っている。 サクモさんは、それを非日常的だと感じたんだろう。 「あ、いえ………たぶん、此処はいっつもこんな感じなんだと思いますよ。東京では有名な観光地ですから。…お祭なんかがあったら、もっともっと、すっごく混んでいるはずだし」 ほおずき市とか、羽子板市とか。……あと、人が集まるとすれば正月か? オレの記憶にあるよりも、仲見世通りは狭かった。 こんな狭い通りなのだから、季節のイベント時にはさぞや混雑することだろう。 「そうですか。…ここは、普段からこんなに活気があるんですね」 「今は学生が春休みだから、いつもよりは混んでいるのかもしれませんけど」 オレ達以外の外国人観光客の姿も多かったが、休みを利用して東京見物に来ているらしい学生達や、おばちゃんの団体さんなんかの日本人観光客もたくさんいる。 皆、楽しそうにみやげ物店を覗き込んで、はしゃいでいた。 「やー、もっと早く来てみれば良かったなあ。ここ、面白いねー」 と、教授。うん、思った通り彼はここの雰囲気をとても気に入った様子だ。 サクモさんは、どうだろう。 騒がし過ぎるほど賑やかな場所では無いけど、この結構な人出は苦手かもしれないな。 ……でも、面白い場所だから人は来るのであって―――誰も来ないような所は、静かだろうけどやっぱ何も無いって事だろうし。そんな所に連れて行ってどーする。 そこでチラッと訊いてみた。 「父さんは、こういう所どうですか? その、興味があるないで言うと………」 サクモさんは微笑んだ。 「興味深いです。日本は、実に様々な顔を持っていますね。場所によって、まるで印象が違う。………ここも、とても面白いです。…あ、ミナトが何か見つけたみたいですね」 教授は、ニコニコしてショーウィンドウを指差している。 「これ、象牙細工ですよ」 象牙って珍しいかな。ああ、確か、ワシントン条約かなんかで輸入制限されてるんだっけ? 「あはは、可愛い。これ、カエルだ。……すみません、ちょっと見せてください」 教授はお店の人にカエルの根付を出してもらって、手のひらに載せた。 「ん。…本物みたいだな」 あー、どっかで聞いたことある。象牙細工といわれる物の中には、ニセモノも結構混じってるって。 教授はソレが気に入ったらしく、「じゃ、これください」とあっさりご購入。 ………教授の経済観念では、ちっぽけな根付に八千円近い値札がついていても、それは高いうちに入らないんだろうなあ……… オレの感覚だったらゼロ一個多いよ………根付に出す金額にすれば。(材質はこの際置いておいて) 「サクモさんは? どれか気に入った物ありますか?」 「そうですねえ。………どれも素敵ですけど。特にこれ、とは………わかりません。私は、いいです」 「そうですか? まあ、まだこれからですものね、浅草巡りも」 迂闊にアレがいい、なんて言ったら「じゃあソレもください」とかさっさと教授に買われてしまいそうで、怖かったのではあるまいか、サクモさんは。 そうなると、幾らこっちが払うって言っても教授は聞く耳持たないからなぁ………ある意味面倒な御仁だ。 イルカが、教授の肩を指でトントン、と叩いた。 「教授。揚げまんじゅうってアレじゃないですか?」 見れば、小さな間口の店で揚げまんじゅうを売っている。 「あ、本当だ。見落とすとこだったなー。ありがと、イルカ君」 揚げまんじゅうは色々な味のがあったが、とりあえずプレーンのヤツを皆で一個ずつ食べてみる。 アゲマンジュウなるものは、ええと………オレの想像とは微妙に違ってて………ウマイと言えばウマかった。 ………よーな気がする。モチモチしてて、食感は好きだ。餡の甘さも程々。 ただ、人よりも揚げ物の油に敏感なオレには、一個食べるのでやっとだった。 まんじゅうが小さめで助かりました。 サクモさんとイルカは、黙々と一個食べて特に感想を述べなかった。もしも、まんじゅうがあの三倍くらいのサイズだったら、サクモさんも半分くらいはまた教授にパスしたかもしれないけど。 教授は、プレーンだけじゃなくてゴマとかも試していたから、OKなお菓子だったようだ。良かったね、先生。 ………何だか、この一行の中で浅草を一番満喫しているのは教授なのではないか、と思えてきた。 