続・孔雀草の花言葉−4

(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定です)

 

「一人だとつい簡単なモノになっちゃうんだけど、今日は父様とイルカ先生がいるから、張り切っちゃった」
そう言いながらカカシは、次々と料理をテーブルに並べていく。
彩り豊かなサラダ、カボチャのポタージュスープ、ミートローフ、茄子のグラタン。
タコと小芋の煮物、葱とマグロの香味焼き等々。
『元暗部の雌豹』と恐れられるカカシの姿しか知らない者には信じ難いことかもしれないが、彼女は所謂『花嫁修業』も幼い頃からきちんと積んでいて、主婦として立派にやっていける能力を持っていた。
サクモが、花婿候補のミナトにだけ修練を課すのは不公平であり、また愛する娘が嫁いだ時、妻として恥ずかしくない素養を身につけさせるべきだ、と考えた結果である。
「うわ、すごいですねーカカシさん。どれも美味しそうだ。料理、お得意なんですね」
イルカが素直に感心して褒めると、サクモは「おや?」と顔を上げた。
「………何? カカシ、イルカ君に料理は作ってあげていないのかい?」
カカシはウ〜ン、と首を傾げる。
「そーねー。そういや、あんまり………」
「いや、カカシさんいつもお忙しいですし」
イルカとしては彼女をフォローしたつもりだったが、その必要は無かったようだ。
サクモは嬉しそうにニッコリしたのである。
「安心した。…実はもう半同棲生活だったんです、なんて告白されたら、お父さん悲しくなってしまうところだったよ」
「やぁだ、父様ったら! オレはそんなケジメの無いことはしません!」
こら、とサクモはカカシを嗜めた。
「また、オレって言う。…女の子なんだから、ダメだよっていつも言っているだろう?」
カカシはペロッと舌を出した。
「ごめんなさい、つい、ね。………でもこれは、父様とミナト先生がいけないんだから。二人してオレって言うから、うつっちゃったの。…先生には注意されたことなかったし」
はあ、とサクモは軽く吐息を漏らす。
「………ミナトは、お前に甘かったからねえ………」
「んー、そうねえ。………まあ、修行の時以外は優しかった……かな。…修行は、フツーに厳しかったよ?」
「そりゃ当たり前。修行で手抜きをする師匠なんて、害になるだけでしょ。そんなヤツを、オレがお前につけておくわけがない」
イルカは内心ハラハラしながら親子の会話を聞いていた。
サクモのトラウマの原因とも言うべき四代目の名前が出る度、他人事ながらドキッとする。
ずいっとカカシがイルカの方に身を乗り出した。
「ねえ、イルカ先生は? 先生は気になる? オレの一人称」
突然話を振られたイルカは、戸惑いながらも正直に首を振った。
「いいえ。…カカシさんは、きちんと時と場所をわきまえた言葉遣いが出来る方ですから。最初、お話しをした時も、その一人称がごく自然な感じがして…あまり気になりませんでしたね」
サクモはチラッと横目でイルカを見た。
「………イルカ君、遠慮しなくていいんだよ?」
カカシは腰に両手をあてて、フンッと胸をそらした。
「イルカ先生はそんな人じゃないのよーだ。間違っていると思ったら、火影様にだってちゃんと意見するって評判なんだから」
イルカは慌てた。
「…あのっ……カカシさん、誰がそんなこと………」
「…ん? アスマ」
サクモは面白そうに微笑んだ。
「………事実無根かい? イルカ君」
イルカは赤面しつつ、微かに首を振った。思い当たるフシがあったからだ。
「………………いいえ。…そういう生意気な真似をやらかした覚えは、あります。………三代目が寛大な方でなかったら、処罰モノだったでしょう」
「…ヒルゼン先生は、寛大かつ公平な方だからねえ。…それに、酔狂なんだよ。オレみたいな横紙破りの忍を、平気で野放しにしていらっしゃる」
イルカはむせそうになった。
「………野放しって………」
―――それに、横紙破りとはどういう意味だ。いくら優秀な忍でも、規律を無視した身勝手な行為がそうそう許されるものではないだろう。
そんなイルカの心の声を察したように、カカシは苦笑した。
「…父様の、忍道の話。…仲間を、死なせない。部下を犬死なんか、させない。………父様は、任務の成功のみを優先させないんだよ。………部下の命を無視すれば、簡単に成功する任務の時も。ヘタをすれば任務より部下の命を取る。………それで、何回も査問騒ぎになってるんだ」
イルカは驚いてサクモを見た。
「………そんな立派なものじゃない。…単に、欲張りなだけだよ。忍として任務を成功させるのも大事だけど、仲間の命も惜しいじゃないか。…人の命って、そんなに軽いもんじゃないでしょ。…一人の人間が、オレの部下になるまでの時間を考えたら、勿体無くって使い捨てになんか出来ないよ。………それだけ」
