BIRD −4

 

白く輝き始めた小刀―――チャクラ刀を眺めながら、大蛇丸は楽しげに呟いた。
「…見かけによらず、好戦的ね」
「いえ。…君を過小評価する気になれないだけです。数だけで言えば、こちらの方が多いのですが。………君は、やろうと思えばこの人数を相手に出来る。…違いますか」
大蛇丸は軽く肩を竦める。
「違わないわ。………と、言いたいところだけどね。…ここで噂の阿修羅とやりあったら、私だって無事じゃ済まない。…リスクしか見えない争いをするほど、私もバカじゃないわ」
「…抗う気は無い、と?」
「そうね。…今は、とりあえず」
『抗う気は無い』と言われても、どこか人を喰ったような大蛇丸の態度に、サクモの背後の中忍達は警戒を解くことは出来なかった。
サクモの持つチャクラ刀に目を奪われたのは、大蛇丸だけではない。中忍達も、初めて間近で目にしたその輝きに、感嘆していたのである。
闇の中、白く輝くその刀自体は、決して大きなものではない。だが、そこから感じられる波動―――刀を持つ者のチャクラは、目に見えぬ『大きさ』を感じさせる。
サクモの実力は、おそらく噂以上だ。
そのサクモが、黒髪の少年・大蛇丸に対して先に刀を抜いた。
それの意味するところがわからない者など、この部隊にはいない。第一、この禍々しい『気』を放つ少年が油断ならぬ相手だということは、相対する前から知れていたこと。
サクモは、小刀の切っ先を少しだけ下げたが、その刃は相変わらず燐光を放っている。
まだ、戦闘態勢を解いていないのは明白だ。
「では、先の質問に戻りましょう。………ここで、何をしているんです? 最近の峠の妖怪騒ぎは、君の所為なんでしょう?」
「…妖怪だなんて。私が言ったわけじゃないわ。………勝手にそう言った奴らがいただけじゃない。………私は、私の目的を邪魔して欲しくなかったの。誰にもね。…それだけ」
サクモは小首を傾げた。
「………ここで、君の目的を言いたくないなら、それでも構いませんが。…里に帰ってから、尋問部隊の前でしゃべってもらえばいいだけの話です。…では、抵抗しないでくださいね。一応、拘束させてもらいますから」
はあっと大蛇丸はため息をついた。
「………ホント、見かけによらない人ね。好戦的な上に、短気なの?」
「君が、のらりくらりと質問をはぐらかそうとしているからです。…大蛇丸」
大蛇丸。
その名の通り、命を丸呑みにする蛇のような鋭い眼をした少年は、その歳に似合わぬ妖艶とも言える笑みをうっすらと浮かべた。
「わかったわよ。…じゃ、教えてあげる。でも、ここじゃない。あっちに一緒に来てくれたら言うわ。………ああ、来るのはアンタだけよ。後ろの連中になんか、言いたくない」
サクモが承諾の言葉を発する前に、ヤマネが吠えた。
「ダメですっ! 隊長!」
こんな危険そうな『存在』と、サクモを二人きりになど出来ない。他の者も、ヤマネと同意見だった。
大蛇丸は、ジロリとサクモの背後を睨んだ。
「………うるさいわね」
サクモのチャクラ刀から、唐突に光が消えた。顔の下半分を覆っていた口布もおろす。
「………………わかった、大蛇丸。僕には教えてくれるんだね?」
口調が、『同年輩の友達』に対するようにくだけた物言いになったサクモに、大蛇丸は微笑みながら頷いた。
「ええ。………アンタならいいわ。…綺麗で力強いチャクラ。…それに、その顔も好みだわ。………私は、綺麗で強いものが好き」
サクモは苦笑を浮かべる。
「………どうも」
中忍達は内心、『違う意味でもコイツはヤバイのでは』と疑い始めていた。この大蛇丸という少年、まだ自分達の隊長と変わらない年齢に見えるが、もしかしてもしかすると異性より同性に魅力を感じるタイプなのでは―――………
危険だ。
カナタが小さな声で囁いた。
「…隊長、マズイですって! お一人で行かんでください!」
サクモは振り返り、部下全員に微笑んで見せた。
「大丈夫です。…一人では行きません」
大蛇丸の方に向き直り、「いいよね?」と断るといきなり指を噛み切って地面に手を置いた。
「―――来て、ゼン」
ドン、と出現したのは、白銀の毛並みをした大きな狼犬だった。
「この子なら、一緒でもいいでしょう? 大蛇丸。…僕一人だと、皆が心配して行かせてくれないみたいなんだよ」
ふうん、と大蛇丸は値踏みをするように口寄せされた狼犬を眺めた。
「………まあ、いいわ。アンタの後ろの連中よりマシだし」
男達はムッとして少年を睨んだ。
召喚された狼犬も、不機嫌そうに低く唸る。
「…サクモ。どうやら戦闘ではないようだが。こんな処に呼び出して、何の用だ?」
サクモはポンポン、と犬の頭を宥めるように軽く叩く。
「ごめんね。ちょっと、僕のお供をして欲しいだけ。…一緒にいて、ゼン」
「…………わかった。お前を護ればいいのだな」
呑み込みの早い狼犬は、ピタリとサクモに寄り添った。
「じゃあ、行こうか、大蛇丸」
「こっちよ」
サクモはさりげなく手を背に回し、『総員待機。合図があるまで動くな』と指文字でサインを送る。
隊長の命令は絶対だ。
男達は黙って、少年達が闇の中に消えるのを見送るしかなかった。