でも、教授やオレ達が楽しんでいる様子をサクモさんはニコニコして見ているから……ま、いいのかな? これで。 宝蔵門(この門には、でっかいわらじがくっついている。………初めて見ると結構びっくりする)を潜り、浅草寺本堂到着。お参りをして、五重塔を見てから少し戻り、伝法院通りの方へ。この通りも江戸情緒があって、ミニテーマパークみたいだ。 「カカシ、あれは?」 サクモさんが見ている先には、鉄塔みたいなものが。確かに、ここらの風景にしては浮き気味だな。 「え? えーと、あそこには花やしきっていう小さな遊園地があるんですよ。あれはアトラクションの一つじゃないかな。…ガイドブックには、日本最古の遊園地って書いてあります。…何でも、日本に開国を促しに来たペリーが浦賀に来航した年に出来たのですって。一八五六年だから……百五十年以上前ですね」 ………自分で言っててマジかよ、と思った。 古いってのは知っていたけど、そんな昔からあるのか花やしき。もっとも、遊園地の形態は随分違うんだろうけど。 あ、ガイドブックによると、最初は植物園だったのだそうだ。ブランコくらいはあったみたいだけど、遊具はその程度。そーだよねー、幕末にジェットコースターなんてあるわけないしな。 サクモさんは、なるほど、と頷いた。 「そうか。…確か、日本はつい最近まで鎖国していたのでしたっけね」 あ、そっちですか、お父さん。 つい最近って………うーむ、世界史的にはつい最近ですね、はい。 たった百五十年しか経ってないです。侍達が刀を捨ててから。 「この周辺一帯は、たぶんその鎖国を解いて開国した頃の日本の雰囲気を演出しているのだと思います。この東京がまだ江戸って呼ばれていた頃の」 「そうですか。それで、建物が他とは違う感じがするんですね」 「観光名所として、浅草に求められるイメージを維持する為の努力…と、やっぱり大きいのは古い伝統や文化を大事にしたいって気持ちだと思います」 サクモさんは、頷いた。 「…そういう気持ちは、理解出来ます。先人の遺したものを、尊敬して大切に思う心。…私も、偉大な作曲家たちが遺してくれた作品を演奏する時には、そういう事を忘れないようにしなくては」 数歩先をイルカと歩いていた教授が振り返った。 「お仕事の話ですか? サクモさん。こんな時くらいお仕事忘れましょうよ。…ね? 今イルカ君と話してたんですけど、お昼時になったら混むから、少し早いけどお昼にしませんか?」 オレとサクモさんは一瞬顔を見合わせ、笑った。 「で、何が食べたいんですか? ミナト」 天麩羅はオレがダメ、お鮨はサクモさんがダメ、とオレ達は親子して『日本の代表的なご馳走三大メニュー』のうち二つまでをボツらせてしまっているので。(教授、スミマセン)残るはスキヤキだね、ということになってしまった。 ………別に三大メニューにこだわる必要は無いと思うのだけどな。ま、いいか。 てなわけで、ランチは豪勢にスキヤキとあいなった。 ランチタイムメニューが始まってたので、夜に比べればお値段的には手頃な感じ。 (もっとも、イルカと二人だったら絶対に昼からこんな高いモン食わないけど。たぶん、蕎麦とかお好み焼きになるな) 土地柄、店の方は外国人に慣れているはずだが、接客に来た店員は新人だったのか、こちらにもわかるくらい凄く緊張していた。 可哀想に、あまり英語が得意ではないんだろう。イルカの顔を見た途端に彼の緊張がホッと緩んだのがいい証拠だ。 イルカ曰く、「そりゃあこのメンツだったら、どう見たって外国のお客三名様を案内している地元民だろ、俺は」だそうだが。 んー、オレは自分が外人だとは思ってないけど、見た目は仕方が無いよなあ………そう見えても。 この人の―――父さんの血を引いているから、こういう外見なんだし。…つか、よくもまあこれだけ白人の父親の方の特徴が外見に出たものだ。…こういうの、劣性遺伝とかいうんだっけ? 日本人と西洋人のハーフの場合、濃い色彩の方が出やすいらしいけど………オレ、お母さんには全然似てないんだもの。 ………もしかしたらお母さん、恋人に似た子供が欲しくて、腹に念でも送ってたんじゃ………わー、あり得るかも。 