朔月のスフィア −8

※ ご注意:このSSには、話の都合上、勝手に創作したキャラクターが多数登場いたします。主役は、少年時代のサクモさんです。

 

サクモが、任地からの帰還途中に伝染病に罹り、生死の境を彷徨ってから二年近くの月日が経過していた。
向こうでの退院を許されて、木ノ葉の病院に再入院・検査を経て完全復帰するには二ヶ月を要したが。
ツナデやナユタが当初心配していたような後遺症もなく、何事も無かったかのようにサクモは任務をこなしている。
結局、彼が受けるべき時期に予防接種を受けていなかったのは、担当部署の連絡ミスと事務処理のミスが重なったのだろうと推測され―――今後の教訓にするように、という里長の一言でお終いになった。
ナユタなどは何か言いたそうにしていたが、当のサクモが真実を追究するのに消極的だった上、火影にそう言われてしまっては口を噤むしかない。
その代わり、前にも増して体調管理にうるさくなった。
ソマと二人がかりで、過保護なまでにサクモの身体を気遣う。
良い事よ、とツナデは二人を支持した。
「サクモさんが、自分の身体に無頓着過ぎるんだよ。うるさく言われて、ちょうどいいくらいね。大体、寝て食べての基本がなってないんだから。兵糧丸は栄養補助食品じゃないって、わかってる?」
「う…うん。頭ではわかってる……けど」
最初が『医者』と『患者』という立場だった所為か、どうもサクモはツナデに弱かった。
実年齢はサクモの方が上なのに、まるで姉と弟のようだ。
もっとも、ツナデの気風のいい姐御肌な性格と、サクモの控えめで大人しい性格を考えると、当然の成り行きかもしれなかったが。
「けど、便利だからつい? ……あのね、あんまり常用してると身体が慣れちゃって、いざって言う時に効かないよ?」
「あ………そうだね。それはマズイよね。…うん、しばらく兵糧丸は使わないよ」
「本当ね?」
「本当。ツナデちゃんに嘘はつかないよ」
どーだか、とツナデは軽く睨んだ。
サクモは時々嘘をつく。
ケガをしても、大丈夫、痛くない、と微笑う。
強がっているのではない。周りにいる人達に、心配を掛けまいとしているだけなのはわかるのだが。
辛いこと、苦しいことを、全部黙って自分の中に抱え込んでいるようで―――ツナデは、そんなサクモが時々酷く危うく見えて、不安になるのだ。
「あー、信用無いなあ。…約束通り、こうして甘味屋さんにつきあってるじゃない。何だっけ。黒胡麻………?」
「黒胡麻みらくるパフェ。人気の新メニューなんだけど。一人で食べに来るのもつまんないじゃない。最近忙しかったしね。甘いもんでも食べて、英気を養わなきゃ」
「それはお疲れ様。……僕も昨夜帰って来たとこ。何かもう、眠くて報告書書けなくて。起きてから慌てて書いて、朝イチで提出してきたんだー」
そうして、待機所を出たところでツナデにつかまり、甘味処に連れてこられたのである。
ム、とツナデは唇を尖らせる。
「サクモさん。…もしかして、また朝ゴハン抜き?」
サクモはアハハ、と笑って誤魔化した。
「えっと、今から甘いもの食べるから、いいってことにして? ………昨日まで任務だったから、家に食べ物無くて」
「もーお! パフェはゴハンじゃないっての! 少しは保存の利くものを買い置きしておきなよ。缶詰とか、色々あるでしょ? …仕方ないなぁ……後で野菜ジュースくらい飲んでおくんだよ?」
