bird cage−1

 

子供心に、自分の父親は他の大人達とはどこか違うと、カカシは思っていた。
子持ちには見えない若い父は、周囲から浮いて見えるほど綺麗な男だ。白銀の髪に、綺麗な瑠璃色の瞳。白い肌、繊細な面立ち。
女性に生まれていれば、傾国の美女となったであろうと囁かれる美貌の持ち主だった。
性質も穏やかで優しく諍いを嫌い、自分が引くことで事が収まるのならば、というおとなしい青年。
そして、どこか子供のような人だった。
料理がヘタで、魚を焦がしては「おかしいな」と首を傾げ、小さな息子にすら呆れられるようなドジをやらかしては、頭をかいて笑っていた父。
それが、カカシの知っている『はたけサクモ』だった。
カカシは、戦場にいる父を見たことがなかったから。
嬉しそうに息子を抱きしめ、優しく微笑う父しか知らなかったから。
だが、カカシは父が自分の知っている『不器用で優しい父親』以外の顔を持っている事も承知していた。
『木ノ葉の白い牙』というのが、サクモの二つ名だ。
火の国はもちろん、近隣諸国の隠れ里でその名を知らない忍はいない。
周りにいる大人達は口を揃えてサクモを賞賛した。天才と謳われる忍である自来也やミナト、ツナデ達までもが、彼には一目置いていた。
彼は、その家事や育児の能力からは想像もつかないほど『忍』としては優秀な男だったのだ。戦闘能力のみならず、指揮官としての能力も高く評価され、任務では隊長を務めることも多かった。
だから、しょっちゅう任務で家を空け、何日も戻らないこともざらにある。それを寂しいと思うことはあっても、カカシは黙って我慢した。
父の部隊が帰還した時、無事なはずの父が必ず一日置いてから家に帰ってくる事も不思議には思ったが、慣れた。
カカシも既にただの子供ではなかったからだ。
人手不足の里は、子供らしからぬ能力を持つカカシを放っておいてはくれなかった。
アカデミーにはほんのつかの間、形だけの入学をして、すぐに卒業したカカシは、下忍としての経験をろくに積まないままに中忍になった。
まだ、六歳だった。
大抵の者は、さすがは『白い牙』の息子だ、と眼を丸くして幼い忍を見る。
当の父親はそれを手放しでは喜ばなかった。
里の事情がわかっているから、そして上忍の眼で見て、幼い息子がいっぱしに『使える』ことがわかってしまったから、『親のわがまま』が言えずにいただけだ。
本心では、まだ幼いカカシを子供のままにしておきたかったのだろう。
小さな手でクナイを握る息子を、彼は頼もしげにではなく、悲しげに見た。
サクモの傍にいた自来也やミナトも同意見だったようで、せめて幼過ぎるカカシが血なまぐさい戦場に連れて行かれる事だけは阻止しようと、裏で画策してくれたらしい。
おかげでカカシは、戦場にいる父を見ることはなかったのだ。
だが、実際にサクモが戦うところを見たことはなくとも、父親が『凄い忍』だということをカカシは知っていた。
任務に出る時にいつもサクモが背負っている刀にカカシが興味を示すと、サクモはカカシの目の前でそれにチャクラを通して見せてくれたのである。
人の命を奪う武器であるというのに、それはとても美しい光景だった。
淡い光が刀身を包み、きらきらと光の粒子を周囲に放つ。
もう、チャクラというものを理解し、年齢のわりに器用に扱えていたカカシは、父の持つチャクラに息を呑んだ。
優しげな彼の外見を裏切る、刃よりも恐ろしい圧倒的なチャクラ。刀身に通した僅かなチャクラからも、父がその細い身体に不似合いなほどのケタはずれに大きい力を持っているのだと察することが出来る。
そしてそのチャクラは、彼の存在そのもののように美しかった。
「………カカシは、僕にチャクラ性質が似ているから、この刀も扱えるようになるだろうね。…そうだ。お前が上忍になったら、これをあげよう」
父が大切にしている刀を譲ってあげると言われたカカシは、そのことの意味を深く考えずに単純に喜ぶ。
「…本当? お父さん」
サクモは、ニッコリと微笑んでカカシを抱きしめ、頬に口づけた。
「大事なカカシに、嘘をついたりするものか」
お互いの任務ですれ違うことも多かった親子は、たまに家で一緒に過ごす時はまるで恋人同士のように仲睦まじかった。
本来優しく穏やかな気性のサクモが、戦場で鬼神のごとき『白い牙』となるには、かなりの精神力が必要だ。そのストレスに、周囲の殆どの者は気づかない。
カカシもまた、まだ甘えたい盛りの年齢に甘える事が許されず、大人に混じって任務をこなしていかなくてはならない。それが幼い身にどれだけ辛いことであったか。
その苦痛を、父と子はお互いの存在で癒していた。
白銀の髪と、瓜二つの綺麗な顔をした親子の、忍としての他を超越した力を揮う姿しか知らない者達には、そんな彼らの姿は想像もつかなかったであろう。
サクモは一人息子を可愛がり、カカシは遠慮しながらも父親に甘える。そうやって二人とも、ようやっとの事で心のバランスをとっていたのだ。
それはひどく危うく、脆い均衡であった。

