優しいカッコウ−1
あの、白い牙ことはたけサクモに女が出来たらしい、という噂を聞いた時、自来也は何となく安心したのだ。 ああ、あの男にもやっと人並みに春がきたのか。そりゃ良かった、と。 はたけサクモ。二つ名を『木ノ葉の白い牙』という。 並外れて強く、彼が戦場にいるだけで木ノ葉の士気は上がった。あの『白い牙』がいる。 俺達が負けるわけが無い、と。その実力に白い秀麗な容貌も相まって、心酔している者も多いカリスマ的な上忍だった。 だが、彼と少しでも親しくなった人間は首を傾げることになる。 この男、いったいどうなっているのか、と。 それと言うのも、戦場での勇姿は何処へやら。里での彼はしばしば気弱且つ自虐的な言動で周囲を困惑させたのである。 そして顔もスタイルも良く金も当然持っているだろうに、年齢イコール彼女いない歴というこれまた天然記念物のような男だった。 もてないわけではない。 女性にアプローチされても、本人が全く気づかないのだ。 女性の方は、押しても引いても思うような反応が得られないことに苛立ち、落胆して去っていく。その繰り返しだった。 彼のモテぶりに、やっかみ半分で「勿体無いのう。アンタは余程理想が高いのだな」と言ってやった自来也は、返ってきた反応に驚いた。 「え?」とサクモは眼を丸くしたのだ。 「……何のことだ? 自来也」 「何って…おなごじゃ! 夕べの店でだって、あれだけ露骨にコナかけられて普通わからぬはずがないだろうが! 綺麗どころが皆、アンタに振り返って欲しくてあの手この手で ……ああっ…それにぜーんぜん気づいておらんかったんかっ! この罰当たりがーっ!」 頭をかきむしって絶叫する自来也を、サクモは困ったように見る。 「夕べの飲み会…? ああ、お酌のお姐さん達、みんな親切だったねえ…でもあれは彼女達の仕事だろう? 客に優しくするのは」 「………そう、仕事じゃ。…でもな、そこに見え隠れする女の秋波をだな……」 サクモは笑って首を振った。 「ジラ君、考え過ぎだって。…うん、でも君がそう感じた時は、その女性は君に気があるんだと思うよ。……でも僕は感じないから」 だから違う、と笑う男の首を一瞬絞めてやりたくなる自来也。 「あのなぁっ…じゃあ、百歩譲って店のお姐ちゃん達は仕事上の媚び、としよう。……でも、里の中じゃ違うだろうが。今の今まで、おなごからの告白が一度も無いなんて言った ってワシは信じねえぞ。ええ?」 サクモはモジモジと指先をいじった。 「………告白って……そんな…無いと思うけど? 好きとか言われたことが無かったわけじゃないけど……何と言うか、そんな真剣な雰囲気じゃないんだ、いつも。冗談みたいに 言われるから…僕みたいなのに本気で告白してくれる人なんか、いないよ」 自来也はガクリと肩を落とす。 「……ええと、念の為に聞いておくがの。……アンタまさか、女が嫌い…なんてことは…」 「そんな事ないって。僕は自分以外の人は皆好きだから」 違う。そういう事を聞いているのではない―――と、頭を振りかけた自来也は、ふと彼のセリフが気になった。 「…ってことは、自分が嫌いなのか?」 サクモは微笑を浮かべる。 「ん…嫌いって言うか……自分よりも他の人の方が皆まともで立派な人間に見えちゃって……ダメな自分が嫌だなあって思うだけだよ」 うわあ、と自来也は頭を抱えた。 ダメだ。こういう自己否定が激しい人間には、何を言ってもこちらの思う通りには受け取ってもらえない。そこで、ストレートにポツリと告げる。 「………ワシは、アンタが好きだけどな」 サクモは嬉しそうに微笑った。 「……ありがとう。僕も君が好きだよ。…君みたいな生き方、考え方に惹かれるな。………ねえ、こういうのって『告白』じゃないだろう?」 「…………う…まあ、そうだの。…告白、ではないわなぁ…」 そういう意味での好き、ではない。自来也はサクモに性的な意味では惚れていなかった。 