続・孔雀草の花言葉−1
(注:カカシさんが バリバリのくノ一『Nightmare』設定です)
カカシが任務を終えて、自宅に戻ると。 ドアの前に、見覚えのある大きな忍犬がいた。カカシは急いで犬に走り寄る。 「………雷火!」 犬は、理知的な眼でカカシを見た。 「お嬢。…今、お帰りか。相変わらず、忙しいとみえるな」 その呑気な挨拶に、何か事が起きたのではないと判断したカカシは、安心して犬の首に抱きついた。 「久し振り、雷火」 犬は、カカシの頬を愛しそうに舐める。 「元気そうで何よりだ、お嬢」 「………で、今日は何? お使い?」 犬は、運んできた書簡を器用に首輪から外してカカシに渡した。 ◆ 午後の授業を終えたイルカは、カカシとの待ち合わせ場所に向かっていた。 今日は受付シフトが入っていないので、いつもよりも長く彼女といられる。自然、イルカの頬は緩んだ。 昨日、任務から帰還したカカシとは、受付所でほんの少し言葉を交わしただけだ。 あの後イルカに任務が入っていなかったら、昨夜のうちに逢えたのだが。 (…でもまあ、彼女の無事な姿を確認出来ただけでも良かった。…任務から帰ったばかりだと疲れているしな。ゆっくり風呂に入って、リラックスして体を休ませた方がいい。………今日は、何か美味しいものでも二人で食べよう) 待ち合わせ場所の茶屋で、カカシはお茶を飲みながら本を読んでいた。 イルカが近づくと、パッと顔を上げて嬉しそうに微笑み、さっさと本を閉じる。 「イルカ先生! お疲れ様」 「お待たせしました、カカシさん」 隣の卓にいた中忍の男が、羨ましそうにイルカを見た。その羨望半分・疑問半分の視線には、イルカは慣れっこになりつつある。 図式としては、『おお、いい女だ』→『何だ、男と待ち合わせか。やっぱりな』→『ちくしょう、羨ましい野郎だ』→『…けど、何でこんな地味で冴えない野郎が彼女の相手なんだ? マジかよ』―――である。 登場したのが、凡人が到底太刀打ち出来ないような『いい男』であれば、「やっぱりな」と心の中で呟いて肩を竦めて終わりだ。 だが、彼女の待ち合わせ相手がごく普通の容姿の、どこにでもいそうな中忍では、首を傾げざるを得ないのだろう。………『何故?』と。 その気持ちは、イルカにもわかる。自分だって、立場が違えば同じ様に思うだろうから。 カカシと恋人関係になったことが未だに信じられないのは、誰よりも彼自身だ。 上忍、写輪眼のカカシ。元暗部の雌豹。その肩書きだけでも近寄り難い存在だが、加えて彼女は絶世の美女である。 左眼を切り裂いている傷痕が痛々しいが、その傷痕すら艶めかしい。 本来なら、イルカなど一顧だにしなくてもおかしくないのに、カカシはイルカを中忍という肩書きで判断しなかった。 イルカという男を自分の眼で見て、その上で彼を『自分の男』にしたのだ。 イルカが、稀に見る珍しい能力の持ち主だったというのも、彼女が彼の傍にいる理由の一つに思えたが、それだけならばなにも男女の仲にならなくても良かったのに、である。 監視が目的なら、部下にでもしてしまえば済んだ話だ。彼女にはそれだけの力があるのだから。 自分の何処が、カカシの眼に留まったのかはイルカにはわからない。 わからないが、彼女の笑顔が自分に向けられているのは夢でも妄想でもなく、現実のこと。 なら、その幸運を大切にすべきだろう。 「イルカ先生もここで何か飲む? それとも移動する?」 イルカはテーブルの上を見た。カカシの茶はまだ半分以上残っている。 「俺も頂きます。ちょっとノドが渇きました」 カカシはパッと手をあげて店員を呼んだ。 「お茶、もうひとつちょうだい」 向かいに腰を下ろしたイルカが眼を上げると、カカシが機嫌良さそうに微笑んでいる。 「…何か、いい事ありました? カカシさん」 カカシはうふふ、と笑った。 「あったの。…と言うかね、これからあるの。………ね、イルカ先生」 「はい?」 「…あのね、実はお願いがあるんだけど」 イルカは一瞬、心の中で身構えた。本心では『はい、何でも』と応えたいが、万が一自分には不可能なお願いだったらマズイ。 そこで一応、無難な返答をしておくことにする。 「何でしょう? 俺に出来ることでしたらば」 「別に難しいことを頼むわけじゃないよ。………あのねえ………」 そしてちょうど運ばれてきた茶に、イルカが口をつけた時。 (彼にとってはこの上ない)爆弾が落とされた。 「父に、会って欲しいの」 幸い、茶を噴出さなかったはものの。