続・孔雀草の花言葉−3
(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定です)
本題。 イルカの緊張した表情にサクモは眉根を寄せ、腕組みをする。 「そんな顔をしなくてもいい。カカシと付き合っているというだけで、問答無用でキミを責めようってワケじゃないんだから。………でもキミね、ちょっと想像してごらん。………さあ久々の親子水入らずだ、と。…可愛い可愛い娘と二人っきりで過ごす休暇を楽しみに帰郷してみたら、その娘に嬉々として『おとーさま、会って欲しいヒトがいるの』なーんて言われた父親の気持ちを!」 う、とイルカは唸った。 「………そ、それは………何と申しますか………お察し致します。………す、すみません………」 視線を泳がせながら恐縮するイルカを、サクモは冷ややかに見つめた。 「そう。………少しはわかるよね? オレの胸中はまことに穏やかじゃないんだ。…年頃の娘なんだから、恋人くらいいてもおかしくないのは理性ではわかる。………でも、そういう問題じゃないんだよ。娘を持つ男親の気持ちなんてね、複雑怪奇なんだから」 自分で複雑怪奇とか言っちゃってるよ―――と、イルカは内心ダラダラと冷や汗をかく。 「………単刀直入に訊こう」 イルカの心臓は、中忍試験の比ではないほどドキドキと鼓動を早めた。 「キミは、オレの娘と、どういうつもりで付き合っているんだい?」 ―――どういう、つもり。 カカシの父親と対面する、という運びになってから、イルカはイルカなりに色々とその場面を想定していた。 まさかいきなり表に連れ出されて、一対一で向き合うハメになろうとは思わなかったが、彼からこういう類の質問をされるかもしれない、というのは想定のうちだ。 「………それは、結婚を前提としているのか、という事でしょうか」 サクモは眉間に指を当て、揉み解すような仕草をした。 「…少なくとも、ウチの子は多少意識していると思うんだがね? こうして、キミをオレに紹介したということは」 「………」 イルカの心臓は、小さく跳ねた。 カカシが、自分との結婚を考えてくれているかもしれない。 そう思った途端、想定していた『答え』など霧散した。 カカシの気持ちを素直に嬉しいと思う自分と、躊躇いを感じる自分がいる。 どう答えるのがベストの返答なのだろう。 イルカは、迷った。 何だか、カカシと結婚したいと言っても、今は結婚まで考えていないと言っても、サクモの機嫌を損ねそうな気がして仕方が無い。 率直に自分の気持ちを言うべきだと思うのだが、悲しい忍の習性でつい、こういう問答においては『交渉事の成功』と『逃げ道』を念頭に置いて考えてしまう。 イルカが言葉を返さないうちに、サクモがまた口を開いた。 「………ろくに里にも戻らない、普段娘を放ったらかしにしている親のくせに、と思うだろうが。………それと、カカシを大切に思う気持ちは別なんだよ」 イルカは、ハッと視線を戻した。 「そんな………そんな事は、思っていません。貴方がカカシさんを放ったらかしにしているなんて」 サクモは自嘲的な微苦笑を浮かべて首を振る。 「うん。………ごめん。これは、オレの言い方が悪かったね。………キミが、じゃない。オレがそう思っているだけなんだと思う。………普段、あの子の傍にいてやらないくせに、父親面する資格なんかあるのか? と」 イルカが返す言葉に詰まっていると、サクモはふいに笑った。 「………………ねえ、小さな女の子が、『あたし、大きくなったらパパのお嫁さんになるの』って言うの、聞いたことないかい?」 「………あ、あります」 よくある話だ。 幼い娘の一番身近にいて、自分を慈しみ護ってくれる『男』は父親だから。彼女を取り巻く世界の中で、一番好きな異性として最初に意識する相手。 カカシも、この人にそんな可愛いことを言っていたのだろうか。 だが、次のサクモのセリフはイルカの予想を裏切った。 「オレは、カカシにその可愛いセリフを言ってもらえなかったんだ………!!」 「…え?」 「………四歳になったばかりのあの子に、プロポーズをした大馬鹿者がいた所為で」 「………はあ?」 思わず間抜けな声を漏らしてしまったイルカを無視して、サクモは忌々しそうなため息をついた。 「四歳だよ? 四歳! まだ、結婚の意味もわかっていない子供に求婚して、承諾を得たなんて言われたって、それでハイそうですか、じゃあ娘をよろしく、なんて言えると思うかい?」 「…………………………」 イルカはブンブンッと首を振った。 「だろう? キミだってそう思うよねえ。………まったく、とんでもない子だったよ、ミナトは」 ―――ああ、やっぱり。 イルカの中で、何かが崩れる音がする。 四代目火影様が、四歳の幼女に求婚するようなロリ………いや、ツワモノだったなんて。 よもや、カカシがそんなに幼い時に四代目と婚約したとは思いもしなかった。 「親のオレが言うのも何だが、小さな頃のカカシはね、そりゃあもう可愛い子だった。出来ることなら、ずーっと家の中に閉じ込めて誰の眼にも触れないようにしておきたいと思うくらい。…占有欲で言っているんじゃない。色んな意味で、カカシの身が危険だと思ったからだ。………だから、オレがカカシを護れない時は、ミナトをカカシの護衛として傍に置いておいた。あの頃のミナトはもう、大人の忍を相手にしても負けないほどの力があったからね。………それに、男としての見てくれも、ミナトレベルの子なんて滅多にいない。