LONG PATH ECHO −9

(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます)

眠りから醒めたカカシは、部屋を見回し、自分の手を見てガックリと肩を落とした。
今回は、眠っているうちにいつの間にか精神体がこちらに来てしまっていた。
だから、戻るとすればまた眠っているうちだと思ったのだが―――二晩寝たくらいでは戻れないらしい。
「は……甘かったかね………」
隣のベッドで、イルカがもぞ、と起き上がった。
「おはよう…ございます。………あの、まだカカシさん…ですよね?」
「オハヨー………残念ながら、まだカカシさんです………」
「そうですか。…あの…気を落とさないでください」
ハハハ、とカカシは力無く笑った。
「いやあ………君もね」
「ま、まだ三日目ですよ! 前の時だって、十日くらいはいらしたじゃないですか。大丈夫、貴方の元の身体は向こうのイルカさんが護っているはずですし! ………ウチのが貴方の身体に入っていた場合も………」
カカシはガリガリと頭をかいた。
「うん、まあカカシ君も木ノ葉初めてじゃないからねー………イルカ先生のフォローがあれば、大丈夫だと思うけど………敵の幻術くらって、ちょっとマズイ状態です、とか言えばいくらでも誤魔化せるし。………オレも、最初のポカさえなきゃ記憶喪失とか言って、誤魔化せたかもしれないのにねえ………」
イルカは首を振った。
「それでは病院行きになってしまいますよ。…それに、サクモさんが心配のあまり、お身体を壊しそうです」
「………それはマズイわ」
カカシが寝不足で気分を悪くしたというだけで、あんなに心配したのだ。
記憶喪失などと言ったら、彼は真っ青になるだろう。
「イルカ君、これは旅行でしょ? いつまでこっちにいる予定?」
「教授がこのホテルに十日間の予約を入れていますので、あと数日は日光で過ごす予定ですけど。……サクモさんもそう長い間、日本にはいられないはずですから、もうしばらくの辛抱ですよ」
「………いや………その…別に、彼と顔を合わすのが苦痛ってわけじゃ…ないんだけどね」
『カカシ』のフリをする緊張は精神的に疲れるが、その緊張感に助けられもしていた。
でなければ、亡き父や師への思慕でもっと心をかき乱されていたかもしれない。
「すみません。………俺………」
カカシはハッと顔を上げた。
「や、何? どーして謝るの。…悪いね、余計な気遣いさせて。………さ、顔洗って、朝メシにしよ。……先生達、起きたかな」
イルカは枕の下から携帯電話を引っ張り出した。
「ちょうど、教授からメールが来ました。…『起きてる? 二十分後にダイニングに行くよ』だそうです」
よいしょ、とカカシはベッドから降りた。
「…了解。ホント、ケータイって便利だね」
 