ただ、仲間として、友人として好ましく、忍として尊敬に値する人物であることに変わりは無い。好きか嫌いかで言えば、『好き』。しかも、そこに『大』がつくかもしれなかった。 「今までの『好き』もこんな感じでね。いや、もっと軽いノリかなあ……だから、僕ってたぶんそういう対象じゃないんだよ」 それは違う、と自来也は思った。 彼が鬼神と恐れられる程強い忍であることは誰でも知っている。だが、里での彼を見ていると、それは俄かには信じがたいことだろう。里での彼しか知らない人は皆、サクモが本 当はどういう人間なのか混乱してしまい―――怖くて今一歩彼の中に踏み込めないのだろうと思う。 「………まぁ、そういう事にしといてやってもエエがの。……ワシ…いや、そこらの男どもから見ればもったいない話だわ。その気になればダース単位でおなごが釣れるだけの器 量がありながら」 「そんなに恋人はいらないよ。……僕はね、一人の人を大事にしたいんだ。……僕にだってね、そういう意味での理想はあるんだよ………」 柔和な笑みを浮かべている男を、半眼で見遣った自来也は呟いた。 「―――それは、男として変だぞ……」 出来るだけたくさんの花の蜜を吸って歩くのが、男として生物的に正しい姿だと信じている自来也の弁を、サクモは笑いながら受け流した。 「人それぞれだよ。………だから僕は里の為に好きでもない人と結婚するのも嫌だ」 自来也は心持ち眼を瞠った。 「………なんじゃ? そんな話があったんか?」 「うん……まあね。……こんなご時勢だろう? 僕だっていつ死ぬかわかったもんじゃない。だから、せめて子孫は残しておけって……さ。でも、僕はそういうの……苦手だから、 断ったよ。…だって、結婚しなくてもいいから、とにかく子供を作れ、なんてさ……産んでくれる人にも、子供にも悪いじゃないか」 この人らしいな、と自来也は思った。 どんな修羅場をくぐり抜けてきても、その魂は純粋な少年のようで。 「………アンタの血が絶えるのを恐れているんだな、上の連中は。……ったく、人を何だと思ってやがるのかのぉ」 「…道具でしょ」 自来也はギョッとした。 「おい、サクモさん………」 「……忍は里の道具だってわかっている。少なくとも、そういう事になっている。…でも、 人に変わりはない、よね。だって…………」 サクモは透明な笑みを浮かべた。 「心があるんだもの」 そんな会話があったのはどれくらい前だっただろうか。二、三カ月…いや、もう半年以上も前だったか。 (そうか、そうか……大事にしたい女を見つけたのだな……良かったのう) 別に彼に恋人が出来ようが彼女いない歴を更新しようが、自来也には何の関係も無いのだが。 ああいうタイプは、『守るべき対象』が明確になった方が男としていい仕事をするのだ。 サクモの強さにもっと磨きがかかり、精神的に安定するのは木ノ葉にとって悪いことではない。 (……ひとつ心配なのは、相手があのボケをちゃんと理解出来ているかどうかだな。あの女心のわからなさでは、即行フラれるかもしれん……) まあ、それはそれでサクモにとってはいい経験と勉強になるかもしれない、と自来也は無責任なことを考える。 色事は男にとっては肥やし。女色も知らずして男の成長無し、と。 要はその色に溺れなければいいのだ。 (……色事はの、粋にこなさにゃ。……さて、あの朴念仁にそれを要求するのはまだムリかのぉ……) 実年齢はサクモの方が上なのだが、どうも彼を見ていると庇護欲が頭をもたげてしまう自来也だった。 (…フラれたら自棄酒くらいにはつきあってやるからの……ま、ガンバレや白い牙殿) だが、事態は自来也が想像もしていなかった方向へ向かってしまう。 それは、サクモと自来也がそれぞれの長期任務で半年以上、里を空けている間に起きていた。 長かった任務から帰還した自来也は、久し振りのゆったりとした入浴を済ませ、愛弟子が作ってくれた夕食と美味い酒を楽しんでいた。 