旅は道連れ世は情け
〜浅草観光編〜
2
※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。 |
「………コテツ先輩。…バイトですか?」 あ、イルカの先輩か。同じ学部だっけか? それともサークルの方か。 「ウン。なーんか、芸能人がいるってウワサが流れてきたんで、ちょっくら様子を見に来させられたんだけど。………いるのか? 誰か」 イルカはこそっと声を落とす。 「………………いや、俺は見ていませんよ。少なくとも、世間一般的に騒がれるような芸能人はいないと思います。………たぶん誤解じゃないかと」 と、言いながら、イルカは目顔でコテツさんに教授がいることを教えた。 その視線を追ったコテツさんは、教授の姿を見て納得顔になる。 「あー…なるほど、そういうコトか。わかった。…じゃあ、報告しなくていいかな? 歌手とか俳優とかって有名人が来てたら大騒ぎになる可能性があるから、何か手を打たなきゃって話だったんだけど」 「…大丈夫、だと思います」 そーだね。 サクモさんのファンが観光ツアーで浅草に来ていたのは、偶然だ。彼は日本で公演した事は無いから、サインを欲しがるようなファンがそうそういるわけがない。 コテツさんの相手はイルカに任せ、オレはコッソリと教授とサクモさんに囁いた。 「お二人とも、もしも誰かに面倒そうなこと言われたら、日本語全くわからないフリして逃げてもいいですからね。いっそ英語もわからんフリしてもいいです」 教授が少し困った顔をした。 この人は基本的に、自分が今その足で踏みしめている国の言葉を話すように、頭を切り替えているらしいからな。日本語で話しかけられたら、反応しないでいる自信が無いんだろう。 「………構える必要はないですけど。…もしも、ですし」 「ん、わかった。…もしも、だね」 「わかりました、カカシ。……私は本当に、日本語はまだまだですし」 そうこうしているうち、コテツさんはこっちにもひょいと手を振り、仕事に戻って行った。 数歩離れたところにいたイルカも、こちらに戻ってくる。 「さっきの女の子が、サクモさんにサインをねだったでしょう。どうもあれで、芸能人が来ている、みたいな噂になり始めたみたいですね。誤解だ、と言っておきましたけど」 教授はちろりとイルカを見た。 「………とか言ってキミ、説明が面倒で、原因を僕ってコトにしてなかった………?」 イルカはしれっと横を向く。 「明言したワケじゃないですよ。あっちが勝手にそう思っただけです」 くすくす、とサクモさんが笑った。 「ミナトは目立ちますからねえ………」 「ああっ…サクモさんまでそんな事を………」 「だって、初めて会ったパーティでも目立っていましたよ? 君のところだけ、パッと光が当ってるみたいな感じ。…あ、こっち見た…と思ったら、なんかビックリしたような顔をするからどうしてかな、と思っていたのだけど。………あれは、私がカカシに似ていたから、だったんですね」 ………そういや、その教授の実家のパーティでの話とか、その後の親子鑑定の話とか、あんまり詳しく聞いてないなあ………オレ。 「そうですよー。他人のそら似じゃなくって良かったですよ、本当に。…ま、とにかく移動しましょう。まだ雷門も潜ってませんよ。早く仲見世、見物しましょう! 僕には、揚げまんじゅうとぬれおかきを食べる! という目標があるのです!」 ………せんせーらしい目標です。……おみやげはもちろん、人形焼と雷おこしですね。 この人って上流のボンボンのはずなのに、本当にB級グルメ的ファーストフード、好きだよなぁ。 イルカはオレの手からガイドブックを抜き取る。 「浅草は、美味しい所たくさんありますよ。サクモさんは、生魚以外にダメなものありますか?」 サクモさんは少し首を傾げた。 「………いや……実の所これがダメ、と言えるほど日本の料理をたくさん知らないので………とにかく、あまり食わず嫌いはしないようにしよう、と思っています」 あ、法事の後で出た昼食、もしかしたら物凄く頑張って食べていたのかもしれないな。(それでも、やっぱり刺身だけはダメだったけど) 年寄りが多かったから無難な会席料理だったけど、サクモさんには食べ慣れない物のオンパレードだっただろうに。 ここでイルカはサラッとオレの偏食をバラしやがった。 「無理はしないでくださいね。気分が悪くなってもいけませんから。…カカシだって、納豆はイヤだとか唐辛子は食わないとか、結構言いますから。天麩羅も食わないし」 教授が「え」と驚いた。 「カカシ君……天麩羅嫌いなんだ? 