Kaleidoscope−

 

古くから木ノ葉にある薬草園は敷地が広く、栽培している薬草も種類が実に多い。
管理はきちんと為されていて、何処の区画に何が栽培されているかという事は一目でわか
るようになっている。
まだ植えられている植物が何なのか全部は把握できない子供達にも雑草との区別はつき易
かったのか、思ったよりも早く仕事は終わった。
日暮れまではまだ少しある。
カカシが環の耳元で何か囁き、環が頷くのをサスケはぼんやりと見ていた。
と、カカシは両手をポケットに突っ込んだままスタスタとサスケの方へ歩み寄って来る。
「来い、サスケ」
カカシはサスケの横を通り過ぎざまに顎をしゃくってみせる。
「環には了解を取った。お前は報告に行かなくていい。……オレと来い」
サスケはちらっと仲間達に眼を走らせたが、すぐにカカシの後を追う。
「あれ? サスケのヤツはー?」
ナルトがきょろきょろすると、環は笑ってその頭を軽く叩いた。
「サスケはいいんだ。カカシ上忍が眼の様子を知りたいって言ってね。連れてったから」
「ふうん。いーなあ、サスケのヤツ〜特別な修行とかすんのかなあ」
見ると、サスケが消えた方角をサクラが心配そうに見ていた。
「サクラちゃんっ! じゃあサクラちゃんはオレと一緒に修行…」
ナルトが言い終わる前にサクラはぎろっとナルトを睨む。
「し・な・い!」
ふんっとサクラは踵を返し、教官の腕を引っ張った。
「せんせー、私報告書書くのお手伝いしますゥ。帰りましょう?」
「ああ…そうだな。仕事が早く終わった褒美に、汁粉でも食うか?」
サクラは引っ張っていた彼の腕に嬉しそうにしがみついた。
「きゃあやったあっ! だから好きっせんせー!」
環はサクラにカウンターを喰らって沈んでいたナルトにも笑いかける。
「ほら、早く来い、ナルト。…お前も食うだろ?」
がばっとナルトは復活する。
「もっちろん食うってばよっ!」
でもオレ食うならラーメンの方がいいなあ、と口を尖らせるナルトと、何言ってるのよ絶
対お汁粉よ、と彼を黙らせているサクラを眺めながら、環はもう一人の部下の事を思った。
これほど早く、写輪眼が発現してしまうとは。
カカシの言う通り、サスケはあせらずゆっくりと育てられている世代だ。あの子の異種能
力発現はもう少し後だろうと思っていた。
「…やはりウチハ……早々に牙が生えるか……」



