朔月のスフィア −3

※ ご注意:このSSには、話の都合上、勝手に創作したキャラクターが多数登場いたします。主役は、少年時代のサクモさんです。

 

解熱剤の作用であろうか。
汗が無数の小さな珠となって、サクモの白い肌に浮き上がり始めた。
見る間に薄い浴衣がぐっしょりと濡れてゆき、少年の肌にはりつく。
まるで、浴衣を着たまま水に入ったかのようだ。
「着替えさせて! それと、水を飲ませて! 脱水症状を起こすわ」
ツナデに指示されるまでもなく、ソマとナユタは二人掛かりでサクモの世話をした。
汗を吸って重くなった浴衣を脱がせ、乾いた手拭いで身体を拭き、新しい浴衣を着せる。
その新しく着せた浴衣もすぐに濡れてしまったが、彼らは根気よくその作業を繰り返した。
入浴と、食事を済ませたタカオ達が揃って顔を見せた。
「副長! …隊長の様子は?」
ソマは、手短に状況を説明した。
タカオの表情が厳しくなる。
「……単なるチャクラ切れではなかったのですね。…しかし何故、紅薊熱なんかに………」
その疑問については後回しにし、ソマは副長として確認すべき事を訊ねた。
「他に誰か、体調を崩している者は?」
「俺達は皆、大丈夫です。感染している様子の者はおりません。…看病を交代します。副長達は風呂と飯、済ませてきてください。…そのままじゃ、副長達まで風邪引きますよ」
タカオの言うことはもっともだった。ソマとナユタは、風呂場へ行って湯をかぶり、乾いた服に着替えて、握り飯と味噌汁を腹に入れるとすぐに戻ってきた。
ソマの顔を見たヤマネが呆れる。
「副長………ナユタさんも。カラスの行水ですかい。ちゃんとメシ、食いました?」
ソマは頷いた。
「ああ。握り飯を三つ食った。十分だ」
「………のんびり食事を楽しむ気にはなれないよ。…隊長は?」
タカオが僅かに首を振った。
「この汗で、少しは熱が下がるかと思ったんですが………あまり、下がりませんね。意識も回復しません。今、カナタとトウヤが厨房に氷を取りに行っています」
サクモの手首を取り、ツナデは脈をみた。
(………脈が不安定になっている。………それにしても………)
なんて細い手首だろう、とツナデは嘆息した。
この年頃の少年は、背丈の方に栄養を取られて痩せていることも多いが、サクモの場合はそれだけの話だ、と片付けてはいけないように思えた。
これは、栄養失調ではないだろうか。
チャクラの消費と肉体の酷使に伴うカロリー消費に、補給が追いついていないのだ。
「…この人が貴方達の隊長になって、どれくらい?」
ツナデの唐突な質問に、ソマが答えた。
「約半年ってところです、ツナデ様。…前の隊長が、任務開始寸前に胆石で倒れましてね。代理で部隊長を務めてくださったのが、はたけ上忍で。そのまま我々の隊長になりました」
「そう。普段はどう? その……体力の方とか。偏食の傾向があるとか、食物アレルギーとか」
途端にソマの表情は、苦いものになる。
「仮にも上忍ですからね。その細っこい身体の割に、体力はあると思います。夜通しの山越えにも、音を上げたことはありません。術を使い過ぎて、チャクラ切れを起こすことはまあ……時々ありますが。…食事は…偏食というより、少食ですね。おそらく、胃が小さくて一度に多く食べられないのではないかと。任務中はろくに食べないで、兵糧丸でなんとかしようっていう悪い癖をお持ちです。…アレルギーのことは、聞いておりません」
ツナデは渋面を作って首を振った。
「そう。…じゃあ、里に戻ったら先ず、栄養指導ね。見てよ、これ。私より手首の細い男なんて、許せないわ」
ツナデが指し示した少年の手首は、ソマが力を込めて握ったら容易く折れてしまいそうに見えた。
「………そうですね。俺達も、隊長の身体のことは心配なんです。でも、俺達が口や手を出すのは限界があるので………ツナデ様がお力を貸してくださるなら、少しはいい方に向かうかもしれません。よろしくお願いします」
「………? ええ………」
