旅は道連れ世は情け
〜浅草観光編〜
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※注=これは、『奇跡の海』でサクモパパが来日している時のお話です。 |
今回のサクモさんの来日目的、彼の永遠の恋人であるオレの母さんの法事は無事済んだし。 実は今回一番(オレが)楽しみにしていたお花見も、恙無く催行された。(かーさん、ゴメン) サクモさんとオレと、イルカに教授、ツナデ様に自来也先生。晴れた青空の下、満開の桜の庭をプライベートビーチさながらにオレ達だけで楽しむという、何とも贅沢な花見だった。 そして、サクモさんと親子二人だけで行った、夜の千鳥ヶ淵。 その時オレは、サクモさんに突然の日本移住計画宣言をブチかまされてしまったが、ソレはともかくとして。 (常識的に考えて、すぐには無理な話だろうし) 今この時、日本にいるのだから、やっぱりソレっぽいとこも観光してもらって、サクモさんには出来るだけ楽しんで帰国して欲しい。 ―――と、思ってイルカにそー言ったならばさ。 素っ気無く、「おう、行って来い」と手を振られてしまった。 ……何? お前、もうつきあってくれないワケ? 「………イルカも来てよ」 「え? だって、行くの浅草だろ?」 そーだよ、浅草だ。 外人さんの定番観光スポットだし、ウチからもムチャ遠いわけではない。 外国人観光客には結構人気があるという日光も、特急スペーシアが新宿で乗れるようになった今、それほどアクセスしにくい場所じゃないが。 あそこまで行くなら温泉宿に泊まらなきゃつまらないだろう。 生憎、今回はそこまで余裕は無いし、あまり遠出をさせてサクモさんを疲れさせたくない。 築地市場も独特の日本文化として最近外国人に人気のスポットらしいが、ナマの魚が苦手なサクモさんに、マグロの解体ショーなんて見せてどーする。(教授なら喜びそうだけど) ………ってオレが相談した時、じゃあやっぱり近場で浅草あたりだろ、と言ったのはイルカじゃないかぁ。 イルカは面倒そうに読んでいた新聞から眼を上げる。 「せっかくなんだから、親子水入らずで楽しんでこいよ。俺がいたら、サクモさんが気を遣うだろうし」 う。………うーん、そうかなあ。 そうかもしれない。………でも。 「…だって俺、浅草って中学ん時、修学旅行で行ったっきりなんだもん。…案内出来るほど知らないし」 その条件はイルカも同じなんだけど、敢えて言ってみる。果たして、イルカにはため息をつかれてしまった。 「………俺が行っても、その辺りのフォローは出来ないぞ。俺だって、おのぼりさんなんだから。お前のことだから、ネットで調べたり、ガイドブック持ってったりすんだろ? 途方にくれるほど迷うわけないだろうが」 そこをひとつっっ…! 「でもさあ、一人で迷うのと、お前に相談しながら迷うのとでは、解決のスピードが違うと思うんだよね〜」 ……って迷うの前提か、オレ。(と自分ツッコミ) ともかく、黙って巻き込まれてくれ、イルカ! とーさんの前で、一人でオロオロすんのがイヤなんだよぅ。 ―――という想いを込めて、必殺上目遣いでおねだりポーズ。(………世界広しと言えど、オレのこれが有効なのは目の前の男しかいないだろう) あーもお、しょーがねーなあ、とイルカはポケットから携帯を出した。 ………え? 電話っすか? 何処に? 「………あ、こんばんは。うみのです。……………あ、いえいえそんな。こちらこそ、何だか色々とお世話になりまして。……………え? あ、いや、そうじゃないんです。…教授、明日のご予定は? よろしければ、浅草見物ご一緒に如何ですか? …ええ。……………はい、そうなんですけど、カカシのヤツがね、どうせなら賑やかな方がいいって言うので。………………あ、行けます? 良かった。