優しいカッコウ−2

 

昼間はひっそりと息を殺して明るい陽の光をやり過ごしているようなその一角は、陽が沈
むと共に活気づく。
里の片隅に存在する花街は、夜ともなれば人工の灯りで幻想的な世界に一変するのだ。
ここでは皆、浮世を忘れて一時の快楽に耽る。多少のご乱行もまかり通ってしまう、特別
な空間。そういう空気がある所為だろう。普段は厳格な規律に縛られている忍達も、ここ
ではハメを外す者が多かった。
いつもなら機嫌よく街を歩き、馴染みの女たちと言葉を交わす自来也だったが、今日は険
しい顔で真っ直ぐに一つの店を目指す。
単に女と遊ぶだけではなく、宴会にも利用される大きな料亭のような構えの店だ。
飲むだけ飲んで、そのまま眠ってしまう者もあれば、他に部屋を取って遊女を呼ぶ余裕が
ある者もいる。
自来也も何度か皆と任務終了の打ち上げと称して騒いだことがあった。
「あら、自来也様。…今日はお独りで? それともお仲間のお座敷ですか」
顔馴染みの女が、敷居をまたいだ自来也に声をかけてきた。
「……ってことは、おるのだな? ウチの連中がよ」
普段ならば笑って陽気な軽口を叩く男が、険しい顔のまま女を見下ろす。女はそんな自来
也に気圧されながらも答えた。
「え……ええ…お仲間の方々だと思い……ますわよ? 上忍様方だと思います」
「その中に、銀色の長い髪で色の白い男はおったか?」
女は即座に頷いた。
「あ、はい。いらっしゃいましたよ。すごく綺麗な顔の方でしょう? …少し、お元気が
無いようにお見受けしましたが」
自来也は眉を顰める。
「…具合が悪そうだったのか?」
「いえ……お酒とお食事をお運びした後、酌女はいらないという事でしたので、誰もお部
屋には伺っていませんから、よくはわかりませんわ。…でも、具合の悪い方ならこんな所
にはおいでになりませんでしょう?」
「………何処の部屋じゃ、その連中」
「あの……いつも大勢の時にお使いになる、二階の一番奥ですけど」
自来也は素早く女に金を握らせる。
「もしかしたら、少々騒ぎになるかもしれんが。……警邏の者は呼ばんでくれるか。なる
べく、迷惑はかけんようにする」
自来也の表情と声で、何か事情があると察した女は唇を引き結んだ。
「………わかりました、自来也様」


