君ノ面影ニ心ハ開ク −3
by 最阿流さま
冬を迎える、枯れ果てた森。 息づくものは何もないようなその空間に、時折乾いた金属音が響く。 ほんの二、三合。勝負はそれで決し、勝者は立ちあがり、敗者は死んで横たわる。乾いた落ち葉の絨毯に朱の模様を描いて、荒い息を整えつつ、木の葉忍が周囲を見まわす。 背後に、今止めを差した忍の死体が横たわる。近づいて確認すると、額の認証は霧隠れの紋。 手を合わせたところから、格は中忍。こいつは捨て駒だ。標的なる上忍、もしくはそれに準じるものは、別にいる。 どこかで同じ戦いの気配がする。その位置を推察し、敵の進行方向を割り出し、飛ぶ。 流線に歪む光景の中にぽつぽつと垣間見える血塗られた忍の躯。他国の忍もあれば、木の葉忍もいる。すでに人としてより、物体として石や落ち葉と同じ意味しかもたないそれらが、道しるべとなり新たな戦いの現場へと導く。張り詰めた気の結界を感じ、直角に飛び退いた。今しも飛び込もうとしていた空間に、炎が走る。 炎の色や形から、仲間の側の攻撃と知る。熱気に歪む空気を通して舞い上がる枯葉や土塊の間に、意思を持って蠢くものを捕らえ、くないを放った。 くないをかわしてから、敵はそれが致命傷を狙ったものではないことを悟ったらしい。動きに動揺が見えた。 時すでに遅く。 頭上から舞い降りた忍刀の使い手が、硬直する忍の首を両断していた。 「・・・すまんな、カカシ」 ごほごほと苦しげな息をして、ハヤテが言った。 いつもの穏やかで病弱な風体に、全身血まみれて血刀を軽く下げ、うっそりと背中を曲げている。 「何人残ってる?」 答えるカカシ自身もまた、髪も手も血に濡れて、左の目が晒されていた。 額から顎までを横切る傷に、今だ血を流し続けるかに紅い、噂に高い写輪眼。 「目標は頭一人」 「どこだ?」 「判らん。使い手だ。こいつ一人に、木の葉が四人やられた。」 「囲むか。範囲を出せるか?」 ハヤテはしばし咳き込み、つと指を上げる。 「・・・あちらに、イビキさん。こっちはアオバが固めてる。ただし、イビキさんは動かん、すでに何人か、捕虜を確保しているからな。」 「おれはこっちへ」 くいと首を傾け、カカシは姿を消した。 ハヤテは足元の忍の死体を暫く見下ろしていたが、やがて喘鳴する喉をなだめるように肩を揺らし、歩き出した。 咳きの発作が起きる。立ち止まらなくてはいられないほどの、激しい発作。 四方から渦をまいて霧が襲いかかった。 高速で叩きつける幾億の水の雫が刃の鋭さでハヤテに集中する。上下左右、逃げ場は何処にもない。 一点に収束した霧の凶器が、爆音を立てて弾け飛び、内に飲み込んだハヤテもろとも四散した。術が発動してからほんの数秒。何が起きたのかを理解する間も無かった。 飛び散った水が降る。乾き果てた木の葉の森に、ざわわと雨が落ちた。辺りを濡らす水の流れはすぐに地面に飲まれ、血の匂いに似た土の匂いが立ち込める。 何時の間にか暗闇の中に人影が立ち、辺りを見守っていた。 暫く思案するように立ち尽くしていたが、やがておずおずと歩き出す。濡れそぼった地面を踏みしめて、肉片の散らばる落ち葉の上を見渡していた。 常人の目にはそこに死体があることも判らないほど細切れになった忍の体が、落ち葉と土の上に四散している。骨も内臓も等しく混ざり、冬の寒気に湯気を立てていた。摩擦による熱の発生で、霧は半ば気化する。水の質量と発生する熱で膨大な爆発力を生み出す。 霧隠れ忍術、水発破。 額に霧忍の紋章を頂く忍頭が、ひくりと動いた。 足が動かない。いつの間にか、地中から手が伸びて、彼の足を掴んでいた。 音なき音を立てて、殺意が膨れ上がる。 