…じゃあ、明日九時頃サクモさんと降りて来てください。お待ちしてます。……はい。では、おやすみなさい」 イルカはパタッとケータイを折りたたんだ。 「………き…教授も巻き込んだの………?」 イルカは、ちろっと意味深な流し目をくれた。 「………みんなで迷えば怖くない」 俺は黙って頷き、イルカの肩を叩いた。 ………しかし、実際の話。 オレとサクモさんとイルカが浅草見物に行くのに、教授を誘わないってのは、やっぱりマズいと思うので。(サクモさん泊めてくれてるのに)即座に教授を巻き込んだのは、イルカのナイス判断だろう。 教授、好きそうだし。浅草寺付近一帯の一種独特な雰囲気とか、いかにも外国人向けのじゃぱにーずなみやげ物とかな。 そう、浅草といえば浅草寺。雷門から仲見世通りを抜けてお参り、が先ず思い浮かぶ一般的な観光コースだ。 更に言うなら、この周辺をぐるぐるするだけで、結構楽しめるはず―――なんだよな、浅草って。 少し足を伸ばして合羽橋とかも、見て歩くのは面白いかもしれない。(昨夜、ネットで地図検索して俄か勉強はしたのよ、オレも)あそこは色々と専門的な道具があるんだって話だし。………その代わり、イルカが何を買い込むかわからなくて怖いけど。 あ、合羽橋には確か、教授が確実に興味を惹かれそうなモノがあったな。 ほら、すっごくリアルな食品サンプル! 最近は、その本物と見まごうばかりの凝ったつくりの鮨がUSBメモリとかになってるじゃない。あれよ。ニセモノなのに、美味そうなんだよなー。スパゲティとかパフェとか。 サクモさんが、そういうの好きかはわからんけど………見せてみるか。意外とウケてくれるかも。 ともあれ、東京都内のフクザツな地下鉄を乗り継ぎ、オレ達は浅草についた。 (余談だが、初めてあの都内の路線図見た時は眩暈と吐き気がしたものだ。必要に応じて作った路線なんだろーが、何でこんなにあるんだ…と、田舎モノは思うわけ) えーと、やっぱ先ずは浅草寺……雷門だろうな。 というわけで、オレ達は浅草という観光地を象徴するでっかい提灯を目指して歩く。 大きい通りに出ると、すぐにドンッと赤い提灯が見えた。 うむ。そうそう、これが雷門だぁね。最初ッから観光用に作ったわけではあるまいが、ナイス目印。 ああ、昔、中学の修学旅行で見た時と全然変わってねーな、印象が。 でっかい提灯を見上げている金髪美形に、俺はそっと訊いてみた。 「…そういやせんせ、浅草はご存知ですか?」 この人は妙な所で妙な物に精通していることがあるから、下手をすればオレ達よりも詳しい、という可能性もあるかと思ったのだが。 「んー、情報は色々と眼にしていたけど、実は来るのは初めて。………キミ達は?」 やっぱ、そうは上手くいかないか。教授にガイド丸投げ路線は消えた。 「オレもイルカも、中学生の時に学校の行事で一度来たことがあるだけです」 「あ、そう。久々なわけだね。じゃ、一緒に楽しめるねえ」 「………ですね」 ―――もう、いい。おのぼりさんモロバレでも構うものか。 オレは、近所の本屋で急遽調達した『浅草ガイドブック』をカバンから取り出した。 オレ、ネットは便利に使うけど、やっぱ紙媒体って安心感あるよな。美味しいものガイドとかも載ってるし。 「…ここが雷門だから、とりあえず仲見世通りを見ながら浅草寺まで行きましょうかね」 人力車に乗るのも面白そうだけど。リキシャの兄ちゃん達は女性ばかりに声を掛けている。………ような気がする。男として、わからんでもないがな。それに、女性の方が軽いだろうしねー(たぶん)。 オレは、雷門を見ているサクモさんに一応説明した。 「えー、これは浅草寺の山門で、通称雷門。本当の名前は風神雷神門といいます。右側が風神、左側が雷神。風の神様と雷の神様…なのかな? …デス」 サクモさんは、眼を細めて雷神像を見た。 