続・孔雀草の花言葉−2

(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定です)

 

カカシはそれ以上、詳しいことは語らなかった。
だが、彼女の父が四代目の死に直接関与したわけではないのは、その当時まだ少年だったイルカにだってわかる。
いや、四代目の死の原因は、木ノ葉の忍ならば全員が知っていることだ。
四代目は、里を襲った尾獣・九尾を封印する為、命と引き換えの大掛かりな禁術を行った。
白い牙が九尾の妖獣を四代目にけしかけたなどという荒唐無稽な事でも無い限り、その死に彼が関与していたとは言えないだろう。
白い牙は、四代目火影最有力候補だったという。だが彼自身が、自分よりも火影にふさわしい者として、まだ年若い波風ミナトを推したのだ。
そのミナトが、火影として里を守る為に全力を尽くし、亡くなってしまった。
あの時里の外に任務に出ていて、九尾の襲撃に間に合わなかった忍は、白い牙だけではない。
それでも、『間に合わなかった』という事実は、そこまで彼を苦しめたのだろうか。
自分さえその場にいて、共に戦えたならば。若い里長を死なせるような事にはさせなかったのに、と。
生真面目で、責任感が強い人なのだろう、とイルカは思った。
(………カカシさんの、お父さん、か………)
彼女の宿舎の前まで来たイルカは、背筋を伸ばした。
三代目やアスマ達にさんざん『図太い男』扱いされてきたイルカだが。
カカシの父親に会うというだけでも緊張するのに、その父親が伝説の英雄『白い牙』と聞いて、緊張するなという方が無理だ。
気を遣わなくてもいいから、とカカシには言われたが、ハイそうですかと手ぶらで訪問は出来ない。
手土産を酒類にしようか、菓子類にしようか迷ったイルカは、悩んだ末に両方用意した。
彼女が好きなワインと、フルーツパイ。パイの方は、今日中に食べられなくても彼女が明日の朝食に出来るだろうから、無駄にはなるまい。
スーハー、と深呼吸したイルカは、己に気合を入れて外階段を駆け上がった。
その勢いで、玄関のチャイムを鳴らす。
数秒後にパッと扉が開いて、笑顔のカカシが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、イルカ先生!」
白いワンピースにピンクのエプロン姿のカカシは、大層可愛くて。イルカは一瞬緩みかけた顔の筋肉を慌てて引き締めた。
「こんばんは、カカシさん。お招きありがとうございます。…これ、お土産です」
「すみません、いつも。気を遣わなくてもいいって言ったのに〜。…わ、これ金葉亭のパイ? 嬉しい。大好きなの、オレ」
やっぱり菓子も用意しておいて良かった、とイルカは胸を撫で下ろした。
「あがって、イルカ先生」
「お邪魔します」
と、イルカがサンダルを脱ごうとした時。
玄関正面の居間の戸口に、スッと男が現れた。
カカシは嬉しそうに、その男にイルカを紹介する。
「あ、父様。この人が、うみのイルカさん。…イルカ先生、オレの父です」
イルカは内心の驚きを押し殺し、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。…うみのイルカと申します。お目にかかれて、光栄です」
「………………カカシの、父です。…初めまして、うみのイルカ君」
その声に頭を上げると、カカシとソックリの瑠璃色の眼が、無表情にイルカを見つめていた。
(………は、迫力あるお父さんだ。………この人が、白い牙か)
それにしても、とイルカは驚いていた。
カカシがあれだけの美人なのだから、当然―――なのかもしれないが。
(何っつう美形なおじさんなんだよ。………てか、幾つだこの人。カカシさんのお父さんには見えないぞ!)
歳の離れた兄、と言われても納得の風貌だ。
おまけに、声がいい。魅惑の低音だ。彼に耳元で囁かれたら、大抵の女性は腰がくだけるだろう。
「やーだ。二人とも、こんな所で睨めっこしてないで。中、入ろうよ」
カカシの促しに、我に返ったイルカは、改めてサンダルを脱ごうとして―――ふと、彼女の父がそれを止めるように手をあげたのに気づいた。
「カカシ。………まだ、料理が出来るまで時間があるだろう? お父さん、彼とちょっと散歩してこようと思うんだが、いいかい?」
カカシは苦笑を浮かべた。
「………いいけど。あんまり、イルカ先生をイジメないでよね? それから一時間で戻ってちょうだい」
「わかってるよ」
彼は、娘の前を通り過ぎざまに、その額に軽くキスした。
「じゃあ、行こうか」
「は、はいっ」
こちらの意思などまるでおかまいなしだが、イルカが彼に逆らえるわけなどない。
さっさと階段を下りていく彼の背を、イルカはガチガチに緊張してついて行った。
 