ともあれ、黒毛和牛を使っているという老舗のスキヤキは、思った以上に美味かった。………ウチでたまぁにやるスキヤキでは、こんないい肉食わないもんなあ……… 「日本の牛肉がこういう状態で出てきたのを初めて見た時は、うわ薄…ッ…て思ったんだけど、柔らかくて美味しいよねえ。ブ厚い豪快なステーキもいいけど、和食は全体的に繊細で、美しい料理だという印象があるね」 と、教授が牛肉をうっとりと噛み締めて言った。 ………スキヤキにはあんまり繊細さも美しさも感じないんだが、懐石料理なんかは器も凝ってるし、美しいというのもわかる。 「………本当に。こういう肉の食べ方があるんですね。野菜も十分に摂れて、健康的です」 サクモさんは、肉や野菜を生卵につける、という食べ方に感心していた。魚はダメだけど、卵のナマは大丈夫だったみたいで良かった。 食事が済んだところで、サクモさんが遠慮がちに呼びかけてくる。 「あの………カカシ」 「はい」 「さっき、駅で路線図を見たのですけど。…ここからアキハバラというところは近いように思えたのですが………」 ………は? アキバですか? 「あ…ええ、近いですよ。何か、見たいものでも?」 秋葉原は昔から『外国人観光客が行ってみたい所』の上位に必ずランクインするところだが。 今も変わらず電気街として有名だし、近頃はオタク系のアニメホビーが手に入る場所として海外にも知られているらしい。サクモさんが行きたがりそうな場所じゃないような気がして、観光地の候補にすらしなかったんだけど。 でももしかして、家電ショップとかなら興味あったのかもしれないな。 「いえ、私…ではないのですが。日本に行って、近くに行くことがあったら、是非買い物をしてきてくれと………これなんですけど」 と、サクモさんは折りたたんだ紙を広げてこちらに見せた。 オレとイルカはその紙を見て、噴出しそうになる。 ………こ、この買い物をこの人にさせる気だったのか、これ書いたヤツ! イタリア行くならこっちに輸入されてないブランドのバッグやサイフを買ってきてくれ、とかそういう話ならよく聞くけどね。……これはナイだろう。 オレとイルカの顔を見て、怪訝に思ったらしい教授がその紙を「見せて」とオレの手から引き抜いた。 そして、買い物リストに眼を走らせると、ニッコリと引き攣った笑みを浮かべた。 「…………ねえ、カカシ君、イルカ君。………これは、キミ達が買ってきてあげなさい。………ね?」 オレはコクコクと頷く。 「はいっ…オ、オレもその方がいいかな〜…と思いました!」 イルカは憂鬱そうに眉間に皺を寄せ、「ですね」と呟く。 その紙には、いかにもオタクが欲しがりそうなアニメ関連のグッズその他が羅列してあったのだ。 ドイツ語と英語と日本語ごっちゃで、ご丁寧に店の名前も書いてあるけれど。 ああ、コレ書いたヤツの首を絞めてやりたい。 似合わなさ過ぎだろ、サクモさんとアニメショップ。 オレだって、あまり気は進まねー………けど、放ってはおけないよなあ……… 「………あの………何か、大変な買い物………なんですか?」 字面は読めても、その内容までは理解できなかったらしい彼は、不安そうにこちらを伺う。 「いやっ………た、大変と言うか………っ……」 ああ、海外でも日本発の文化が受け入れられ、ファンがいるのは何だか嬉しいんだが。 その発祥の地である日本での社会的地位はまだ低くて、イロモノ的扱いだって………説明した方がいいんだろうか? 人によっては、あからさまにバカにするものなあ。 オレはそこまでじゃないけど、やっぱりそこはかとなく恥ずかしく思ってしまうのは『オタク』を色眼鏡で見てるんだろうか、オレも。 何の分野の『オタク』も、物事を極めているヤツは凄い、と常日頃から思っているんだけどね。 いやいやいや。 恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだ! 堂々と買えばいい! 自来也先生のいかにもな本格エロ小説を、馴染みの本屋で買うこと考えればこの程度、なんて事はないよなっ! 「………大丈夫です。お任せください!」 努力しますよ、コンチクショー。 |
◆
◆
◆