朝日の差し込むダイニングで優雅な朝食を済ませたところで、ミナトが提案した。
………さて、今日の予定ですけど。いいお天気だし、車を借りてドライブでもしませんか? 霧降から中禅寺湖あたりまで
サクモはカカシを見た。
…カカシの体調によります。車に乗ったりして、また気分が悪くなったらいけません
カカシ自身はドライブの経験は無かったが、この世界のカカシ(の身体)は乗り物にも慣れているはずだ。
おそらく大丈夫だろうと判断したカカシは、サクモににっこりと笑ってみせる。
オレは大丈夫ですよ。せっかく旅行に来ているんです。ホテルにこもってばかりじゃ面白くないでしょ?
そうですか? ………では、皆さんのいいように
ミナトは紅茶を飲み干し、カップを置いた。
決まりですね。今日は、ドライブということで
イルカがスッと席を立った。
じゃあ、俺達は駅まで行ってレンタカー借りてきます。教授達は部屋で休んでいてください。…行くぞ、カカシ
あ、うん
カカシも急いで立ち上がり、イルカの後を追いかけようとして足を止め、ミナト達を振り返った。
あの…行ってきます
ミナトはヒラ、と手を振る。
ん、行ってらっしゃい。よろしくね
イルカは、ダイニングを出た所で待っていた。
「………教授も考えましたね。ドライブ、というのはいい手かもしれません。…運転は俺がしますから、カカシさんは助手席に座って寝たふりでもしていてください。……実際、カカシは助手席に座ると寝ちまうことが多いんです」
「ああ………なるほど」
「行きましょう。駅前で車を貸してくれるはずです」
駅前のレンタカー会社の営業所で車を借りたイルカとカカシは、『今からホテルに戻ります』とミナトの携帯にメールで連絡を入れて、ホテルに向かった。
歩けば二十分はかかる距離だが、車ではあっという間に着く。車をホテルの玄関前につけると、ホテルからやや慌てた様子のミナトが飛び出してきた。
「………先生…?」
「あ! カカシ君、イルカ君! ごめんッ! 急用!」
「どうしたんですか、先生」
「ウチの方のゴタゴタで泣きつかれた。ちょっと、東京に戻るよ。僕が顔を出せば解決すると思うから。…たぶん、明日の夜までにはまたこっちに来られる。君達はこのまま日光にいて」
カカシは、よくわからないなりに状況を酌んで車から降りた。
「じゃあ、足があった方がいいでしょう。ある意味、グッドタイミングですね。…イルカ君、よろしく」
「そうですね。乗ってください、教授。日光駅に行っても、ちょうどよく電車があるとは限らない。車で行けるところまで行きましょう。この時期、高速もまだ渋滞にはなっていないはずです」
ミナトは頷いて、躊躇い無く車に乗った。
「ごめん、助かるよ。……カカシ君、悪いけど少しの間、サクモさん頼むね」
「はい。行ってらっしゃい、先生。…イルカ君も」
イルカは運転席から首を出し、心配そうにカカシを見た。
「すみません、カカシさん。なるべく早く戻りますんで、頑張ってください」
「いや、慌てなくていいから」
カカシは運転席の方に回って、小声で訊く。
「大体どれくらいかかる? 戻るのに」
「………東京近辺まで行くとすれば、往復で四時間近くかかる可能性もあります。道路の混雑状況によりますが」
「わかった。オレの事は気にしなくていいから、なるべく、先生にいいようにしてあげて。…気をつけて行ってらっしゃい、イルカ君」
「はい、では、行ってきます。後で携帯に連絡入れますから。…あ、これ日光のガイドブックです。ご参考までに」
 イルカは声を潜めてひっそりとつけたした。
「…それと、カカシの財布の金は使ってもいいですから。俺が責任持ちます」
「…わかった。ありがとう」
カカシをホテルの玄関先に残し、車は行ってしまった。
イルカに手渡されたガイドブックに眼を落とし、カカシはため息をついた。
(……………そうか。父さ…いや、サクモさんと二人っきりか………)
一番厄介な状況になってしまった。
イルカのフォローもミナトのフォローも無い状態で、どうサクモに接するのが最良なのか。
今日はドライブだと決めていたので、それが中止になった今、他にどういう過ごし方をしたらいいのかもわからない。
(ええい、任務だと思え、カカシ。………他国で潜入任務についているのだと思えばなんとかなる! 把握している情報こそ少ないけど、そこは想像力でカバーしろ! 頑張るのだオレ)
いつまでもその場に立ち尽くしていても仕方が無い。
カカシがホテルの中に入ると、サクモがロビーに下りて来ていた。
………父さん
サクモは苦笑を浮かべる。
ミナトも相変わらず忙しい人ですね。イルカ君、車で送っていったのですか?
 カカシは、手にしていたガイドブックでトントンと自分の肩を叩いた。
ええ。イルカは夕食までには戻って来れると思いますが。……今日のドライブは、中止ですね
発起人のミナトを置いて、私達だけでドライブするわけにもいかないでしょう。………イルカ君が戻ってくるまで、どうしましょうか
そうですねえ………ええっと………
英会話の特訓がてら、ミナトは東京のマンションからこのホテルへ来るまでにあった出来事、日光に来てから何処を観光したかなどをざっと教えてくれていた。
が、実際にカカシが見聞きしたわけではない。迂闊な発言は避けるべきだ。サクモ以上の異邦人であるカカシは、ガイドブックの地図を広げた。
既に行った場所には、ピンクのマーカーでしるしがつけてある。
行ってみたい所ってありますか? …あるいは父さんがもう一度見ておきたい所とか、あれば
ニコ、とサクモは笑った。
ああ…もう一度同じ所を見に行く、という手もありますか。そうしたら、ミナトやイルカ君に気兼ねが要りませんね。カカシは、賢い
……あ…いや、そんなことは………えっと、じゃあ何処ならもう一度見てもいいと思いますか? 父さんはせっかく遠くから来ているんですから、ご遠慮なく
そうですね、とサクモは眉間に軽く指を当てた。
カカシはその何気ない動作に眼を引かれる。
(見覚えがある。………父さんも、時々ああいう風にしていた………)
何かを考える時のクセまで、父と同じとは。
サクモはカカシの顔を見て微笑んだ。
………ここから歩いて行けますし、リンノウジからトウショウグウをもう一度見て来ませんか? 私はアジアの宗教的建築物は初めてだったので、とても興味深くて………
カカシはホッとした。トウショウグウとやらについての事は、ミナトに読まされた本に書いてあった。多少の予備知識はある。
はい。では、そうしましょう
 