ピタリと閉ざされていたその部屋の入り口が、何の断りも無く乱暴に引き開けられた。
中にいた数人がぎょっとした顔で振り返る。
「じ、自来…也? 何故……」
自来也は不機嫌極まりない顔でじろりと睨めつけた。
「何ででもエエわい。……そこに、サクモさんがおるな?」
何かを隠すような体勢の男達を、自来也は冷ややかな目で見る。
自来也は、今この部屋にいる上忍達よりも少しばかり年下だったが、彼の実力は皆、知っ
ている。これ以上隠しても無駄だと悟ったのだろう。壁になっていたうちの一人が肩を竦
めながらその場を離れた。
そこには、捜し人の姿。その姿を見た彼の表情はますます険しくなった。
「………貴様ら、いったいどういうつもりじゃ」
木ノ葉ではそれなりに地位も実力もある男達が、まるで悪さを見つけられた子供のような
顔になる。
「いや、その……な、サクモが…元気が無いんで、皆で慰めてやろうか……と、な…?」
「そうそう……別にその……無理矢理連れ込んだわけでも…」
ほう、と自来也は目を細めた。
「………慰め、のう。………ワシには数人がかりで手籠めにしようとしているようにしか
見えんが?」
場の空気、男達の姿で『寸前で間に合った』らしいと自来也は察していたが、肝心のサク
モは目の焦点も定まらず、自来也が来たことにすら気づいていない。生気の抜けた人形の
ような顔で、ぐったりと四肢を投げ出していた。服も半ば脱がされていて、男達には言い
訳のし辛い状況になっている。
それでも彼等は引き攣った笑いを浮かべて足掻いた。
「……ひ、人聞きの悪い……」
「そうさ、見ろよ。……抵抗なんざしていないだろうが。俺達は別にこいつを縛ったり押
さえつけているわけでも無いし」
これでは今から自分達がしようとしていた事を白状したようなものだ。
ギロ、と自来也は睨んだ。
「黙れ」
どう見てもサクモの様子がおかしい。一服盛られているのかもしれない、と考えただけで
自来也の胸の中に怒気が広がった。
「どけ。……連れて帰る」
ずかずかと部屋に踏み込んできた自来也に、部屋の隅で飲んでいた男が声を荒げた。
「勝手な真似してんじゃねえよ!」
酔って気が大きくなっている男は、普段なら口にしない言葉を吐く。
「………三忍だか何だか知らんが、俺たちに命令できる権限なんざ、ねえだろうがよぉ。
けっ……少しばかり腕が立つからってデカイ面しやがって。年下のクセに」
自来也はチラリと男に視線を投げた。
「……そう、確かにアンタよりもワシは年下じゃのう……権限もないかもしれん。だが、
こんな事を見過ごしには出来んな。…それに、忍に年下も年上もあるか。敬ってもらいた
きゃ、それなりの器量を示さんかい。痴れ者めが」
それとも、と自来也は冷笑を浮かべる。
「戦るか? …ワシは、力づくというのも嫌いではないぞ。……その代わり、貴様等全員、
明日のお天道様をまともな状態で拝めると思うなよ」
何故サクモが易々とこんな連中の手管に落ちたのかはわからないが、おそらくは普段通り
の彼ではなかったのだろう。その状況につけ込んで悪さをしようという連中が許せなかっ
た。
サクモは、自来也の愛弟子の少年と同じだ。透明感のある美貌は、同性でありながら男達
の肉欲をそそる存在。
だが、サクモの強さは皆知っている。故に彼が正気ならば、まず手を出そうなどと考える
者などいないはずだ。
(どうしてあんな状態になっておるのかはわからんが、無抵抗の赤児同然の彼をここぞと
ばかりに寄ってたかって犯っちまおうなんざ、虫唾が走るわ! まだ未遂だったみてェだ
から、大人しく寄越せば見逃してやっても良かったんだがの……)
もしも、来るのが間に合わず、彼が蹂躙されていたら―――自来也は問答無用で全員半殺
しにするつもりでいた。
「痴れ者はソッチだろうがぁ。廓の中で暴力沙汰はご法度! ……それも知らな…」
「やかましいわ!」
自来也は男の言葉を遮って怒鳴った。完全に眼が据わっている。
「―――まず、貴様からじゃな。……ワシのダチに不埒なマネをしやがるとどうなるか、
たっぷりと思い知らせてくれるわ」
男はまだ自来也の危険な空気に気づかないらしい。
「……ダチだあぁ? ハッ…綺麗ゴト抜かしてんじゃねえよ! …大方、てめえの情人に
手ェ出されそうになってドタマに来ているだけだろーが。結局、俺らと同じじゃねーかっ
て〜の。てめえがスキモノだってのは誰だって知ってらァ」
自来也の放つオーラが剣呑さを増した。
酔いからとっくに醒めている仲間達はその空気に冷や汗を流し、暴言を吐き続ける男を諫
める。
「………おい、もうやめろ。ヤバイって……」
「なぁにがだよ。はん、廓に出入り禁止になるよーな事なんざ出来るわけねーさ。なあ、
節操なしの自来也。……もうコイツ喰っちまったんだろ? ムキになってこんな所まで追
いかけてくるのがいい証拠じゃねえか」
スウ、と自来也の顔から表情が消えた。
「………阿呆が……酒に呑まれおって………」
自来也は辺り憚ることなく女好きを公言しているが、今まで同性をその対象にした事は無
い。
自分ばかりか、サクモまでをも貶めた男を自来也は静かな眼で見据える。
「……ワシはな、酔っ払いは嫌いじゃ。酒に呑まれるような男には寛容になれん。…己の
犯した過ちを思い知るがいいわ」