「うん、そうだね」
「素直でよろしい。…ご褒美に今度、栄養指導をみっちりしてあげよう」
そこでツナデは、スッと真面目な顔になる。
「………………もう、落ち着いた?」
その短い一言に、彼女の労わりと気遣いがこもっていた。半ば強引にお茶に誘ってきたのも、これを言う為だったのだろう。
サクモは、静かな微笑みを浮かべてみせた。
「うん。…ごめんね、色々と心配掛けて。……もう、大丈夫だよ」
先日、サクモの祖父が急逝し、木ノ葉における『はたけ』姓の忍はとうとう彼一人になってしまったのだ。
サクモは、広過ぎる家を売り払ってしまい、里のはずれに代わりの小さな家を見つけて引越し、以来一人で暮らしている。
未成年者が保護者を失った場合は、家屋などの管理は一旦里が預かり、本人は孤児専用の宿舎に入るのが普通だ。だが、サクモが今年十八になること。そして、既に上忍として収入を得ていることなどから、成人と同じ扱いが認められたのである。
「……おじい様、心臓発作だったって……聞いた。突然で…大変だったでしょう」
サクモは、冷水のコップについた水滴を指でなぞった。
「うん。…あの日、僕が任務から戻った時はもう亡くなっていたみたいで。…僕、障子越しに帰宅の挨拶をしたんだけど応えは無くてね。………でも、返事が返って来ないことも多いから…気にも留めないでそのまま寝てしまったんだ。…だから翌朝、家政婦さんの悲鳴で目が覚めるまで、僕ったらおじい様が亡くなっているのに気づかなくて。………呑気と言うか、薄情と言うか」
ヒクリ、とツナデは唇を微妙に歪ませた。
「………笑えない話をにこやかにすんな、コラ。…まあ、仕方ないよ。病気の兆候も何も無かったんでしょ? もしかしたら……なんて、普通考えないよ」
サクモはフ、と息をついた。
「そうなんだよね。ピンピンしていたみたいだったのになぁ。………人間の寿命って、わかんないものだね」
ツナデは眉根を寄せ、ずぃっとテーブル越しに乗り出した。
「……そう。だから日頃の心掛けが大事なんだよ。そうでなくても、あんた二年前に大病してるんだからね。ちゃんと定期健診、受けなきゃダメだよ。あの部下さん達にあんま心配掛けないように」
「………そうだね」
ハ、とツナデはため息をついた。
「手、出して。…ちょっと診てあげる」
「あ………うん」
サクモは素直に左腕をテーブルの上に出した。
ツナデはその手首を両手で包み、チャクラで健康状態を探る。
傍目には、仲のいい男女が睦みあっているかのようだ。
「お待たせ致しました〜。黒胡麻みらくるパフェ、お抹茶付きでございますぅ」
パフェを二人分運んできた若いウェイトレスは、頬を染めながらサクモの前に器を置き―――そして彼の手を両手で包んでいるツナデに視線を移して、気落ちしたように「ごゆっくり〜」と言ってさがって行った。
「…よし、まあまあかな。任務上がりにしては、安定している。…パフェ来たから、食べよう。アイス、溶けちゃう」
「うん、ありがとう。…これがパフェかぁ。美味しそうだね」
そこでツナデは、内緒話よろしく声を落とした。
「………今のコ、誤解したかもね」
早速スプーンでアイスを口に入れていたサクモは「何を?」と首を傾げる。
「私とサクモさん。…もしかして、恋人同士に見られたりして」
「……………だと、嬉しいけど? 僕は。…………女の子同士に見られるよりは、ね」