カカシは薬草園から出ると、まっすぐ森の演習場に向かった。
サスケはカカシの草色の胴衣を見ながらその後に続く。
こうして背中を見ていても、女性とは思えなかった。
どういう仕掛けか、あの忍装束を纏っている彼女はどこから見ても『男』なのだ。
歩き方、話し方。目つき、雰囲気。
『彼女』の背中を見ながら徐々にサスケはわかってきた。
額当てをつけ、口布で顔の殆どを覆っている姿のあの人は、子供がいる母親ではない。
ここにいるのは『はたけカカシ』。
『写輪眼のカカシ』なのだ。
サスケはサスケなりに、調べられる限りのカカシのプロフィールを調べた。
公式のものから単なる噂話の類まで。
暗部にも所属していたと言う『彼』の、サスケでも手に入る情報は少なかった。
だが、情報の切れ端からでも、カカシがどんな忍であるかは伺えた。
わずか6歳で中忍。
数年と経たず上忍となり、以後、常に前線で身体を張って任務をこなしてきた『木ノ葉の
死神』。
あれは人ではない、とまで言う者もいたという。
敵国の忍達からは恐怖の対象とされ、同時に常に首を狙われる垂涎の的。
実際、『写輪眼のカカシ』の首を獲ったとなれば、その者の名にも大した箔がつくだろう。
サスケは確信する。
あの火影屋敷で初めてカカシと対峙した時にサスケが感じ取った、畏怖にも似た感覚は正
しかったのだと。
格が違う。
強さの次元が違う、と言った方が正しいかもしれない。
女性の身で、しかもそれを仲間にすら隠して男として戦い、生き残って来たという事実は
衝撃的だった。
サスケは唇をそっと噛んだ。
サスケは、あのマスクの下の顔を知っている。
唇の柔らかさも知っている。
彼女が産気づいた時に、傾いだ身体を咄嗟に支える為につかんだ腕の華奢さ。
まるで鍛えていない女性の頼りないほど柔らかな腕と違ってそれなりに筋肉を感じさせる
腕ではあったが、男のそれと比較すればおそろしく細かった。
あんな細い腕で―――幾多の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
忘れる事など出来なかった。
「サスケ」
カカシに声を掛けられ、サスケは我に返った。
「……お前、自分の意志で写輪眼を発動させられるのか?」
サスケはぎこちなく頷く。
「……一応」
「見せてみろ」
カカシはくるりと振り返って、腕を組んだ。
サスケはそっと深呼吸して意識を集中させる。
自分でも何度か試してみて、コツは掴んできていた。
額の中央に意識的にチャクラを集め、『切り替え』る。
すうっと、視界が微妙に変化した。これで、眼は切り替わっているはずである。
「ふむ」
カカシは身を屈めてサスケの顔を覗き込んだ。
「……なるほどね。両目とも変化している。……しかし、不完全だな。まだ、『開き』きっ
てはいない。…と言うか、足りない」
「……何度も使っていれば完全になるのか?」
そおねえ、とカカシは指で顎を撫でる。
「お前のチャクラ次第ってところもあるかな。……お前、まだチャクラコントロールがヘ
タでしょ。眼が完全でなくてかえって良かったよ」
サスケは不愉快そうにカカシを見上げた。
「どういう意味だ」
「…そいつがどれだけチャクラを喰うか、まだ実感としてはわからないかな。お前のソレ
はまだ完全じゃない分、チャクラもそれ程必要としなかったと見える。お前自身が持つチャ
クラがまだ充分な量じゃないのに、コントロールと配分を間違えたらとんでもない事にな
るぞ。最悪、チャクラ切れで身動きも出来なくなる。…あまりその『眼』に頼ると命取り
になるよ。………特に、今はね」
カカシの言わんとした事を理解したサスケは唇を噛んだ。
「つまり、まだ基礎的なものが不足しているって…? そっちが先だって言いたいのか」
カカシはにっこりと笑った。
「…物分りのいい子は好きだよ」
「す……い、いや……そっちもアンタが面倒見てくれるって言うのか?」
サスケは『好き』という言葉に一瞬動揺したが、踏みとどまる。
「んー? そぉだねえ…ま、指導はしてやるよ。それが今のオレの仕事みたいだから。…
でも、手取り足取りなんてぇのは期待すんなよ? オレはそこまで親切じゃない。自分で
頑張って精進するんだな」
「わかった………」
カカシはポン、と手をサスケの頭に置く。
「………白状すればオレ自身、コイツによく助けられたよ。この眼を持っていなければ、
今ごろ生きてはいなかった……と思う。だがサスケ、これだけは覚えておけ。…写輪眼は
諸刃の剣だと言う事を」
サスケは視線を上げた。
カカシの眼は静かに微笑んでいた。
「………オレが本当に知っているのは、この眼の使い方じゃなく……怖さだ」




 
 
 
 