いつの間にか風が雲を吹き散らし、頭上では煌々と月が光を放っていた。
ふと空を見上げたサクモが呟く。
「………綺麗な月………」
「…呑気ね」
「だって、綺麗だよ。大蛇丸、綺麗なもの好きなんでしょう?」
大蛇丸はサクモと一緒に夜空を見上げ、月を見て小さく首を振った。
「………そうね。でも、ただ綺麗なだけじゃダメなのよ。………私は、私にとっての価値が認められないものは、美しいとは思えない」
サクモは月から大蛇丸に視線を戻した。
「………厳しいねえ、君は」
「そう? 簡単なコトじゃない。…要するに、価値観ってヤツよ」
「…なるほど」
大蛇丸は、ピタッと立ち止まった。
「ここから先には入らないで。………呪陣が崩れるわ」
サクモも立ち止まり、闇に眼を凝らす。月明かりがあるとはいえ、山の中だ。視界はそう良くはない。
だが、地面に描かれた呪陣の一部は、見て取れた。何の為の呪であるかも。
「………………何を呼ぶつもりなの」
大蛇丸は、薄っすら笑った。
「…アンタはもう、その狼を持っているでしょ? 私も、欲しいのよ」
「口寄せ動物をおびき寄せるの? 呪陣で? ………こんなやり方、聞いた事が無いよ」
でしょうね、と大蛇丸は呟いた。
「私も、成功するかはわからない。…だけど、場所はいいはずなのよ。だから、何度も試してみているの。…条件を変えたりして」
「条件って………時刻とか?」
「そう。…時刻や、天候、方位。様々な条件の組み合わせを変えるの。…どこでビンゴなのかは、やってみないとわからないじゃない」
サクモは眉間を指先で揉んだ。
(―――だから『妖怪騒ぎ』に昼夜の法則性も無く、曖昧な情報しかなかったのか………)
「で、君はその術を邪魔されたくなくて、峠を通る人達を遠ざける為に何かしてたって事?」
大蛇丸は不貞腐れたように不機嫌な表情を浮かべた。
「………仕方ないじゃない。邪魔なんだもの。………でも、脅しだけよ。別に殺そうとかしてないから」
「それでも、結構迷惑なんだよ? わかってる? ここが通れないと、困る人がいるんだよ。その人達にとっては、死活問題なんだから」
「…………………」
返事をしない大蛇丸に、サクモはため息をついた。
「…君、大人の上忍とか………先生についているの?」
「…………ええ、一応。………下忍時代の指導教官が、そのまま上官になったわ」
「その先生に内緒でやってるんでしょ」
大蛇丸はプイとそっぽを向く。
「………契約しちゃえば、こっちのものよ」
サクモはぐるりと周囲を見渡した。
「………それにしても、随分と大掛かりだね。そんなに大きいの? 相手」
「マンダよ」
サラリと返ってきた答えに、サクモは顔を強張らせた。
「………それって…まさか……妖蛇の……………」
大蛇丸はニィ、と眼だけで笑う。
「ええ。素敵でしょう? 伝説の大蛇よ。きっと、美しいわ………」
それは、強大であるには違いない。だが、人間が簡単に御しきれるような存在でもないはずだ。
サクモは、ぎゅっと拳を握り込んだ。
その拳を、狼犬が気遣わしげにそっと舐める。
「………大蛇丸」
「何? 反対? 私を止めるの?」
サクモは首を振った。
「………反対はしないよ。君が、契約相手を求める気持ちはわかると思うから。………でも、今は止める。………まだ、早い」
