LONG PATH ECHO −1
(*これは、大学生イルカカの世界と忍者のイルカカ世界がクロスオーバーする話です。舞台は、『旅は道連れ世は情け・日光観光編』でございます) |
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「あ〜…疲れたなー……ったく、人使い荒いわ、ツナデ様………」 カカシはベッドの上に腰を下ろした。 完全に寝不足で、疲労がたまっている。 「でも、コレだけは……やっとかんとな………」 カカシはベッドに放り投げていた腰嚢を手元に引き寄せた。任務後、忍具を手入れし、装備を点検するのは当然のことだ。 いつ、次の任務が入るかはわからないのだから。 忍具、薬。自分が今何を所持しているのか、補充の必要があるかを常に把握しておかねば、命にかかわる。 カカシはベッドの上で、腰嚢を逆さにした。 敷布の上にドサドサと忍具が落ちる。 よくもまあ、これだけ入っていたな、とカカシは他人事のように感心した。重いのも道理である。 駄目押しのように腰嚢を振って、中を空っぽにする。 だが、まだ腰嚢には本体以外の重さが残されていた。 カカシは底の方を指で探る。 二重底になっていたそこは、隠しポケットだった。 機密を持ち帰る時などに保管する場所である。 「………もしくは、他の物と間違って使うとマズイもの、とかね………」 カカシが二重底から取り出したのは、三叉になっているクナイだった。 今は亡き師匠、四代目火影が昔、『上忍昇格祝い』と称してカカシに寄越した、いわくつきのものだ。 武器として普通に用いることも可能だが、柄に刻まれている特殊な術式がクナイを特殊なアイテムにしていた。 その術式は、四代目・波風ミナトが得意としていた自空間忍術で移動する際の目印、座標だったのだ。 「ど〜こがプレゼントなんだか………」 要するに、あの時離れて行動していた部下達に労せずして合流する為に、そのうちの一人に目印を預けておいただけではないか。 そう考えると、軽くイラつく。 彼は、このクナイを渡した本当の意味も目的も、カカシには言わなかった。 「………言えば、オレが無意識に『先生が来てくれる』って頼ってしまうとでも思ったのかね………随分じゃない? 先生」 自分が彼の立場でも、たぶん言わなかっただろうな、とは思う。思うが、何となく信用されていなかったみたいで、面白くない。 はあ、とカカシはため息をついた。 「………イカンなあ………」 このクナイに伴う思い出は、重く、苦い。 上忍となった初めての任務で、カカシは自身の左目と、友を失った。 あの時もっと早く先生が来てくれていたら。 たぶん、オビトは死なずにすんだ。 先生を恨むのは筋違いの事だし、彼と別行動になったあの時、隊長はカカシだったのだから、オビトの死の責任は自分にあるのだと、わかってはいるのだけど。 あの時生まれた胸の中の苦しくて重いしこりは、年月を経て多少は小さくなった。だが、どんなに時を重ねても完全には消えない。 たぶん、一生消えることはないだろう。 幼い頃の愚かな頑なさ、馬鹿さ加減と共に、自分にとって忘れてはいけない痛みなのだ、とカカシは思っていた。 「…………オビト………」 彼は、あの頃のカカシが一番欲しかった言葉をくれた。 実際に言われてみて初めて、自分がそれを欲していたのだと気づかされた言葉を。 ―――『オレは“白い牙 ”を本当の英雄だと思ってる』 あの一言に、あの時の自分は救われたのだ―――と思う。 今思えば、形見となった写輪眼ではなく、あの言葉が彼のくれた最高の贈り物だったのだ。 先生は―――ミナトは、カカシの心の傷に触れることを躊躇ったのか、サクモのことをあまり口にしなかった。 サクモの死後は、カカシに今まで通りの変わらない愛情を示す事しか、彼には出来なかったのだ。 それで、正解だったと思う。サクモに近しかったミナトに何を言われても、どう慰められても、あの頃のカカシの心の奥までその言葉が届く事はなかっただろう。 それにミナトは、カカシと立場は違えどやはり失った側だ。 結果的にサクモを救うことが出来ず、カカシと同じように傷ついていたはずだ。喪失に苦しんでいたはずだ。 それでも、自身の苦しみよりも目の前で親を失ったカカシの悲しみと辛さを思いやり、力になってくれたのだ。 自分はその事に対して、きちんと彼に感謝の意を示しただろうか。 何も、しなかったような気がする。彼の優しさに、無言で甘えていた幼い自分。 「………ごめんなさい。……先生………」 カカシは、掌に載せた三叉のクナイを指先で撫でた。 このクナイは、先生の形見になった。 ミナトは色々なものを与えてくれたけど、形としてカカシの手に残ったのはこれだけだ。 父親の形見であるチャクラ刀は、オビトが亡くなった任務の時に折れてしまった。 戦場で父がどれだけ酷使しても壊れなかった刀が折れたのは、カカシが未熟だった所為。 