「お疲れ様、カカシさん。……如何でしたか」
帰宅したカカシは、「ただいま」と言ったきり、玄関の上がり口に座り込んでいる。
「……どうしました?」
心配そうに歩み寄って来るイルカに、カカシはやっと振り向いた。
「あ…ごめんなさい。大丈夫です。……家に帰ってちょっと気が抜けただけ」
額当てを毟り取り、口布を下げる。
「お帰りなさいして?」
イルカは屈んで彼女の唇に軽くキスした。
「お帰りなさい、カカシさん」
カカシは甘いお菓子を食べた子供のように嬉しそうに微笑う。
「ただーいま。…あ、いいなー家帰ったら『お帰りなさい』してくれる人がいるのって」
でしょう、とイルカは頷いた。
「俺もそう思いましたよ。そして、『ただ今』と帰ってくる人を迎えるのもいいものですね」
「……うん」
カカシの微笑がはにかんだような、少し後ろめたそうなものに変わる。
カカシとしては、出来れば妻として『お帰り』を言う方になりたいのに。
そのカカシの気持ちも汲んでくれたイルカの言葉に、かえって申し訳ない心地になる。
「お腹、すいたでしょう。ご飯食べましょう。さ、着替えてきて下さい。ちゃんと手も洗
うんですよ」
そのカカシの気持ちを吹き飛ばすようにイルカは殊更明るくカカシを急き立て、手を貸し
て彼女を立たせた。
「……イルカ先生、おヨネさんみたい……」
「………………ですか?」
普通は『お母さんみたい』と言う所だが、カカシは母親にガミガミと言われた経験が無い。
一番近いのが世話焼きなヨネの言動だったのだろう。
「チドリも待ってるんですよ。さあ、早く」
その一言が覿面に効いた。
カカシは印でも切ったのではなかろうかと言うスピードで玄関から掻き消える。
イルカは苦笑しながらカカシの脱いだサンダルを揃え、よいしょ、と腰を伸ばす。
今日はカカシの好物と、チドリの好きな食べ物を抜かりなく用意した。
後ろ髪引かれる思いで任務に出たカカシと、心細い思いをしただろうチドリへの、せめて
もの気持ちだ。
イルカが汁物を温める為に台所へ戻ると、超特急で着替えたらしいカカシが奥からバタバ
タと居間に駆け込んで来た。
「手も洗ったし、うがいもしましたっ!」
早過ぎたので、手洗いを省略したのではとイルカに疑われる前にカカシはそう報告した。
チドリは、子供用の椅子にちょんと大人しくはまっていた。椅子とテーブルが合体してい
る子供の食事用の椅子なので、「座る」というより「はまっている」状態なのである。
そのチドリの前にカカシは飛び込むように座る。
「チドリ、ただ今っ! お母さんですよっ!」
「アー」
チドリは母親の顔を見分けて嬉しそうに笑う。
「なー? お父さん言っただろう? お母さんもすぐに帰って来るぞって」
イルカは台所から小鉢を載せた盆を持って来る。
「あ、ごめんなさい。手伝います」
慌てて腰を浮かしかけたカカシの肩をイルカは軽く押さえて止める。
「いいですよ。チドリに顔を見せてあげていて下さい。…この子も、いきなり知らない人
の所に長い時間預けられたんで、だいぶ不安だったでしょうから」
「はい……保育園、どうでした?」
イルカは茶箪笥の引出しから書類袋を取り出す。
「園長さんは年配の女性で、感じのいい方でしたよ。実際に面倒を見てくれる保母の方々
は、若い方ばかりのようですが。……これ、規則と注意事項。目を通しておいて下さい。
それから、連絡ノートです。昼間、何かあってあちらからこっちに連絡をくれる時は、ア
カデミーに電話してくれる事になってますから。ノートには、保母さんが気づいた事を書
いてくれるそうです。こちらから何か伝えたい事を書いてもいいとか」
「チドリの状態ですか? ええと、熱っぽかったとか、お腹がゆるいみたい、とか?」
「そうそう。気をつけて欲しい事とかですね」
カカシはふうん、と頷いてノートを眺めた。
まだ真新しいページには、日付と今日一日チドリが口にしたものと、どれくらい昼寝をし
たかなどが若い女の子らしい文字で記入してあった。
最後のサインから、彼女の名前がコヨリ、と言う事だけが分かる。
こうして、名前しかわからない他人に可愛い我が子を任せなければならないのだな、と改
めて実感したカカシは顔を曇らせた。
「……園長さんがね、一度貴女とも話をしたいと…言ってましたが」
カカシは「え?」と尻込みするような声を小さく上げる。
イルカは彼女を安心させるように微笑んで見せた。
「……大丈夫ですよ。貴女は忙しい人なので、送り迎えも俺がやるのだと説明してありま
す。…あまり余計な事は訊かれませんでした。忍には色々と事情を抱える者も多いのだと
…承知なさっている方のようです」
カカシは目に見えてホ、と肩の力を抜いた。
「そうですか……」
椅子からチドリを抱き上げ、カカシは自分の膝に乗せて愛しそうに抱き締める。
「……ごめんねえ、チドリ……お父さんも、お母さんも、本当はお前をよそに預けたくな
んかないんだよ……わかってね…」
チドリはおっぱいがもらえるのだと思ったらしい。
服の上から乳房に顔を押しつけるようにしておねだりする。
カカシはクスっと笑った。
「はーいはい。おっぱいね? あげるあげる。昼間一緒にいられなかったもんね」
自分には乳をやるくらいしか出来ないが。
母親の乳房を含むことでチドリが安心出来るというなら、いくらでも与えよう。
チドリに乳を与えながらふと視線を上げると、上から覗き込んでいるイルカの視線とぶつ
かった。
何となくその眼が「いいなあ」と言っているように思えたカカシは思わず笑う。
「………イルカ先生には後であげますね」
見事なまでにイルカの顔が赤く染まった。

      

      

 



さて、イルカ先生が本当に考えていたのはどれでしょう。
1.いいなあ、カカシさんは。俺にはチドリにおっぱいあげて足りないスキンシップ補うなんて出来ないもんなあ・・・
2.いいなあ、チドリは。俺もカカシさんの………(自主規制)・・・
3.たぶん両方。(笑)

1を選んだアナタは、とても純粋なココロの持ち主です。
2を選んだアナタは、とても素直です。
3を選んだアナタ。 ハイ、正解です。(みの●んた風)

 

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