そして、カカシが七つになった時。
その悲劇は起こった。


任務の遂行か。
仲間の命か。
多くの忍の命という犠牲を払っての『成功』に意味を見出せなかったサクモは、任務を中断。その一度の任務を為しえないままの撤退が、彼を破滅に導いてしまったのである。
任務に失敗して戻ったサクモは厳しく叱責され、彼が救った隊の仲間達も『命惜しさにおめおめと逃げ帰った者』として嘲笑されたと、逆恨みをする始末。
サクモはただ一人、隊長として任務失敗の責任を負わされ、当分の減俸と謹慎処分を言い渡された。
彼の名声や人望を妬み、快く思っていなかった者達の、ここぞとばかりの心無い中傷で、『白い牙』の名は汚され、地に落ちる。
そうなると、人とは残酷なものだった。
ある者は手のひらを返したように彼ら親子に冷淡になり、近づくことすら疎むようになった。
今までの彼の働きを十分に知り、彼に心酔していた者ですら、口を噤んで下を向く。
サクモの肩を持ちたくても、持てなかったのだ。彼を庇えば、自分も『里の掟に背く者』として一緒に糾弾されるから。
「物事には、取り返しのつく事とつかない事がある。今回サクモさんは、仲間の命と言う、失ったら取り返しのつかないものを護ったのだ。火の国の損失が何だ。里が存亡の危機に陥ったわけでもないのに大袈裟な。幾らでも取り返せることでぎゃあぎゃあ喚くな」
と言い放ったのは、三忍の自来也だけであった。
当然ながらその弟子も同意見で、他の者が疎遠にしている親子のもとに足繁く通い、彼らを慰め、励ました。
だが、自来也やミナトほど、人々は『強く』ない。
やはり、殆どの里人が厭わしいものを見るような眼でサクモを見―――彼は、その冷たい視線と心無い言葉によって、傷ついていった。
自来也は内心舌打ちをしながら、サクモをそんな里人の視線から庇う。
「気にするな! ………と言っても無理じゃろーけどな。…ったく、モノの見えん阿呆ばかりかい、木ノ葉もよ。…情けのうて涙が出るわい」
自来也に睨まれた者達は、慌てて視線を逸らし、逃げていく。
サクモは力無く首を振った。
「………いいよ、自来也。………僕が、悪いんだから。…命じられた任務を完遂せず………あまつさえ里の信用を損なった忍は、何を言われても………仕方ないんだ」
ずっと沈みきった蒼い顔をして、少しずつ痩せていく友人を、自来也は痛ましげに見た。
「猿飛のジジイも、マジにアンタを責めているワケではないんじゃ。…だがのぅ………」
「………わかっている。三代目にもお立場があるから。………任務の放棄なんてご法度を犯した忍を、里長として簡単に赦してしまうわけにはいかないのだって、わかっている。………でも、僕は………」
サクモは胸を押さえた。
白い頬を、透明な滴が伝い落ちる。
「………僕は………何を、護ったんだろう………?」


