続・孔雀草の花言葉−1

(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定です)

 

カカシが任務を終えて、自宅に戻ると。
ドアの前に、見覚えのある大きな忍犬がいた。カカシは急いで犬に走り寄る。
「………雷火!」
犬は、理知的な眼でカカシを見た。
「お嬢。…今、お帰りか。相変わらず、忙しいとみえるな」
その呑気な挨拶に、何か事が起きたのではないと判断したカカシは、安心して犬の首に抱きついた。
「久し振り、雷火」
犬は、カカシの頬を愛しそうに舐める。
「元気そうで何よりだ、お嬢」
「………で、今日は何? お使い?」
犬は、運んできた書簡を器用に首輪から外してカカシに渡した。





午後の授業を終えたイルカは、カカシとの待ち合わせ場所に向かっていた。
今日は受付シフトが入っていないので、いつもよりも長く彼女といられる。自然、イルカの頬は緩んだ。
昨日、任務から帰還したカカシとは、受付所でほんの少し言葉を交わしただけだ。
あの後イルカに任務が入っていなかったら、昨夜のうちに逢えたのだが。
(…でもまあ、彼女の無事な姿を確認出来ただけでも良かった。…任務から帰ったばかりだと疲れているしな。ゆっくり風呂に入って、リラックスして体を休ませた方がいい。………今日は、何か美味しいものでも二人で食べよう)
待ち合わせ場所の茶屋で、カカシはお茶を飲みながら本を読んでいた。
イルカが近づくと、パッと顔を上げて嬉しそうに微笑み、さっさと本を閉じる。
「イルカ先生! お疲れ様」
「お待たせしました、カカシさん」
隣の卓にいた中忍の男が、羨ましそうにイルカを見た。その羨望半分・疑問半分の視線には、イルカは慣れっこになりつつある。
図式としては、『おお、いい女だ』→『何だ、男と待ち合わせか。やっぱりな』→『ちくしょう、羨ましい野郎だ』→『…けど、何でこんな地味で冴えない野郎が彼女の相手なんだ? マジかよ』―――である。
登場したのが、凡人が到底太刀打ち出来ないような『いい男』であれば、「やっぱりな」と心の中で呟いて肩を竦めて終わりだ。
だが、彼女の待ち合わせ相手がごく普通の容姿の、どこにでもいそうな中忍では、首を傾げざるを得ないのだろう。………『何故?』と。
その気持ちは、イルカにもわかる。自分だって、立場が違えば同じ様に思うだろうから。
カカシと恋人関係になったことが未だに信じられないのは、誰よりも彼自身だ。
上忍、写輪眼のカカシ。元暗部の雌豹。その肩書きだけでも近寄り難い存在だが、加えて彼女は絶世の美女である。
左眼を切り裂いている傷痕が痛々しいが、その傷痕すら艶めかしい。
本来なら、イルカなど一顧だにしなくてもおかしくないのに、カカシはイルカを中忍という肩書きで判断しなかった。
イルカという男を自分の眼で見て、その上で彼を『自分の男』にしたのだ。
イルカが、稀に見る珍しい能力の持ち主だったというのも、彼女が彼の傍にいる理由の一つに思えたが、それだけならばなにも男女の仲にならなくても良かったのに、である。
監視が目的なら、部下にでもしてしまえば済んだ話だ。彼女にはそれだけの力があるのだから。
自分の何処が、カカシの眼に留まったのかはイルカにはわからない。
わからないが、彼女の笑顔が自分に向けられているのは夢でも妄想でもなく、現実のこと。
なら、その幸運を大切にすべきだろう。
「イルカ先生もここで何か飲む? それとも移動する?」
イルカはテーブルの上を見た。カカシの茶はまだ半分以上残っている。
「俺も頂きます。ちょっとノドが渇きました」
カカシはパッと手をあげて店員を呼んだ。
「お茶、もうひとつちょうだい」
向かいに腰を下ろしたイルカが眼を上げると、カカシが機嫌良さそうに微笑んでいる。
「…何か、いい事ありました? カカシさん」
カカシはうふふ、と笑った。
「あったの。…と言うかね、これからあるの。………ね、イルカ先生」
「はい?」
「…あのね、実はお願いがあるんだけど」
イルカは一瞬、心の中で身構えた。本心では『はい、何でも』と応えたいが、万が一自分には不可能なお願いだったらマズイ。
そこで一応、無難な返答をしておくことにする。
「何でしょう? 俺に出来ることでしたらば」
「別に難しいことを頼むわけじゃないよ。………あのねえ………」
そしてちょうど運ばれてきた茶に、イルカが口をつけた時。
(彼にとってはこの上ない)爆弾が落とされた。
「父に、会って欲しいの」
幸い、茶を噴出さなかったはものの。噴出す寸前までいったイルカは、非常に努力してその液体を何とか嚥下した。