「うむ、ええのぉ……これで隣にキレイでいい匂いのお姐ちゃんでもおったら言う事なしなんだが……」 弟子である金髪の少年はため息をつく。 「お師さまってば、またそんな事ばかり仰って……」 「ハハハ、まあお前の顔は良い目の保養だがの。…自覚しとけ。お前自身がどう思っていようが、その顔は目を引く。妙な女に引っかかるんじゃねえぞ。……それと、野郎にも気 をつけろ。隠れ里は……というか、忍者は男女比率が偏っておるからの。部隊に野郎しかおらん場合、お前みたいなツラだと狙われる。……お前自身が強いし、ワシの弟子だと知 っていて手を出そうとする阿呆もそうおらぬだろうが……何処にでも物事を深く考えられんバカ者はおるからの」 少年は神妙な顔で頷いた。この師匠の言う事が的外れだったためしは、今まで一度も無かったからだ。 狙われる、の意味もわかっている。少年はもう十二で、男女の営みの意味も、それが同性間で行われる事もあるという知識が―――知識だけだが―――あったので。 その時、慌しいノックが聞こえた。 「……はい? どなたでしょう」 少年の誰何に、扉の向こうから押し殺した声が返る。 「自来也様はご在宅でしょうか。私は、以前部隊でお世話になりました者で、ミヤギと申します」 少年は師匠を伺った。 「……ミヤギさんと仰ってますが」 「うん? ああ、覚えておる。確か、後方支援の中忍だったな。…開けてやれ、ミナト」 「はい」 戸を開けてやると、若い中忍の男が蒼い顔で立っていた。 「お、久し振りじゃのう。どうした、何ぞ用か?」 のんびりした自来也の問いかけに、彼はつんのめるように一歩踏み出す。 「……まずい、と思います、自来也様……! サクモ様が……」 「あ? サクモさんがどうした? 彼の部隊ももう戻っておるのか」 「はい。私は今回サクモ様と同じ任務で同行しておりました。帰還は一昨日です。……詳しい経緯は私にもわからないのですが……」 そこで彼はチラリと少年に視線を投げた。 「失礼致します」 ミヤギはサンダルを急いで脱ぎ、部屋に上がってきた。そして、自来也の耳元に声を潜めて囁く。 黙って彼の話を聞いていた自来也の表情が変わった。 「………わかった。ワシが行ってやる。よう、ワシに知らせてくれた。…この一件、他所には漏らすでないぞ」 中忍は項垂れた。 「心得ております。…申し訳ありません、自来也様……私が何とか出来れば良かったのですが……他にお縋り出来る方が……」 「……おぬしの判断は正しい。上忍数名相手では下手なことも出来まい」 自来也は立ち上がって素早く身支度をした。 「…ちょいと、出てくる。ミナト、酒の用意を頼む。…サクモさんも連れて来るからの」 「お師さま。…サクモさんが……どうか?」 心配そうな少年の頭を通り過ぎざまに自来也は撫でる。 「案ずるな。……そうだ、この男に何ぞ振舞ってやれ。ワシが戻るまで彼とおるんじゃ」 ミヤギは慌てて自来也の後を追った。 「じ、自来也様! 私も参ります!」 「いや、おぬしは来ぬ方がいい。……この子といてやってくれ。頼むぞ」 そう言い置き様、自来也の姿は消えた。 「………ミヤギ、さん………何が………」 「あ………大丈夫、自来也様が行ってくだされば……大丈夫…だから……」 ミヤギは首を振って、答えになっていない返事で誤魔化す。 子供には聞かせたくない話だったのだ。 (………どうか……どうか、頼みます……自来也様……) |
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ここでもチビ四代目は「シメちゃん」。 (2006/05/06 UP)
ジャンプにて、四代目様の名前が自来也様の口から
何故か今頃ポロッと語られましたので、このSSの
シメちゃんはお名前をミナトちゃんに変更させて頂きます。 (2007/08/29) |