LONG PATH ECHO −11
(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます) |
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カカシは一瞬、対処に迷った。 一人で、彼女達を二人とも受け止めきれるだろうか。自分本来の身体でなら、可能だ。 だが、この世界のカカシは、忍のカカシほど肉体を鍛えていない。 しかもこの、幅の狭い階段だ。 もしも受け止め損なったら、サクモを巻き込んでしまう。 だが、サクモを庇って、彼女達を助け損なったら―――そして、彼女達が大怪我でもしたら。 サクモは、酷く心を痛めるだろう。 カカシが護らねばならないのは、彼の身体だけではないのだ。 (………ええい、仕方ない!) 瞬間的に分身を出現させて片方を受け止め、勢いを殺してからなら片手でも支えきれるはず。そう計算したカカシは、素早く印を結んだ。 (分身の術!) 多重影分身よりも更に脆い術なので、カカシが出現させた分身は女の子を受け止めた次の瞬間にはその衝撃で消えていた。 それと同時にカカシの本体はもう一人の女の子を受け止め、しっかりと抱えながら腕を伸ばして、分身が受け止めた方の女の子も落ちないように支えた。 (おおお、さすがオレ! 腐っても上忍! 自分で自分を褒めるぞ、オレは!) よく、この身体で瞬間的にチャクラを練って、初歩とはいえ術を発動できたものだ。 「カカシ!」 サクモが、悲鳴に近い声で叫んだ。 「カカシ! 大丈夫ですか!」 「………だ、大丈夫…です」 カカシはよいしょ、と一人ずつ女の子を石段に座らせた。 「はーい、危なかったねー。アンタら、ケガない?」 「……………ご、ごめんなさいッ………ありがとう………」 「びびび、びっくりした、びっくりした…………心臓止まりそうになったぁ………すすす、すみません、すみません………」 女の子達は真っ蒼になって、声を震わせていた。 カカシは屈み、繰り返して訊ねる。 「どっちもケガ、してないんだね?」 女の子達は、ポカンとカカシを見上げ―――ようやく、自分達が誰に助けられたのかを認識した。真っ赤になり、コクコクと頷く。 「………大丈夫です………」 「あ、あたしも。………すみません、ヒールが階段に引っ掛かっちゃって………」 やっぱりな、とカカシは思った。 「そういうクツは危ないよ。こういう観光地を歩き回るんなら、もっとカカトの低い、しっかりしたの履かなきゃ」 女の子達は恥ずかしそうに身を縮めて頷いた。 二人とも、長時間歩き回るのに不向きな、華奢なカカトのオシャレなサンダルを履いていたのだ。 「はい。………ごめんなさい………」 「ミホが謝る事ないよぉ。あたしが悪いの。あたしがコケて、あんた巻き込んで落っこちたんだもん。…ごめんねえ、ミホ………もう少しでとんでもない事になるとこだった。マジ、ごめん!」 「え、だってワザと落ちたわけじゃないんだもの。そんな顔しないで」 カカシは苦笑しながら身体を起こした。 「…ま、ケガが無くて良かった。気をつけなよ」 そこへ、慌ただしく仲間の女の子達が下りてきた。 落ちた友達を心配して、口々に声をかける。 「やっだ、ちょっと大丈夫? あんた達!」 「ケガはぁ?」 「もー、驚かさないでよぉー。びっくりして足が竦んじゃったわよ」 落ちてきた女の子達は、振り返って手を振った。 「ごめーん、大丈夫だよ〜。この人に助けてもらったー」 と、彼女が言った時は、もうカカシはサクモの方へ戻りかけていた。 カカシ達の姿を認めた彼女達は、色めき立つ。 「ちょ、ちょ、ちょ! あの人に助けてもらったって!」 「ダメじゃん、ちゃんとお礼しなきゃダメじゃん!」 「そーだよ、日本の女の子、恩知らずだって思われるよ!」 「あッ! でも英語ダメだ、あたしらっ」 階段から落ちた女の子は、小首を傾げた。 「…あの人、日本語ペラペラだったよ?」 