優しいカッコウ−4

 

家にあった籠に小さな赤ん坊を入れて、それを片手でぶらさげた自来也はツナデの元に向
かった。
「お〜い、ツナデ。スマンがの、ちょっと診てくれや」
朝早くから玄関先でどなる男に舌打ちをしながら、ツナデは現れた。
「うるさいっ! 今何時だと思ってんだい。私は明け方に寝たところなんだ!」
そこで彼女は自来也のぶらさげている籠に眼を留め、大仰にため息をついた。
「………犬や猫なら専門外だよ。何でもかんでも私の所に持って来るんじゃない。獣医に
行け、獣医に」
「いや、人間だ。まだちっこいが」
ツナデは籠の中を覗き込み、一瞬笑みを浮かべた。赤ん坊を見た女性の、反射的な表情だ。
が、すぐに胡乱な目つきで男を見上げる。
「自来也………あんた、とうとうドジったのかい」
ツナデがそう言うのも無理は無い。赤ん坊の白っぽい体毛は、自来也の遺伝にも見えたか
らだ。
「いや、コレはワシの子ではない。……友人の子供でな……理由あって、ワシが昨夜から
預かっておるのだ。昨日、あまり具合がよくなさそうだったからの。…お前に一応診ても
らっておいた方がいいだろうと思って、連れてきたんじゃ」
「ったく、仕方ないねえ………私だって、こんな乳児は診た事無いのに……どれ、ちょっ
と貸して」
ツナデは赤ん坊を籠から抱き上げ、優しい手つきで触診を始める。
「まだ首も据わっていない…生後一ヶ月…? いや二ヶ月前後ってところかね。…んー、
ちょっと熱っぽいかなあ……でも、子供は体温が高いもんだって言うし。お腹、壊してた
りした?」
「……どうかの。赤ん坊の便なんざ、普通はこうだ、とか知らんからなあ……」
「それもそうだね。あんたに訊いた私がバカだったよ。…具合が悪そうって、どうしてそ
う思ったんだい?」
自来也はポリポリと頬をかいた。
「そーだのォ…手足が氷みたいに冷たくなってて、唇もパサパサでどこかグッタリしてい
て、泣く元気も無さそうで…弱っとるように見えたんじゃ」
「それは具合が悪いんじゃなくて、衰弱だろ! 大馬鹿!」
眼を剥いて怒り出したツナデに、慌てて自来也は弁明する。
「で、でもな、哺乳瓶からちゃんと自力で乳を吸えてたし。今朝は一応泣き声をあげてた
から大丈夫かなー、とな。………でも、念の為、お前に診てもらって、安心したかったの
じゃ」
「………自分でお乳が吸えたんなら、セーフだったんだろうけど。……知っているかい、
自来也。この時期の赤ん坊なんて、2、3時間おきにミルクを欲しがってもおかしくない
んだよ。こんな小さな赤ん坊を衰弱させるなんて、ヘタすりゃ死ぬよ。いったい、この子
の親は何をしてたんだい。…友達の子って言ったけど、それ母親?」
「いや、違う」
「じゃあ、母親はどうしたのさ? まさか、亡くなったとか………」
「わからん。子供を置いて、どっか行っちまったらしいんだわ」
ツナデは眉を顰めた。
「………何てことだろ。どうせ何かワケ有りだろーけどさ。よしよし、可哀想にねえ……
で、あんたにこの子を預けてったのは父親の方だってことだよね。…誰さ、それ。赤ん坊
を預けるのにあんたを選んだ時点で、かなり変だよ、そいつ」
普通に考えればそうだろう。自来也は、まだ首も据わらない乳児を預けるのに最適な人物
とは言い難い。
「………お前には隠すワケにもいかんのう………。実はな………」
自来也から話を聞いたツナデは声を詰まらせた。
「………そんな………っ……あんまりだよ! サクモさんにそんな事をするなんて……」
「本当にな………あれで本当に忍なのかってほど、純な男じゃから………まあ、受けたシ
ョックが半端じゃなくってなー………文字通りの茫然自失で、赤ん坊どころか、自分の面
倒すら見れない状態での。………運よくワシが二人を保護できたから、大事には至らんか
ったが。…で、今朝になったらサクモさんは姿を消しておったのじゃ。ワシに、この子を
預けて。………あのな、ちょっとこの子を頼んでいいか? ワシは先生のところに行って
来る。………あのジジイが何ぞ知っておるかもしれん」
ツナデは険しい顔で頷いた。
「わかった、行って来い。…ああ、この子、名前は?」
あ、と自来也は声を上げた。
「…………そういや、知らん」



