BIRD −1
※ ご注意:このSSには、話の都合上、勝手に創作したキャラクターが多数登場いたします。主役は、少年時代のサクモさんです。 |
雲の多い夜だった。 雲の隙間からは、たまに真円の月が顔をのぞかせる。 晴れてさえいれば、明るい夜だっただろう。 「妖怪退治、ね」 手慰みにクナイを布で拭いながら、男は胡散臭そうに呟いた。 「………そんなもの、本当にいるのかねえ」 その横で、樫の木に背を預けて立っている男が鼻を鳴らした。 「フン。…お前だって、尾獣の存在くらいは知っているだろう。あれは正真正銘のバケモノだ。………なら、妖怪くらい、いてもおかしくはないだろうさ」 今回、任務を命じられたのは上忍一名中忍七名からなる、小規模な隊だった。 集合場所であるこの古い神社に来ているのは六名。 集合時間までは今しばらく間があった。中忍一名、上忍一名がまだ姿を見せていないが、後五分以内には全員が揃うだろう。 「………ソマさんは、まだ来ねーのか? いっつもギリギリだなぁ、あの人は。上官より遅いのはマズイんじゃねーかっていつも言ってんのに」 「まー、ギリギリでも遅刻しないだけマシさね。…それより、隊長がまだってのは珍しいな。いつも、集合時間の十分前には来ているのに」 「そういやあ、そーだなあ………でもまあ、そういう事もあるだろ。まだ遅れたってわけじゃないし」 その時、誰かが軽やかに石段を登ってきた。マントのフードを深くかぶっており、顔はよく見えない。 「こんばんは! 猪狩りの皆さんですか?」 猪狩り、とは今回の任務を指す隠語―――合言葉のようなものだ。 明らかにまだ年若い少年の声に、男達は戸惑う。仲間の中忍の声でも、隊長である上忍の声でも無い。 「ああ。…月が明るい晩はよく狩れる」 訝りながらも、先に定められていた符牒を返すと、少年はかぶっていたフードを背中に払った。 ちょうど雲が切れ、境内を照らした月明かりに少年の面が浮かび上がる。 男達は、その少年の顔に思わず感嘆の声をもらしそうになった。 女でも滅多にお目にかかれない程の美形だ。 内心の驚きをおし隠して黙っている男達の顔を見渡し、少年は口を開いた。 「皆さんに、お知らせがあります。………今回の任務において、隊長を務める予定だったイセキ上忍は、急病の為、木ノ葉病院に入院されました」 きゅ、と心配げに眉根を寄せた男が、皆を代表するように一歩前へ出る。 「隊長が? 急病って、どういう事だ?」 「詳しいことは僕も聞いていませんが。…どうやら胆石らしいです」 「………た………胆石………」 顔を見合わせていた男達は、伝令に来た少年に向き直った。 「………おい、じゃあこの任務はどうなる?」 「任務は、続行です。山に出るという妖怪の噂は、もう放ってはおけない状況ですので。山を越えないと里に入れない隊商と、その隊商の扱っている商品を置く店にとっては死活問題ですし。………現に、品薄で価格が高騰し、一般の方にも影響が出始めています」 少年は、男達にス、と視線を走らせた。 「………まだ、全員が揃っていないようですね。…どなたですか? いらしていないのは」 ただの伝令にしてはおかしな質問をする、と思ったが、男はきちんと答えてやった。 「…副長の、ソマさんがまだだ」 「そうですか。…まあ、まだ集合時間まで二分あるからいいでしょう。………先に、自己紹介しておきます。僕は、はたけサクモ。イセキさんの代行を務めます。よろしくお願いします」 はあ? と思わず男達の口から声が漏れた。 少年―――サクモは、構わずに続ける。 「急な事で、皆さんの登録書類まで拝見する時間が無かったので、点呼を取らせて頂きます。お名前を呼んだら、一歩前へ。もしも、どこかに故障を抱えている場合は、隠さずに申告してください。それから、お得意の術系統なども。