本来頭も動かせないほどの金縛りの術にも関わらず、霧忍は飛んだ。足にしがみつくハヤテが、その霧忍の根のように地中から引きぬかれる。二つの体が一瞬宙に浮き、光が瞬く。 遅れて鋭い金属音が響く。ハヤテの忍刀が弧を描いて頭上の木の幹に突き刺さる。 飛び退き 間合いを取る。 仕掛けようと印を結ぼうとした霧忍の手が止まった。 「・・・で?」 静かな殺意を秘めた声。 「こいつでビンゴ?」 霧忍の背後の暗闇から、すぅと溶け出す銀色の髪。 何時もそうしているように、両手をポケットに入れ、少し猫背気味に背を曲げて、芒洋と佇む木の葉の忍。 風聞でしか知る事の無かった紅い異能の目を、目の当たりにする。 「ああ。間違いない。」 武器を奪われ不利を取ったハヤテが、落ち着き払って言った。 「霧隠れ忍 遊撃部隊あおジョウロ・・・今回のターゲットの最後の一人だ。」 霧忍は何も言わない。 刃物のような視線でその背後を睨むカカシと、正面に立つハヤテ。 道ですれ違うほどの気安さで、二人の木の葉忍はゆっくりとお互いの間を詰めようとした。 「・・・飛べ!!」 カカシの声が響いた。 ジョウロの体が爆発した。 自爆か、と思われた。 咄嗟に爆風の届かない木の上に飛び退いたカカシは、状況を把握しようと辺りに注意を向けた。 その時、カカシの脇腹をくないが抉った。 カカシが身を寄せた木の幹から、じわりと人影が滲み出す。 忍術、蓑隠れ。 カカシの顔が歪んだ。 今日も一人きりの夕飯を終え、茶碗を洗って。 人の声が恋しくて、意味もなくテレビを付け、考えが集中しないようにする。 大きな自分の茶碗を下にするため、カカシ用の小梅の茶碗を持ち上げる。 ぱき。 持ち上げた途端に、茶碗が割れた。 欠片も出ないほど、綺麗な割れ方だった。 イルカは固まったまま動けない。 使い始めて、まだ何回とたっていない。白と、ぽつぽつと紅い小さな花模様が、今まで一度も女らしい柄を身に着けたことのないカカシには面映くて、嬉しくて、大層喜んで。 この家に、自分がいることを許された象徴のようだとぽつりと漏らしたのを、忘れられない。 のろのろと、割れた茶碗を取り出す。二つの碗は重ねればぴたりと割れ目が合う。まるで刃物で断ち割ったような割れ方だった。 ただ割れただけだ。見えないひびが入っていたか、歪んでいたのが使っているうちに無理がきたのだ。 決して、それ以上の理由はない。 割れた茶碗を前にして、イルカは一瞬激しく息を吐いた。 不安が胸を締め付け、頭の中が白くなる。気を静めるための気功を繰り返し、固く目を閉じる。 何度も体験してきた、こんな予感。 内容を告げられない任務についた友人たちが、遂に帰って来なかった時も、彼らを代弁する何かが壊れた。心構えを促すように、永の別れを告げるように、物言わぬ品が小さな声を上げる。 少しだけ落ち着きを取り戻し、イルカはようやく目を開けた。 冬だというのに、汗をかいていた。割れた茶碗は夢ではなく、そこに転がっている。怪我をしないように丁寧に重ねて、手近な新聞紙で包み、ゴミ箱に押し込む。 これを買ってきた店は覚えている。たしか同じ柄の茶碗が、あの時はまだ置いてあった。もう随分前だったが、行ってみよう。 とにかく、一刻も早く買ってこよう。またちゃんと揃えておかなくては、カカシが帰ってきたとき、食事ができない。 そう思うと、気が楽になった。カカシが帰ってきたら。そう考えるとじんわりと暖かくなった。 少しだが微笑む元気を取り戻して、イルカは片付けを再開した。 |
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