BIRD −3

 

中忍達は、代わる代わる小さな隊長の寝顔を見に来た。
そーっと覗いては、黙って仲間のもとに戻り、小さな声で囁き交わす。
「………やっぱ、まだ子供だよ………」
「…何だかなあ………強いんだろうし、能力はオレらよりあるんだろーけど、あの子」
「こら。隊長に向かって『あの子』はないだろ。…さっきセッカが何て言ったか思い出せ。…敵じゃなくて良かった。…そう、俺らが思うだろう力の持ち主だぞ。いくら十も年下だからって………」
「…いや、そういう意味じゃねえよ。可哀想だ…って言っちゃいけないんだろうけど。何だか痛々しいんだよ。…ソマさんが強引に眠らせたのもわかるわ。元々色は白いんだろうけど、顔色悪いよ、あの子」
医療忍者のナユタが、ひとつ頷く。
「ちょっと放っておけないな。…この任務が終わったら、病院での検査と、少し長めの休養を取るように進言するよ。………たぶん、隊長には身を案じて庇ってくれるような大人が、周りにいないんじゃないだろうか」
聞いていた仲間達が眉を顰めた。
「何か知ってるのか? ナユタ」
「…うん………ちょっと、思い出した。…はたけって言ったよな、隊長。…数年前に殉職した、はたけ上忍の息子さんじゃないかな。だとしたら、もう彼には両親はいない。物凄く厳格で、孫を孫とも思わない祖父さんがいるだけだ」
「………何、それ」
「噂で聞いただけだけど。…可愛がるどころか、その祖父さんの孫の扱いは虐待に近いんだそうだ。………小さな子供なら、出来なくても仕方ない事でも許してやらないような、そんな人なんだとさ。些細な失敗でも、ただやみくもに怒って殴るような男だって話だ。…で、上手く出来て当たり前。褒めたりは全然しないらしいぞ」
中忍達は顔を見合わせた。
「やなジジイ………」
「………それがマジ隊長の祖父さんなら………よく、あんな素直そうな子に育ったな………」
「噂だけどな。…いや、俺変なコト言っちゃったな。…忘れてくれ」
ナユタは立ち上がって、ソマの膝で眠っているサクモに歩み寄った。
「副長。………そろそろ………」
「あん? もう三十分経ったか? 仕方ねえ…もうちっと寝かしておいてやりたいが、任務中だしな。…起こしてあげてくれ、ナユタ」
ナユタは、サクモの額に手をかざし、自然な状態に近い覚醒を促す。
五秒ほどでサクモの睫毛が震え、まぶたが持ち上がった。
「…………あれ? 僕………」
一瞬、状況がわからないような声を出したサクモは、ハッとソマの膝で身を起こした。
「…何で…ッ………」
「あー、すんません隊長。寝ろって言っても寝るわけないと思ったんで、ちっと強引に眠ってもらいました。…お叱りは、帰ってから受けます」
サクモは、ガリガリと頭をかきながら明後日の方を向いているソマを見上げて、何とも言い難い表情を浮かべる。
「…僕は、何分眠っていましたか」
「三十分弱です」
フーッとサクモは息を吐き、ソマの膝から滑り降りる。
「………確かに、少し休息が足りていなかったようです。気遣いさせてしまってすみません。…ありがとう…」
「頭がフラついたりしませんか?」
「…大丈夫です。眠って、少しスッキリしました」
サクモは苦笑してソマを見る。
「ソマさんこそ、三十分も僕を膝に乗せて。…足、痺れていませんか?」
ソマはニッと笑った。
「大丈夫ですよ、たかが三十分。一晩中抱っこしてたら、さすがにちっとは痺れるかもしれませんが」
あんたは軽いから平気だった、とは言わなかった。
サクモが女の子なら、軽いと言われれば喜ぶかもしれないが。この年頃の男の子に軽いだの小さいだのと言えば、傷つくだろう事はわかりきっている。
「………セッカは戻りましたか?」
ムササビの召喚主、カナタが頷いた。
「そろそろ戻る頃です。………ああ、いいタイミングですね。戻ってきた」
ザッと梢が軽く揺れ、小さな影が飛んできてカナタの肩にとまる。
「ご苦労さん、セッカ。…どうだった?」
「ンー、峠の近クまで行ッテみたけど。…ナンか、ヘンだァよ。………アッチ、あんま近寄りたくなかッタんさ。………ヤな感じ、する」
サクモがムササビに顔を寄せた。
「嫌な感じ?」
「ン。………ナンか、チャクラが………気味、悪かッタんだァヨ、隊長サン。ツメタくて、暗い」
チャクラ、とサクモは口の中で呟いた。
「それ、忍者のものかい? それとも、もっと別の?」
「………タブン…人間…だと思ウ…けど、何か、ヘン。…アッチ、頑張ッテみたけど………結界でもアルみたいに、近づけナクて。………アッチ、怖イ」
ブルッとムササビは震えた。
カナタが、よしよしと彼女を労わるように撫でる。
「わかった。…他に、異常は?」
「………ソ…だね。………山、静か過ぎるヨ。………動物も、みんな怯えてイル感じ」
カナタは「そうか」と小さく呟いた後、サクモを見た。
その問い掛けの視線に、サクモは軽く頷いて返す。
カナタは、ポケットから何か小さな欠片を取り出してムササビに与えた。
「ご苦労さん、セッカ。戻っていいぞ」
「ん、またネ、カナタ」
ムササビは男にスリ、と頭を擦り付けてからポンッと消えた。
「すんません、隊長。…あんま、役に立たなくて」
「…いいえ。ありがとう、カナタさん。十分です」
大男のソマが、胡乱そうな眼で峠を見やる。
「………ハッキリしませんな。…しかし、何も無いってワケじゃない」
「ええ。…少なくとも、動物達を怯えさせる何かが峠付近に存在しているのは確かですね。………警戒を怠らず、進みましょう」