あれは、あの時のカカシにはまだ、使いこなせない刀だったのだ。 「………ごめん……父さん……………」 カカシはベッドの上に仰向けになり、眼を閉じる。 父のあの死から、すべてが狂った。 彼さえ生きていてくれたら、カカシだけではなく木ノ葉の里すら、今の姿とは異なっていたはずだ。ミナトの運命も、違うものだったかもしれない。 過ぎた事を考えるのは無駄な行為だ。 所詮、自分はまだ子供だった。 父の心の支えにも、助けにもなれなかった、ちっぽけな存在。 「………悔しい………なあ…………」 カカシは唇を噛み締め、無意識にクナイを握りしめた。 疲労から、自然に瞼がおりてくる。 すぅっと身体が下に引っ張られて沈むような感覚に襲われ―――カカシは、意識を失うように眠りに落ちた。 ::: カカシが沈んだのは水底では無かったが。 例えるならば、水の浮力で押し上げられるように意識が上昇し―――水面に浮き上がった彼は、ぽかりと眼を覚ました。 周囲が薄暗い。 (………いかんな。いつの間に寝たんだ、オレ………今何時だ? 朝か? 夕方か?) 妙な時間にうたた寝してしまった時の常で、一瞬、時間感覚が狂う。 霞む視界をハッキリさせようと、カカシはゴシゴシと眼をこする。と、その手は誰かによって止められた。 「ダメだよ、カカシ君。乱暴に眼を擦ると、眼球に傷がついちゃうよ」 (………………?!) 決して耳にするはずのない声を聞いたカカシは、ガバッと跳ね起きた。 「あ、こら。急に起きあがらない。もし眼を回したら危ないでしょ」 カカシは、パチパチと瞬きをした。 (………オレは…まだ、夢を見て………るのか………?) カカシの目の前には、忘れようも無い空色の瞳で、心配げにこちらを覗き込んでいる懐かしい顔があったのだ。 (………ミナト先生が夢に出てくるなんて、珍しいな……) ミナトはスッと手をカカシの額に当てた。 「熱は無いみたいだね。…急に気分悪いなんて言うから、心配したよ」 「え………あの…はあ」 「カカシ君、睡眠不足がたまっていたみたいだね。試験前とか忙しい時は、ちゃんと言いなさい。僕の方の仕事より、勉強の方が大事でしょう。ハイ、水飲んで。ゆっくりね」 差し出されたコップを反射的に受け取ったカカシは、あらためて周りを見た。 見慣れない部屋だ。 生活感の無さから、居住している部屋というよりも、どこかの宿泊施設のような印象を受ける。 カカシにコップを渡したミナトは、窓際まで歩いていって、カーテンを開けた。 室内が暗かったのは、夕方になったからではなく、単にカーテンで遮光されていたからだったようだ。 よく見れば、ミナトは見慣れない服装をしていた。 彼があんな服を着ているのは、見た事が無い。 「………ここは………何処ですか………」 夢なのにおかしな質問をしている、とカカシはボンヤリと思った。ただ、自然に口をついて出てしまったのだ。 振り返ったミナトは、急に不安げな表情になってカカシに駆け寄った。 「ちょっと! 大丈夫なの? 自分が誰か、わかってる?」 「は…? はあ。…はたけ、カカシです………」 ホッとミナトは胸に手を当てた。 「あ、びっくりした。一瞬、君が記憶喪失にでもなったのかと思ったよ。……本当に、大丈夫だね?」 「………大丈夫………だと思います………」 カカシは首を捻った。 変な、夢だ。 手にしたコップも、やけに現実感がある。 夢の中とはいえ、自分がどこにいるのかくらいは把握しておきたかったカカシは、重ねて質問した。 「で、先生。……ここはどこなんでしょう」 ミナトは、なんとも言い難い表情になる。 「……………覚えて、ないの?」 「何を、でしょうか」 「ここは、日光だよ。日光のホテル! 皆で旅行に来たんじゃないか!」 聞き覚えの無い地名に、カカシはますます首を捻った。夢だとそういう事もあるのだろうか。 「……………ニッコー? 何処です、それ。皆って……誰と………?」 ミナトがサアッと蒼褪めた。 「そ、それ本気で言って…………ま…待ってて、カカシ君。やっぱり、お医者さん呼ぶから。…あ、いや病院に行った方がいいのかな………」 「そんなの必要ありませんよ、先生。………それより、せっかく逢えたんですから貴方と話がしたいです。ここに、いてください」 夢の中とはいえ、四代目との会話が成り立っているのが嬉しくて仕方が無い。 こんな状況での明晰夢は、滅多に無いだろう。 いや、二度と無いかもしれないと思うと、カカシには物凄く貴重に感じられた。 「いるのはいいけど……じゃなくって! カカシ君、一緒に病院に行こう! 君、明らかにおかしいから!」 コンコン、と遠慮がちなノックの音が響いた。 静かに扉が開く。 扉の陰からこちらを覗いた人物に、今度こそカカシは息を呑んだ。 自分と同じ、銀色の髪。 自分と同じ、紺碧の瞳。 その、顔。 (……………父………さん…………!) |
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