日本の代表的なご馳走三大メニューでしょ? お鮨、スキヤキ、天麩羅って」 オレは慌てて首を振る。 「新しくていい油で揚げたての、カリカリサクサクの天麩羅なら、食べますよ」 要するに、古い油を平気で使ってるような店のものがダメなんだよ、オレは。天麩羅にしろコロッケにしろ。揚げてから時間が経ったのもパス。 「贅沢者なんだよな」と、イルカ。 「…デリケートって言って」 「揚げまんじゅうもダメなの?」と教授。 「…や、それは食べた事ないんで、何とも…」 「日本に住んでいるのに?」 「…はあ」 日本に住んでるからって、日本国中の食い物全部知ってるヤツなんているかいっ! 日本だって結構広いんだから。ましてや、オレの年齢を考えてくれ。 「では、これから皆で食べてみればいいんですよ」とサクモさん。 一番建設的なご意見です、はい。 でも、何となく味の想像はつくかなあ………要するに、饅頭を油で揚げただけだろう? 和菓子好きの教授はともかく、サクモさんの舌には合うかどうか疑問だ。 「あの………本当に無理しないでくださいね? 父さん」 サクモさんはにこ、と微笑む。 「大丈夫です。…外国では、なるべくその土地のものを食べるというのが、旅だと思うので」 それに、たぶんサクモさんには別の目的もあるのだろう。いくら移住したいと言っても、日本の食べ物があまりにも身体に合わなかったら、心身ともにキツイから。 そこら辺の折り合いがつくかどうか、確認しようとしているようにも思える。 そういう会話を交わしながら、オレ達はゆっくり歩き出してはいたんだが。 相変わらず、オレ達を珍獣のように(?)見ている連中はまだいたんだ。 突然立ち止まったイルカがパッと身体を反転させ、カメラをこちらに向けていた女の子とオレらのの間に立ちふさがる。 「……失礼。こちらの勘違いだったら謝りますが。…今、俺の連れを撮影しませんでしたか?」 女の子は、「え?」とドギマギしている。 イルカは重ねて質問した。 「あの金髪と銀髪の外国人男性です。彼らを、撮りませんでしたか?」 女の子は、イルカの勢いに押されたかのように頷いた。 「えっと、と………撮っちゃった。カッコいい人達だったから、つい………」 おわ、やっぱ撮るヤツいたか! マジで。 ………よく気がついたな、イルカ。 この浅草仲見世は、テレビの企画でよく芸能人がレポートしてたりするから、その辺りの感覚がマヒしてるんだろうな、きっと。 でも、オレら芸能人じゃないですから! 勝手に撮るなっつの。 女の子が素直に認めたことで、イルカは幾分声を和らげた。 「彼らは、見知らぬファンに撮られることに慣れている芸能人ではありません。海外からの観光客です。…せめて、撮ってもいいかどうか、一言訊くのが礼儀ですよ?」 彼女は口の中でゴニョゴニョと呟いた。 「だってぇ………さっき、あの髪の長い人、外人の女の子にサインしてあげてたしぃ………てっきり、日本じゃまだブレイクしてない俳優さんだと思って…………」 「彼は、オーケストラの指揮者なんです。あの女性は、彼の演奏のファンだったようで」 「えー、じゃあ芸能人みたいなもんじゃない」 「オフタイムの姿を、無断撮影していい理由にはなりません」 「………あの、金髪の美形さんも? モデルとかじゃないの〜?」 「彼は、学者です。芸能活動は全くしていません」 「学者ぁ? じゃあ、その隣の銀髪グラサンは?」 「アレはただの学生です。…わかってもらえましたか? 出来れば、今撮ったデータを消してください」 えー、と女の子は不満そうな声をあげた。 「もう勝手に撮らないからぁ。いいでしょう? …ブログにアップしたりもしないしぃ」 なにおう? イルカが注意しなかったら、オレらの写真勝手にブログに載せる気だったわけ? この女! オレの身体は、勝手に動いていた。 「アンタ、それ貸せ」 ビックリ顔の女の子からカメラを奪い取ると、オレは撮影データを確認した。 …フン。盗み撮りの腕はいい。教授に、サクモさんに、オレ。…あ、イルカまで撮ってやがった。 あー、このサクモさんとオレのツーショットなんか、いいなぁ。オレが欲しいくらい。 ………いやいやいや、何考えてんだ! 操作がわかるタイプのデジカメだったので、問答無用で写真を消していく。 昔だったら、いきなりビーッとフィルム抜いて感光させちまうシーンだよな、これ。 そうならないだけでも、有難く思え。 「きゃーっ! 何すんのよぉ! 私、まだ見てないのにーっ!」 「…何すんのよ、はコッチのセリフだよ…ったく」 イルカの言う通り、「撮らせてもらってもいいですか」の一言があれば、オレだっていきなりこんなマネしない………とは思うけどな。 ………毛色の変わったオレは、田舎のガッコじゃ目立ってて。オレの意思無視で勝手に盗み撮りされた写真が出回ってたという、不愉快な思い出がある。 オレの写真が売り物になったっつう時点で驚きだが。どうやら金銭面でのトラブルがあったらしく、騒ぎになって何故か被写体(被害者)であるオレまでガンガン怒られたんだよ。 ………それ以来、赤の他人に勝手に写真撮られるのは大嫌いなんだ。 身内のスナップ写真とは、性質が全く違うからな。 それをイルカは知っているから、今も注意してくれたんだと思う。 おっと。これは雷門の写真だ。消しちゃマズイな。 「もう勝手に撮るなよ」 女の子らしい赤い色のデジカメを、オレは彼女の手にポイ、と返した。 ううう、と女の子は唸った。 「………ガイジンの男って、女の子には優しいハズなのに………」 この女と余計な問答をしたくなかったオレは、わざと英語を使ってたんだが―――これにはカチンときて、日本語で言い返した。 「悪いな、見てくれはこんなんだけど、オレの感覚は日本人だし、自分は女の子だからこの程度の事は許される、なんて思ってるヤツに盗み撮りされて笑って許せるほど、人間が出来てないものでね。…さっき、オレのダチが言っただろうが。他人の写真撮るなら、被写体に断りを入れるのは当然の礼儀だ!」 ムカついていたオレは、そのまま踵を返したが。 優しいイルカさんはきちっとフォローを入れてくれた。 「…連れが乱暴なことしてすみません。でも、貴方も日本の女性は礼儀も常識も無いなんて、外国からのお客さんに思われたりしたら嫌でしょう? ……今度から、気をつけてください」 オレとイルカは、カメラを手に呆然としている女の子からさっさと逃げる。 「あれ、教授と父さんは?」 「…そんな遠くには………あ、あそこにいる」 彼らは、いつの間にか一軒の土産物屋に入って珍しそうにあれこれ見ていた。 二人は、オレらが来たのに気づいて店から出てくる。 「…大丈夫だった?」 オレの耳元でそっと囁いた教授に、「大丈夫です」と頷いてみせる。 やっぱり、教授がサクモさんを引っ張って行って、今の騒ぎから遠ざけてくれていたんだな。 「こういうお店がたくさんあるんですか、ここは。………仕事仲間の皆に買って帰ってあげたら、喜ばれそうな物がいっぱいありました」 良かった。サクモさんは、今の盗撮騒動をあまり気にしてなさそうだ。 「ええ、まだまだ面白そうな店、たくさんありますよー」 「サクモさん、ご自分のハンカチ、さっきの女の子にあげちゃったでしょう? ハイこれ。ガーゼハンカチですって。使いやすそうですよ」 と、教授は和風の模様が入ったハンカチをサクモさんに渡した。 「すぐ使うと言って、包装は外してもらいました。浅草観光記念にどうぞ。ささやかですが、プレゼントです」 あ、本当に普段使いに良さそうなハンカチ。 教授ってこういう所にすぐ気が回る人なんだな。…そらぁ、モテるはずだわ。 「………え。いつの間に………」 サクモさんは瞬間驚いた顔をしたが、降参したように微笑んだ。ここで教授相手に遠慮してもムダだということが、これまでの付き合いでわかっているんだろう。 「ありがとう。嬉しいです」 「どういたしまして。…さ、行きましょう。………お、あれって、ぬれおかきじゃない? カカシ君」 「えーと………ええ、そうですね」 ちょっと見、でけえ焼き鳥みたいだが確かに『ぬれおかき』とある。 煎餅を串刺しにして売ってんのか、へえ。串刺しに出来るくらいなんだから、柔らかいんだな。 オレ、実は『しっとりしている煎餅なんか煎餅じゃない』とか思ってたんだが。 食ってみると、煎餅…つうか、甘辛い…ええと、モチと煎餅のハーフのような…うん、とにかく思ったよりずっと美味かったわ。熱々で。 やっぱ、食ってみないとわからんものだな。 辛い煎餅が好きなイルカは少し微妙な顔だったが、教授は気に入ったようだった。 サクモさんは――― 一口食べて、黙って串を教授にパスする。教授も黙って受け取って、当たり前みたいな顔で残りを食ってしまった。 ………妙なコンビだね、この二人も。 サクモさんにとって、息子のオレよりも他人の教授の方が気安い関係なのかもなってのは何となく複雑な気がするが。考えてみれば、一緒にいる時間が違うのだから仕方ないっちゃ仕方ないよな。(ドイツ語でガンガン話が出来るって点もデカそう) でも、オレ自身、どちらかというと実の親よりも教授に何か言う方が気楽だったりするし。 うーん、親子喧嘩が出来るほど遠慮がなくなる日はまだ遠そうだなあ…オレ達。 |
◆
◆
◆