「ああ、金網の中の像ですね。……趣きがありますねえ」 そんな会話を交わしつつ、ぽんやかとしてたら、急にイルカに肘をつかまれた。 「おい、気をつけろ、カカシ」 「………え? 何?」 イルカは、オレに耳打ちした。 「何じゃないよ。前に言っただろう。お前、サクモさんや教授といるとやたら目立つんだから。…ここは観光地だから、カメラを構えてても周囲に不審がられない。あまり、シャッターチャンスを与えるな。…つまり、あまり一つところに立ち止まるな」 ―――えええっ? あー! そっか、うっかり忘れてたー! ………目立つんでした、オレ達。 浅草は外人の観光客が多いから、オレらも然程眼を引かないかも、と思ってたんだが、それは甘かったようだ。 まず、教授が目立つ。 美形だし、困ったことにハリウッドスターみたいなオーラを持ってるみたいなんだよなぁ、この人。 存在感がハンパ無いというのか。 否応無く注目の的になってしまうタイプだ。学校でも目立ちまくっているもんなー。 サクモさんは、教授ほど目立ちはしないが、一度視界に入ると妙に眼が素通り出来ないビジュアルだと思うし。 見られるだけならともかく、撮られたくはないよなぁ。肖像権の侵害だ。 ―――と、その時。 背後から「ワォ!」といういかにもガイジンっぽい歓声が聞こえた。振り返ると、そこには異人さんの団体客がわらわら〜っといて、ブロンドの女の子が眼をキラキラさせてこちらを―――いや、サクモさんを見ていた。 おメメキラキラのお嬢さんは、団体の輪から抜けてこちらに走り寄ってくる。 「あのっ! もしかして、アインフェルトさんじゃないですか?」 ドイツ語だ。 うわ、そーだった。……アーティストでした………オレの父さんは。 日本じゃ知られていないけど、ドイツ人観光客の団体さんの中になら知ってる人がいてもおかしくないんだったー……… サクモさんは、少し驚きながらも穏やかに肯定した。 「はい、そうですが………」 鼻の頭に薄っすらとソバカスを散らしたキュートな女の子は、満面に笑みを浮かべて興奮した口調でまくしたてる。 「やっぱり! 嬉しい、こんなところでお会いできるなんて! 私、去年ベルリンでコンサート観ました! すっごくステキでしたー! ファンなんです!」 ファンをないがしろには出来ないよなあ、やっぱり。 彼は、にこ、と柔和な笑みを浮かべて礼を言った。 「それはどうもありがとうございます」 「どうして日本に? あ、まさかコンサートですか? 日本公演の情報なんて知らなかったですー、くやしいっ! 知ってたら、日程あわせたのにー!」 女の子のテンションは上がりっぱなしだった。 余程サクモさんが好きなんだろう。彼の音楽が好きなのか、ルックスが好きなのかはわからんが。 ………彼にオレみたいなデカイガキがいるって知ったら、どんな顔するだろうね。(いや、今バラす気は全然無いけど) いや、とサクモさんは首を振った。 「今回は、個人的な用事で日本に来ているんです。今日は、せっかくだから観光をしようと思って……」 ホ、と女の子は安心したように息をついて微笑んだ。 「そーなんですかー。良かった。…あ、あの………ここでお会いできた記念に、サインもらえませんか?」 うん、どこの国でもファンがとる行動は同じなんだなー。 女の子は、バッグからサインペンを取り出し、着ていたタンクトップの裾をつかんで、えいっとばかりに引っ張った。………もう、書いてもらう気満々。 サクモさんは、勢いでペンを受け取ってしまったものの、躊躇っている。 「………そこにサインするんですか? あの…服だと色々まずくないですか?」 彼が躊躇ったのは、それだけではあるまい。 女の子は何の恥じらいもなく服を引っ張ってるけど、見えてるって、でけえ胸の谷間が! つうか見せブラか? それ。