 

自来也と共に大門への道を歩きながら、心配です、とミナトは呟いた。
少年だった自来也の弟子も、もう青年と言ってもいい年齢になっている。
サクモと同じく、『天才』と称される上忍であり、もう幾度も隊長として任務をこなしてきた彼にとっても、今回の『事件』は他人事ではなかった。
「………自分が、サクモさんと同じ立場になったら、どうしただろう、と何度も考えました。どういう判断を下しただろう、と」
自来也は黙って、弟子の整った顔を見た。
「サクモさんと一緒に任務に就いた事もありますから、わかります。あの人は、希代の優秀な忍だ。…彼が、仲間の命と引き換えにしなければ成功し得ないと判断した状況なら、それ以外に道は無かったのでしょう。………では、私ならば、どうしたか…?」
ミナトは眼を伏せた。
「………難しい選択です。………任務成功の為には仲間を見殺しにする冷血な上司となるか、それとも仲間の命の為に任務完遂を諦め、糾弾されるとわかりきっている道を敢えて選ぶか。………忍として正しいのは前者です。…だけど、人として正しいと私が思うのは………思えてならないのは、後者だ」
ただ、と青年は続ける。
「選択するのに勇気が要るのも、後者なのです」
ふ、と自来也は息を吐いた。
「………お前が、そこまでわかっておるならば、エエわい。………虫も殺せぬようなタチの人間が、優秀な忍になれるはずがない。本来は、な。………サクモさんは、持って生まれた性質と、能力がかみ合っておらんやっかいな男なんじゃ。………だが、彼は誰もが認める優秀な忍。………それは、サクモさん自身が恐ろしいほどの精神力で己を殺し、任務においては『忍』であり続けた結果じゃ。…だから、今回も…やろうと思えば彼には出来た。………仲間を犠牲にし、任務を取ることも、な。…だが今回は、それをしなかった」
ミナトは唇を噛んだ。
「………まだ子供のように若い忍が幾人か…隊にいた所為ですね」
まだ六歳のカカシすら、中忍として任務にあたらせているのが里の現状だ。
使える忍の数が足らないのである。
少し出来る子供は、さっさとアカデミーを卒業させて実戦に投入せざるを得ない。
そんな子供を育てるのは、現場の忍の役目になる。里の将来を考えるなら、これから伸びるであろう若い忍達を、簡単に見捨ててしまうわけにはいかないのだ。
「ああ。………だが、そういう事情があったのだと承知しているはずの連中でさえ、必要以上にサクモさんを悪者にしようとしておるのがワシには面白くない」
ミナトは不愉快そうに眉を顰めた。
「………裏で、煽っている輩がいるのでしょう」
察しのいい弟子の言葉を、自来也は否定しなかった。
「………………ああ。…反猿飛派、というところ…じゃな。………サクモさんも、三代目の思想寄りの忍じゃろう。…それも、飛びきり優秀な人材ときた。…そのサクモさんが仲間の命を取って任務を放棄した事が、連中にしてみれば穏健派の三代目に噛み付く格好の材料になったというわけだ。………そら見たことか、忍のクセに甘っちょろいコトを言っているから、あんな甘い判断をする腰抜けが出てきてしまったのだ、と」
「つまり、自分達に都合のいいところだけを誇張しているわけですね。…まったく、あの人の今までの功績を考えたら、出てくるはずも無い言葉だ」
憤慨して綺麗な顔をしかめている青年の金の髪を、自来也は軽く引っ張った。
「………お前も、足元をすくわれんように気をつけるんじゃな。………その、反猿飛派が何よりも面白くないのは、三代目派の忍がまた火影の座に就く事なのだから。…サクモさんを必要以上に貶めたのは、その為だ」