でも、とサクモは続けた。
「任務の成功の為には、多少の犠牲もやむなし、と言うのもわからなくはないが。…戦闘になったら、死傷者が出るのはそれこそ仕方ない。………それが忍というものだし、敵の命は簡単に奪うしね、オレも」
そうでなければ、サクモに『白い牙』などという二つ名がつくわけがない。
こと戦闘能力においては、三忍を軽く凌駕するというこの人がもしも敵だったら。イルカなど、瞬殺されてしまうだろう。
「あ、でもね、イルカ先生。…父様、任務を丸っきり放棄しちゃうワケじゃないんだよ? 後でちゃんとその分取り戻しているから。…だから皆、最後には黙るんだよね」
「経費が余計に掛かって、損失が出たって怒られるけどねー」
呑気そうにあははー、と笑うサクモに、イルカは尊敬の眼差しを向けた。
安易に部下に犠牲を強いる指揮官は少なくない。
それをイルカは、無能な証拠だと思っていた。だが、イルカの立場ではそれを口にすることは出来ない。言えば、自分の命を惜しむ臆病者と謗られる。
イルカは、『犠牲にされる』側の人間だからだ。
そして、部下を使い捨てにするような作戦しか立てられない上官も、出来れば人的損失無しに任務を遂行するのが最良だと、理想だと思っているのだという事も知っている。
皆が皆、サクモのように『後で取り返せる』力を持っているわけではないから。
だから、建前を口にし、部下を捨て駒にすることに眼をつぶってしまう。
そして、サクモもまたその事を承知しているのだ。故に、自分のやり方が正しいのだとは言わない。自分の流儀を他人に押し付けることはなく、ただの我侭だと言ってのける。
強い人だな、とイルカは思った。
自分が何と言われようと、部下の命を大切にする上官。
こんな人こそ、大勢の人間の上に立つ資格があると、イルカは思う。三代目がこの人を四代目にと望んだ理由は、その忍としての類稀な能力だけではなかったのだろう。
「………サクモさんの、仰る通りです。人の命は、そんなに軽いものではない。人ひとり、生まれてから大きく育つまでの親御さんの苦労。それから、一人前の忍となるまでの本人の何年もの努力。………人的損失は金では換算出来ません。…いえ、逆に金で換算した場合も、然りです。中忍一人、一人前になるまでに幾ら掛かると思うのか。………任務における経費だの、損失だの、それに比べれば微々たるものです。…もちろん、場合によりけりという事も理解しておりますが。………要は、里が外部からの信用を損なわなければいいという話ではないかと考えます」
カカシとサクモの視線を感じたイルカは、ハッと口を噤んだ。
つい、普段からの考えが口をついて出てしまった。これをやってしまうから、イルカは時々仲間から『バカ』だと言われるのだ。
「………申し訳ありません。中忍風情が、生意気を申しました」
黙って聞いていたサクモが、いやいや、と首を振る。
「忍者って商売にはね、なかなかそういう正論が通らないからねえ。…でも、忘れちゃいけない事でもあるんだよ。………忍は、人に非ず。道具に徹するべし、なんてカビの生えたよーな教えしか頭に無いような忍師に教えられた子供は、悲劇だよね。…キミの生徒は、幸せだ」
イルカは赤くなった。
「………恐縮です」
重くなった話題を一蹴するように、カカシは手を振った。
「さあ、食べましょ? せっかく作ったのに、冷めちゃう」
「そうだね、頂こうか。久々のカカシの手料理だ」
サクモが箸を手に取る。
「イルカ先生も」
「はい。頂きます」
カカシは手際よく給仕をして、男達の前に茶碗を置いた。
「そうそう。…あのね、オレ、煙草やめたんだよ、父様」
「………ほう? それはいい事だね。………もしかして、イルカ君に言われて?」
カカシはクスクス笑った。
「大正解」
「い、いえ俺は………体に障るから、出来ればやめた方がいい、と………」
「言ったんだよね?」
「……………はい」
はあっとサクモはため息をついた。
「あーあ、やだやだ。…こうして、親の言う事よりもカレシの言う事聞くようになっちゃうんだよねえ、女の子って。………じゃあ、これからはカカシに何か言いたい時は、イルカ君に頼むかな。」
「そ、そんな………」
うろたえるイルカの隣で、カカシはピッと小さく舌を出した。
「何でもかんでも、じゃないよーだ。…それにイルカ先生は、納得出来る理由をきちっと説明してくれるもの。だから、素直になれるのよ、オレも」
「なるほどね」
「…………………すみません」
「謝ることじゃないでしょ。煙草が人体に有害なのは、本当の話なんだし」
そう言うところを見ると、サクモは吸わないのだろう。娘が煙草を嗜むのを、快く思っていなかったのかもしれない。
思い返せば、カカシとの出会い―――いや、最初に言葉を交わすきっかけになったのは、煙草だった。あの時も、イルカは『この部屋は禁煙だ』と、上忍であるカカシに堂々と注意をしてのけたのである。