ソマの、どこか奥歯に物が挟まったような言い方に、引っ掛かるものを感じたツナデだったが、今はそれを追及している場合ではない。
栄養指導も何も、彼が生きて里に戻れたら、の話だ。
「今は先ず、この熱を何とかしないとね。チャクラ切れ状態だってのがキツイわ………」
チャクラ切れというのは、すなわち体力が極端に落ちた状態だ。抵抗力も低下している。
ツナデの頭の中を、最悪の事態がよぎった。
(もしかしたら………朝まで体力がもたないかも………)
大蛇丸が持ってくるはずのワクチンは、無駄になるかもしれない。
ツナデは頭を一振りし、己にカツを入れる。
(何を弱気なことを! いつも威勢のいい事を言っているクセに、重病人を目の前にしたら逃げ腰? しっかりしろ! ツナデ!)
そこへ、カナタ達が厨房から戻ってきた。
「姫、氷です」
「ありがと」
氷の塊を手拭でくるみ、サクモの首と脇の下に当てる。これで、少しは熱が下がるはずだ。
サクモに水を飲ませようとしていたナユタの声に、焦りが滲み出す。
「…姫。隊長が、水を受け付けません。口に含ませても、嚥下出来ないようです。…おそらく、咽喉が腫れ始めているのではないかと」
「わかった。…何とか、その腫れを鎮めてみるわ。ああ、自来也が気を利かせて点滴も持ってきてくれるといいんだけど」
口から飲めないなら、水分と栄養分を直接体内に送り込むしかない。
ソマが、ヤマネを振り返った。
「ヤマネ。自来也という少年が、近くの病院に酸素吸入器を借りに行ってくれているんだ。お前も病院に行って、点滴も一式借りてきてくれ。紅薊熱の患者だと言って、症状を伝えろ。そうしたら必要なものは向こうでわかるだろう」
「はい!」
ヤマネは直ちに部屋を飛び出していった。
その姿を見送ったツナデは唇を引き結び、サクモの上に屈みこんだ。
指先にチャクラを集中し、そっと患者の咽喉に触れる。
(………こんな繊細な作業、やったことない………いいえ、やるしかない。もう、駄目で元々ってところまで症状が進んで来ている………)
眼を閉じ、状態を探っていたツナデの指先が、ビクッと揺れた。
(……まずいわ。…気道が………このままじゃ、窒息する………!)
どんなに鍛えられた屈強な忍者でも、呼吸が止まれば死んでしまう。
ナユタも、サクモの状態に気づいた。
「姫! 隊長の呼吸が………」
「わかってる!」
ツナデの額に、汗が浮かび上がった。焦りは禁物、とわかっていても、じわじわと焦りが生じる。
サクモの指が、苦しげにシーツをつかんだ―――と、次の瞬間。
ヒクリ、と呼吸が停止した。
ナユタとツナデは、同時に叫ぶ。
「隊長ッ!」
「ダメッ!」
咄嗟にツナデは、彼の口を自らの唇で塞いでいた。
初代の孫娘、姫として大切に育てられたツナデは、くノ一でありながら所謂箱入り娘である。
くちづけの経験など、当然無い。
だが、彼女の行動に躊躇いは無かった。
いや、相手が自分と同じ年頃の少年だということなど、意識している暇も無かったのであろう。
サクモの咽喉に掌を当ててチャクラを流し込み、気道を広げながら、息を吹き込もうとする。
(息をして! お願い、息をしてよ………っ!)
心の中で叫びながら、ツナデは何とか気道を確保しようと努力した。
―――焦ってはダメ。落ち着け、落ち着け、落ち着け。集中しろ。
そう自分に言い聞かせながら、ツナデは必死にチャクラの量を調整する。
患者の細胞をチャクラで捉えて、コントロールするのだ。
だが、彼女が四苦八苦している間にも、どんどん時間は経っていく。
ツナデのサポートをしていたナユタが、悲痛な声をあげた。
「心臓が…っ…止まっ………」
思わずソマが腰を浮かす。
「バカなッ!」
ツナデは勢いよく頭を振り上げた。
「まだよッ! まだ、死んだわけじゃないッ!」
諦めてたまるものか。
ツナデは、奥歯を噛み締めた。
 



主人公(サクモ)不在状態。^^; 次、出ます。ちゃんと。
そして大事な人が出てきます。

 

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