LONG PATH ECHO −2

(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます)

サクモは、カカシには馴染みの無い異国の言葉で話しかけてきた。
………カカシ。もう、大丈夫ですか?
(………さすが、夢。………何で父さんがわざわざあんな言葉で喋ってるんだ………?)
言っている事の意味は、何となくわかる。
木ノ葉から遠く離れた鉱の国が今の国名になる前、まだ幾つかの小国に分かれていた頃に使われていたという古代語に近い。
今、その古代語を公用語にしている国は無いが、古い文献を読み解くには不可欠の知識であり、また高い教養を身につけているという証にもなるので、格式のある学校では必須科目になっているという。
木ノ葉でも、一部の言葉は外来語として定着し、一般人でもそれと知らず使っている事もある。
忍術学校の総称であるアカデミーもそうだし、任務のランク付で使っているA、B、Cなどもそうだ。
それにしても凄い夢だ、とカカシは思った。
四代目に続いて、父親まで出てくるとは。
カカシが黙ったままボーッとその顔を眺めていると、サクモは俄かに不安そうな顔になった。
「カカシ? 気分が悪いのですか?」
ミナトが猛烈な勢いでサクモに駆け寄り、その肩を両手で掴んだ。
サクモさんっ! どうしましょうっ! カカシ君がおかしくなってしまいました!
ちょ………っ…ミ、ミナト、落ち着いて。………カカシが、何ですって?
カカシ君、ここが日光だということも、皆で旅行に来ているんだということも覚えていないんですっ!
サクモも顔色を変えた。
「………なんですって?」
カカシはその光景をぼんやりと眺めていた。
おかしなことに、ミナト先生まで古代語を使い始めた。
夢なのだから仕方ないかな、と思いつつ、カカシは言うだけ言ってみる。
「………あの〜お〜…すいません。何で、お二人ともそんな言葉を使っているんです? 面倒じゃないですか」
ミナトが振り返り、口元を引き攣らせた。
「…………カカシ君、何言っているの? そんな言葉って………今のは、英語だよ?」
「………エイゴ………?」
カカシは首を傾げた。あの古代語はエイゴという呼ばれ方をしていたか?
カカシの記憶にはなかったが、今この場ではそういう事になっているのだろうな、と納得する。夢とはそういうものだ。
ミナトが悲壮な声をあげた。
「英語がわからないの?」
「は? ええと……………」
全然わからないわけではなかった。部分的に違うな、と思う単語もあったが、彼らの会話は概ね理解出来ている。
「………カカシ君、僕を『先生』と呼んだね? 僕のことは覚えているんだね?」
「もちろんです、ミナト先生」
「じ、じゃあ、この人のことは?」
と、サクモを手振りで示す。
「……あの……父さん………でしょう?」
カカシはきちんと正しい答えを返したはずなのに、ミナトはますます頭を抱えた。
「…ナニ? 自分の事や、人間関係は覚えているのに、ここ数日の記憶と英語を綺麗さっぱり忘れてるって、どういう健忘症……??」
ここへきて、ようやくカカシも何かがおかしいと思い始めた。
夢だから、多少のかみ合わなさはあって当然だと思っていたのだが、夢の場合はその『かみ合わなさ』は大概無視され、理屈に合わないことでも合っているかのように物事が進んでいくものだ。ことに、夢の登場人物からは無視される。
そして、夢の世界ならではの不条理な展開になっていくはずなのだが。ここではその『かみ合わない部分』がきちんと問題視されているようだ。
しごく真っ当な、現実世界での反応である。
カカシは、自分の手を見て、違和感に気づいた。これは、自分の手ではない―――気がする。自分のもののはずなのに、どこか見慣れない手。
(……………………)
カカシはサッと部屋の中を見回し、半開きの扉の向こうが浴室のような場所だと気づいた。
浴室なら、おそらく鏡がある。カカシはするりとベッドから降りると、無言で浴室に向かった。
「ちょ、カカシ君!」
「顔、洗うだけです」
カカシが思った通り、入ってすぐのところに洗面台があり、四角い鏡が壁面に取り付けられていた。
そこで見た己の姿に、カカシは愕然となる。
(………………嘘………だろう?)
そこに映っていたのは、カカシであってカカシではない男だった。
まず、年齢が若い。そして、左眼の上に傷はあるものの、眼は写輪眼ではない。
カカシはガックリと洗面台に手をついた。
(………そーいう………事か………!)
やっと、合点がいった。
(………これは夢なんかじゃない。ここは、オレの世界じゃないんだ。………オレは精神だけ、飛ばされて……ここのカカシ君の身体に、入ってしまったんだ! ……たぶん)
カカシは過去二回、自分の住む世界とはまるで違う異世界―――所謂、平行世界。パラレルワールドに飛ばされたことがある。カカシの世界で言う、神隠し現象だ。
一度目は、イルカと一緒に。
