はじめの一歩−4

 

いつもなら静かなイルカの家が、今日は賑やかだ。
アカデミーで教えた元生徒が、下忍としての任務と称して大掃除に来てくれているのだ。
依頼人は一応その下忍チーム内の一人の親なのだが、それはおそらく名前を貸しただけだ
ろう。
「悪いな、お前ら…」
イルカは崩れかけていた壁を直しながらバタバタと掃除している子供達を見た。
イルカも今日は仕事を休んで家にいた。
やはり家の主がいなければ、処分していいものと悪いものがわからないからだ。
それに、あちこちで見つかる補修工事が必要な部分はやはり子供には対処出来ない。
「何で? 仕事だもの。お嫁さんが来る前に、少しくらい綺麗にしなきゃ」
元生徒でとても成績が良く、その面ではイルカの手を煩わせた事の無かった優等生。
今は立派なくノ一として下忍チーム七班に属しているサクラが振り返って微笑んだ。
仕事の仮の依頼主もこの少女の親だという事をイルカは知っている。
実際はすぐにイルカの家で新婚生活を始めるわけではないのだが、一人暮らしが長かった
イルカが結婚すると聞いて、気を回してくれたのだ。
「イルカ先生にお嫁さんかー…でも、ちょっと先生らしくないって、うちの親言ってたわ
よ。お嫁さん、もうお腹に赤ちゃんがいるんですってねー…だから急いで結婚するんだっ
て聞いたわよお?」
少女らしい潔癖さを持っているサクラは、咎めるような眼で元担任を見た。
ハハハ、とイルカは照れくさそうに頭を掻く。
「いやその…まあ、そう言う事もあるさ…」
「……ドジったのか」
ぽそりと呟いたのはサスケ。
やはり成績面ではイルカの手を煩わせなかった、優秀な元生徒だ。特に実技では群を抜い
ていた子である。
「いや…そういう事じゃないんだよ、サスケ。ちょっと、事情があってね………もし、子
供が授かったら…それは、天が俺達に子供を持つ事を許してくれた証だと……彼女も同意
してくれたから」
そりゃそうね、とサクラは頷いた。
「女に無断で避妊しない男なんてサイテーですもんねえ…でも、それでもわかんないわあ
……イルカ先生なら、結婚する前の恋人妊娠させるような事しないって思うのに」
「…まあ、普通ならね」
イルカは苦笑した。
実際、自分は恋人に無断で避妊しなかった「サイテー」な男なのだ。
もしもカカシに避妊の知識が無く、『全く望まない妊娠』をしていたのだとしたら自分の命
は今頃無かったかもしれない。
カカシはともかく、あのヒゲの大男が黙ってはいなかっただろう。
彼も、彼女をとても大事に思い、愛しているのだと、先日腹に叩き込まれた拳でしっかり
と思い知らされた。
この先お前が彼女を泣かせるような真似をしたら、ただでは済まないと。
幸せにしてやれと。
言葉には出さなかったが、あの『バトンタッチ』にはそういう意味があったのだとイルカ
は理解している。
そしてその後イルカは彼と同じ作戦任務に同行したが、彼は任務中にその一件を匂わせる
ような言動は一切しなかった。任務は任務として、イルカの意見を丁寧に聞き、尊重して
くれる辺りはカカシと通じるプロ意識があって、イルカは密かに感心したのだ。
「なあなあなあ」
下忍チームのみそっかす、在校中イルカを大いに煩わせてくれた問題児が口を開く。
「何だ? ナルト」
「イルカせんせのお嫁さんって、キレイ?」
イルカは口許を綻ばせた。
「…俺には勿体無いほど綺麗な人だよ」
へえ? とサクラが疑わしそうな声を出す。
「もしかして、くノ一? あ、アカデミーの先生とか?」
「うん…まあ、彼女も忍だけど…アカデミーの教員じゃあないよ」
「写真無いの? 写真! ねえ、デートの時撮ったりしたんでしょ?」
サクラはイルカの婚約者が本当に『綺麗』なのか見たくて仕方ないらしい。
イルカは「あ」と声を落とした。
「………そういや、写真なんか…ないな」
「「エ―――ッ? ないのお??」」
サクラとナルトがハモった。
「…うん。デートって言っても、一緒に食事に行くくらいだったし。…彼女、忙しい人だ
し」
「……でも子供は出来たんだな」
またサスケがぼそっと呟く。
「いやその……」
赤くなるイルカを横目に、ナルトがサクラに顔を寄せる。
「なあなあ、サクラちゃん。…オレさっきから変だなって思ってんだけどさ」
「何?」