ソレを早く言え! と、後から来た女の子達は、転げ落ちた友達二人をその場に残してカカシを追いかけた。 「あの! すみません!」 「友達を助けてくれて、ありがとうございました!」 カカシは振り向いて、愛想笑いをする。 「どういたしまして。一応、あのコ達ケガ無いかちゃんと確かめた方がいいよ。…じゃあね」 ここで逃してなるものか、と彼女達は追いすがった。 「あの、あのっ! お時間あったら、御礼にお茶でも如何でしょうかっ! …つか、お願い、御礼させてください!」 カカシは弱ったように笑った。 「いや………オレ、大したことしてないし………」 カカシとしては、これも判断に迷う所だった。 こういう若い女性は、たいていおしゃべりだ。しかも四、五人の集団ともなれば、結構賑やかにしゃべってくれるはずである。 サクモと二人きりでお茶を飲むより、彼女達が一緒にいてくれた方が、間が持つかもしれない。 しかし、無闇に親しくなることも避けるべきだろう。 (………それに彼女らは、カカシ君とほぼ同世代だ。……この世代なら知ってて当然、のことをオレが知らないのは奇異に見えるだろうしな。オレ一人なら幾らでも誤魔化せるけど、サクモさんが日本語どこまで理解できるのかわからん以上、ヘタな事を言うのは危険だ。…やっぱり、お断りした方が無難だな) 「御礼なんていいから。…じゃ、さよなら」 途端にガッカリした表情を浮かべる女の子達からサッサと離れ、カカシはサクモの所に戻った。 「お待たせ、父さん。行きましょう」 「………いいのですか? カカシ。彼女達、とても何か言いたそうな感じですが………」 「御礼したいって言うから、断っただけ…で………あ、れ?」 グラ、とカカシの身体が傾いだ。 「カカシ?」 よろけたカカシを、慌ててサクモは抱きとめた。 「大丈夫ですか?」 「………すみません。………ちょっと、眩暈が………」 カカシは小さく舌打ちをした。 (…やっぱり、この身体でチャクラを練るのは負担がかかるのか……一昨日試した時は大丈夫だったのに………) 「少し座って休めば大丈夫です。…ごめんなさい」 サクモはカカシを支えながら、顔を覗きこむ。 「顔色が良くない。…やっぱり、まだ体調が悪かったのですね」 カカシはかぶりを振った。 「………いえ、そうじゃなくて………つまり、ですね。…今、落ちてきた彼女達を支えようとして、頑張り過ぎただけなんです。…瞬間的に物凄い踏ん張ったんで、反動が来ちゃっただけっていうか」 分身を使ったのは本当に瞬間的なことだったので、すべてを見ていたサクモにも本当の事はわからなかったはずだ。常人より眼が良かったとしても、カカシが二人に見えたのは錯覚としか思えないはず。 カカシがよろけたのを見て、やはり心配になったのか、女の子達が駆け寄ってきた。 「あの、大丈夫ですかぁ? もしかして、おケガなさったんじゃ………」 「そーだよ、ミホはともかく、リッちゃんは………あ、ゴメン」 リッちゃん、というのは落ちた二人のうち、少々太めの方の女の子のことだろう。 「ううっ…ヒドイ〜…でも、あたしホントに重いから………ごめんなさい。腕とか、痛めたんじゃないですか?」 カカシはパタパタ、と腕を振って見せた。 「ヘーキヘーキ。オレね、ちょっと寝不足だっただけ。…気にしないで。今のが原因じゃないから。…ね?」 女の子達は顔を見合わせた。 あまりしつこくしても、かえって悪いと思ったのだろう。 「………本当に、大丈夫なんですか…?」 「うん、大丈夫。心配してくれて、ありがとね」 じゃあ、と彼女達のうちの一人が、バッグからスポーツドリンクのペットボトルを出した。 「これ、まだ開けてないですから。良かったら、どうぞ。まだ冷たいですし」 「あ……ありがとう………」 リッちゃんという女の子も、自分のショルダーバッグを探って、小さなスプレー缶を取り出した。 「これ、ハンカチとかに噴きつけると、すっごく冷たくなって気持ちいいんですよ。