あと一歩の浪漫−1

 

「そーいえば、ひとつ気になってたんだけど」
カカシはのんびりと握り飯を頬張りながら視線を浮かせた。
「塩、きついっすか?」
「…いいえ…塩加減はちょうどいいです。イルカって握り飯作るの上手いね」
カカシはイルカが握っている昼食用の握り飯に横から手を出していた。
「それ一つにして下さいよ。お昼に食べる分が無くなっちゃいますからね。腹減っているんだったら、
カップ麺でも作ってあげましょうか?」
イルカの部屋に泊り込んだ上、朝食までしっかり食べたばかりのカカシの腹がそうそう減っている
わけがないのだが、イルカは一応そう訊いてみる。
「あは、すいません。いや…あんまり美味そうなんで、つい食っちゃっただけ。ラーメンはいいです」
「カカシ先生って、細いのによく食いますよね。いい事だけど」
あはは、と笑ってカカシは握り飯の最後のひとかけらを口に入れた。
「この商売、カラダ資本ですから」
「今日は演習でしょう? 任務じゃなくて。これ、先生の分もありますから持ってって下さいね」
イルカはせっせと握り飯を作っている。確かにその量はイルカ一人分の弁当にしては多い。
カカシは瞬間驚いたように顔を上げたが、嬉しそうに微笑った。
「や…そりゃ…ども…ありがとうございます」
「ナルト…にも…って、ちょっと思ったんですけど…いつも作ってやれるわけじゃないし…親がいな
い元生徒はアイツだけじゃないし……やっぱ、マズイですよね。…それでなくても俺…アイツが不
憫で時々ラーメン奢ってやったりしてるし…これってやっぱりえこひいきになっちゃうかな」
カカシは大きな皿の上に並んでいる握り飯をひいふう、と数えた。
「…イルカ先生…昼飯に幾つ食う気なんですか?」
「三つか四つもあれば充分…かと」
「……もう十個も出来てますけど……」
「………」
十一個目を握っていたイルカは、自分の手元にはた、と目を落とした。
「…俺、何やってんでしょうかね……」
カカシは肩を竦めてからふんわり笑ってみせた。
「七つ、オレに下さい。…ナルトの様子を見て、食いモン用意していないようだったらオレがさりげ
なく渡してやりますよ」
「ナルトに三つ、貴方が四つ?」
「もちろんですとも」
「ナルトがそいつを必要としなかった場合は?」
「いくらオレでも一度に七つはねえ…せっかく貴方が作ってくれたものだし、この時期腐りはしない
でしょうから持って帰って夕食にして…も、いいですか?」
イルカは苦笑した。
「じゃあ余ったらそれ持ってまたここへ来て下さい。味噌つけて焼きましょう。美味いですよ」
それを聞いたカカシは複雑な顔になって皿の上の握り飯を眺めた。
「…そんな…魅力的な提案されたら…オレ、ナルトが腹減らしてても知らん振りしそう…」
ぷは、とイルカは噴きだす。
「そうですねえ…じゃ、これ夕食用に取っときましょうか。後、豚汁でも作って…」
「うわ、ますます魅力的…! …って、いいんですか? オレまたメシ食いに来ちゃっても。…それ
にナルト……」
「…だから、いつも作ってやれるわけじゃないのに、半端な事をするのはかえって残酷かな…とも
思うから……気まぐれにラーメン奢ってやるくらいなら、アイツも『ラッキー』って思うだけで過剰な
期待はしないでしょうし…」
それは、少年期に親を失ったイルカ自身の体験から来る心理分析なのだろう、とカカシはそれ以
上口を挟むのをやめた。それに、今夜またここへ夕食を食べに来ると言う誘惑の前ではナルトの
事等簡単に吹き飛ぶ。
「それより、さっき仰った気になった事って?」
ああ、とカカシも思い出す。
「ん〜、実はそのナルトの事でして…」
「…はい」
イルカは僅かに眉を寄せた。
「あの…例の、あいつが巻物を持ち出した事件ね…イルカ先生、あれについてナルトにペナルテ
ィは?」
ああ、とイルカは眼に見えてホッとしたように肩を下げた。
「あれですか。…負傷した俺を庇って、ヤツと戦ったって事を差し引いても、窃盗は窃盗です。…
