BIRD −2

 

平地の森を抜け、山に入ろうとした辺りで、副長のソマが大きな体躯を屈めてサクモの耳に囁いた。
「………実際の所、隊長はどうお考えで? この任務」
「どう、とは?」
「妖怪が出るというのは、噂に過ぎんでしょう?」
サクモはほんの少し、唇の端に苦笑を浮かべた。
「それが単なる噂であっても。………現に困っている人はいるわけですしね。それに、これは里に入った正式な依頼です。僕達は、噂の正体を確かめて、それが脅威であれば排除せねばなりません。………対処しきれれば、の話ですが」
横からサジキが口を挟んだ。
「我々が対処しきれないケースもある、ということですか?」
「………そうですね。相手によりけりといったところでしょうか。敵が本当に退治すべき妖怪で、物理攻撃が有効ならば話は簡単です。厄介なのは、物理攻撃は効かない場合ですね。そういう相手には、相応の専門職の方が出向かないといけませんし、人間の能力では対処しきれないという事態もありえるでしょう。…でも、相手に理性があり、何か折り合いがつくならば話し合いで解決もあると思います。………相手が妖怪とは限りませんが」
「人間の仕業かもしれないって事ですかい?」
コク、とサクモは頷いた。
「可能性はあります。…いえ、僕はむしろその可能性の方が高いと思っています。………それが他国の者の仕業だった場合、事は単純に片付かないかもしれません」
中忍達は、コッソリ顔を見合わせた。
彼らはここ一年以上、一人の隊長の下、同じ班で任務についていたのだ。いきなりの『頭』の交代には少なからず動揺した。しかも単なる交代ではなく、まだ子供にしか見えない少年が急遽代行を務めるとあっては、それを不安に思うなと言う方が無理である。
戦闘能力が異様に高い子供というのは、サクモに限らず今までにも幾人かの例があるので、その存在そのものは驚くようなことではない。
だが、部隊長を務める忍に求められるものは、戦闘能力だけではないのだ。
任務の遂行指揮を執る以上、状況判断をする知識と思考力、冷静さ。そして経験に裏づけされた想像力が要る。
それが、この少女のように綺麗な顔の少年にはあるのか。
偉ぶらない、素直そうな少年は、可愛い。中忍達は、この少年に反目するつもりなどなかったが、それと隊長として信頼に値するかは別問題だ。
年長者としてフォローするにしても、この隊長の頭の中がどの程度『大人』なのか、知っておく必要があった。
ここまで来る行程で、彼らはそれとない質問をサクモに投げかけ、その答えを聞くことで彼の能力を推し量っていたのだ。
それを知ってか知らずか、サクモはどんな質問にも丁寧な口調で答えを返してきた。
詳細に答えるべき質問と、迂闊に口にしてはいけない答えの質問も、きちんと選り分けている。
そして、今からあたる任務に対するサクモの考えを聞いた彼らは、同じ結論に辿りついた。
まだ十五の子供とはいえ、さすがに上忍と認められただけのことはある。
思慮と分別のある物言いは、既に大人の忍者と変わらない。同じ年頃の少年達と比較して、落ち着きもある。
本当の評価は、この任務を終えてからでないとわからないが、これはもう、イセキのようなベテランの隊長の代わりが出来る、としてこの若い上忍を派遣した上の判断を信じるしかあるまい。
―――(一応、合格だな………この坊や)
ソマが眼で問うと、彼らは微かに頷くことで同意を示した。
その気配を察したかのように、ふとサクモが振り返る。
「あの…そういえば、僕、この任務を指す合言葉は教えてもらいましたけど、何か知っておいた方がいい、この班内での合図や符牒はありますか? もし習慣になっていたら、使うでしょう?」
こういう問いには、やはり副長であるソマが答えた。
「そうですね。…基本的には、木ノ葉忍同士が使う指文字を使います。隊長、赤の発煙弾はお持ちですか? イセキさんは、班員が広範囲にバラけた時に総員撤退の合図に使っていました」
「あ、はい。イセキさんからだと、司令所で忍具の入った袋を一つ渡されて…その中にありました。赤の発煙弾。…イセキさんにお会いしに行って、直接引継ぎが出来ればよかったんですが、時間が無くて。良かったです、聞いておいて。…後、一応確認しますけど………」
口笛での合図、ハンドサインの確認を行ってから、一行は山に足を踏み入れた。


