愛をください−2

 

カカシが水源の近くで発見し、回収してきたのは本来なら災いとなるものではなかった。
本来は『雨乞い』の為のお札である。
「これ一枚ならそう害のあるものじゃないんですけどねー…効果の期待も薄い、気休め程
度のお札なのに」
ひらひらとカカシの指先で風に舞う紙切れ。
「……そうですね。…でもそれが本来の使われ方をされていないのが一目瞭然だったから、
貴方は見過ごせなかったんでしょう?」
お札には、悪意のある細工が巧妙に施されていたのである。
知識が無ければ、細工は見抜けない。
「一目瞭然…ね。学校の先生って、やっぱ色々知ってるもんなんですねえ。ついて来ても
らって良かったですよ。オレ、どっちかって言うと戦闘重視タイプの忍なんで、この手の
対処法にちょっと自信が無いもんで」
「でも、これがヤバイもんだってすぐわかったんでしょう? …なら…」
背中の背嚢を揺すり上げて、イルカは息をついた。
イルカ達は、最初にカカシが札を発見した水源に向かっていた。
もう二時間は山の中を歩いている。
「疲れました?」
イルカが大きく息をついたのでカカシは気遣うように立ち止まった。
「あ、いえ…大丈夫です。俺、体力には自信ありますから。貴方のペースで進んで下さい」
「じゃあ、休んでいい? オレ、疲れちゃった」
カカシはよいしょ、と背嚢を下ろして張り出した太い木の根に座る。
背嚢からゴソゴソと何やら取り出し、ハイ、とイルカに手渡した。
「ありがとうございます。…あ、チョコレートですか。疲労回復にはいいですね」
イルカは素直に受け取り、匂いを嗅いで微笑む。
「イルカ先生は甘いもの平気みたいですね。ヨネさんのお汁粉もちゃんと食べてたし」
「ええ。甘いものも好きですよ、俺。…酒も飲みますけど」
カカシは自分の分も取り出して、口布を下げて口に放り込む。
「オレは、酒より甘いものの方が好き。…お酒はねえ…嫌いじゃないけど、オレすぐ赤く
なっちゃうから」
「カカシさん、色が白いから…」
イルカはそう言い差して口を手で覆った。
「あ、すいません。…失礼な事を言って」
「ん? 何が失礼?」
「……だって、色が白いなんて…女性には褒め言葉ですが、そう言われて喜ぶ男はいない
ような気がして…」
カカシはイルカの言葉に、ふわりと微笑んだ。
「別に。…オレはほら、こんな髪だし…眼の色もこんなでしょう? だから、肌の色が白
くても、当然だから…気にしていませんよ。ついでに、腕が細くても訓練不足ってわけじ
ゃないから、引け目に感じてはいません」
見れば、確かに忍服の袖からのぞく腕は、男にしては華奢に見える。
カカシの銀色の髪は綺麗だったし、青い眼も昔母親が大事にしていた瑠璃をイルカに連想
させる綺麗な色だった。
「ええ。カカシさんは、色彩的にとても綺麗ですね。…俺、最初にお会いした時の第一印
象がそれだったんです」
カカシの頬がぽっと桜色に染まった。
「…そ、そうですか…? オレはイルカ先生の髪の色の方が好きですけど…鴉の濡れ羽色
って言うんでしょうかね。真っ黒で艶々してて綺麗…」
そう言いながら、カカシはイルカの縛り上げた髪にそっと触れた。
「あ、思ったより柔らかい」
イルカは何と反応したら良いのかわからず、自分の背嚢から水筒を引っ張り出してカカシ
に突き出した。
「あ、あのっ…良かったらどうぞっ…もし腹が減ってたら握り飯もありますからっ」
「ありがと。……あのね、オレもお握り作ったんですよ。後で交換して食べません? オ
レ、イルカ先生がどんなの作ったか興味あるし」
「それはもちろん…あ、でも俺のなんか、ごく普通の塩握りで愛想ないんですけど」
カカシは水筒を受け取って一口飲み、イルカに返した。
「これ、井戸水ですね。美味しい」
「うちの庭に井戸があるんですよ。水だけは贅沢に美味しいものが飲めます。夏も冷たく
ていいですよ」
「庭? 一軒家なんですか?」
イルカは苦笑した。
「親が残してくれたものです。古くて小さい家です」
「へえ、いいなあ…オレ、親の顔も知らないから羨ましい話です」
イルカは眉間に皺を寄せ、困惑したようにカカシを見た。
「あれ。そんな顔しないで下さいよ。…貴方にご両親の記憶があるのは貴方の所為じゃな
いし、オレが孤児だったのもオレの所為じゃない。何が悪いわけでなく、単なる事実なん
だから。……親御さんの話をする時、オレに悪いなんて思わないで話して下さい」
カカシは休憩終わり、と立ち上がった。
「もう少しでアレを見つけた場所につきます。そうしたら、対処法を教えて下さい」
「はい」
イルカはカカシから返された水筒の水を自分も一口飲み、背嚢にしまって歩き出した。