それをカカシも思い出したらしい。
「そういや、オレって最初からイルカ先生には怒られているよねー。禁煙の部屋でうっかり吸っちゃって。…で、ここは禁煙ですよって」
「…おやおや。それは、何処の部屋だい?」
質問が、自分に向けられていると察したイルカは、「休憩室なので、普通なら喫煙してもいいような場所だったのですが、たまたま資料室が横にある所ですので禁煙だったんです」と説明した。
サクモはからかうような眼で娘を見る。
「…ああ、公共の場だったのか。オレはまた、彼の部屋なのかと」
「嫌ね、父様じゃあるまいし。初対面の時の話なの、さっきのは」
軽くからかったつもりの娘にスパッと切り返された父親は鼻白む。
「おい。…イルカ君が誤解するような事を言わないでくれないか? カカシ」
カカシはツンと横を向く。
「何をどう誤解するのかなーっと」
「…オレは、会ってすぐの女の子を部屋に連れ込んだりしないよ?」
「そーね。連れ込まれる方よね、父様は」
イルカは、噴きそうになったスープを慌てて飲み込んだ。
「………それも誤解だよ、カカシ」
「そーお? 実はお前には腹違いの弟が…とか、妹が…とか言われても、驚かないよ? オレ」
「誓って言うけど、そんな事は絶対に無いからね!」
カカシはニッと唇の端をあげる。
「あら、残念。………いても良かったのにな。別に、今からでも遅くないよ? 父様」
そりゃあ、この人がその気になれば、妻になりたいという女性など幾らでもいそうだな、とイルカは思った。
「………カカシは、新しいお母さんが欲しかったのかい?」
「………誰もそんなこと言ってないし。…オレの母様は、一人だもの」
「だろう? カカシのお母さんは一人だって、オレもそう思ってたんだよ。…良かった」
カカシは顔を上げた。
「…だから再婚しなかったの? オレがいたから?」
「別に、それだけじゃないよ。…結婚したい人がいなかっただけ。上が持ってきた縁談もあったけど、オレ結構ワガママだから、妥協出来なかったんだよね」
「それ、初耳。…そんな事あったの? 父様。いつ頃?」
サクモは宙を睨んだ。
「………ん? いつだったっけ。…お前がまだ小さい頃だね。何回か、見合いを薦められてね。血筋のいい女性をあてがって、いい忍になりそうな子でも作って欲しかったんじゃないかな? ………お前が、優秀だったから」
カカシは嫌そうな顔をした。
「やーね、父様を種馬扱い?」
「どうせなら、タネを無駄にするなって事だろう」
「………男相手とか?」
「…うーん、それは確かに生産性無いかもね。余計なお世話だけど」
これが娘と父親の会話だろうか。結構際どい。イルカは何回かむせそうになりながら、親子の会話に耐えていた。
カカシはため息をついた。
「………やっぱり。…ダメじゃない、父様。未来ある青年の道を踏み外させちゃ」
ごふ、とサクモがむせた。
「ちょ…っ…カカシ、何の話?」
「えー、オレ聞いたもの。…父様ったら、部隊の仲間とか部下とか、お構い無しに悩殺してたって。父様の仲間や部下って、男ばっかでしょー?」
「だ、誰がそんな事言ったの?!」
カカシは冷ややかに父を見た。
「………ミナト先生」
はあ? とサクモは首を傾げる。
「ミナトが? ………まさか。あの子はそんなデタラメ言うような子じゃ………」
「デタラメなの?」
サクモは不機嫌そうな渋面になる。
「当たり前だ。それじゃまるで、オレが男誘惑しまくったみたいじゃないか。…何でそんな面倒なことしなきゃいけないんだ」
「………でも、ミナト先生は自来也様にそう聞いたって」
サクモは低く唸った。
「………………あの野郎………」
カカシは首を傾げる。
「…父様?」
「それは自来也の大嘘だ。あの子はアイツの言う事は何でも素直に信じたからなあ。………ミナトは、自来也にかつがれたんだよ。…ったく、仕方の無いヤツだ」
「なーんだあ。そうだったんだー」
カカシは父親の言う事に納得したが、イルカはその話は全くの捏造では無いのかもしれない、と思っていた。
若い頃のサクモなら、今よりももっと繊細な顔立ちをしていたはずだ。
禁欲の続く任務の最中のこと。男だとわかっていても、つい懸想する輩もいたのではあるまいか。
そんな事はよくある話だと、イルカは知っている。
サクモがそれに気づいていないのは、単に彼相手に告白したり、想いを実行に移す勇気のある者が、今までいなかっただけなのだろう。
娘にずっと『男たらし』だと誤解されていただけではなく、四代目・ミナト青年にはもう訂正する事も出来ない彼に、イルカは同情した。
 

(09/05/18)



 

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