使ってください」 「…え? いや悪いよ、そんな………」 どう見ても、飲み物よりも高価そうだ。カカシは遠慮したが、女の子は、スプレー缶を彼の手に押し付ける。 「こんなの、御礼のうちに入りません。…だって、あれまともに落ちて頭でも打っていたら、最悪あたし死んでます。命の恩人です! お名前とご住所を教えて頂ければ、改めて御礼を………」 カカシは、慌ててスプレー缶を受け取った。 「や、そんな…これで十分! ありがたく使わせてもらうよ。えーと、リッちゃん?」 女の子はポッと顔を赤らめた。 「はい! リツコです」 「うん、リツコちゃんにミホちゃん? それから、お友達の皆さん。オレ達、ちょっとここで休んでいくから、先に下りてくれるかな。気にしないでいいから」 女の子達は顔を見合わせたあと、皆でぺこんとお辞儀をした。 「すみません。本当にありがとうございました。…じゃあ、どうぞ御大事に………」 「うん。水とコレ、ありがとーね。階段、気をつけてねー」 彼女達は振り返り振り返り、階段を下りていく。 カカシは、にこにこと手を振って彼女達を見送った。 やがてその姿が見えなくなると、カカシはふぅっと息をついた。 「………水、もらっちゃいました。父さん、飲みます?」 「それは君が飲みなさい。…そんな蒼い顔をして」 幾分、サクモの声が怒っているように聞こえる。 カカシは素直に謝った。 「はあ…すみません」 「とにかく、もう少し広い所まで下りましょう。あの角の所まで」 奥社拝殿に向かう階段は、下から真っ直ぐではなく、何度か折れ曲がっている。その角は、他に比べてやや広い。 そこまでサクモに支えられて下りたカカシは、手すりにもたれた。 「えーと…じゃあ、コレ使ってみようかな。…ハンカチに噴きつければいいのか」 もらったスプレー缶の中味を、ポケットから出したハンカチに拭きつけてみる。すると、噴きつけた部分がヒヤリと冷たくなった。 「お、これ結構凄いですよ。父さんもハンカチ出して」 冷たくしたハンカチを首筋に当てながら、カカシはサクモの方にスプレー缶を向けた。 サクモは黙って、カカシの言う通りにハンカチを出した。 白地に紺色の和風柄が入った、ガーゼハンカチだ。 「ガーゼですか。使いやすそうなハンカチですね」 何気なくそう言いながら、カカシはそのハンカチに軽く噴射した。 「覚えてないのですか? ………これは、君が買ってくれたのに」 カカシの手が一瞬止まる。 「え? ああ……そうでしたっけ…? オレ、忘れっぽくて………すみません」 サクモは数拍後、息をついた。 「………………嘘です」 「は?」 カカシはキョトンとした。 サクモは、苦渋に近い眼で、カカシを見た。 「嘘ですよ。…これは、前に浅草でミナトが買ってくれたハンカチです。君もよく覚えているはずですが」 「………………」 カカシは思わず眼を伏せ、黙った。 (………しまった。気をつけていたはずなのに、油断した。余計な事を言ってしまったな………) 何か上手く言い繕えないものか、とあせっているカカシに、サクモは追い討ちをかける。 「………カカシ」 「…はい」 「私は、もう一つ君に嘘をつきました。ごめんなさい。……この間、トウショウグウに来た時。…やはり、さっきの階段を使ったんです。…坂道は、帰りに通った方でした」 「…………!」 「君は一昨日から様子がおかしい。………もしかしたら、本当に記憶が混乱…もしくは色々と忘れてしまっているのかと、心配していたのです」 カカシは、石段に視線を落としたまま呟いた。 「………それで、試しにオレを引っ掛けてみたんですか………? 道が違う、と」 「ええ。もしかしたら、勘違いをしているだけなのかも、と思っていたのですけど。………どうも、そうではないようですね」 サクモは、スッとカカシの頬に掌を当てた。 「……………君は、誰ですか?」 |
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