ツナデはもう少しで盛大に噴出すところだった。
優しい面立ちで、髪の長いサクモは今まで女性に間違われやすかった―――らしい。
現に二年前、サクモと初めて会った自来也は、彼を女の子と間違えたのだという。
ツナデ自身も、彼を遠目に見た女の子達が『男か女か』を議論している場面に遭遇したことはあるが。
「いやいやいや、そんなコト無いって! サクモさん、ちゃんと男の子に見えるから! ホントに。………って、あれ? …私とそういう関係に見られるのは構わないの?」
サクモは、ちょこんと首を傾げた。
「…そうだねえ。構わないというか……ムキになって否定する必要は感じないなあ。…だって、他人に何か言われたからって、僕達の関係は変化しないでしょう? あ…でも、ツナデちゃんは迷惑だよね」
ツナデは小さく肩を竦めた。
「べーつにぃ? サクモさんと噂になったとしても、害は無いもの。どーせ、知り合いはわかってるしさ。サクモさんが私を女扱いしてないって」
慌ててサクモは首を振った。
「い、いや…女の子扱いしてないんじゃなくて…」
ぷは、とツナデは笑った。
「…わかってるよ。私は、サクモさんのことはいい友達だって思ってる。サクモさんも、そう思ってくれているといいなあ」
「それは、もちろん。僕、ツナデちゃん達と知り合えて嬉しかったもの」
何となく、ツナデにはわかる気がした。
サクモは人よりも早く上忍に昇格し、自分よりも十は年上の部下達を率いて任務についているのだ。
同年代の友人など、なかなか出来ないだろう。
彼らがサクモと同じ階級に上がってくるまでは、後数年を待たねばならない。
ツナデ達のように、スリーマンセル全員が拮抗した才能を持つ天才児などという例は、ごく稀なのだ。
ただのお調子者に見える自来也でさえ、奥に秘めた能力は計り知れない。
ツナデ達はお互いがいたが、サクモにはそんな存在は今までいなかったのだ。
「甘いもの食べるの、付き合わされても?」
「うん。ツナデちゃんが誘ってくれるまで、こんなお店に入ったことなかったし。パフェも初めて食べた。関わる人によって、見聞きする世界って広がるんだなーって、感動しているよ」
「そりゃ大袈裟………」
「じゃないよ。大体、僕の世界は狭いんだ。自覚はある。………すぐ近くにあったのに、僕が見ようともしなかった所為で無縁だった場所っていくらでもあるもの。そういうのを開拓するのって、きっかけが必要なんだよ」
それがたとえ、里の中の甘味処でも。
「………ん。まあ、それもわかる気が………」
サクモは、ふっと苦笑した。
「ツナデちゃんには、初っ端からお世話になっているね、僕」
「あー………あの時のこと? 私は医療忍者として当然のことをしただけだよ。あの時、一番頑張ったのは、サクモさんだ。…生きるか死ぬかって場面になった時、本人が生きようとしてくれなきゃ、正直お手上げなんだよ、私らも」
「やーでも、一度止まった心臓、自力で復活させるのは難しいと思うよ。やっぱり、誰かに助けてもらわないと」
ツナデはほんの少し赤くなった。
サクモの呼吸が止まった時、人工呼吸をしたことを思い出したのだ。
その上、診察と治療の為とはいえ、ツナデは初対面で全裸に近いサクモの姿を見てしまっている。
(―――バカバカ! 私は医療忍者なんだから! 男の裸くらいで動揺してどうする! 任地で治療する相手は、ほぼ男だぞ!)
