おねがい−1

 

SIDE・SAKUMO

お願いがあるんですけど、と少し緊張した声で言われて、僕は思わず彼の瞳を見つめてしまった。
綺麗な蒼い眼。
僕の眼も青といえば青だが、光の加減では黒っぽく見える程沈んだ濃い色だ。
それに比べ、彼の瞳は本当に綺麗な晴れた空の蒼。それも、真夏の空のような派手な色ではなく、水色に近い上品な春の空の色だと思う。
その瞳が真剣に僕を見上げている。
「…お願い?」
この子の『お願い』なら、出来る限り叶えたいと常々僕は思っている。
何故なら、僕は―――僕とカカシは、この子に物凄く恩があるからだ。
カカシが赤ん坊の頃から面倒を見てもらっているし、どうかすると僕までがこの子の世話になる始末。
親子して多大な迷惑をかけているのだから。
彼のおかげで、僕達はどんなに助かっていることか。
感謝のしるしに、何か御礼くらいさせて欲しいのに、この子はなかなか受け取ってくれない。
それどころか、彼は笑って『好きで勝手にやっているだけですから』と、まるで余計なお節介を焼いているかのように言う。
そんな彼の、滅多に言わない『お願い』だ。僕は、喜んで彼の言葉を待った。
「何? ミナトちゃん」
一度、遠慮がちに伏せられた彼の眼が、パッと上げられる。
「それなんです!」
「………………え?」
彼の目許がふわっと桜色に染まった。
「あの…それ……す、すみませんが……『ちゃん』…を、取って頂けないでしょうか………」
―――まさか、だけど。
「………キミのお願いって……それ………?」
「はい」
ガクン、と力が抜けた。
何だ、ソレ。
真剣な顔で何を言ってくれるのか、ちょっとドキドキしていたのに。
「えーと………つまり、僕にちゃんづけで呼ばれるのがイヤだと………」
ミナトちゃんは、微かにかぶりを振った。
「あの…嫌…って言うか………そのぅ…は、恥ずかしくて…。あの、今度…任務でご一緒させて頂くことになったでしょう? …任務中はそんな呼び方なさらないだろうとは思ったのですが、念の為というか………」
任務。
………あー………そういえば、そうだったね。
この子は、幾つになったっけ。十四? 十五だったか。
うん、気持ちはわかる…ような気がする。繊細で微妙なお年頃…だよね。
「…そうか。…ごめん、考えなしだったねえ。…仲間の前で、ミナトちゃんって呼ばれたら、恥ずかしいよね」
「すみません………」
「いや、謝る事じゃないよ。…いつまでもキミを子供扱いしていた僕が悪い。…じゃあ、ミナト君。………で、いいかな」
「いいえ。ミナト、でいいんです」
「クン、もナシ?」
「はい」
え〜? そんな、急に?
「う〜ん………」
「呼び捨てにしてくれないなら、僕は貴方をサクモ様と呼びます」
うわ、何何? 脅迫してきたよ、この子。
彼は真面目な顔で続けた。
「考えてみれば、お師様方、三忍の方々の事は様、と敬称をつけているのに、そのお師様方の上を行く木ノ葉の白い牙を様と呼ばないのはおかしいです。無礼な事です」
「でも、それは僕がそうしてくれと言ったからで………」
「でも、世間一般的に見たら、様と呼ぶ方が自然なのではないかと思います」
あう。
そりゃあ、僕をそう呼ぶ人は少なからずいる。
僕はもう上忍になって十年以上になるので、上忍の中でも先任順で言うと上の方になってしまうからだ。
任務やら改まった場でそう呼ぶ人がいても、僕はいちいち呼び方を訂正したりはしない。
そういう人達とは、日常的に付き合うわけじゃないし、きりがない。
でも、ミナトちゃんは違う。
この子とは、かなりプライベートな付き合いをしているわけで。
そういう相手に『様』づけで呼ばれるのは、かなりくすぐったいし、恥ずかしいじゃないか。
自分はそんな、大層な人間じゃないし、この子の先生というわけでもないのに。(この子が自来也を『お師様』と呼ぶのは当然だと思うよ。『師』なんだもの)
ああもう、降参だ。
「………わかった。ちゃん、も君、もナシだね?」
ハイッとミナトちゃ………いや、ミナトはキッパリ頷いた。
「そうしたら、僕を今まで通りに呼んでくれるんだね?」
「…その方がいいと…貴方が仰るなら………」
僕はポン、と手を彼の頭に置いた。…あ、これも子供扱いしている事になるのかな。
「ありがと、ミナト」
ミナトはくすぐったそうに微笑った。
そっか。
これでいいのか。
その後の任務で、僕はついいつものクセで彼を『ミナトちゃん』と呼んでしまい、彼に涙目で睨まれた挙句、以後一ヶ月間『サクモ様』と呼ばれ続けるハメになった。
―――うん。
優しい顔して、報復はキッチリとする子だったんだね。
いや、これは有言実行と言うべきなのかな。
彼の新たな一面を見た気がして、なかなか新鮮だ。
でも一回呼んだだけで、そのお返しが一ヶ月ってのは厳しいなあ。
いずれにせよ、悪いのは約束を破った僕なんだけど。

 

………二度と彼を『ちゃん』付けでは呼ぶまい。
確かに彼はもう、子供じゃないのだから。
 

 



 

コピー誌『おねがい』(09年3月発行)より。

………えー、だってサクモさん、三忍より強いんですよねえ?
アンコが様付けで呼ばれていたくらいなのだから、サクモさんなんか絶対、下の人達には様付けで呼ばれていたはず。

ミナトサイドに続く。

2009/10/03

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