あの子が傍にいれば、大抵の男の子はカカシに声を掛けるのすら諦めるだろう。…いい虫除けになると思ったんだがねえ」 サクモはまたため息をつく。 「………でもまさか、そのミナトがあんなに早くカカシにアプローチするとは思わなかった。………だってカカシは四歳だったんだよ? …いくら、もうアカデミーなんて行く必要ないくらい忍としての基礎が出来ていたとはいえ、まだ歯も生え変わっていない赤ちゃんだ」 イルカは、カカシの登録書を思い出した。確か、彼女は六歳で中忍に昇格していたはず。そら恐ろしいことだが、四歳で既に下忍と同等の力を持っていたとしてもおかしくなはい。 そんな子を普通『赤ちゃん』とは言わないだろうが、父親としてはいつまでも娘に『可愛い赤ちゃん』でいて欲しかったのかもしれない。 イルカは恐る恐る訊ねた。 「………あの………それで、サクモさんは………どうなさったんですか? その…カカシさんにプロポーズした、ミ…ミナト……君への対応と申しますか………」 サクモは当時を思い出したのか、微かに渋面になる。 「…そりゃあもちろん、すぐに認めるわけがなかろう。………忍のね、血筋の管理にうるさい家なら、幼少時に親が許婚者を決めてしまうこともあるが。………やっぱり、そういう事を判断できない子供に、婚約なんてさせるわけにはいかないじゃないか」 それはそうだろう、とイルカも思った。 「………だから、保留にしたんだよ」 「保留、ですか」 サクモは、先刻とは違うため息を漏らした。 「………ミナトはね、天才だった。…忍として稀有の才能を持っていることは、オレにもわかっていたから。…それに、素直で優しい子だった。………彼なら、オレの大事な宝物をずっと愛して護ってくれるかもしれない、とも思った。………だから、大人になってもそのカカシを想う気持ちが変わらないのなら、婚約でも結婚でも認めようと思ってね。………オレは、彼に課題を出したんだ」 サクモは眼を伏せた。 「………………火影になれ、と」 イルカは相槌を打つ事も出来ずに押し黙った。 カカシが、『父は、四代目の死が自分の所為だと思っているんだ』と言った意味が、嫌でも察せられたからだ。 「………カカシが欲しければ、火影になれと。その覚悟と根性を見せろと。………オレはそう言い、あの子はその条件を承諾した。………そして、本当に火影にふさわしい青年になってみせたんだよ、彼は」 「………………………」 すう、と吹く風が冷たく感じられる。少し、気温が下がってきたようだ。 残照の名残りが僅かになり、街にはぽつぽつと明かりが灯り始めている。 「………昔、三代目はオレに四代目になるように仰った。………って話は知っている?」 イルカは、小さな声で「はい」と応えた。 「………………オレは、本当にオレよりもミナトの方が火影にふさわしい忍になったと思った。だから、彼を推したんだ。………でも、今思えば…それはもう少し先にすべきだった…のだけど、ね」 サクモは、それ以上自分の胸の内を明かさなかったが。 彼がその事を悔いているというのは、終いまで聞かなくてもわかる話だ。 三代目の言う通りにしていれば。自分が火影として里を護る立場にいたら。 ミナトがあんなにも早く逝ってしまうことは、なかったかもしれない、と。 彼はずっと、悔やんでいるのだ。 ―――ああ、とイルカは心の中で嘆息した。 彼は、自分の期待に見事に応え、若くして火影にふさわしい忍となった青年を大切に想っていたのだろう。 赤子のように幼い娘に求婚した少年の性急さに呆れ、面食らいながら。 それでも、己の娘と同じ様にその少年も愛していたのだ。既に、娘に添う家族として受け入れていたに違いない。 なのに、息子同様に愛していた青年からは、人生を。 愛する娘からは、未来の夫を。 そして、木ノ葉の里からは得難い長を。 奪ったのは自分の言葉だったのだ、と思い込んでいる彼の後悔は、誰に何を言われても簡単に拭い去れるようなものではないだろう。 人によっては、サクモの後悔の念は、四代目への侮辱だと思うかもしれない。 だが、彼のそれは、四代目火影として里を護り抜いた男への深い尊敬と愛惜だ。 その命が惜しくて惜しくて、たまらなかったからこそ、あれから十年以上経った今でも、こうしてイルカのような者にまで『懺悔』する。 イルカの沈黙をどうとったのか、サクモは苦笑した。 「………オレが何で、こんな話をキミにしたのか、わかる?」 イルカは首を振った。 「…わかる、ような気もしますが。………………要するに、私の覚悟の問題、でしょうか」 「………半分、正解だ」 口答試験はまだ続いているらしい。 イルカは、気を引き締めざるを得なかった。 「………別にね。火影になる事がカカシの伴侶たる条件だなんて言わないし。…ミナトの時だって、無理なことを言ったつもりはなかった。あの子にはそれが出来ると思ったから。…現実的に考えて可能な条件を提示したまでだ。………だが、この話を聞いたキミが、どういう判断をするかは、キミの気持ちと覚悟次第だろうね」 サクモはポケットから時計を出す。 「………そろそろ、戻ろうか。…一時間経ってしまう。遅くなると、カカシが怒るから」 「…さっきのご質問の答えは、よろしいのでしょうか?」 うん、とサクモは頷いた。 「もう少し、考える時間をあげる。………キミ、生真面目そうだからね。………自分の言葉に縛られて、後悔するのはオレだけでいい」
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