「あら。何を根拠に」
サクモは大蛇丸の眼を見て、おもむろに答えた。
「君自身が、早いと知っているからだ」
「………………………」
「そう。君自身が、まだそんな妖蛇と契約をするのは早いと知っている。…君に、マンダを御しきれる力が十分に備わっているのなら、君はその先生に内緒でこんな事をしたりはしないだろう? ちゃんと許可は求めるだろうし、立会いも頼むはず。………何故、こんな賭けに出るような真似をしているの?」
大蛇丸は、すぐには答えなかった。唇を噛み、サクモから眼を逸らして黙り込んでいる。
「…答えたくないなら、いいけれど。………今回の任務を受けた隊の責任者として君の行為は認められないし、友人としてもまだ協力はしてあげられない。…どうしてもこの術を続けると言うのなら、僕を斃すのだね」
狼犬が、サクモを護るようにずいっと前に出た。
大蛇丸は、キョトンとした顔でサクモを見る。
「………友人? 手伝う…?」
サクモは何か変な事を言った? と首を傾げた。
「うん。…正直、ヘビは苦手なんだけど。………君がどーしてもマンダが欲しいんなら、協力してあげてもいいよ。…君が、君の先生にちゃんと賛同を得られたらね」
「………何故?」
「だって、一人じゃ大変そうだもの。…相手大きいし」
「そういう事を訊いているんじゃないわ。アンタと私がいつ『友人』になったって言っているのよ」
途端、サクモの顔が悲しそうにくもった。
「あ………ごめん。迷惑?」
冷血漢、とよく罵られることのある大蛇丸をして、思わず『悪い事を言ったかな?』と罪悪感を覚えてしまう顔と声だった。
大蛇丸はハーッと大きく息をついた。
「違うわ。…私と友達になって、迷惑するのはアンタの方だと思うんだけど」
「…どうして? そんな事無いよ。…君さえよければ、友達になろう?」
大蛇丸は不思議そうにサクモを見る。
「いいの? 私と友達になんかなって。…後悔するかもよ」
サクモはやんわりと『後悔』の部分を否定した。
「たぶん、しないと思うよ」
やがて、大蛇丸はクスクスと笑い出した。
「………おかしな人。………いいわ。口寄せの契約は諦める。今は、ね。…アンタの顔を立ててあげるわよ」
「そ? 良かった。…君と争いたくはないからね。………ゼン、呪陣を消して」
「おう」
狼犬はトッと地を蹴り、跳躍する。
着地した犬の肢が呪陣に触れた途端、パリンと薄氷を踏むような音がして呪陣が砕け散った。続けて彼が跳躍するごとに、パリン、パリンと音を立てて呪陣が消えていく。
それは、単なる破壊ではなかった。
きちんと『解呪』を行っているのがわかる。
「………妙な特技を持った犬ね」
「うん。いい子でしょ」
サクモはにっこりと笑った。
「じゃ、一緒に帰ろう。…大蛇丸」
 

 



 

ちょぴっとカッコイイタイプのを出したくなったので、単なる忍犬ではなく、狼犬を口寄せ。(ディーフェンベイカーみたいなのをv)少し偉そうですが、サクモの言う事は何でもきいてくれる甘々なお兄ちゃんって感じのわんこだという設定。………二度と出てこないでしょうけど。(笑)

(09/1/14)

 

NEXT

BACK