赤ん坊の名前も知らない、連れ歩くのにミルクもおむつも持っていなかった自来也に呆れ、
散々お小言を彼に浴びせた後、ツナデは彼の家へ赤ん坊を連れて行ってくれた。
ツナデに赤ん坊を委ねた自来也は、『何かを知っている可能性がある』己の師匠の元へ向か
う。
自来也から一言、「はたけサクモはどこですか」と訊かれた三代目は眉を顰めた。
「………アヤツなら、長期任務から帰還したばかりじゃ。いくらサクモが若くて丈夫でも、
矢継ぎ早に任務を入れるほど里も鬼ではないわい。一週間は休養日をやっているはずだ
が? 休日のアヤツの行き先などわしが知るわけが無かろう」
自来也は険しい目つきで、執務机の三代目を見下ろした。
「サクモさんに『上』が余計なちょっかいをかけた一件、先生はご存じのことですかい」
「余計なちょっかい………?」
「………あのオクテ男に、女をあてがった。おそらくは、サクモさんも気づかぬほど自然
に、巧妙に。………女は、彼の子供を産んで、彼に子供だけを押し付けて、去っていった。
…これは『任務』だったのだと一言残して」
三代目火影は目を見開いた。
「………何じゃと?!」
その反応に、この一件は三代目にすら秘して行われた陰謀だと自来也は知る。
「…先生は知らんかったんですか………そりゃ、失礼。てっきり一枚噛んでいるもんだと」
「………わしだとて、そろそろサクモには身を固めて欲しいと思っておった。あれに似合
いのいい娘と見合いでもさせて………と。だがそんな、だまし討ちのような真似をしたら
……あやつは………」
三代目は心配そうな顔で弟子を見上げた。
「自来也、お前何処まで何を知っておる。…サクモは……その、彼の子供は………」
「………サクモさんは、かなりのショックを受けたようで………昨夜は子供と一緒にワシ
の所におったのですが、今朝になったら姿が見当たりませんで………ああ、子供は今、ツ
ナデが見てくれていますが」
そうか、と三代目は呟いて重い息を吐いた。
「………あれはな………忍としての能力は高いのだが………どこか精神的に不安定な男だ
から、下手な真似はせん方がいいとわしは言っておったのだが………業を煮やした人間が
いたらしいの。………確かに、あれほどの忍、そうそうは現れるものではない。血を絶や
したくなかったのはわかるが。…早まった真似をしたな………。で、お前はどう見た。確
かにその子供、サクモの子か?」
自来也はポリポリと指先で頬をかいた。
「ま………そうですなあ。………肌の白さと、あの眼の色。色素の無い体毛。…身体的な
特徴は、サクモさんの血を感じますわ。もうしばらくすれば、顔立ちも似てくるかもしれ
ません」
「…男の子なのか?」
「ええ」
自来也は目を伏せた。
三代目には、わかっていたのだ。サクモの性格も、精神状態も。
いずれ、どうにかしてやらねばならないと思っていても、きちんと手順を踏まなければい
けないということを知っていた。
今、三代目は自来也以上に苦々しい思いでいるのかもしれない。
「…大門に確認を取っておくれ、自来也。里の外に出たかどうか。…いくらサクモでも、
正規外の場所から外に出はしないだろう。………後な、すまんがな、乗りかかった舟じゃ
と思うて、しばらくは子供のことも面倒見てやってくれんか」
「ああ、そりゃ…サクモさんからも頼まれておりますし。赤ん坊はウチの坊主が嬉々と
して世話を焼いてくれますから、心配は要りません。………じゃあ、大門に訊いてみます」
「―――頼む」
沈んだ表情の弟子が退室すると同時に、三代目は再び大きく息をついた。
「………余計な事をしてくれたものじゃ………」