その異世界にも『カカシ』と『イルカ』がいて、彼らと数日間を共に過ごした。
二度目は、カカシ独りで。
その時は、異世界のカカシが入れ替わりに木ノ葉の方へ飛ばされていた。
そして、今回。
(こういうパターンは、初めてだな。………身体は向こうの世界に置いたままで、魂だけ、か。う〜ん、カカシ君はどうなったのかね。………また入れ替わりでオレの身体に行っちゃってるとか?)
だとしたら、大層困っているだろう。
(………まあでも、イルカ先生がいるからな。何とかなるだろう)
カカシの恋人は、多少のことでは動じない男だ。
こちらの世界のカカシについても、よく知っている。大丈夫だ。
問題は、自分だった。最初に夢だと思ってしまった所為で、随分と不用意な発言をしてしまった。
(間が悪かったな。こちらの世界のカカシ君が旅行中じゃなきゃ、もう少し違う対処が出来たはずなんだが。彼らの部屋で眼を覚ましていたら、その時点で状況に気づけただろうに)
人の気配に振り返ると、サクモが心配そうな顔で浴室の戸口に立っていた。
「………カカシ?」
「とう………さん………」
(………こっちの世界では、父さん、生きているのか………先生も………!)
夢だと思いながら彼らと接していた時は、どこか冷めていたカカシだったが―――
いきなり、切ない感情がこみ上げ、あふれんばかりに胸いっぱいに広がっていく。
(オレの父さんじゃない。………でも、生きている。父さんが、生きている! ………生きて、動いて………オレの名前を呼んでいる………!)
しまった、と思った時は遅かった。
ひとりでに涙がこぼれ、頬を伝う。
「カカシ? どうしました? キブン、悪いですか」
おそらくこの人は、いつもは英語とかいう言葉を使っているのだろう。そして、この世界のカカシもまた、その言葉で彼と話しているはずだ。
だが、今のカカシには英語が通じないのではないかと危ぶんで、片言ながらもカカシに伝わる言葉を使って、心配してくれている。
良かった、とカカシは思った。
やはり、この人も『サクモ』だ。
いつも微笑んでいた優しい父と、同じ―――………
「……大丈夫、です………」
そう応えながらも、また涙がこぼれる。
その涙に慌て、サクモが手を伸ばしてきた。
「カカシ、どこか、痛い、ですか」
温かな掌が、優しくカカシの頬に触れる。
痛い。
確かに、痛かった。
胸の奥が、掴まれているかのように痛い。
「…ガマン、しないで、痛い、言ってください」
サクモは泣いているカカシの肩にそっと手を回し、小さな子供にするように頭を優しく撫でた。
―――限界、だった。
カカシは、サクモに抱きついた。
この人は自分の父親ではない。わかっている。
でも、懐かしくて、愛おしくて、気がおかしくなりそうだった。
「………父さん………父さん、父さん…………」
サクモはオロオロとカカシの背を抱き、あやすように何回も撫でた。
「カカシ、カカシ。…痛い、ですか?」
カカシは黙って首を振った。
「………大丈夫。…ごめんなさい。オレ、おかしな夢を見て…混乱、していたみたいで………」
カカシは顔を上げ、サクモの後ろからやはり心配げにこちらを見ているミナトに、笑ってみせた。
「オレ、大丈夫ですから。……寝ぼけて、変なこと言ってしまって…すみません」
ミナトはさっき、『皆で』と言った。
この旅行にイルカが一緒に来ている確率はかなり高いとみて、カカシは賭けに出た。
「あの、イルカは………」
「……イルカ君は駅の方に買い物に行っている。すぐに戻ってくるよ。君の為の栄養剤を買いに、薬局に行っただけだから」
内心、ホッとカカシは息をついた。
やはり、彼も来ていた。イルカなら、この一連の神隠し現象の事も、カカシの事もよく知っている。
事情を話せば、フォローしてもらえるだろう。
ここのサクモやミナトに、本当の事を言う必要は無い。
言っても、ますます心配させるだけだ。
第一、信じてはもらえないだろう。
サクモはまだ、心配そうな顔をしている。
「カカシ、ほんと、に、大丈夫…ですか?」
「ほんとーに、だいじょーぶ、ですよ。元気、元気」
「そうですか。…よかった」
「心配掛けて、ごめんなさい」
自分とあまり背丈が変わらないサクモと、こうして接しているのは不思議な感じだった。
カカシはいつも、背の高い父を見上げていたのに。
彼が亡くなった時、本当に自分は子供だったのだな、と改めて思う。
カカシは、そっとサクモから身体を引き離した。
彼の温もりが離れていくのは寂しいが、いつまでも未練がましくくっついているわけにもいかない。
(………しかし、どういう状況だ? 父親と話す言葉が違うっていうのは………)
そこら辺の事情も、イルカに聞いておかなくては。
それまでは迂闊な言動は控えよう、とカカシは自分に言い聞かせた。
 

 



 

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