サクモと、二人きりで肩を並べて歩く。
自分と殆ど目線の変わらない『父親』と一緒に歩くのは、カカシにとって新鮮だった。
(……このサクモさん…父さんが死んだ時よりは、年上…だよな。カカシ君がこんなに大きいんだから。でも、オレが覚えている父さんの印象とそう変わらない。…綺麗で…ちょっと浮世離れ…というか世間知らずっぽい感じが)
カカシ? そっちの階段から行くのですか? 前はあちらの坂から上がったのではありませんでしたっけ
カカシはギクッと足を止めた。
あ……あの、地図だとこっちからも行けるって。…どうせなら、違う道を通って行きませんか?
………そう、ですね。……違う道もいいでしょう
カカシはドキドキし始めていた。
(ま、まずかったか…? カカシ君達が一度行った場所にまた行くっていうのは。…まさか、ホテルから一番近いルートを使わなかったとはな。…大人しくホテルにこもって、ビリヤードとかしてれば良かっただろうか………)
だが、イルカやミナトのサポートが無い状態で、ビリヤードをするのも危険だ。
何せ、カカシがどの程度やれるのか、わからない。
いずれにせよ、何をしたところで綱渡りだ。
こういう時は相手にしゃべらせて、自分は相槌をうっておくのが無難なやり方だが。
(あー…この人がテンション高く一人でしゃべりまくっているようなタイプだったら、楽だったんだけど。…父さんだものなあ………無理だよなー………)
そんなカカシの気持ちを汲み取ったかのように、サクモが口を開いた。
………今日は、この間より静かですね。…団体客がいないからでしょうか
そ、そうですね
サクモは眼を細める。
この間は、十歳前後の小さな子供達もたくさんいました。………カカシもあんな風に小さくて、とても可愛かったのでしょうね
いえ、オレは………
十歳前後の自分。―――中忍として、必死に任務をこなしていた事しか思い出せない。
父を亡くした後も聞こえてきた陰口に心折れそうになりながら、じっと耐えていた。あの時ミナトが護ってくれなかったら、きっと上忍になる前に死んでいただろう。
この世界のカカシもその年頃は母親を亡くして一人ぼっちだったはずだが、自分ほど荒んでいたわけが無い。
………あんな風に小さかったのに………寂しい思いをさせました。………ごめんなさい
あ! いや………その、イルカもいましたし………大丈夫と言いますか………
まずい、とカカシはあせった。
『カカシ』に、なりきれない。任務ならこういう場面で、幾らでも言葉を弄して相手を騙せるのに。
イルカやミナトから聞いた情報を思い出し、こういう時『カカシ君』ならどう答えるかを考えて、カカシは語を継いだ。
……第一、オレが一人になったのは、貴方のせいじゃないですし。謝る事無いです
カカシはいつも、そう言ってくれますね。…でも、私は何度君に謝っても、足りないのです。…どうか、これからも私が君に謝罪の言葉を繰り返すことを、許してください
………そんな………
カカシは思わず、シャツの上から自分の胸の辺りをつかんだ。
父も亡くなる間際、『ごめんね』と謝っていた。
いい父親ではなかったと、苦しそうに―――
謝罪の理由は違えど、もうサクモが謝る言葉は聞きたくない。
カカシは何かを振り払うように首を振った。
もう十分ですよ、父さん! 貴方の気持ちはわかりましたから。…お願いですから、それ以上ご自分を責めないでください
カカシ………
サクモに向き直り、カカシは明るく笑ってみせた。
………それよりも、せっかく空いている時に来たんですから。もう一度見たいところ、じっくり見ましょう
 

 



 

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