LONG PATH ECHO −13
(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます) |
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サクモは不安な気持ちを紛らわせていたいのか、カカシの世界のことについて様々な質問をしてきた。 カカシは、サクモが理解できる範囲で、丁寧に答えていった。 「―――では、東照宮で私が見たのは、やはりその…忍術というものだったのですか」 「はい。…でも、このカカシ君の身体は、チャクラを練るのに慣れていなくて……結構負担がかかってしまったようです。すみません。無茶をした、と反省しています」 カカシはぺこんと頭を下げた。 カカシの身体を預かっている状態なのだから、きちんと健康管理をしなければならないのに、その身体を危険に晒した。 理由はどうあれ、その点は謝るべきだろう。 「女性達を救う為だったのでしょう? …それで多少身体に負担をかけたとしても、カカシは怒ったりはしないと思います。………でも、やはりなるべく、無理はしないでください。カカシの身体が大事なのはもちろんですが、現時点で辛い思いをするのは君なのですから」 「………はい」 カカシはチラ、とサクモを見た。 一見、落ち着いて見える。 目の前にいるカカシの姿形がそのまま変わらないから、現実味には欠けるのかもしれないが。 本当の事を知っても、カカシやミナトが懸念したほど、サクモは取り乱したりはしなかった。 少々彼を見くびっていたか、とカカシは反省した。 「……カカシ」 「はい」 サクモは少し躊躇った後、顔を上げた。 「君は………あの時、泣いたでしょう」 ギクッとカカシは身を竦ませた。 まだ、父親であるサクモのことについては、詳しく話していなかった。その、死についても。 「実は………あれが一番気になっていたのです。君は、私を見て泣いた。…私の姿を見て、最初夢だと思ったのは……君にとって、私がこの世にいるはずの無い存在だから。………違いますか」 その通りだ。 不覚にも、堪え切れなかった。 カカシにとって、『サクモ』はそれだけ心の奥深くに在る、特別な人だったから。 もう一度会いたくて、たまらない人だったから。 カカシは、そっと息を吐いた。 「………ご推察の通りです。……父は、オレがまだ子供の頃に亡くなりましたので。…懐かしくて…つい………」 サクモは顔を曇らせた。 「やはり、そうだったのですか。………それは…辛かったでしょう」 カカシは首を振る。 本当の事を言う必要は無い。『白い牙』が、どういう経緯で自殺したか、など。 だが、ひとつだけ聞いてみたかった。 『はたけサクモ』と同じ存在、根源のところで同じ魂を有しているはずの、このサクモに。 父には聞きたくても聞けなかった疑問の答えを知る事が出来る機会は、もう無いはずだから。 あの時の父の心など、父にしかわからないのを承知の上で。 それでも、サクモと同じ顔をしたこの人の口から、聞きたい言葉があった。 「あの…つかぬ事をお伺いしますが………」 「はい?」 カカシは唇を舐めた。 「………もしも、です。………もしも、貴方にまだ幼い子供がいたとします。……貴方は、その子を置いて、二度と戻れないとわかっている地へ赴けますか? 行かない、という選択肢もあるのに。…行くとしたら…どうして行けたのでしょう………」 本当は、何故幼い子供を残して死ねたんだ、と父親に聞きたかったのだ。 だがこのサクモにそんな事を訊けるわけがない。だから、婉曲な訊き方をした。 サクモは、その質問の言葉を咀嚼するかのように、しばらく口を噤んでいた。 「………彼は、君を置いていってしまったのですか。そして、二度と戻らなかった。…そうですね?」 カカシは小さく頷いた。 「…………………はい」 「話を聞けば、君の世界がこの世界とはだいぶ違う環境なのだということはわかります。そこで生きていたサクモという人が、本当に何を考えていたのかは、私にはわかりません。………私なら、出来ない。小さなカカシを置いて、二度と会えないような所になど行けませんから。………だから」 サクモは手を伸ばし、カカシの頬に触れた。 「行かないという選択肢があったのに、それでも行ったのだとすれば、よほどの事情があったのだろう、と思います。どうしても、どうしても行かなければいけなかった。子供を残して行く事が、辛くなかったわけがありません。きっと、身を切られる思いをしたはずです」 「………でもオレは………まだ七歳だった………」 英語ではないその呟きを、サクモはきちんと聞き取った。 「そうですか。…本当に小さかったのですね。お母さんもいないのに、随分と寂しい思いをしたでしょう。…………辛かった………ですね」 ごめんなさい、とサクモは囁くように小さな声で謝った。 慌てたのはカカシだ。 