「だ、だから、それが当然だって言ってるの。医療忍者じゃなくても、人としてね。サクモさんだって、私の呼吸が止まってたら、人工呼吸くらいしてくれるでしょ?」
サクモはスプーンを止めて顔を上げた。
「………………えっと? つまり、僕に人工呼吸をしてくれたのは、ツナデちゃんってことかな」
ツナデは、ギクリとした。
そういえば、あの時サクモが年上の少年である事を意識してしまった彼女は、ナユタに人工呼吸の件を口止めしていたのだが―――すっかり忘れていた。
僅かに生じた動揺を誤魔化す為、ツナデはことさら明るく、茶化すように答えた。
「そーだよ。…ざーんねんだったね。私の唇を覚えていないなんてさ」
あははー、と笑うツナデをサクモは複雑そうな顔で見て、ため息をつく。
「それは改めて御礼を言わなきゃいけないね。………だけど、不公平だよねぇ。僕だけ、何にも覚えていないなんて」
「なになに? ……ソレって、私とキスしたいってことかなぁ? ………する?」
大胆に、桃色の唇をちょいと尖らせてみせた少女の挑発に、サクモはふわっと赤くなった。
「そういう意味じゃ………えっと、いいよ。やめとく。…自来也みたいに、殴り飛ばされたくないもの」
アハハ、とツナデはまた笑った。
「アレもね〜、どこまで本気なんだか。…あのインテリエロ助」
「………僕には、自来也はかなり真面目に見えるけどね。…ツナデちゃんに対して」
ツナデは慌てて咳払いをして、強引に話を変えた。
「そ、そーいやさ。………サクモさん、一度心肺停止状態になったわけじゃない? 所謂、臨死体験ってヤツだよね。…あのさ、何か覚えている? ほら、幽体離脱しちゃったとか、よく聞くけど」
サクモは、そんなツナデに苦笑しながらも、話をあわせる。
「幽体離脱は………無かったなあ。それ出来ていたら面白かったのにね。…よく、覚えていないんだよ。………ああ、夢、見てたかな? なんかねえ、自分死んだなーって思いながら歩いているの。だから、その時に見ていた夢だと思うんだけど。…うーん、何か…砂漠みたいに何も無い処を延々と歩いてねえ……ああ、そうだ、森っぽい処に入って…池? 泉? みたいな処に出た気がする。とにかく、綺麗な水辺」
「………川じゃないのね?」
「川……じゃなかったな。そこで、誰かと会って、話をした………と思うんだけど、これが曖昧で。誰と話したのかなぁ。………何かね、とても大切な人と、大事な話をしたような気がするんだけど」
「…もしかして、昔亡くなったお母さんとか」
「いや? 男だったと思う」
「………お父さん?」
「でも………無い気が。両親だったら、もっと覚えていても良さそうだものね」
ふむ、とツナデはスプーンをくわえた。
「イメージそのものはあの世っぽいよね。やっぱ、現実世界で得てきた情報が影響するのかな、そういう時の夢に。………ふむ、興味深いわ」
「そう?」
「精神世界的なものに対する興味も……まあ、無いわけじゃないけど、それじゃなくて。瀕死の人間の脳内は、通常の状態とは違うと思うんだよね。……医療分野と、全くの無縁にも思えないんだ」
しばらく器の中身を減らすことに専念していたサクモは、やがてぽつりと呟いた。
「………医療とは関係ないけど。…人の魂は、生きている肉体から離れた時、あらゆるものから自由になれる…というのはどう?」
「…自由? 幽体離脱って意味じゃなく?」
「うん、もっと自由。………例えば…時間の壁を超えられるとか。連続して一方向に流れている時の呪縛から、解放されないかなって」
ツナデは、眼を丸くした。
「やー、サクモさんってば面白いこと考えるね。つまり、肉体に縛られない魂は未来とか過去に飛べるかもしれないってこと?」
彼女の反応に、サクモは急に恥ずかしそうに顔を伏せた。
「………いや…ごめん、これって、ただの願望だね。だったらいいなって………」
ツナデは首を振った。
