戦うDaphne−3
イルカが「是非」と誘い、カカシも引き止めた(イルカがそう言うなら妻としては引き止 「大した物ないんで、環先生の御口には合わないかと思いますが―――」 イルカはヨネが下拵えをして行ってくれた食材を冷蔵庫から出し、てきぱきと支度を始め る。 「大丈夫ですよお。イルカ先生のお料理美味しいですもん」 カカシがにこにこしながらそれを手伝うのを眺めて、環はあからさまな安堵の息をついた。 「…そうか、イルカが作るのか……良かった」 カカシはキッと振り返った。 「環! てめえ、さっき「いい」とか言って帰ろうとしたのは、オレが作るんだと思った からだな?」 「当たり前だろう! お前の料理なんて怖いじゃないか。私は根拠無く言ってるんじゃな いぞ」 ウッとカカシは言葉に詰まる。 「…………………過去は過去! 人間は学習するんだよ」 その時イルカはカカシが昔何をしたのか聞きたい誘惑にかられたが、どう見てもカカシは その事についてもう触れて欲しくなさそうなので我慢した。 「カカシさん、お料理上手くなりましたよ。お味噌汁とかちゃんと作れるようになりまし たし」 カカシはうん、と嬉しそうに頷いたが、環は内心「まだそのレベルか」と呟く。 「…カカシ。坊やがそろそろ腹を減らしているみたいだが?」 「え? 何でわかるの、環。…あ、でもそろそろ減る頃かな」 おっぱいあげようかな、でも環がいるのに恥ずかしいかな、とカカシが迷っていると、イ ルカがりんごを取り出した。 「ジュース、作りましょうか」 カカシは嬉しそうに頷いた。 「あ、お願いします」 イルカは布巾で丸ごと包んだリンゴを握り潰す。 ボウルにボタボタボタ、と果汁が落ちた。そのままぎゅう、とリンゴを手で絞ると、ボウ ルの中には瞬く間に天然果汁100パーセントのリンゴジュースが出来上がっていく。 「……豪快だな」 「…これが一番手っ取り早いんで…」 「これが普通の作り方じゃないの…?」 環はイルカを見てため息をついた。 「…イルカ。今度から『普通はこうする』っていうのをコイツに見せてから『手っ取り早 い』方法を使うんだな。でないとこの野生児には常識が身につかん」 「や…野生…ってそんな…あ、でも…そうですね……カカシさん、りんごのすりおろしジ ュースを作るには、一般的にはりんごを剥いて切って、おろしがねで摩り下ろしてから布 巾に包んで絞るんです」 ふげ、とカカシが顔を顰めた。 「めんどくさ〜〜〜…」 「普通の人にはりんごを丸ごと握りつぶす握力は無いんだよ、カカシ。特に女性なら」 「……そっか。わかった、覚えとく。…んー、いい匂い。……ほら、チドリ〜お父さんが ジュース作ってくれましたよ〜」 「ア〜ゥ、アーアー」 チドリは環の腕の中で嬉しそうに手足をバタつかせた。 「美味しいもんね。チドリは大好きだよね」 カカシは環からチドリを抱き取り、リンゴジュースを与える。 カカシがそのままおむつ替えやら何やら赤ん坊の世話に突入してしまったので。結局夕食 の支度はイルカ、それに手持ち無沙汰になってしまった環がする事になった。 「結局、サクラは自分から心縛術を望みましたね……あ、環先生ビールどうぞ」 イルカがビールを注ぐと、環は素直に礼を言って口をつけた。 「……まあ、あの子がそれを選んだんなら仕方ない。あまり気持ちのいい術じゃないが、 言わなきゃ別に何も無いわけだし。……お、この大根と鶏の煮物、美味いな」 「あ、それは留守番に来て下さっていたヨネさんが作っておいてくれたんです。…サクラ は自分が絶対にしゃべらないって自信がなかったのでしょう…」 カカシは箸を置いて首を振った。 「それもあるかもしれないけど…あの子は用心深いんですよ。それに、優しい子だから。 だから、オレの為に気持ちいいはずがない術を受けてくれた」 環が手を伸ばし、子供にするようにカカシの頭を軽くぽんぽん、と叩く。 「あの子は立派なくノ一だ。…あの子なりの覚悟がある。お前が、里の為にその重荷を背 負ったのと同じだ。それ以上何か言ったら、彼女に対する侮辱になるぞ?」 カカシは少しだけ唇の端を上げ、笑みを形作る。 「……そうだね」 イルカの見るところ、カカシと環の関係はアスマとのそれに近いものがあった。 同じ任務についていた時はそれなりに仲のいい方だったのだろう。 イルカは何となくまた胸の内にもやっとしたものがせり上がるのを感じたが、慌ててそれ を追い払う。 過去の彼女の同僚にいちいち嫉妬してどうするというのだ。 「まあ、サクラが優しい子なのは確かだけどな。…ウチの班の子供達は皆いい子だ。なあ、 イルカ先生?」 環が面倒を見ている子供達は皆イルカの受け持ちだった。 一瞬、イルカの脳裏に反抗的なサスケの態度とかサクラに質問攻めにされて閉口した事と か落ち着きの無いナルトを怒鳴りまくっていた日々が甦る。 「ええ………色々と個性的ではありますが」 環は笑った。 「個性的か…うん、いい言い方だなあ…」 その声の調子から、彼も子供達には結構苦労しているのだという事が伺えたイルカは環に 少しだけ親しみを覚えた。 そのイルカの袖をちょいちょい、とカカシが引っ張る。 