こんなに緊張したのは、中忍試験以来ではなかろうか。
先刻イルカは『こんばんは』と挨拶をしたが、外はまだ残照で明るかった。
夕焼けの残る空を見上げながら、彼はのんびりと歩いている。
こうして見ると、彼の方が少しだけイルカよりも背が高いようだ。
その背に、なんと呼びかけたらいいのか、イルカは迷った。まだ『お父さん』は早かろう。
「………あの、はたけ…上忍」
少しだけ振り返った男は、フッと唇の端で笑った。
「………図々しく、いきなり『お父さん』とか呼ぶようだったら、一発お見舞いしてやろうかと思っていたんだが。………結構、用心深いね」
イルカは、そっと冷や汗を流した。
(うお、セーフか。………危なかった………)
「………オレは、はたけサクモ。…名前で呼べばいい」
イルカの表情から、少しだけ強張りが解けた。
カカシが、『はたけ上忍』と呼ばれるのを嫌がり、名前で呼ばれたがったのを思い出したからだ。
「わかりました。…では、サクモ様」
「様、は好きじゃない」
「………サクモさん」
「はい、何?」
イルカは思わずコケそうになったが、足と腹に力を入れて踏ん張った。
「………私に、何かお話があるのでしょう?」
サクモは足を止めずに頷いた。
「まあ、そーだねぇ。…カカシがいると、訊きにくいコトもあるし。…ここはひとつ、男同士の話をしておこうかな、と」
「………はい」
彼女の父親に挨拶をするという話になった時から、おそらくはこういう展開になるだろうことは察しがついていたし、覚悟もしていたイルカだったが。
まるで尋問部隊の前に引きずり出された、四面楚歌の捕虜の気分だった。周りに助けはいない。
高台の公園まで来ると、サクモは見晴し台から里を見下ろした。
カカシと同じ、白銀の長い髪が風に靡いている。残照を受けて、その白銀がほんのりとオレンジ色の光に染まっていて綺麗だ。
髪だけ見ていると、まるでそこにカカシがいるようだった。
「………木ノ葉に戻ったのは、二年振りだ。………あまり、変わらないな」
「…任務がお忙しくていらっしゃるのですね」
サクモは振り返り、首を振った。
「ん? いや………忙しい時もあるけどね。………里に戻ると、何かと三代目がうるさいんで、面倒なんだ。…ああ、あの御仁は元気かい?」
二年ぶりに帰還した忍が、火影の元に挨拶に行っていないのか。と、イルカは思ったが表情には出さなかった。
「はい。お元気でいらっしゃいます」
「そうか。なら、良かった。………キミはアカデミーで、忍師をやっているそうだね」
「はい」
「普通は、もっと実戦経験を重ねてから忍師になるものだろう。…随分と、早くに教職についたね」
イルカは、努めて気を落ち着かせながら答えた。
「実戦経験の浅い中忍でも、忍師に採用するというのは三代目のご決定です。年齢のいった忍ばかりでは、まだ子供である生徒がどこまでついてこられるものか、判断がつかなくなる場合もありますので。下忍であった頃の記憶がまだ新しい者なら、その仲立ちになるとのご判断でした。……それから、忍師はアカデミーでの仕事以外に、通常の任務も平行して請けておりますので、実戦経験はそこで積んでおります」
「なるほど、明瞭な回答だ。…では何故、忍師に志願したのかな?」
イルカは深く息を吸い込んだ。
「………九尾襲来の折」
サクモの肩が、ピクリと揺れた。
「私はまだ子供で、戦力にはならず。…ただ、戦いに出る父母の背中を見送るしか出来ませんでした。………そして、父母は生きて戻ることはなく、私は一人になった。…そんな私を育ててくれたのは、里です。手を差し伸べてくれたのは三代目であり、アカデミーの先生方でした。…ここが、隠れ里である限り、今でも殉職者の子供はたくさんいます。…私も、そんな子供達の為に力になりたかったのです。親を失った子の気持ちが、わかるから。………だから、忍師になりました」
「………恩返し、というわけかい?」
イルカは微笑んだ。