「…イルカせんせ、まだケッコンしてねーのに何で先にお嫁さんに赤ちゃん出来たん?」
「…………」
ぐるんとサクラがイルカの方を振り向く。
「…せんせえ……性教育、アカデミーでもやったわよね…? くノ一クラスは初潮の講義
の時、その先の心得までやったわよ。くノ一の嗜みとして」
イルカは眉間を指先で押さえた。
「………俺の担当教科じゃないが、そりゃアカデミーでもやる。…それにそういう話題に
なった時、少なくとも俺はコウノトリやキャベツに逃げた覚えは無い」
サクラとサスケはキョトンとしているナルトをそれぞれ横目で見た。
「……このドベ、大方講義中机にヨダレたらして寝てたんだろ。ああいうのは筆記試験し
ないし」
「…そうね」
ナルトはぷぅっとふくれた。
「だからさっ…何なんだってばよ! ケッコンして、天の神様に報告したら神様が赤ちゃ
んくれるんだろ? オレ、ガキの頃火影のじいちゃんにそー教えてもらったもん! イル
カ先生、まだケッコンして神様に報告してねえじゃんか」
「ナルト」
イルカはぽん、とナルトの頭に手を置く。
「お前が授業中居眠りこいてたのはこの際横に置いておく。…あのな、ナルト。火影様は
嘘をお前に言ったんじゃない。確かに、子供は天の神様からの授かりものだよ。……でも
それは、『報告をしたから子供をくれる』という意味じゃない。人の意のままにはならぬ、
という事なんだ。……結婚したからといって、すぐにどの夫婦にも子供が出来るわけじゃ
ないだろう? 年老いるまでとうとう子宝には恵まれなかった人もたくさんいる。逆に、
欲しかったわけでもないのに子供が出来てしまう人もいる。……結婚って言うのはな、た
だの社会制度の一つだ。子供を生み、育てるのに一番都合も効率も良いので、普通は結婚
してから子供を作る。……社会的秩序と道徳観念から、その順序が『正しい』とされてい
るのさ」
うう、とナルトは唸った。
「…う〜…は、半分くらいはわかった…と、思う…けど。えっと、つ、つまり〜…? 結
婚っていうのは〜…赤ちゃんが出来る為に絶対しなきゃいけない事じゃないってコト? 
ええと、それをしなきゃ赤ちゃん出来ないわけじゃないんだ?」
うん、とナルトを除く三人が頷いた。
「でも、した方が赤ちゃんの為にはいいの?」
またもや三人が肯定の頷きをナルトに示す。
「だからイルカ先生は結婚するの?」
「…それもあるけどな、ナルト。…俺は俺の子供を産んでくれるその人を愛しているから、
ずっと一緒に生きていきたい。一緒に子供を育てたい。…だから、結婚するんだよ」
サクラがぽおっと頬を染めた。
「うわあ、いいなあ…イルカ先生のお嫁さん…アタシもそう言ってくれる人と結婚したい
なあ……」
ナルトは更に不可解だという顔をしてイルカを見上げた。
「……したら、イルカせんせのお嫁さんにはどーやって赤ちゃん出来たん? それがイル
カせんせの子供だってどーしてわかったんだ?」
振り出しに戻った。
サクラは半眼でイルカを見遣る。
「…特別講義してあげたら? 先生」
イルカは泣き笑いの顔でナルトの両肩に手を置いた。
「…えっとな、ナルト……今それについてお前に教えている時間はないから……今度、メ
シベとオシベからじっくり教えてやっから…今は現状を受け入れてくれ……彼女のお腹の
子は間違いなく俺の子で、だから俺達は結婚する。そういう事なんだ。…いいな?」
ナルトは五秒ほど間を置いてからこっくんと大きく頷いた。
そして彼の関心は『お嫁さん』そのものに戻る。
「でさ、せんせー。お嫁さん、ホントに綺麗? サクラちゃんとどっちが綺麗?」
サクラはばっと大きなアクションでイルカに向き直った。
イルカは一瞬言葉に詰まる。
ここで正直な発言をしたらいけない。それくらいはイルカも心得ていた。
「……比べられないよ。サクラと彼女じゃタイプが違う。…ほら、花がみんな綺麗なのと
一緒だ。どれが好きかは人それぞれじゃないか」
フッとサスケが鼻で笑った。
「……教師的模範解答だな」
「そーねー。正直に自分の嫁さんの方が綺麗って自慢すりゃいいのに。客観的にどうあれ、
イルカ先生の目からはその人が一番綺麗に見えているんでしょーにねー…」
「……サクラ…」
サクラは箒を手に、くるりとターンした。
「ま、それじゃそれは結婚式のお楽しみにしておくわ。…絶対お祝いに行くからねっ」