「何で謝るの? 別におかしくなんかないよ。…だって、そんな事は不可能だっていう証明が出来ない以上、どんな仮定も頭から否定は出来ないんだから」
それに、とツナデは続けた。
「そんなバカなって普通の人が思っちゃうような事を実現させてきたのが、我々の忍術でしょ? 口寄せとか、変化とか。もっとムチャな術だってある。そんなん無理、ありえないって決めつけたら、何事も進歩は無い!」
「おうおう、何やら威勢よくブチあげておるのぉ、ツナデ」
ツナデは、窓の外を不機嫌そうに見る。
そこには、ニヤニヤしている自来也と、無表情にそっぽを向いている大蛇丸の姿があった。
彼らに気づいたサクモは、にこやかに声を掛けた。
「自来也に大蛇丸! 何処かに行くところ? 時間あったら、一緒にお茶していかない?」
お? と自来也は片眉を上げてみせる。
「いいんか? デートの邪魔をしても、のぅ」
「あはは、デートじゃないよ。お茶してただけ。…いいよね? ツナデちゃん」
ツナデは、軽く肩を竦めてみせた。
「構わないよ。サクモさんが良ければ」
「そんじゃ、お邪魔するとしようかの。…お前はどうする? 大蛇」
大蛇丸は、気が無さそうに甘味処の中を横目で見る。だが、ニコリと笑ったサクモと眼が合うと、フ、と息をついた。
「……入るわよ。ちょっと、咽喉が渇いたわ」
そう言うと、自来也を追い越して先に店内に入ってしまった。
「おいおい。待てっての」
テーブルは、急に賑やかになった。
元々、四人掛けの席だ。自来也はちゃっかりツナデの隣に陣取り、大蛇丸はサクモの隣に座った。
「………しばらくね、サクちゃん。元気?」
「うん。おかげ様でね。………そうだ、大蛇丸。おじい様の葬儀の時は、ありがとう。…来てくれて」
ツナデは驚いて眼を瞠った。
「え? 確か、お身内だけの葬儀だったって…大蛇丸、行ったの?」
「いいえ。お葬式に行ったわけじゃないわ。私は、故人とは面識も無いもの。……ただ………あの日、喪服のまま一人で歩いているこの人を見かけて……少し、気になったから後をついて行っただけよ」
サクモは静かに微笑んだ。
「あの時はねえ…さすがにちょっと、気落ちしてて。大蛇丸が声を掛けてくれたから、僕は自分でもよくわかっていなかった気持ちを、言葉にすることが出来たんだと思う。………あれで、随分助かったよ」
「………そう? あんなことで、アンタの役に立ったって言うのならいいけど」
ふうん、とツナデは感心したように一つ頷いた。
「大蛇丸がねえ………」
「私が、何?」
「いーえ。ちょっと、意外だっただけ」
ハハハ、と自来也は笑った。
「大蛇は、サクモさんを気に入っておるからの」
大蛇丸は、ジロリと自来也を睨む。
「余計な事を。…まあ、否定はしないわ。気に入っているわよ? この人のチャクラ、凄いもの。ただ力強いだけじゃない。綺麗で、奥深くて。とても、興味深いわ」
自来也とツナデは、心持ち引いた。普通は賞賛であるはずのセリフを、大蛇丸が言うとどこか禍々しく聞こえるのは何故だろう。『気に入っている』さえ、普通の意味に聞こえない。
当のサクモは、あっけらかんとして何も気にしていない風だった。
「大蛇丸にそう言われると、本当に僕は凄いんじゃないかって錯覚しちゃいそうだねー。あはは」
いや、凄いのは本当だろう、とツナデは思わず突っ込みそうになった。
あれから数度、サクモの戦いを眼にする機会があったツナデは、『彼を死なせたら、木ノ葉の大きな損失になる』と言った大蛇丸の言葉は、嘘でも誇張でもなかったのだと実感したのだ。
背中のチャクラ刀を抜いたサクモは、噂通りの戦神・阿修羅そのもので。
どんなに困難な戦況にあっても、それをひっくり返す強運と実力を持っている忍だった。
そんなサクモを、相対した敵里の忍達は『木ノ葉の白い牙』と呼び、恐れている。
