ダリアの花とねこやなぎ−1
彼女の『誕生日』が、普通に人のように『生まれた日』を指すものではないのだという事 はイルカも知っていた。 彼女の場合は、年齢すら正確ではないのだ。 まだお互い結婚という事を意識出来ないままつきあっていた頃、ベッドの中で彼女はイル カに自分の誕生日の話をしてくれた。 本当にプライベートな話は、そんな場所でしか出来なかったから。 登録書に書いてあるオレの誕生日はね、四代目が決めてくれたんですよ、と彼女は微笑ん だ。 彼女は子供の頃、山の中で野生児のような暮らしをしていた時に四代目に出逢って拾われ た。その彼と出逢った日が彼女の『誕生日』になったのだと。 ある意味それは正しかった。 その日、彼女は『人間の世界』へと生まれ直したようなものだったから。 だからやはり、その日は祝うべき日なのだ。 イルカは暦を見て思案顔になった。 チドリの誕生日は9月13日。 カカシの『誕生日』が15日。 二日しか違わないが、チドリは初めてのお誕生日だからきちんとお祝いをしてあげたい。 出来れば日頃世話になっているお礼も兼ねて、ヨネや火影、アスマや紅も招待してきっち りと会食の場を設けたいと思っている。 それに便乗するようにカカシの誕生日祝いも済ませてしまうというのは気が進まなかった。 カカシはそれでいいと言うかもしれないが、イルカは彼女のお祝いはお祝いできちんとし てあげたい。 ふむ、とイルカは天井を見上げる。 「そうだ…そう言えば……」 少し前、まだ母親のおっぱいに吸いついている息子を抱きながらカカシがポツンと洩らし た事がある。 「チドリがもう少し大きくなったらやってみたい事があるんですよね」 「…なんです?」 恐る恐るイルカが訊くと、カカシはえへへ、と小さく笑った。 「大した事じゃないんです。……あの、外に食べに行くと、子供用のメニューを用意して あるお店ってあるじゃないですか。少しずつ色々なおかずがひとつのお皿にのってて、赤 いごはんに何か旗みたいなモノが刺してあって、プリンがついてるの」 ああ、とイルカは頷いた。 「ありますね。店によっては、小さなオモチャもくれたりして」 「あれ、年齢制限あるんですよね。……オレ、本当に小さい頃は山だったし、山から降り たばかりの頃はそんな店に連れて行ける状態じゃなかったし、少し常識身についてからは すぐ任務に連れて行かれて……で、自分で外食出来る年齢になったら、もうそれを注文出 来ないトシだったんですよ〜…」 イルカは妻の言わんとしている事を察した。 そうか、そういう事か。 …良かった、まだ赤ん坊のチドリにもう忍の修行をさせようとかそう言う話じゃなくて、 と彼は胸を撫で下ろした。 「……食べてみたかったんですね…? それ」 カカシは赤くなって頷いた。 「だって…なんか可愛いから…美味しそうだったし……自分が注文出来ないって思ったら 余計食べてみたくて」 「ははあ、チドリがそういうごはん食べられるようになったら堂々と注文出来ますからね」 そうすれば、それがどういうものか少しは味見も出来る。 「どうしても食べたければ子供に変化すりゃいいって思わなくもなかったんですが…子供 がひとりでお店に行ってアレ注文するってすっごく不自然でしょ? 恥ずかしくて、誰か に一緒に行ってくれなんて頼めないし…」 イルカは微笑った。 「俺に言えば良かったのに。喜んで連れて行ってあげましたよ? 結婚前でも」 カカシはますます赤くなった。 「そーれーはぁ……無理です。もっと恥ずかしいです。す…好きな人にそんな子供っぽい 恥ずかしい事…頼めないです……」 「…そんなものですか?」 「そういうものです! …だから、チドリがいるからもういいんです! この子が固形物 食えるよーになったら連れて行って下さい! 親子連れで入れるお店!」 カカシのおねだりにイルカは快く応じた。 「いいですよ。行きましょう。俺も夢なんですよ。ああいう店で家族で食事って」 チドリは我が子ながらいい子だ。大人しく、聞き分けがよく、外でわけのわからない大泣 きをして親を困らせた事も無い子供だ。外食をしても大丈夫だろう、とイルカは判断した。 「チドリのお祝いは皆さんを招待してここでやる。…そしてカカシさんのお祝いは外食。 チドリを連れて、子供用のお膳を頼む。…そうだ。誕生日サービスやっている所、探そう。 