ナルトはあの巻物がそんなに重要なものだと理解していなかったようなんですが……三代目と
も相談しましてね。…尻叩きです。ケツッぺたひん剥いて、五十回」
げらげら、とカカシは笑った。
「うっわー痛そー…ま、妥当ですかね。ハハハ…ナルトのケツも災難続きだなあ」
「…続き?」
カカシはおもむろに両手で印を結んでみせた。
「……虎の印……?」
ぷるぷる、とカカシは首を振る。
「いやあ…下忍への最終試験のサバイバル演習の時ね…アイツがあんまりにもズレたお茶目さ
んなんで、コイツで喝を入れてしまいました」
こう、とやってみせるカカシの手の動きで、それが何を意味しているのか悟ったイルカは、「げ」と
小さく唸った。
「……カカシ先生ってば…顔に似合わない真似を……」
「やーだなー♪ …洒落ですよお。あんなガキに本気で体術やら忍術使えないでしょ?」
イルカに引っ叩かれ、カカシに特大カンチョーされて。確かに、ナルトの尻は災難続きだったようだ。
二人は知らないが、カカシとの初顔合わせの日、ナルトは賞味期限の過ぎた牛乳で腹を壊して
もいる。
「そ…そりゃそうでしょうけど……」
何を思ったのか、イルカの顔はふわっと赤らんだ。
「…イルカせんせーったら…何か連想したでしょー…」
くすくす笑いながらカカシは額当てをつけ、出かける準備を始めた。
「ま、オレのケツは貴方の好きにしていいですから…」
「やめて下さいいい〜〜〜」
イルカは更に赤くなり、ぶんぶん首を振っている。
「もー、イルカはやるコトきっちりやる割に純情オトメさんなんだから〜」
口元に引き上げかけた口布を顎の辺りで止めて、カカシはイルカの唇の際に素早くキスした。
「? …カカシ先…?」
こういう時は、必ずと言っていいほどちゃんとしたキスを要求するカカシが、唇スレスレの頬にキス
するなんて、珍しい。
「今キスすると、梅干味のキスになりますから」
梅干。
…握り飯の中身の。
「……カカシ先生こそ、意外とオトメな事言っていませんか?」
イルカは首を傾け、カカシに口づけた。軽く舌先を触れ合わせ、離れる。
「貴方とキスした時に食い物の味がしたって俺、平気ですよ?」
カカシはぺろ、と小さく舌を出した。
「オレもですけどね。…あ、でも納豆食った後だけはやめましょうねー…お互い……」
「………そうっすね…」
その味を想像でもしたのか、イルカは神妙な顔で頷いた。そして、カカシの身体を改めて引き寄
せると目顔で伺う。カカシが拒絶しないとみると、イルカは再度口づけてきた。
「んぅ…」
長いキスにカカシの口から苦しげな声が漏れる。
「…あ…す、すみません…」
我に返ったイルカは慌てて身を離す。
「いや…朝から熱烈なキスで大変感激しました」
はっとイルカは時計を見た。
「すっすみません! 何時からでしたっけ演習…」
「えーと、八時半集合…だったかな?」
「過ぎてますっ! もう九時近いですよ!」
イルカは大慌てで弁当を包み始める。
「だーいじょぶですって。三十分くらい、あいつら慣れ…」
イルカはカカシの話を聞いていないのか、弁当を手に押し付けると、あっという間にカカシを部屋
から押し出した。
「いってらっしゃい! ほら早く!」
「…いってきまあす……」
カカシが振り返ると、イルカは心配げに「早く、早く」と急かす。
「イルカは行かなくていいんですか?」
「俺は今日は九時半からですから、大丈夫なんです。それよりホラ! 早く行かないと!」
「…いってらっしゃいのキ…」
「は、もうしたでしょっ! ほら駆け足っっ!!」
有無を言わせない号令に、カカシはつい走り出してしまった。
「お気をつけて〜〜」
背中でイルカの声を聞きながら、カカシは苦笑していた。カカシが『生徒』だったのはそれこそ大
昔の話だと言うのに。『先生』の号令に反射的に従ってしまうとは。
(…それにしたっても、上忍に向かって「駆け足」はないよな〜あ…あー、愉快なヒトだこと。)