ハデなブラだなー。 あ、と女の子が口を開けた。 「そーか! 書いてもらっちゃったら、怖くて洗濯できない〜! でも洗濯しないとカビ生えるし〜! どーしよぉぉぉ………あー、CD持ってくれば良かった………」 ………ここでアンタのバッグから彼のCDが出てきたら、それはそれでコワイよ。 サクモさんは、自分の上着のポケットからハンカチを出した。 「…まだ使っていないから、大丈夫です。これでもいいですか?」 そして、彼女の返事を待たずにハンカチの隅にササッとサインする。 「お名前は?」 「ゾフィーです」 サクモさんは彼女の名前と日付もきちんと入れて、ハンカチとペンを彼女に渡した。 「どうぞ、ゾフィーさん」 女の子は、眼を丸くしてハンカチを受け取る。 「こ、これっ…頂いてもいいんですかー? うわあ、どうしよう嬉しい…っ…大事にします! ありがとうございますっ!」 彼女は感極まったように叫ぶとサクモさんに抱きついて、あろうコトかキスしやがった。 ………頬っぺただったケド。 こういうところは日本人とは違うな。日本人だったら、どんだけテンション上がっても、せいぜいが手を握るくらいだろうに。 サクモさんは、やはり少し驚いたような顔をしたが、彼女の行為を咎めはしなかった。 「…い、いえ。どういたしまして。………よければ、また聴きに来てください」 女の子はうるうるして頷く。 「はいっ! ぜーったい行きます! ありがとうございましたぁっ」 後ろからツアコンのおじさんに何やら怒鳴られた(たぶん、「お早く」とか言ったんだと思う)彼女は、お仲間のところに慌てて帰っていった。 ふう、と思わずオレはため息をつく。 ………まだ雷門も潜ってないのに一騒動だな。 「カーカシく〜ん、お父さんのボディガード、キミがしなきゃダメでしょー………?」 うひぁっ………急に背後に立たないでください、教授! 「いやでも、父さんのファンでしょ? 今の人。…ファンは大事にしなきゃダメかなあ、とか思って…まさか、抱きついてくるとは思わんかったし………」 黙って成り行きを見守ってしまいました、ハイ。 「…いいんですよ、カカシ。確かに、聴きに来てくれるお客様は大事ですし」 はあ、と教授はため息をついた。 「サクモさんは特に女の子に人気ありますもんねえ……」 「そんな事ないですって。………あ、カカシ。口紅、ついてませんか?」 サクモさんは、女の子にキスされた方の頬をこっちに向けた。 あー、なるほど? しょっちゅう経験してんのかもねー…ああいう一方的なキッス。 「……ちょっとついてます。じっとしてて、父さん」 オレはハンカチを出そうとしたが、用意周到なイルカさんが、「使え」とウェットティッシュを渡してくれた。(………お前、本当にO型?) 「サンキュ、イルカ」 「スミマセン、イルカ君」 オレはウェットティッシュで父さんの頬についた女の子の赤い口紅の跡をそっと拭う。 いいえ、とイルカは苦笑した。 「やっぱり向こうの女の子って大胆だなって思いましたよ。…日本人にはアレはなかなか出来ない」 「ハハ、オレもそー思ってた。………ハイ、いいですよ、父さん。取れました」 「ありがとう。…ミナトも待たせてすみません」 教授も苦笑して肩を竦めてみせる。 「思いがけない場所で、好きな人に会えたってのは嬉しいでしょうからね。彼女の気持ちもわからなくないですから。………それより、今のでかなり人目を引いたみたいです。早く行きましょう」 なるほど、こっちを遠巻きにしてヒソヒソと「もしかして俳優さん?」とかやっとるな。 「あれ? うみの?」 ―――という声に振りむけば、どっかで見たことあるツラのリキシャマンがこっちを見てた。 |
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