「これは…思ったより規模が大きいですね。ここに、この向きで貼られていたんですね? 
この札」
「はい」
カカシはきちんと、目印をつけていた。
イルカは背嚢から巻物を取り出し、カカシに示す。
「何処の誰がこんなつまらない真似をしたのかはわかりませんが、自然災害に見せかけて、
木の葉の里を水に沈める腹のようです。…次の雨季にある量の雨が降れば、五分五分の確
率で目論見通りになりますね」
「五分五分? 随分とのん気な陰謀ですねえ」
「…上手くいけばめっけものって類の術ですね。不確定要素が多すぎるんですよ。ただし、
だからと言って見逃せませんが。…こいつが成功した場合は相当の威力があります。里は
当分麻痺状態になりますよ」
カカシはこりこりと額当てを指で掻いた。
「なーんか、確実じゃない分、陰険な呪詛みたいでヤな感じ。嫌がらせに近いですよねえ。
感覚的に」
「…かもしれません。さて、カカシさん。…ここの札を撤去した時点で、術の成功率はだ
いぶ低くなったと思うんですが、貴方が今仰った通り、これは陰険な術ですから。二重三
重に何か仕掛けている可能性があります。…書物の通りなら、相対する札が呼応しただけ
でも鉄砲水が呼べるんですよ。札の貼り方からして四方向に札を貼っているはずですから、
残りの三箇所、全部撤去します。…一週間はかかりますね」
「難しい?」
「いえ…法則がありますから、札を捜すのはそれほど困難ではないかと。…ただ、距離が
あります」
「じゃあ、仕方ないですねえ。すいませんが、一週間付き合って下さい」
「心得ております」
イルカは巻物を元に戻して、カカシに微笑みかけた。
「とりあえず、メシ食いましょうか」


山の中を移動し始めて二日目に、イルカとカカシは二枚目の札を見つけた。
イルカはその札の貼り方から、三枚目の札の方向を割り出す。
「やはり、山沿いに行った方が良さそうですね。…順調にいけば、一週間かからないかも」
「心強いです、イルカ先生」
イルカはふと、空を見上げて顔を曇らせた。
「…一雨来ますね。…雨がしのげる場所を探しましょう」

雨宿りに適した洞をカカシが見つけ、二人はそこで休息を取る事にした。
「いいですね、ここ。…もう陽も落ちるから、ここで野宿させてもらいましょうか」
イルカは手早く火を起こし、カカシが腰をおろせる場所をこしらえた。
「はい、どうぞ」
「どうも。イルカ先生、手際いいからオレ、する事ない感じですね」
カカシは、イルカが示してくれた場所にちょこんと腰掛ける。
「ハハ…ここを見つけたのはカカシさんでしょ? …カカシさん、山に慣れていますね。
道を見つけるのとか、何が何処にあるかとか、よくご存知で」
「ん…オレ、山育ちだから。……野生児もいいとこだったんですよ。山小屋に住み着いて
いた、半分頭の歯車が狂った爺さんに育てられたんです。…捨てられていたのか、その
爺さんに誘拐されたのか、今となってはわかりませんけどね」
カカシはここに辿り着くまでに道々調達してきた木の実や茸を選り分け始める。
「だから、結構サバイバルは得意ですよ。その爺さん、元忍だったんでしょうねえ。普通の
子供なら、アカデミーで教わる忍術なんかは、全部その爺さんに叩き込まれました。
……偶然発見されなかったら、今でもオレ、一人で山の中うろついていたのかも…」
「その…育てて下さった方は…?」
聞いてもいい話なのだろうか、とイルカは躊躇いながらカカシが選り分けて寄越してくる
茸の汚れを丁寧に拭い、調理の支度をしながら訊いてみる。
「死んじゃいました。…ある日突然、動かなくなっちゃったんです。話し掛けても、揺す
っても起きてくれない。動かない。……オレ、まだガキで…人が死ぬって事、よくわから
なかったんですよね。…どうしたらいいのかわからなくて、でも爺さんが好きなアケビ
を採ってきたら起きてくれるかなって、山の中探しに行って…そして、四代目に出会いま
した。…オレ、爺さん以外の人間見るの初めてですっごく驚いて…まあ、後はわかるで
しょう? オレは里に連れてってもらって、山小屋の爺さんは、大人達が葬ってくれました。
……あれ? どうしたんです、イルカ先生…やだな、どうして貴方が泣くの」
イルカは慌てて手の甲で目元を擦った。
「…すいません、俺、涙腺が弱くて……その、何か色々と切なくなりました」
幼いカカシが、養い親を必死で起こそうとしたその様子が痛々しくて。
何をしても、二度と目を開けてくれなくなった両親の遺体と対面した時の事をイルカに思
い出させたのだ。
「…貴方、優しい人ですね。……だからかなあ…オレ、こんな話誰かに言った事ないんだ
けど、喋っちゃった。…この話、知ってる人少ないから、言わないで下さいね。…三代目
とか、一部の上忍しか知りません。どーもね、その死んだ爺さんがワケ有りだったらしくて」
「…わかりました。…口外しないとお約束します」
カカシがイルカに打ち明けていない秘密はまだあったのだが、カカシはそこで口を閉ざす。
言う勇気は無かった。
イルカがどう反応するか、怖かった。
カカシは曖昧に微笑み、茸を選り分ける自分の指先に目を落とす。
細心の注意を払って、不自然にならない程度の距離を置いている事にイルカは気づいてい
るだろうか。
指先が触れ合った事すら無い。
水筒や食べ物をやり取りする時、カカシがどんなにさりげなさを装おうと努力しているか
など、この男は気づいていないのだろう。
彼は中忍だから、一緒に夜を過ごしても上忍のカカシに不埒な真似をするわけが無い。
生真面目に任務を遂行する事しか考えていないのだろうから。
それでもカカシは用心する。
こんなに長く、二人きりで行動する事になろうとは思わなかった。
一日、二日で済むだろうと事を甘く見た自分に、カカシは内心歯噛みしていた―――

 



 

カカシ上忍出生の秘密・・・はまた後ほど。^^;
育ちの秘密・・・の巻。
まだ『リク』に到達していません。もう少しね。もうちょっと後。

ここのカカシはあまり呑んべじゃないらしい・・・

 

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