■


三度目の茶をいれていたミナトはハッと顔を上げた。
「………お師さま………」
居心地が悪そうに少年の向かいに正座していた男も、つられて顔を上げる。
「自来也様?」
二人が腰を浮かせた時、玄関の引き戸が音を立てて開いた。
「帰ったぞ」
慌てて出迎えに走っていった少年は、師匠の姿に息を呑む。自来也は、その肩に青年を担
いでいたのだ。青年はぐったりとしていて意識が無いように見える。
「……サクモさん?!」
自来也は少年に向かって指示を出した。
「ミナト、奥の部屋に布団をしいてくれ。それと、湯と水を用意してくれるか」
「はい。……あの、お師さま……お医者様は……」
「ワシが診て、手に負えんようなら考えるが、まだいい」
「わかりました」
少年はテキパキと師匠の言いつけに従って動き出す。
「自来也様………まさか……」
心配そうに問う男に、自来也は微笑って首を振ってやった。
「大丈夫じゃ。コイツに妙な真似をする前に、連中の鼻先からかっさらって来てやったわ
い。……ちょいと、お灸も据えてからのぅ。ま、大丈夫じゃ。ワシも殺しはしなかったし、
奴等は自分達に疚しいところがあるから公に訴えることも出来んさ」
男は安心して大きく息をついた。
「はあ、良かった……」
自来也は片手でミヤギの肩を叩く。
「本当によく知らせてくれた。ワシからも礼を言う。…大事なダチが、危うく壊されると
ころだった………」
「いえ、とんでもございません。…御礼申し上げるのはこちらです。…俺…いえ、私はサ
クモ様を尊敬しておりますので……この方が理不尽な目に遭うなんて、私が嫌だったんで
す。…ありがとうございました、自来也様」
うん、と自来也は頷いた。
「……わかっておるとは思うが、重ねて言うぞ。今宵の一件、他言は無用じゃ。ワシもお
ぬしから話を聞いて、あの遊郭にコイツを捜しに行ったとは漏らしてはおらんからの」
「承知致しました。私は無関係。忘れる事に致します」
「それが良い」
サクモに対する憧憬と忠義心だけで動いた男は、自来也に向かって丁寧に一礼すると、素
早く姿を消した。
奥の部屋から少年がひょこっと顔を出す。
「…お師さま、布団の用意が出来ました」
「ああ、すまんな」
自来也は己の肩におとなしく担がれたまま、ピクリとも動かない男を見やった。
「……お師さま……サクモさんは……」
「あー、ちっと酒が飲める状態ではないのぅ。…まあ、大事は無い…と思うが」
いや、大事は無いと思いたい。こんな状態の彼を医療班にも――出来れば身内であるツナ
デ姫にも見せたくは無かった。
人間を効率よく殺す為には人体に精通している必要がある。自来也にも一応の医学的知識
があった。
サクモをそっと布団に降ろし、自来也はその顔を覗き込む。
脈拍、呼吸、眼の状態など一通りの検診した自来也は安堵の息を吐く。
(………そうタチの悪い薬を使われたというわけでもなさそう…だの。しかし、それでは
いったいまたどうして……)
念の為、ツナデに教えてもらった『毒抜き』の術を施すと、ほどなくサクモが身動ぎ、微
かな声を漏らした。
「………ん…………」
「…サクモさん? 気がついたか」
白銀の睫毛が震え、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。
ぼんやりとした眼で天井を数秒眺め、それからのろのろと視線を動かすと、やっとの事で
サクモは自来也に視線を向けてくれた。
「あれ………? ジラく…んだー………」
その呑気な第一声に、自来也の身体からドッと力が抜ける。
「サクモさん、アンタなァ……」
「…ここ、何処…? 何で僕は……」
視線を彷徨わせながら独り言のように呟いていたサクモは、アッと声を上げて起き上がろ
うとした。その身体を押さえ、自来也は首を振る。
「急に動いたらいかん、サクモさん」
「でも……」
サクモは身を捩り、自来也の腕から逃れようとした。
「……アンタはどういうワケか遊郭で正体を失っていた。それをある者が教えてくれての。
そこでワシが迎えに行ったんじゃ。心配せんでいい。ここはワシの家だからゆっくりと…」
違う、とサクモは激しく首を振った。
「ぼ、僕の事じゃない。……子供が……」
は? と自来也は聞き返した。
「子供?」
サクモは自来也の袖をつかみ、悲壮な声を上げる。
「赤ん坊が……僕のうちに、赤ん坊が独りで……っ…」
「赤ん坊が独りで…?」
自来也は鸚鵡返しに呟き、その言葉の意味をくみ取りきれずに首を捻った。
薬の影響でまだ混乱しているのだと思った自来也は、サクモをなだめる。
「落ち着けっての。夢でも見たんじゃねーのか? 何でアンタんちに赤ん坊がいるんじゃ。
あり得んだろうが」
「…ゆ…夢………」
サクモは虚ろな口調で呟いた。
「ゆめ………? 僕は…夢を見てたって……?」
「でなきゃ何だって言うんじゃ。アンタの家に赤ん坊なんか、いるわけがなかろう」
でも……、と尚も呟くサクモの背中を軽く叩きながら、自来也は少年を振り返った。
「ミナト! すまんがな、念の為サクモさんの家を見てきてくれ。…誰もおらんと確認して、
サクモさんを安心させてやるんじゃ。いいな?」
「は、はいっ!」
少年はわけがわからないまま、師匠の命令に従って飛び出そうとして戸口で足を止めた。
「………お師さま。でも本当に赤ちゃんがいたらどうしましょう?」
「……その時はここへ連れて来い。ま、マジにいたら―――だがな」
少年は頷き、夜の闇の中へ駆けていく。

 
そうして二十分後。
弟子が戻ってきた気配に玄関を振り返った自来也は、自分の眼を疑った。
「………お師さま…………」
そこには、困惑した表情で赤ん坊を抱えた少年が立っていたのだ。
 

      



そりゃーね、自来也さま。
普段のアナタのご所業が、『キレイどころには取りあえずアタック』
だから、男女見境ナシと見られてしまっているのですよ。(笑)
敬愛が恋愛に変わることもあるでしょーし? 
サクちゃんキレイみたいだし? 年上だけど、そんなの問題じゃないし?
弟子はまだ食べ頃じゃないし。(<問題発言)

そんなこんなで、カカシくん登場。
 

(2006/05/17 UP)



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