「………お、父…上に………?」
カカシはにこにこしている。
「うん。昨夜、父の忍犬が知らせてくれたんだ。…明日、久し振りに里に戻るって。………だからね、オレ、この機会にぜひイルカ先生を紹介したいと思って」
カカシは少し顔をくもらせた。
イルカの表情が硬くなってしまったからだ。
「………あの………迷惑?」
実は、全くの予想外の『お願い』に、一瞬思考が凍結した―――と言うか、彼女に親がいるという事自体、想定していなかった自分にイルカは愕然としていたのだ。
これまで、カカシは親の存在など匂わせたことは無かったし、そんな気配も無かったから。
イルカは、彼女も自分と同じで天涯孤独なのだと勝手に思っていたのである。
「あの………イヤ…だったら、無理にとは言わないけど。………あのね、オレ別に責任とって結婚しろとか言ってるんじゃないんだよ?」
イルカは慌てて首を振った。
「い、いえ、そんな風に思ったわけじゃ…っ! 単に、ちょっと心の準備が…と申しますか。………カカシさん。普通の男は、おつきあいさせて頂いている女性の親御さんにお会いする、と 言う事になると少なからず緊張するものなんですよ」
特に、男親に対しては。
「………えっと、じゃあ会ってくれるのかな?」
はい、とイルカはキッパリ頷いた。
「カカシさんのお父上にご挨拶させてください」
カカシは嬉しそうに顔を輝かせた。
「わ! 良かった。…じゃあ、明後日でいい? オレ、頑張って夕食作っちゃう! ウチに来て、一緒にごはん食べて?」
彼女の家に行って、彼女の父親に挨拶し、一緒に彼女の手料理を食べる。
―――なんて、普通で…そして、なんて贅沢なシチュエーションなのだろう。
まさか、自分にそんな日が訪れるとは、イルカは思ってもみなかった。感動だ。
緊張で少々腰は引けるが、嬉しいお誘いに違いは無い。
「ありがとうございます。ぜひ、伺います」
「約束ね。…あ、オレ言ってなかったね。…ウチ、母はもういないんだ。オレがまだ赤ん坊の頃に他界したから。………父は、男手一つでオレを育ててくれたんだよ」
「そう………だったんですか」
イルカの腰がまた一段階引けた。父親が、男手一つで育てた娘。
………その娘の『相手』に向ける眼は、相当厳しいものになっていてもおかしくない。
そこでふと、イルカは疑問を口にする。
「…あの。………カカシさんのお父上も………やはり忍なのですよね?」
さっきカカシが『父の忍犬』と言ったのだから、そうに違いないのだが。カカシ以外のはたけ姓の忍に、心当たりが無いのだ。
カカシは軽く眼を見張った後、頷いた。
「そうだよ。…………イルカ先生、『白い牙』って知ってる?」
「あ、はい。三忍方を凌ぐという伝説の………」
そこでイルカはザァッと蒼褪めた。
「カカシさん………………まさか」
カカシはニッコリと微笑んだ。
「そう。…それが、オレの父なの」
「………え………?」
イルカは卒倒しそうになった。
木ノ葉で忍を稼業としている人間で、『白い牙』を知らない者などモグリだ。
歴代火影、三忍に並ぶ英雄の一人として、その二つ名は伝説的に語られている。
だが、まだ存命しているはずの彼が、何故そんなあやふやな存在なのかと言うと、彼はここ十年以上殆ど里に帰還せず、他国で任務についていてその姿を見た者がごく稀だからだ。
若い忍の中には、白い牙は架空の人物だと思っている者もいるくらいである。
「……いや、イルカ先生が知らなくても仕方ないから、気にしないで。滅多に里にいないんだから、あの人。…オレもここ数年は数えるくらいしか逢ってないもの。………ウチの父ね、里にいるのが辛かったみたいで。………気持ちは、わかるんだけど。…オレを里に残して出て行っちゃったくらいだから、よっぽど応えたんだと思う」
イルカは恐る恐る訊いた。
「………何か、あったんですか?」
カカシの笑みが、悲しげな微苦笑に変わる。
「………あの人は、………先生の………四代目の死が、自分の所為だと思ってるんだ」


 



 

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『Nightmare =ナイトメア =』設定。

やはり、イルカカもやっておかないと。(笑)
―――『お嬢さんを俺にください』ネタ。
パラレルをいいことに、カカシさんのお父さん存命中。
………四代目は仕方ないですね。
生きていた方が楽しいんですが、彼が生きているとイルカカにならないんで。^^;
ちなみに、この段階での火影はまだ三代目です。

(09/04/25)