今現在、火影に一番近かった男を高みから蹴落とす絶好の機会を、彼らは逃さなかったのだ。この事件でもう、猿飛派のはたけサクモが火影候補になる事はまず無い。
ミナトの表情は、ますます剣呑なものになった。
「…それを言うならば、お師様方お三人も、ではありませんか?」
自来也は唇の端で笑った。
「まぁ、の。………だが、ワシらは穏健派の三代目に育てられたわりにはアクが強いんでのぉ。あんまり火影っつう役目には向いとらんのが、三代目にもわかっておるだろうからな。………次に候補として名が挙がるのは、おそらくお前じゃ。…まぁ、まだ先の話だろうが……そういう可能性があるという事だけは、頭に入れておけ」
「………他ならぬ、お師様の言われる事ですから覚えておきましょう。サクモさんを故意に傷つけている連中の思惑通りになどさせません。………ですが、私の話よりも、今はサクモさんとカカシ君の事が心配です。…しっかりしていますが、カカシ君だってまだ小さい。出来ることならば、私がずっとついていてあげたいのですが………」
こうして向かっている大門には既に、自来也を待つ中隊と、ミナトを待つ小隊が待機しているはずだ。彼らはこれから、別々の任務でしばらく里を空けねばならない。
ミナトの言う不安は、自来也も同様に感じる。
今、心身ともに不安定な状態のサクモから眼を離すのは危険だと。
「そうじゃな……だが、ワシにもお前にも任務があるからの。………カカシは今、任務からはずしているのだろう?」
「ええ。あの子の監督責任者は今、私ですから。それぐらいの権限はあります。…というか、それくらいしか出来ないんです………」
しゅん、と青年は萎れた。
その髪を、自来也は昔と同じ様にかきまわした。
「さっさと行って、ケリをつけてくりゃあいいだけだっての! お前もカカシについていてやりたいなら、閃光の二つ名に恥じない働きをして、とっとと戻れ。………んでもって、休みをもぎ取ってみんなで湯治にでも行くんじゃ! …今のサクモさんに必要なのは、静かな休息、静養だからのぅ! いい湯につかって、美味いもんでも食えばそのうち元気になる!」
ミナトは、大きく頷いた。
「そうですね! カカシ君はまだ温泉行ったことないし。絶対に行きましょう、お師様」
サクモの心を抉った大きな深い傷を癒すには、時間が必要だ。逆に言えば、時間さえかければ癒えるものだと、そう思っていたのだ。自来也も、そしてミナトも。
サクモが持つ、芯の強さを信じていたから。
確かに、はたけサクモという男は、強かった。
精神的に不安定で、脆いようにさえも見えたが、芯は強い男だった。
だが、その強さは、自来也達が想像もしなかった方向に働いてしまった。
悲劇の連鎖というものは、誰にも止めようがなかったのだろうか。

 

その冬、一番に冷え込んだ朝。
川面に一人の男の亡骸が浮いていた。
 

 



初出:『bird cage』(07/12/30発行)

サクモさんの、あの事件はどーやったって暗くなるんですが。
パラレルに逃げない限り、サクモさんは絶対に亡くなる人だから暗くなるのは当然つうか。
………でも、彼を書くにあたっては、避けられない問題の一つであり、最大の謎でもあると思うんですね。
というわけで、黄色い閃光様のお話を逸脱しない程度に、『ウチのサクモさんはこういう最期でした』的なお話です。

はっきりバッキリ捏造。(笑)

………っていうか、なんか不自然だなーって思うんですよ。…木ノ葉の人達の反応って。(ナルトの昔の扱いにしろ)

(2009/05/9)



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