 
大抵の里は、正式な『門』は一ヶ所しかない。
その場所以外から里に入れば、侵入者扱いになる。
また、出る時も然り。正規の門から出なければ、抜け忍扱いされても文句は言えない。
木ノ葉の場合は、南の大門が正規の出入口であり、外に出る忍は必ず大門の警備担当忍に
行き先と帰還予定の日を告げるのが決まりであった。
自来也は、門の詰め所の窓口を叩いた。
すぐに窓口がカラリと開き、担当の忍が顔を覗かせる。
「お出かけですか? 自来也さん」
「いや、そうではない。昨夜の十一時以降、今現在まで外に出たヤツはいるか?」
担当の忍は、手元のファイルをめくった。
「はい。ええと、…任務で小隊が三チーム。単独任務の上忍が二名。個人的な外出で中忍
が二名。上忍が三名…以上ですね。…木ノ葉登録忍以外の者は出ておりません」
「スマンが、そのファイルを見せてもらえんか? 三代目の言い付けで調べておるのだ」
「はいっ! どうぞ!」
自来也は項目を指で辿った。
門を通過した時間。所属、階級、氏名。目的地、帰還予定日。
(……………あった。…やはり、外に出たか………)
律儀に、目的地と帰還予定日も記入してあった。サクモ本人の字である。
追おうか、どうしようか自来也は迷った。今回に限っていえば、書いてある目的地は信用
できない。おそらくは適当に書いただけであろう。
(…………帰還予定日は、書いてある。………サクモさんを信じる………か?)
帰ってくる気があるのだと、思いたい。
「あの…自来也さん…? 通してはいけない者でもいたのですか…?」
窓口から顔を出した担当忍は、恐る恐るといった顔で伺ってきた。
「ああ、いや…そういうわけでは………。スマンかったな、お役目ご苦労さん」
自来也はファイルを窓口に返した。
と、背後からヒヤリとした冷気を感じ、飛び退く。
「……あら、随分な反応ねえ。…ヒトがかったるい任務済ませて戻ってきたっていうのに」
自来也が今まで立っていた所に、痩身で長い黒髪の忍がいた。
「…大蛇丸かよ。…………何じゃ、単独任務か?」
大蛇丸は冷たい笑みを浮かべて顎をしゃくる。
「ふん。…独りの方が効率いいのよ。………ツナデやアンタならまだしも。他の連中なん
て邪魔なだけ」
「ほう、ワシなら貴様のツレになっても構わんのか?」
「そーねえ。…その無駄にデカイ図体が盾や囮になっていいかもね」
ホホホ、と大蛇丸は低い声で笑った。気の毒に、門の警備担当忍は大蛇丸の気に当てられ
て、真っ青になって冷や汗をかいている。
「で、アンタはこんな所で何やってんのよ。…今から女漁りにでも行くの? それともま
た覗き行脚?」
「だーっ! 人聞きの悪いっ! ンなことするかってーのぉ。ワシだってな、昨日帰って
きたばっかりなのじゃっ!」
大蛇丸は気だるげに髪を振り払った。
「…まあ、あたしはアンタが何しようが興味ないからいいんだけど。…邪魔よ、どいて」
興味が無いなら訊くな、と自来也は半眼になったが、ふと思いついて大蛇丸の跡を追う。
「………おい大蛇、お前帰って来る途中でサクモさんを見かけなかったか?」
大蛇丸は視線だけで自来也を振り返った。
「―――サクちゃん? …………見たわよ」
「何処でっ」
勢い込む自来也を、大蛇丸は胡散臭そうに見た。
「…何処って。川を渡ったところの茶屋で、ぼけーっとしてたわよ。…あの人がぼーっと
してるのなんか、珍しくもないから放っておいたけど」
「ぼーっとしてただけか? 何か、他に変わったところは…………」
そうねえ、と大蛇丸は首を傾げた。
「…何だか元気は無かったわよね。イキが悪いって言うか。…マンダが食べたら、消化不
良起こしそうな感じだったわね」
「………どういうモノの例えだ。………わかった。スマンな、呼び止めて」
踵を返した自来也を、今度は大蛇丸が呼び止めた。
「ちょっと待ちなさいよ。………あの人がどうかしたの?」
「やー…………ま、ちょっとな。お前には関係な………」
自来也の頬に、ヒヤリとしたクナイが押し当てられていた。
「無くても答えるのね。―――このあたしが訊いているのよ」
クナイがピタピタ、と自来也の頬を叩く。
「さ、言いなさい」
 
 



オロチ丸さま登場。
…やっぱり、この時期のお話なら出演して頂きたいキャラのひとりですv

(2007/05/19 UP)



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