セッカの言う通りだった。
それまでは、肌に感じられた山に棲む生き物達の気配が、峠に近づくにつれて少なくなり、ある場所を境にフッとなくなってしまった。
忍達は、神経を研ぎ澄ませながら更に獣道に分け入る。
ヤマネがぶるっと身体を震わせた。
「………なーんか、セッカの気持ちがわかるよーな………薄ら寒いっつか」
「実際、気温も下がっているようだしな」
「…ソマさん、ミもフタもねえなー。そーゆーんじゃなくっ………」
ヤマネはふいに口を噤んだ。
先頭のサクモが、左手をスッと上げたのが目に入ったからだ。
要注意、のハンドサイン。
サクモのすぐ後ろについていたタカオが腰を落とし、地面に手をつく。じっと探ってから顔を上げた。
「………隊長………」
「いますね」
サクモは、忍服の襟に指を掛け、布を上に引っ張った。口布で顔半分を覆った途端、サクモの雰囲気が変わる。
それは、見た目だけの変化ではなかった。
すぐ傍にいたタカオが、無意識に一歩下がる。この、小柄な少年に気圧されたのだ。
後方のソマは、その変化に気づいて内心口笛を吹いていた。
(おお、なーるほど? 怖えーわ、やっぱ。…阿修羅の顔をちゃんと持ってやがった…)
敵わない、と本能的にわかる。
この少年が本気になったら、自分達など秒殺だろう。
サクモはそのまま、無言で歩を進めた。
しきりに身の内で鳴り響く警戒音を気力で押さえつけながら、中忍達も後に続く。
隊の中でも、一番気を悟るすべに劣る者でも、はっきりと危険信号を嗅ぎ取ることが出来る距離まで『目標』に近づいた時。
サクモが、総員に止まるよう合図を出した。
「………そこにいるのは誰ですか?」
目の前に存在する『何か』に向かって、サクモが誰何した。その誰何の声すら、今までの少年とは別人に聞こえる。
空気がザワリと動いた。
闇の中から、掠れた声が返ってくる。
「………………あら。邪魔をしないでもらえるかしら」
言葉遣いは、まるで女のよう。
だが、その声を聞いた途端、男達は冷水を浴びせられたようにヒヤリとした。
「…答えになっていません。私は、誰だと訊ねています」
「………他人に名を訊く時は、自分から名乗るものだって…よく言うじゃないの」
サクモは、心持ち不快そうに眉を顰める。
「私は、木ノ葉西方第十一班、隊長はたけサクモ」
数秒、闇の中の相手はその返事を吟味するかのごとく押し黙った。
やがて、クックック、と低く笑う声が響く。
「………そう。…ご苦労様ねえ。…まさか、アンタみたいな人がこんな処に寄越されるとは思わなかった。…白銀の阿修羅。………そうよね? 十年に一度の天才少年」
サクモとそう変わらない年齢の少年が暗がりから姿を現わした。
ただし、少年と言っても持っている雰囲気がサクモとは百八十度違っていた。
男達の背を悪寒が這い上る。その少年の存在そのものに、生き物として本能的な恐れを覚えたのだ。
月光の所為ばかりとも思えない青白い肌に、冷たい瞳。漆黒の髪も、美しいというよりもどこか不気味さを感じさせる。
「………私は、大蛇丸。………同じ、木ノ葉の忍よ」
「…こんな山の中で、木ノ葉の忍が何をしているのです? …事と次第によっては、君を捕縛する事になりますが」
木ノ葉の忍がここにいて何かをしている、という事を里がきちんと把握しているのなら、そもそもこんな『妖怪退治』などという任務がサクモ達に命じられるわけがない。
「欲しいものがあるの」
無邪気な子供ならば、可愛らしく響くだろう言葉も、この漆黒の髪の少年が吐くと禍々しく聞こえる。
「ここでしか得られないものですか?」
大蛇丸は軽く首を傾げた。
「………わからないわ。でも、可能性は高いのよ。………アンタ達がいたら、邪魔だわ。………いえ…本当は、都合がいい………のかもしれないけど………」
中忍達は、そっと眼を見交わした。
おそらくはこの任務の『目標』であるはずの少年に、面食らっているのだ。妖怪でなかったのはいいが、ある意味妖怪並みに不気味な少年の真意が測れない。
サクモは小さく息を吐いた。
「…君がここで何を求めて、何をしているのかは知りませんが、里及び里の周辺に迷惑がかかっているんです。自分の行為の正当性を立証出来ないのでしたら、里に連行します。…抵抗はしないでください。私も、なるべくなら同郷の忍を傷つけたくはありませんから」
大蛇丸の口角が笑みの形に吊り上がった。
「…殺したくはない、とは言わないのね」
「もちろん、殺したくもないですが。…状況次第では、やむを得ないですね」
「そうね。………アンタなら、私を殺せるかもねえ………噂通り、とっても強そう。…綺麗な眼の阿修羅。…素敵なチャクラだわ………」
どこか陶酔したような少年の掠れ声に、男達の肌は粟立った。
サクモは黙って自分の首の後ろに手を回した。忍服の襟と、羽織っているマントの間から、するっと小刀を抜く。
「………もしも、君が自分の目的の為に我々を排除する気だと言うのならば。里に対する反逆と見做します。………返答を」
淡く輝き始めた抜き身の刀身に、大蛇丸は眼を細めた。
 

 



 

おろっち様登場。
ちょっと不気味テイスト。
………でも、子供の頃の大蛇丸って、美人で可愛いですよね。

(09/1/12)

 

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