 

時刻は午前二時を回っていた。
隊列を組んだサクモ達は、黙々と細い山道を登っていく。
妖怪が出ると噂されているのは、もっと先の峠付近だ。
「…雲が多いな。………満月なのに、暗い夜だ………」
「妖怪は、昼夜問わずに出るんだったか?」
誰に訊くともなく発せられた問いに、先頭にいたサクモが答えた。
「そこがハッキリしません。夜間の被害報告が多いので、こんな時刻の任務になりましたが。………昼間は安全ならば、峠を越える商人達には影響が少ないはず………」
サクモは言葉を切り、小さく息を継いだ。
ちら、と大男は自分の胸ほどまでしか背丈がない、小さな隊長を見下ろす。
「…隊長、ちっと小休止しませんか」
息が上がってきたことに気づかれたと悟ったサクモは、目許を染めて首を振る。
「小休止は、もう少し先の地点の予定です。…後、十分ほどで峠が見えてくるはずですから。そこで、実際の地形と様子を見てから皆さんの配置を決めようと思います」
「………了解です」
サクモの言った通り、更に山道を登ると少し開けた地形が現れ、遠くに峠が見えた。
「ここで、少し休憩します。…各自、カロリーと水分の補給をしておいてください」
そう指示を出したサクモは、自分も背嚢から小さなケースを取りだした。
だが蓋を開け、指先で取り出そうとした丸薬は、ケースごと誰かにひょいと取り上げられてしまう。
「………やーっぱ、思ったとおりだ。こんなキツイ兵糧丸、身体に悪いですよ? 隊長、まだ身体が出来ていないのに。………食うにしても、半分にしておきなさい」
「ソマさん! でも………」
ソマは取り上げた兵糧丸をさっさとクナイで半分に割り、片方をサクモの口に押し込んだ。
「はい、水」
「……………………」
サクモは素直に水筒を受け取り、一口飲む。
「…あの………」
ソマの太い親指の腹が押し当てられ、サクモの唇をふさぐ。
「今、文句は聞きませんよ。…こんな細っこい身体で、大の大人と対等な任務をこなそうとしたら、どこかで無理をしているはずだと思っていたんです。………どんなにアンタが強くて、上忍としての能力をお持ちでもね、身体はまだ発育途上なんですから。成人している我々と同じ体力のはずがないでしょう」
サクモはきゅ、と唇を噛んだ。
「………でも………別に、こういった事は珍しくありませんから………」
「つまり、しょっちゅうこんなキツイ薬で身体を持たせながら、任務についているワケですか」
フー、とソマはため息をついた。
「…他の班や、隊ではどうだったか知りませんが。この俺が副長やってんのに、隊長にそんな無理させるワケにはいきませんね。………三十分。…いや、十五分でもいい。少し、眠りなさい」
サクモは驚いて眼を瞠った。
「何を言っているんです! ダメです、そんなこと」
「いいですか? 我々はこの任務の出立が夜だということを一日前に聞いていて、体調を整える時間があった。…でも、アンタは急な代行を命じられて、ここに来ている。仮眠をとっておく暇も無かったはずです。…ちゃんと引継ぎをする時間も無かったと、アンタ自身が言ってたでしょうが? 隊長」
「そ…それは………」
「カナタ!」
ソマが肩越しに後ろを振り向くと、その視線を受けたカナタがササッと印を結んだ。
「口寄せ!」
ぽん、と小動物が姿を現して男の腕を駆け上り、その肩にとまる。
「コイツを偵察に出しましょう。異変があったら、すぐに知らせてきますから。…いいですか?」
ムササビはサクモに理知的な瞳を向けた。
「あァラ。イセキのダンナはおッ死んだの? こんだズーいぶん可愛い隊長さんダぁヨ」
「こら、イセキさんを勝手に殺すなよ、セッカ。あの人は急病でな、こちらのサクモ隊長が急遽代わりを務めてくださってんだ」
「ふーん………ソーなんだ。アッチはセッカだァヨ。ヨロシクねえ」
細く高い声でしゃべるムササビを、サクモは珍しそうに見つめた。
「僕は、はたけサクモ。…よろしく、セッカ。………よく、僕が隊長だってわかったね」
ンフ、とムササビは笑った。