特別にケーキなんかを用意してくれる所がいいな」 それから、チドリの最初の誕生日は何を贈ろうか。 カカシにも何か彼女が喜ぶものを贈りたい。 愛しい妻と子供に、その笑顔の為に贈り物を考える幸福な時間が自分に訪れようとは。 イルカは、九月の暦を愛しそうに撫でた。 自分にとって、何よりも大切な妻と子が『この世』に生まれた月。 「……一年で一番いい月だな…俺には」 結局イルカは、火影とヨネ、アスマと紅、それから環を招待した。 サクラとサスケもチドリの出産時には世話を掛けているから呼びたかったが、そうすると ナルトも呼ばなければまずい。 まだナルトには『カカシ先生=イルカ先生のお嫁さん』という事実を打ち明けてはいなか ったから、仕方なくイルカは子供達を呼ぶのはやめにした。 「…まあ、ウチもそんな広くないしな……大人7人って結構ギリギリかも」 「そうですわねえ……まあサスケさん達も、旦那様や上忍様方が同席していると緊張して ご飯も食べられないかもしれないから、今度席を改めて呼んであげればよろしいんじゃ?」 ヨネは手馴れた様子で鶏肉に粉をまぶしている。 「…ばあちゃん…ばあちゃんはお客さんなんだから……いいんですよ、台所は」 イルカはサラダを作りながら苦笑した。 「やらせて下さいな。…どうもね、こういう時じっとしているのはかえって落ち着かなく てダメなんですよ」 「まあ…正直、俺は助かるけど…ありがとう、ばあちゃん」 「どういたしまして。私も嬉しいですからねえ…チドリちゃんも無事お誕生を迎えたし、 あんよも上手になって。もう可愛くて仕方ないでしょう、イルカちゃん?」 イルカは頬を赤らめた。 「そ、そりゃ……あ、来月の父ちゃんと母ちゃんの命日には、チドリを連れて墓参りに行 くつもりなんですよ。孫の成長報告」 ヨネは微笑んだ。 「いい事ですわ。うみの様もさぞかし喜ばれる事でしょう……」 昔、ヨネのスカートの端を握り、任務に出掛けてしまう両親を見送りながら泣くまいと唇 をへの字に曲げて頑張っていた小さな男の子は、彼女が見上げなければ顔も見えない程背 の高い青年になって。彼女の手の中にすっぽりと収まっていた小さな手も、今は逆に彼女 の手が包み込まれて隠れてしまう程に大きい。 その大きな手が包丁を器用に扱って野菜を刻んでいるのを眼で追いながら、ヨネは涙ぐん だ。 「…イルカちゃんがお父さんになったなんてねえ……ああ、そりゃあ喜びますよ…チドリ ちゃんを抱っこ出来ないのだけが残念でしょう…」 ヨネの涙声にイルカは慌てた。 「ヨ、ヨネばあちゃん……」 「あら、ごめんなさいね。年を取ると涙腺が弱くなって…お祝いの日に湿っぽくなっちゃ いけませんね。ええと、もうお肉はから揚げにしてしまいましょう。…後は何を作るの?」 「火影様は脂っこいものは召し上がらないから…野菜の煮物とかも用意しようと思います。 後はあまり手は掛かりません。吸い物を作るくらいです。メインの寿司は出前頼んだし、 ケーキは紅さんが手配してくれましたし。アスマさんが鯛の尾頭付き届けてくれましたし」 ヨネは笑った。 「アスマ様もねえ…最初はカカシ様の妊娠にいいお顔はなさらなかったって聞きましたけ ど……やっぱりいざ生まれたチドリちゃんの顔見たら、可愛くて仕方ないんですね。ほほ ほ、いい伯父さんぶりじゃありませんか」 イルカも苦笑した。 「色々と。アスマさんにも皆さんにも助けて頂いています。…ヨネばあちゃんには特にね」 「あら、私はしたくてお節介焼いてますもの。いいんですよ。それに、カカシ様もきちん と気を遣って下さって。私の誕生日にお祝いを届けて下さったりね。かえって申し訳ない くらいですわ。…いいお嫁さんもらいましたわね、イルカちゃん?」 茶目っ気たっぷりにイルカを横目で見上げるヨネに、イルカは照れて赤面した。 「もお、からかわないで下さいよ。…カカシさんは自分には過ぎた嫁さんだって、俺が一 番思っているんですから」 ヨネはあらあら、と肩をすくめた。 「ま。…ご馳走様」 ヨネが手早く鶏肉を揚げ始め、台所はいい匂いでいっぱいになる。 美味しそうな匂いは、これまた『幸福』の象徴のようだ。 確かにヨネの言う通り、ここに両親の姿がない事だけが残念だが―――それを補って余り あるものを自分は授かった。 