白銀の髪と白く輝くチャクラ刀が縦横無尽に戦場を駆ける様を実際に目の当たりにすると、その呼び名が至極ふさわしく思え―――今では木ノ葉の忍達までもが、彼を『白い牙』と呼ぶようになっていた。
だが、本人は白銀の阿修羅と呼ばれようと、白い牙と呼ばれようと、自分のことではないかのように涼しい顔をしている。
はあ、と自来也はため息をついた。
「相変わらずだの、アンタは」
「え? そう?」
サクモは、器に残っていた最後のクリームをスプーンですくって口に入れた。
大蛇丸は、黙ってお茶を飲んでいる。
五大国総ての里を巻き込む戦乱の気配が、すぐ眼の前まで迫っていることを少年達は知っていた。
すぐに、こんな風にのんびりと皆でお茶を飲むような平穏さとは無縁の戦場に赴かねばならなくなるだろう。
だからこそ、このひとときは貴重で―――大切な時間だった。
少年達は、甘味処のテーブルを囲んで他愛もない話をして、笑った。
後五年、全員生き延びることが出来れば、こうして同じテーブルを囲む店は甘味処ではなく居酒屋になるのかもしれない。
そんな未来が欲しい、とツナデは漠然と思った。
サクモが、時計を見て立ち上がる。
「ごめん、そろそろ打ち合わせの時間だ。僕はお先に失礼するよ。……ツナデちゃん、楽しかったよ、ありがとう」
ツナデは驚いて腰を浮かせた。
「打ち合わせ? サクモさん、昨夜任務から戻ったばかりでしょう?」
「うん。…あ、でも今日は打合せするだけだから。任務そのものは、明後日になるはずだ。大丈夫」
自来也は、ズズッと茶をすする。
「……なら、今夜は空いておるのか? サクモさん。良かったら、ここにおる皆で焼肉でも食いに行かんか? 久々に」
唐突な提案だったが、ツナデも大蛇丸も反対はしなかった。
サクモは、自来也達の顔を順に見て、微笑む。
「うん、いいね。それ」
それまで、黙っていた大蛇丸が唐突に口を開いた。
「………明後日は、たぶん雨になるわ。風邪をひかないように、気をつけなさい」
サクモは素直に頷いた。
「ありがとう、大蛇丸。……じゃあ、また後で」
偶然通りかかったカナタが、甘味処から出てきたサクモを見て驚いた顔をする。
だが、店の中にツナデ達の姿を見つけて、納得したように破顔した。
サクモが同年代の友人達と交流を持つようになったことを、年長者として喜んでいるのだろう。
サクモが部下と連れ立って去っていくのを甘味処の窓越しに見送ったツナデは、ふふっと微笑んだ。
「……サクモさんの部隊は、良い感じにまとまっているね。皆、彼の隊長としての力量を認めていて、それでいて彼がまだ十代だってことはきちんと頭に置いてフォローもしている。…信頼と、親愛の配分がわかっている感じ」
自来也も、苦笑した。
「そりゃあのう。…サクモさんは戦場じゃバカッ強いが、普段はいたって呑気な御仁だからの。放ってはおけんだろ」
「あ………それ、わかる。なーんか、構いたくなっちゃう人だよね」
………というか、この大蛇丸までをも放っておけないという気にさせて、動かしてしまうというところが凄い、とツナデは心の中で呟いた。
大蛇丸は、そんなツナデの心の声を知ってか知らずか、ポツリと小さな声を漏らす。
「……私、余計な事をしたのかもしれないわね……」
「…? 何のこと?」
大蛇丸は、表情を殺して「別に」と首を振った。
「………何でも無いわ」
 


サクモは、今は晴れている空を見上げた。
「………隊長? どうかしましたか」
「いえ。…何でも………ああ、明後日は、雨模様になるかもしれないそうです」
そりゃあ鬱陶しい話ですねえ、と眉を顰める部下の背を励ますように軽く叩き、サクモは微笑った。
「………僕は雨、そんなに嫌いじゃないですよ」
雨を見ると、思い出すから。
自分を気遣ってくれた人々の顔と、友人の労わりの声を。

見上げる街路樹には、青々とした葉が茂っている。
木ノ葉にまた、雨の季節がやってくるのだ。
 

 

 



 

エピローグへ

BACK