LONG PATH ECHO −7

(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます)

「つまりですね、カカシは今までビリヤードをやった事がなかったんですけど。このホテルにあったビリヤード台で、サクモさんに基本的な所から手ほどきをしてもらったんですよ。……あの親子、そういう触れ合いをしたのは初めてだったから、お互いに凄く嬉しかったみたいで………」
イルカはバッグから小型のノートパソコンを取り出した。
「どんなゲームなのかは、口で説明するより見た方が早いです。………今、動画を検索しますから………」
「ふーん? そういう事も出来るんだ。便利だねえ………」
イルカはインターネットに繋ぐと動画サイトを探し、検索をかけた。
「………あった」
パソコンのディスプレイに、ビリヤードをしている動画が映し出される。
プロの名勝負を集めた、十分ほどの動画をカカシは興味深げに眺めた。
「………どうですか? 大体の感じ、わかりましたか?」
「うん、ありがとう。字幕で解説も出たから、どういうゲームかはわかったよ。今のは、プロのプレイだったみたいだね。…素人のもあれば見ておきたいな。出来れば、カカシ君ならこれくらいって感じの」
カカシにとって、今見たプレイを再現してみせることなど造作も無い。
だが、『カカシ』は基本から始めたばかりの素人なのだ。
「あ、はい。…でも、そういうのはあるかなぁ…」
イルカはキーワードを入力して、ビリヤード初心者の動画を探した。
「ん〜、参考になりそうな動画ってのは無いですね。やっぱり、動画サイトにアップされるようなのは、名勝負とか珍プレイみたいなのが多くて………」
「そうか、そうだよな。ヘボいのをわざわざ公開しないよね。じゃあ、基本的なルールを教えてもらえるかな? 映像では把握しきれなかったから」
「ちょっと待ってください。…俺も、ビリヤードは詳しくなくて………」
イルカは、ノートパソコンのキィをカタカタと叩いた。
「あ、ありました。このサイトで、ビリヤードの基本的なルールを解説しています。カカシも、まだそんなに詳しくないはずだから、大まかでいいですよ」
「ありがとう」
カカシは、ルールをわざと斜め読みして、知識に穴を開けておいた。
「よし、大体わかった。…それで、サクモさんは、上手いの? このゲーム」
「ええ。とてもお上手ですよ。腕は、プロ級じゃないでしょうか」
「へーえ、そうなんだー………彼のプレイも、見てみたいねえ……」
あ、とイルカは声を上げた。
「そうだ。…確か、このパソコンに………あ、あった。ビリヤードではありませんが、サクモさんのお仕事ぶりなら見られますよ。コンサートのDVDを、ハードディスクに落としてあるんです」
サクモの仕事ぶりと聞いて、カカシは興味を示した。
「音楽やってる人だっけ。そりゃあぜひ見てみたいな。…見せて」
「はい」
イルカはカチ、とマウスをクリックした。
「確か、一昨年のコンサートだったと思います」
ノートパソコンのディスプレイが黒くなり、白く字が浮き上がる。
「………ん? 英語じゃないな」
「ええ。ドイツ語ですね。DVDのタイトルですよ」
画面が、白亜の建物に変わった。
カメラはその建物に近づいていく。DVDの視聴者が、コンサートホールに入るところから体感できる作りになっているらしい。
広い階段を昇っていくと、目の前で重厚な扉が開いた。
瀟洒な雰囲気のロビーを横切り、また扉が開く。
カメラは、シャンデリアと桟敷席、そして客席をなめていく。
会場内は既に満席だ。
舞台に、楽器を手にした楽団員がゾロゾロと出てきて、各々が自分の定位置につき、チューニングが始まった。
「………彼は?」
「サクモさんは、指揮者ですから。……もうすぐ、出ていらっしゃいますよ」
「………指揮者か………」
ワッと歓声があがり、拍手がおこる。
黒の燕尾服姿のサクモが、舞台袖から出てきた。
カカシの覚えている父親は大抵の場合忍服か寝巻き姿で、洒落っ気のある服など着ていたことはない。
父親と同じ顔をした男がああいう礼装風のスタイルをしているのは新鮮で、妙な感じがした。
「サクモさんは女性のファンが多いみたいですよ。男の眼から見てもカッコイイな、と思いますもんね。…もちろん、純粋に彼の作り出す音に対するファンもたくさんいるようですけど」
「………なるほど?」
確かに見栄えのいい人だ、とカカシは思った。父と姿は似ているが、ああいう姿の彼は雰囲気が違う。
その所為で、画面の中のサクモを自分の父とは別人だとすんなり思えるのがカカシにはありがたかった。
「あ、始まります」
サクモがタクトを一閃させ、最初の音が来た。
カカシには馴染みの無い曲だ。
だが、耳に心地いい。
カカシはじっと画面に見入った。
カメラは、あらゆる角度でサクモの姿を映していた。
右手に持った細いタクトと、左手が滑らかに、繊細かつ表情豊かに動く。
真剣な眼差し。
視線ひとつで、演奏者に指示を出す。
聴衆側から見た背中からも、その気迫が伝わってくる。
指揮台に立つほっそりとした彼が、とてつもない存在感を放っていた。
「………凄いな………」
こんな小さな画面で見るのはもったいない、と思った。
もっと大きな画面で―――いや、出来たらあの場で、生で見てみたい。さぞ迫力があるだろう。
「これ、見せてもらって良かった。………オレは、彼を見誤るところだった」
え? とイルカは不思議そうな顔をした。
「確かに、とても繊細な人だ。………でも、それだけじゃない」
カカシは懐かしそうに微笑み、ひっそりと呟いた。
「………やはりこの人も、『白い牙』だ」


 

 



 

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