 

「あー! カカシ先生だーっ」
カカシを見つけたナルトが素っ頓狂な声を上げる。
「うわ、珍し〜〜…集合時間から一時間以内に来たわ…」
サクラも驚いたように目を見張っている。
「………これでも遅いぞ、フツーは……」
ぼそっと呟いたのはサスケ。
「おはよー…、キミ達はいつも早いねえ…うん、感心感心…」
それは、いつもカカシが遅刻してくるからといって、気を抜いたりしたら…そういう時に限って時刻
通りこの先生は来ているかもしれないからだ。まんざら有り得ない話ではない。
演習中や任務中。いつでも試されているような気がサクラ達にはしていたから。
「…ところで、お前ら、昼飯ちゃんと用意してきたか?」
唐突なカカシの質問に、子供達は顔を見合わせる。
「ウン。…だって先生、昨日くれたプリントの持ってくるもの欄にお弁当って書いてあったもの」
サクラは可愛らしいお弁当箱を鞄からちらりとのぞかせた。サスケも無言で頷く。
「ナルトは?」
カカシが目を向けると、ナルトはびしっと親指を立てた。
「ばっちしだってば! ちゃんとパン買って来たもんね!」
ふうん、とカカシは何やら指を顎に当てて思案している。
「ナルトさあ…」
「ん?」
「お前のパン、オレにくれない? あ、買ってきたんだよな。その分出すから」
「えー、じゃあ俺はどーすんの?」
にま、とカカシは微笑む。
「オレの弁当やる。…握り飯だけど、美味いよ」
「…えっと…いいけどさ、けどさ、…あの、何で?」
「んー…ちょっと今、胃が重くってさ…昼は軽いもんの方がいいかな…って」
サクラは大人びた顔つきでカカシの顔を覗き込む。
「これだから一人暮らしの男のヒトってダメなのよねっ! せんせ、夕べ飲み過ぎたんじゃない
の?」
「あははー、サクラは鋭いなあ…」
うん、と頷いたナルトはゴソゴソと鞄からパンの包みを出して「はい」とカカシに渡した。
「お、ありがとー。幾らだ?」
「お金、いーよ。先生ちょーし悪いんだろ? 先生の弁当くれるんならいいってばよ」
カカシはぽんぽん、とナルトの頭を撫でた。
「優しいなー、ナルトは」
へへー、と照れ笑いするナルトに、今朝イルカの作ってくれた弁当を渡す。
「うわ、なんかイイ匂い…いいの? 先生。ホントにもらっちゃって」
市販のパンより、ナルトにとっては魅力的であろうその匂い。家庭的な、手作りの匂いのする
弁当。
「うん。…オレはまた食えるから…それ」
(…ねえ、イルカ先生。オレはまたいくらでも作ってもらえますよね。 )
イルカ手作りの弁当を嬉しそうに鞄にしまうナルトを、そっと微笑んでカカシは見ていた。

 



ナルト、巻物窃盗事件の罰は無かったのかなー、などとちょっと思ったので。

だって、皆大騒ぎしてたじゃないですかー。
イルカのとりなしがあったとしても、何も罰がなかったのは変だなー、と。普通は『罰』としてまた留年(?)じゃないか??
というワケで、尻を叩いてみました。(笑)

せんせー達のいちゃいちゃが書きたいだけかもしんないけど・・・
それにしても、食い物から離れた話、書けないのか青菜・・・・・・

 

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