「それは、動機のひとつです。…己の為でもありますね。他人にものを教えるというのは、己自身の精進に繋がりますから」
なるほどね、とサクモは口の中で呟いた。
「若いのに、しっかりしている。………ナマイキそうで、なかなかよろしい」
「………恐れ入ります」
やはり、口答試験でも受けている気分だ。
しかもこれは、落ちたら次など無さそうである。
サクモは見晴し台の手すりに背を預け、顔に掛かった髪を指先で払う。
「―――うみの、という姓に、そのツラ構え。………ヒエイの息子だな、キミは」
「…父をご存知でしたか」
うん、とサクモは頷いた。
「戦友と呼べるほど親しいわけではなかったが。…共に戦った仲間ではあったよ。………珍しい術を使う男だったな」
飛魂の術のことだ、と今のイルカにはわかる。
「………あれは、その血統の人間にしか使えないといった類の術だ。山中や、奈良なんかの術と同様に。………キミは、あの術を使えるのか?」
イルカは静かに肯定した。
「はい。仰っているのが、飛魂の術のことでしたら。………実は、最近になって使えるようになりました。…父が早くに他界しましたので、私は自分がその術を使えるかもしれないという可能性すら失念していたのですが。…ちょっとしたキッカケで、発覚しまして。………文献を漁り、三代目の助言を請うて、やっと制御にこぎつけた、といった所です」
サクモは眼を閉じる。
「そうか。………あれは、使いようによっては、便利な術だが…危険も伴う。…同じ里の、年長者として忠告しておこう。………あれを、多用するな」
「……え………?」
「山中一族の心転身と似た術に思えるだろうが。…根本的な部分で違うんだよ。………特に、精神体を飛ばす目標地点が、三里を越えた場合。下手をすれば身体に戻れなくなる可能性もあるらしい。それと、術を使うキミが一番わかっているとは思うが、チャクラ消耗がハンパじゃないだろう。………あの術は、術者の命を縮めるんだ。………多用すれば、冗談抜きで寿命が短くなる」
サクモは言葉を切り、愕然としているイルカを見た。
「………キミの親父殿、ヒエイはあの術を使い過ぎていた。………九尾の襲来がなくとも、おそらくはあと五年と持たなかっただろう。…本人が、そう言っていたよ。……あの男が生きていたら、キミに制御法を伝授すると同時に、使用は禁じたはずだ。………禁術に指定されなかったのは、木ノ葉では、うみのの人間しか使えない術だったから。 ヒエイは、術の管理は自分達の一族でやればいいと考えていたようだね」
イルカは両の拳を握りしめ、視線を落とした。
「…では、三代目はその事は………」
「ご存じなかっただろう。…知っていたら、キミにそう教えたはずだ。………オレだって、キミの顔を見るまでは忘れていた。…飛魂の術は、存在自体知っている人間が少ないし、そのリスクについて知る者は更に少ないはずだ。…だから、今までキミにこういう忠告をした者がいなかったんだろう」
「そう………だったんですか」
イルカは視線を上げる。
「ご忠告、ありがとうございました。…肝に銘じておきます」
「素直だね。…いい事だ」
サクモは指で手すりをトン、と叩いた。
「では。……先輩として言うべき事は言ったから、本題に入るとしようか」
イルカはゴク、と生唾を飲み込んだ。
 



 

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うーん、パラレルもいいところの話だから、いいか〜、と迷いながら、イルカ先生のお父さんに名前をつけちゃいました。ヒエイだそうです。
『飛ぶエイ』で、ヒエイ。
本当は『マンタ』にしたかった。(笑)
トビエイでも良かったんですが、愛称が『トビ』になっちゃうのでそれもマズイな、と。
(最初、『飛影』と書いていましたが、NARUTO世界で『影』を名前に入れるのはマズイかもと気づいたので、カタカナに直しました)
 

(09/05/01)