…ええと、それでは………」 慌てて、男達がサクモの声をさえぎった。 「ちょ、ちょっと待て!」 「………それじゃその………お前…いや、あんたが部隊長ってことか?」 ハイ、とサクモは頷いた。 「…そう言ったつもりでしたが?」 「すると、その………ええと………じょ、上忍………で?」 サクモは苦笑を浮かべた。 「ああ。…申し遅れました。これでも僕は、上忍です。皆さんの足は引っ張りませんので、どうぞ、ご心配なく」 少女のように華奢な少年が上忍で、部隊長なのだと聞かされた男達は動揺を隠せなかった。 木ノ葉の里は、徹底した実力主義。 縁故や家門だけで『上忍』の肩書きを与えるほど甘くはないという事は、男達も重々承知している。故に、この少女めいた美貌の少年も、上忍としての実力を持っている、という事なのだが。 その肩書きよりも、視覚に訴えかけるインパクトの方が強い。 こんな子供に隊長が務まるのか、という不安や疑念がどうしても頭をもたげる。 「………雁首そろえてなんてェ顔だい? この人が上忍だと…部隊長だという事が、そんなに不思議か?」 突然響いた、張りのある低い声。 サクモは声の主を振り返った。 「………貴方が、ソマさんですか?」 おう、と応えたのは、背が高く、横幅もある体格のいい男だった。 「わりいッスね、隊長。遅くなりました。俺が、この西方第十一班の副長、石動ソマです。イセキさんの件は、聞いてますんで」 ソマは、サクモを見下ろして破顔した。 「噂の御仁に、お目にかかれて光栄です。どうぞよろしく、サクモ隊長」 「はたけサクモです。よろしくお願いします」 噂? と中忍の一人が口の中で呟く。 ソマは、その男を振り返って笑った。 「知らんのか? タカオ。………この人が、例の緩衝地帯で起きた戦闘で、全滅しかけていた中隊を救ったっていう功労者だ」 男達は息を呑んだ。 「………あ………まさか、あの砂との戦いで………?」 「………………う、噂の…阿修羅の化身か………」 二ヶ月前、砂の忍が操る何十体もの傀儡達に退路を断たれ、木ノ葉の二個中隊は身動きがとれなくなり、孤立していた。頼みの援軍が、たった一人の年端も行かない少年だと知った彼らは、木ノ葉に見捨てられたのだと絶望したのだが――― その少年は、正真正銘の『援軍』だったのだ。 傀儡の群れを一人で撃破し、後退への突破口を開いた銀髪の少年。その戦いを目にした者達は、彼を戦神・阿修羅の化身と呼んだ。それほどまでに鮮烈で、信じられないほどの強さだったのだという。 サクモは、少し困ったような表情で呟く。 「………噂は、往々にして誇張されるものです」 「だが、アンタが多くの仲間を救ったのは事実でしょう?」 ソマに笑いかけられ、サクモもはにかんだ笑みを返した。 「運も良かったんだと思います」 サクモの物言いは、謙遜してはいるがソマの言葉を否定したものではない。 では、本当にこの少年が噂の『英雄』なのか―――自分達より、十は年下に見える少年が。 男達は、まだ内心戸惑っていた。 件の噂から受ける印象が、あまりにも目の前の少年にはそぐわないものだったからだ。 まだその面立ちは幼過ぎたし、華奢な肢体は荒事の任務に向いているとは到底言い難い。 副長であるソマが、少年を隊長だと認める言動を見せていなかったら、今すぐに司令所に駆け戻って確認を取っていたところだ。 「えーと、ではいいでしょうか。…ソマさんは、何か申告はありますか? 身体の故障箇所、得手不得手なことなど」 ソマは軽く後頭部をかいた。 「そーッスねえ………二週間前に敵の火遁をくらいかけて、左腕に軽度のヤケドを少々。でも、任務に支障がある程ではないのでお気になさらず。………それから、使えるのは土遁、水遁です。どーしても好きになれんのは、兵糧丸の味ですかねえ」 サクモは真面目に頷いた。 「わかりました。…では、サジキさん」 名を呼ばれた男は、一歩前に出た。 