「…そうだ、イルカ先生。…おヨネさんは、オレが仕事している時はチドリ預かってくれ るって言ってくれてるんですけど……赤ん坊って結構手が掛かりますよね…ヨネさんには 他にいっぱい仕事あるでしょう…? そこまで甘えていいものか…」 イルカもそうですね、と眉を寄せる。 「………ヨネさんに預けるのが一番安心ではありますが…確かに、毎度毎度ってワケには いきませんよね。そうだ、ヨネさんが忙しい時は俺がチドリ背負って行きますよ。何とか なります、たぶん」 「えー? アカデミーに子連れで行くんですか? 大丈夫?」 そこまで夫婦の会話を聞いていた環は口を挟んだ。 「…イルカ、あんたまで何すっとぼけた事言ってるんだ。…里の中には夫婦で忍やってる 連中なんて珍しくはないぞ。何の為に託児所があると思っているんだ」 「あ」 イルカは赤くなった。 イルカの母が現役復帰したのは彼が一人で留守番出来る様な年齢になってからだったから、 そういう施設の世話になった事が無かったのだ。 だからすぐにその存在を思い出さなかった。 「そ、そうでした…やだな、俺忘れてた。総務に行けば、託児所の案内状と紹介状がもら えるんです、カカシさん」 「乳飲み子でも預かってくれるんですか?」 「ええ。…確か、大丈夫だったはずです」 カカシは全く顔も知らない赤の他人に可愛い我が子を預ける事に抵抗を覚えたが、里の皆 が利用しているシステムなら信用するしかないと思い直す。 「……わかりました。それじゃあ、その案内状ですか…もらって来てくれます?」 「はい。ついでにそこらの子持ちつかまえて評判も聞いてきますよ」 やれやれ、と環は苦笑して座布団に寝かされている子供に笑いかける。 「お前の両親は結構うっかりもんだなあ。……強く生きろよ、坊や」 カカシは頭を抱えた。 「環までアスマと同じコト言わないでよ〜〜〜っ」 夕食を食べた後、カカシと打ち合わせをしてから環は帰って行った。 「……あー、こんな形で職場復帰させられるとは思わなかった…思ったより早かったし… まあでも、サスケを放っておくわけにもいきませんよねえ…」 カカシは乗り気のしない様子で呟きながらチドリにお乳を与えていた。 「俺も話を聞いた時は一瞬『もうカカシさんを働かせる気ですか』って言いそうになりま した。……俺の母親も忍として働いていたから…女は家にいて子供を育てるべきだなんて 言いませんが……特に貴女はこの家にじっとしているだけは似合わない人ですし。でも、 もう少し…もう少し貴女を休ませてあげたいと思ったんです。……でもまあ、サスケの個 人指導なら通常のSやAランクの任務より危険は少ないし、昼間だけでしょう…? 考え ればその方がいいか、と」 授乳し終わったカカシはチドリを抱き、とんとん、と揺する。 「はい、げっぷげっぷ〜……このげっぷっていつまでやらせればいいのかなあ。お乳飲ま せている間はした方がいいのかな。ああ、子育てってわかんない事いっぱい…チドリは一 日一日大きくなるし…本当は一時だって眼を離したくない…」 カカシはまだぐずぐず言っている。 「だってね」 カカシは泣きそうな眼でイルカを見上げた。 「もしも、チドリが喋り始めた時! 最初にその言葉を聞くのが託児所の職員だったりし たら! くやしいじゃないですか〜〜〜〜!!!」 ウッとイルカは声を詰まらせた。 「そっそれは……確かに…いや、喋り始めるのはまだ結構先だとしても…聞いた話じゃそ ろそろハイハイの時期ですよね…っ…チドリ、最近少しならお座り出来ますもんね」 「チドリの初ハイハイか〜…見逃したくない…っ」 おっぱいでお腹がいっぱいになってウトウトしているチドリが今すぐハイハイしてくれな いかと無理な願いを込めて眺める新米両親。 「そうだ! おヨネさんの話じゃそろそろ歯も生え始めるんですよっ…わあ、やっぱこの 先も初物尽くしだああ〜〜〜っサスケのバカ〜〜〜何でこんな時期に写輪眼発現したりす んだよお〜〜…」 「…とにかく、チドリの事は俺も出来るだけ協力しますから。要するにサスケが早く眼を 使いこなせるようになればいいんでしょう?」 「そりゃまあそうなんですけど……あああ…でもでも、こんな一番可愛い時期のチドリを 他人に預けなきゃいけないなんて〜〜〜」 オレって不幸〜〜っとカカシは泣く。 泣いても仕方ないのがわかっていても泣けてくる。 イルカもこの件に関しては色々と気乗りはしないし面白くも無いのだが、妻が泣いている なら慰めるしかない。 「カカシさん……チドリが元気に大きくなっているのはカカシさんがちゃんとお母さんを しているおかげなんですから。他の誰にも貴女の代わりは出来ませんよ。ね?」 「…ううっ…でもでも…」 それでもまだぐずっているカカシにくちづけ、何とか宥める。 「サスケの指導も明日からすぐというわけではないし……さあ、もう休みましょう?」 イルカにキスしてもらったカカシは、ようやく頷いた。 「……ハイ…」 今まで大人しく眠っていたチドリの夜泣きが始まったのはその晩からの事である。 |
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