イルカがナルト達を相手に冷や汗をかいていた頃。
カカシは火影の屋敷にいた。
彼女は、火影の配慮でイルカと結婚するまでの間、ヨネに『花嫁修業』兼『出産心得』を
してもらう為に屋敷に滞在しているのだ。
ヨネはずっと以前からカカシの性別を知っていたので、彼らの結婚話を聞いて驚きながら
も祝福してくれた。
「まあま、でもカカシ様とイルカちゃんが結婚するなんて…何と言いますか、そういう巡
りあわせもあるのですねえ…」
カカシは申し訳なさそうに肩を縮める。
「ヨネさん、ごめんね。…ヨネさんは、もっとこう…ちゃんと『女の子』やってる人とイルカ
を結婚させたかったよね…ヨネさん、彼の事息子か孫みたいに可愛がってるみたい
だから…」
まあ、とヨネが目を見開く。
「とんでもございませんよ! ヨネは喜んでおります。カカシ様もお眼が高いと申し上げ
ますよ。…そりゃあイルカちゃんは、忍としての格こそカカシ様に及びませんが、男とし
ては上の部類だと、贔屓目でなくそう思っておりますから。そして、こんな綺麗なお嫁さ
んをもらう幸せな子だともね。…カカシ様、お身体を大事になさって、可愛い赤ちゃんを
産んで下さいましね。ヨネは喜んでお手伝い致します。大丈夫、お任せ下さい。お孫様方
も皆、このヨネが取り上げたのですから」
カカシは微笑んだ。
「ありがとう、ヨネさん。…オレね、正直言って…あの人の子供を産めるのは嬉しいんだ
けど…ちょっと怖い。オレ、ちゃんと『お母さん』出来るのかなあって。だってオレはお母
さんって知らないから。それにオレ、物知らずだし。…忍のやる事は大抵出来るけど、
女の子が当たり前に出来る事をきっとオレは全然出来ない気がするんだ。…こんなオレ
があの人のお嫁さんになってもいいのかなあって、時々不安になる」
ヨネは優しくカカシの髪を指で梳いた。
「もちろん、よろしいんですよ。何より、イルカちゃんには貴女様が世界で一番大事な人
なんですから。…イルカちゃんがカカシ様に望んでいるのは、完璧に家事をこなす事なん
かではないはずです。だからね、カカシ様。気持ちを楽にして、怖がるのはおよしなさい。
お母さんの不安な気持ちは赤ちゃんにも伝わってしまいますよ? さ、それじゃあお茶で
もいれましょうね。夕食にはイルカちゃんもこちらに来ますから、それまで色々とお勉強
ですよ」
カカシは素直に頷いて頭を下げた。
「よろしくお願いします」

「なあなあ、サクラちゃん」
「何よ」
「……オレがサクラちゃんのお腹にオレの子供が出来ますようにって神様にお祈りしたら、
赤ちゃん出来るのかなあ」
出来るわけないでしょっっ!! つーか、気色悪い事考えるな――――っ!!!
サクラの回し蹴りがナルトにクリーンヒットするのを横目で見ながら、イルカは苦笑と共
にため息を漏らした。

きちんと行為が伴なっていたにしろ。

イルカも天に願ったのだ。


この人が俺の子供を宿しますように、と。

 



 

うっかり7班の子供たちを書いたら結婚式にたどり
つけませんでした(^^;)
何をやってんだか、青菜。
・・・この子達の今現在の『先生』は誰・・・?(汗)
女の子カカシってば『上忍師』ではないようなので
別の上忍さんですねえ・・・う〜んいい加減・・・

だらだら書いててごめんなさい。
次! 次こそ結婚式大希望!

 

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