「サジキです。故障箇所は取り立ててありません。水遁が得意です。…風遁も初歩的な術ならば使えます」 さすがに、年下の少年とはいえ、上官であるサクモにぞんざいな口を利く者はいない。皆、形だけでも丁寧に敬語を使う。 「わかりました。…次、カナタさん」 「カナタです。治りきってない切り傷が数箇所ありますが、これくらいはフツーなんで。………口寄せはムササビです。あんまり戦闘向きじゃないですが、偵察は得意な可愛いヤツで。…えー、オレ自身は一応、雷遁が得意ですかね」 サクモは微笑んだ。 「…わかりました。次、ヤマネさん」 「ヤマネっす。オレは、山猫が口寄せ出来ます。眼がいいのが自慢っちゃ自慢かなあ。忍術は、火遁系が得手っす。…それとココだけの話、水練は苦手な方でして………」 サクモに呼ばれた中忍達は、次々に自分の状態と得手不得手を申告した。申告を聞き終えたサクモは、自分よりも大きな男達を見渡す。 「………大体の所は、把握出来ました。…ナユタさんは、この隊で唯一の医療系ですね。任務遂行中は、ソマさんの近くにいるようにしてください。後は、直に僕の眼で見て、役割を指示します。何か質問はありますか?」 ハイ、とカナタが手をあげた。 「…オレら、隊長の事をよく存じ上げないんで………不躾ですが、隊長、お幾つなんスか? そいから、やっぱ、お得意なモンとかあんまし得意じゃないこととか、チラッとお聞かせ願えませんかね?」 サクモは、ちょこんと小首を傾げてから「そっか」と小さな声で呟いた。 「………僕だけ、色々と聞くのは不公平ですね。…僕は、今年で十六になります。………誕生日は、まだですけど」 見た目ほど幼くはなかったが(彼らはサクモを十三前後だと思っていた)、『隊長』の年齢が十五歳、と聞かされた男達の胸の内は複雑だった。 どんなに腕が立つにしても、子供に変わりは無い。人の上に立つ者に不可欠な、経験と言うものが足りないのは明白だ。 「術で得意なのは、雷遁系と土遁系。水遁も一応使えます。…口寄せは忍犬を………」 そこでサクモはモジモジと下を向いた。 「………それと……あの、恥ずかしいんですけど………爬虫類みたいなのは、ちょっと苦手です………」 男達の顔にあった、微かな強張りがフッと解ける。 歳若くして上忍となるような実力を持つ『子供』にありがちな高慢さや驕りが、この少年には無い。 年上の部下達に対して、頭から馬鹿にした態度を取るか。 もしくは大人に舐められまいとして、必要以上に尊大に振る舞うかしても、おかしくないのに。 少なくとも、弱みを自分から言うような真似はしないだろう。 恥ずかしそうに自分の『弱み』を打ち明ける少年が、彼らには好ましく映った。 この少年に足りないものがあるのなら、年長者である自分達がフォローしてやればいいのだと、皆が自然にそう思う。 「やー、恥ずかしいコトないですよ、隊長。誰にだって、嫌いなものの一つや二つはありますって。イセキ隊長なんてね、ネコが苦手だったんだから。ヤマネが口寄せするたんび、ロコツにイヤそーな顔してたんですよー」 「オレのタマラはただのネコじゃねえっ! 山猫だ!」 「だから、ネコのタマだろ?」 クスクス、とサクモが笑った。 「僕、忍犬使いですけど、猫科も好きですよ? ヤマネさん、後でタマラに会わせてくださいね。…カナタさんのムササビにも。………さて、それではよろしいですか? そろそろ時間ですので、出発します」 スッと表情を引き締めた少年の言葉に、男達も背筋を伸ばすことで応えた。
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まだ、サクモに『白い牙』という二つ名がついていない頃、という事に致しました。 正直、書いている私だけが楽しい話なのではないかという気が……… |