「…イセキのダンナの気配が全然なくッテ、すンげーチャクラの新顔がイりゃあ、後釜だッテ思うわァヨ」
「………ンな、すげーのか? セッカ」
ムササビは自分の召喚主をチラッと見て、ハ、と人間くさいため息をつく。
「…ッたーック、相変わらず人間ってのァ鈍感だァ。…忍者のツラァちーッと見れァ、アッチらには、イッパツなのにさ。………このコ、敵でなくッて良かッタッてさ、スグにあンたにもわかルヨ、カナタ」
んー、とムササビは伸びをする。
「さッテ、何のよーサ? まァた偵察?」
カナタに許可を求められていた事を思い出したサクモは、一瞬考え込むように俯いてから、顔を上げた。
「………頼みます、カナタさん」
「了解、隊長。…セッカ、あそこに見える峠まで行って、偵察してきてくれ。何でもいい、目に付いた事、気づいた事を報告」
ン、とムササビは頷いた。
「わーッたヨ。ンじゃ」
手近な木に向かって身軽に跳んだ彼女は、あっという間に見えなくなった。
ソマに軽く肩を叩かれたサクモは、びくっと身体を揺らす。
「それじゃ、何かあればすぐに起こしますから。少し寝てください。………我々とは顔を合わせたばかりで、不安にも思われるでしょうが、俺らを少し、信用してくださいよ、隊長」
サクモはまだ戸惑った顔をしていた。
「………信用…するとか、しないとかじゃなくて………あの………」
「時間がもったいないです。…寝なさい」
大柄な部下にずいっと詰め寄られ、サクモは思わず「はい」と返事をしてしまった。
ソマはニッと笑い、傍にあった平らな岩に腰を下ろすと、サクモの腰をさらって引き寄せ、彼をマントごと自分の膝に抱えた。
驚いたサクモが抗議の声をあげる。
「ソ、ソマさん?」
「地面は湿ってるし、岩は堅い。身体を冷やしたり痛めたりしたら、眠る意味も無いですからね。ほれ、クッションになってあげますから、眼を閉じて力を抜きなさい」
あー、とブーイングしたのは、他の中忍達だった。
「ソマさん、抜け駆け〜! 隊長、可愛いからってー」
「あほぅ、誤解を招くようなことを言うな!」
顔をしかめて吠えたソマに足音も無く近づいてきたのは、医療忍のナユタだ。
「…ま、イセキさんじゃ抱っこしてあげる気にはならんでしょうがね。………失礼、隊長」
素早く印を結んで、手をサクモの額にかざす。
「………ナュ……………」
温かなチャクラを流し込まれたサクモは、医療忍の名前を全部言う事も出来ないうちに、コト、と男の胸に頭を預けて眠ってしまった。
医療忍は、しばらく少年の額に当てていた手を引いて、息をつく。
「………どうだ? ナユタ」
「…強引に眠らせて正解ですよ、ソマさん。…かなり疲労がたまっているようです。可哀相に、日頃からあんまり休養を取らせてもらっていないんでしょう。……本当ならば、八時間以上睡眠をとらせたいところですが。………三十分以上寝かせたら、
マズイでしょうね、たぶん
ああ、とソマは眉を顰めた。
「三十分が限界だな」
数時間前に、いきなり自分達の上司となった少年を膝に抱いた男は、コッソリとため息をついた。実際に触れてみた身体は、予想よりも細く、軽かった。眼を閉じて眠っている顔は、更に幼く見える。
(………………里が人手不足…いや、人材不足なのはわかっちゃいるけどなあ………優秀で使える忍を遊ばせておくワケにもいかんのだろうが。………子供ってのは、夜ちゃんと寝かせてやらんと、育たんだろう。………ったく)
サクモがせめて、もう2〜3年育っていたら、こんなお節介は焼かなかったのだが。
膝に抱いたら簡単に腕の中に収まってしまうような少年は、ソマの感覚では子供でしかない。
そして、彼の信条として、子供は大人が護ってやるものであった。
 

 



 

あああ………;;
予定の所まで行きませんでした。
またでっちあげキャラを増やすし。(ムササビですが)
セッカは、たぶん『赤果』かな。
何も考えない思い付きで命名。

(08/10/5)

 

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