イルカは居間の時計を見上げて、折り悪く任務が入ってしまったカカシの帰宅予定時間を 計った。夕方には彼女も戻れるはずだ。 イルカは前掛けを外して手を拭く。 「じゃあ、ここお任せしていいですか? 俺、保育所にチドリを迎えに行って来ます」 「いいですよ。いってらっしゃい」 ころんと転がってウトウトしていた赤ん坊がいきなりぱっちりと眼を開けて、腹這いの姿 勢から腕を突っ張って頭を上げ、窓の外を見た。 「…あら、チドリちゃんがおっきした。お迎えね」 その様子を見ていた保母は微笑む。 最初のうちこそ、そういったチドリの行動に驚いた保母達だったが、最近はもう不思議に 思わなくなってしまった。 「この子はカンがいい子なのね」で納得している。 果たして、門のところには若い父親が姿を見せた。 「やっぱ、来た来た。イルカ先生だわ。じゃあ、お渡ししてきまーす」 チドリのすぐ側にいた保母が素早くチドリを抱き上げ、着替えなどが入っている鞄を取る。 「あーっ! 昨日もアンタがチドリちゃん、イルカ先生にお渡ししたじゃないっ! ずる いっ今日は私が行く〜!」 同僚がわめくの横目に、チドリを先に抱き上げた保母はチロリと舌を出す。 「早いモン勝ちよん。あ、ホラホラ。タツミちゃんのママも来たわよ。そっちお願い」 「ううっ…わかったわよ…見てなさい…」 保母達は、出来れば口うるさい母親よりも、父親と子供の受け渡しをしたがる。 特にイルカは保母達の間で人気があった。 彼は自分も子供を預かる仕事をしているだけあって、保母の仕事にも理解を示してくれる。 しかも、まだ若くて結構いい男だ。 加えて、チドリ自身も可愛らしい子供なので、預かっている子供を比べたりひいきしたり してはいけないと充分心得ているはずの彼女達もつい人情として『可愛い子』は可愛い、 と思ってしまう。 イルカは保母からチドリを受け取り、頭を下げた。 「どうも。いつもお世話になります」 「いいえ〜チドリちゃんはいい子ですから〜。さっきまでお昼寝してたんですよ。お昼も ちゃんと食べたし、健康そのものですわ。あ、今日お誕生日でしょう。おめでとうござい ます。園の方から気持ちばかりですけどお祝いです」 保母はにこにこと可愛くラッピングされた小さな袋をイルカに手渡す。 「ああ、これはご丁寧に…ありがとうございます」 「大したものじゃないので、気になさらないで下さいね。職員の手作りですし」 軽くて柔らかい手触りは、袋の上からでも何か小さな縫いぐるみのようなものだろうと分 かる。 「それは嬉しいですね。いい記念品になります」 「これからおうちでお祝いですか?」 ええ、とイルカが答えかけた時、後ろから声が掛けられた。 「あら〜ちょうど良かった。今お迎えだったんだ、チドリちゃん」 「ア〜ヤ〜ぅ!」 チドリは声の方を振り向いて、嬉しそうにイルカの腕の中でぴょこぴょことはねる。 「紅さん」 紅はケーキの箱を抱え、にっこりと微笑んだ。ついでに愛想よく保母にも会釈する。 「どうも」 保母も慌ててぺこんとお辞儀を返した。 「まあっはじめまして! チドリちゃんのお母様ですかっ! うわあ、チドリちゃんが可 愛いからお母様はきっと綺麗な方だろうって皆で話していたんですけど…本当にお綺麗な 方ですねっ」 紅は保母に褒められてまんざらでもなさそうに応える。 「あら、そんな…お上手ですわねえ、ホホホ」 慌てたのはイルカの方だった。 「ホホホ、じゃないでしょ紅さんっ! 否定して下さいよ! あの、違いますからっ…チ ドリのお母さんはこの方じゃないですっ! な、チドリ、この人誰だ? 紅おばさんだよ なっ?」 紅の眦がきりりとつり上がる。 「だーれがオバサンですってえええっ!」 抱えたケーキの箱を見事に水平に保ったまま繰り出された紅のカカト落としがイルカの肩 で寸止めになったのは、ひとえに彼が抱いていたチドリの存在故だった。 |
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家族間で誕生日がくっついてしまうのはよくあること。(^^) チドリの誕生日は9月13日になりました。 (生まれた話、10月にUPしてるんですが・・・本当なら10月13日が 正しい・・・んですがっ・・・すいません、話の都合です;) さて、来年からは妻子一緒くたのお祝いか? 愛を試されるお父さん・・・(笑) |