「あ、いや! …貴方に謝ってもらいたかったんじゃなくて………その、父さんだって、あの時…謝ってはくれたし………」 「………やはり、そうですか」 サクモは立ち上がってテーブルを回り、座っているカカシの傍に来た。 「………私なら、行けない。でも、行かねばならないとしたら、こう言ったでしょう」 サクモは覆いかぶさるようにしてカカシを抱いた。 「本当は、ずっと君といたい。………置いて行きたくなんて、ない………」 カカシは、優しい唇を頬に感じた。 「………愛しています。何処にいても、ずっと変わらず君を愛しています」 本当に父に抱擁され、キスされたような錯覚に陥る。 「………父さん………」 ―――本当は、わかっていたのだ。 父は、カカシを愛してくれていた。 カカシの事などどうでも良かったから、死に急いだわけじゃない。 わかって、いたのだ。 それでもあの時は聞けなかった言葉を、サクモの声で聞きたかった。 それを今、この人は叶えてくれた。 サクモはもう一度、カカシにキスした。 「………あのね。…こんな事を言うと、怒られてしまいそうですけど。………私は、君のお父さんが羨ましいです。……赤ん坊の君を抱いて、泣いている君をあやして、笑っている君にキスをして。小さな君が、日々健やかに育っていくのを、七年間も見ていられた。……とても、羨ましい。私も、小さな君を抱いてみたかったです。……こういうのを、無いものねだり、というのでしょうね」 カカシは微笑み、サクモの額にキスをして立ち上がった。 「………貴方は今、オレの欲しいものをくれましたから。…御礼をしますよ。………もう一度、カカシ君の身体に負担をかけてしまいますが、そこは勘弁してください」 「………何を、するのですか………?」 カカシは片目を瞑ってみせた。 「見ていれば、わかります」 カカシは、すうっと深く息を吸った。 この身体で練れるチャクラは、下忍以下だ。それでも、カカシの上忍としての技術でそこを補えば。 両手を合わせ、印を結んだ。 「………変化!」 ポン、と馴染みのある感覚があった。 いきなり目線が低くなったところをみると、術は成功したのだろう。見上げると、サクモが眼を丸くしてこちらを凝視していた。 「………………カ…カカシ………?」 カカシは、両手をサクモの方に差し出す。 「……おとーさん」 ちゃんと、三歳児程度の可愛らしい声だった。 サクモは身を屈め、恐る恐る幼児の姿になったカカシを抱きあげた。 「こ…これって………」 うふ、とカカシは笑った。 「へんげのじゅつっていうんです。…いろんなものに、ばけられますけどね。いまは、じぶんじしんのちいさなころのすがたに、へんげしました。あかんぼうまでもどると、いろいろとさわりがありますので、このていどでがまんしてください」 「カカシ………!」 サクモは、ぎゅっと小さな身体を抱きしめた。 「………ありがとう。………こんなに小さなカカシを……抱くことが出来るなんて………」 サクモの眼から、涙がこぼれた。 「君達が、とんでもない災難に遭っているというのに………ごめんなさい、私は今、神に感謝したくなってしまいました。……こんな事があるなんて、本当に夢にも思わなかった………」 カカシも、懐かしい思いでサクモの首に腕を回した。 胸の中が、溢れてくる想いで痛いほど切ない。 自然に、言葉が口をついて出た。 「おとうさん、だいすき………」 「私もです、カカシ。…君を…君達を、愛しています」 カカシは小さな唇で、サクモの唇にそっと触れた。 「…………ごめんなさい、そろそろげんかいみたいです。……ほんのすこししか、へんげしていられなくて……すみません………」 サクモの腕の中で、弾けるような衝撃があり―――次の瞬間には、カカシの姿は元に戻っていた。 サクモは慌てて、くたりと頽れそうになったカカシの身体を抱え直す。 「カカシ! 大丈夫ですかっ? カカシ………?」 そっと揺すっても、カカシは眼を開けなかった。 呼吸を確かめ、失神しただけだと判断したサクモは、ホッと息を吐いた。このカカシの身体で忍術を使うのは、相当消耗するのだろう。 サクモは意識を失ったカカシを抱き上げ、ベッドに運んだ。 腕にまだ、幼い子供特有の温かく柔らかな身体の感触が残っている。 なんと愛しい感触だったことか。 現実にはあり得ない変化の術を見せられて、サクモの心にほんの僅かながら残っていた疑念の欠片も吹き飛んだ。 彼は本当に、別の世界から来た、忍者だったのだ。 カカシの目元にかかっている前髪を指先で払ったサクモは、カカシが涙をこぼしていたことに気づいた。 「………ありがとう、カカシ。………ごめんなさい、無理をさせて………」 もう、望むまい。 幼い頃のカカシを、この手に抱きたいなどと。 サクモはベッドの脇に膝をつき、両手を組んで眼を閉じ、そして祈った。 「………どうか、この子達の魂が、無事あるべき肉体に戻れますように」
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