噴出す寸前までいったイルカは、非常に努力してその液体を何とか嚥下した。 「………お、父…上に………?」 カカシはにこにこしている。 「うん。昨夜、父の忍犬が知らせてくれたんだ。…明日、久し振りに里に戻るって。………だからね、オレ、この機会にぜひイルカ先生を紹介したいと思って」 カカシは少し顔をくもらせた。 イルカの表情が硬くなってしまったからだ。 「………あの………迷惑?」 実は、全くの予想外の『お願い』に、一瞬思考が凍結した―――と言うか、彼女に親がいるという事自体、想定していなかった自分にイルカは愕然としていたのだ。 これまで、カカシは親の存在など匂わせたことは無かったし、そんな気配も無かったから。 イルカは、彼女も自分と同じで天涯孤独なのだと勝手に思っていたのである。 「あの………イヤ…だったら、無理にとは言わないけど。………あのね、オレ別に責任とって結婚しろとか言ってるんじゃないんだよ?」 イルカは慌てて首を振った。 「い、いえ、そんな風に思ったわけじゃ…っ! 単に、ちょっと心の準備が…と申しますか。………カカシさん。普通の男は、おつきあいさせて頂いている女性の親御さんにお会いする、と 言う事になると少なからず緊張するものなんですよ」 特に、男親に対しては。 「………えっと、じゃあ会ってくれるのかな?」 はい、とイルカはキッパリ頷いた。 「カカシさんのお父上にご挨拶させてください」 カカシは嬉しそうに顔を輝かせた。 「わ! 良かった。…じゃあ、明後日でいい? オレ、頑張って夕食作っちゃう! ウチに来て、一緒にごはん食べて?」 彼女の家に行って、彼女の父親に挨拶し、一緒に彼女の手料理を食べる。 ―――なんて、普通で…そして、なんて贅沢なシチュエーションなのだろう。 まさか、自分にそんな日が訪れるとは、イルカは思ってもみなかった。感動だ。 緊張で少々腰は引けるが、嬉しいお誘いに違いは無い。 「ありがとうございます。ぜひ、伺います」 「約束ね。…あ、オレ言ってなかったね。…ウチ、母はもういないんだ。オレがまだ赤ん坊の頃に他界したから。………父は、男手一つでオレを育ててくれたんだよ」 「そう………だったんですか」 イルカの腰がまた一段階引けた。父親が、男手一つで育てた娘。 ………その娘の『相手』に向ける眼は、相当厳しいものになっていてもおかしくない。 そこでふと、イルカは疑問を口にする。 「…あの。………カカシさんのお父上も………やはり忍なのですよね?」 さっきカカシが『父の忍犬』と言ったのだから、そうに違いないのだが。カカシ以外のはたけ姓の忍に、心当たりが無いのだ。 カカシは軽く眼を見張った後、頷いた。 「そうだよ。…………イルカ先生、『白い牙』って知ってる?」 「あ、はい。三忍方を凌ぐという伝説の………」 そこでイルカはザァッと蒼褪めた。 「カカシさん………………まさか」 カカシはニッコリと微笑んだ。 「そう。…それが、オレの父なの」 「………え………?」 イルカは卒倒しそうになった。 木ノ葉で忍を稼業としている人間で、『白い牙』を知らない者などモグリだ。 歴代火影、三忍に並ぶ英雄の一人として、その二つ名は伝説的に語られている。 だが、まだ存命しているはずの彼が、何故そんなあやふやな存在なのかと言うと、彼はここ十年以上殆ど里に帰還せず、他国で任務についていてその姿を見た者がごく稀だからだ。 若い忍の中には、白い牙は架空の人物だと思っている者もいるくらいである。 「……いや、イルカ先生が知らなくても仕方ないから、気にしないで。滅多に里にいないんだから、あの人。…オレもここ数年は数えるくらいしか逢ってないもの。………ウチの父ね、里にいるのが辛かったみたいで。………気持ちは、わかるんだけど。…オレを里に残して出て行っちゃったくらいだから、よっぽど応えたんだと思う」 イルカは恐る恐る訊いた。 「………何か、あったんですか?」 カカシの笑みが、悲しげな微苦笑に変わる。 「………あの人は、………先生の………四代目の死が、自分の所為だと思ってるんだ」
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『Nightmare =ナイトメア
=』設定。 やはり、イルカカもやっておかないと。(笑) ―――『お嬢さんを俺にください』ネタ。 パラレルをいいことに、カカシさんのお父さん存命中。 ………四代目は仕方ないですね。 生きていた方が楽しいんですが、彼が生きているとイルカカにならないんで。^^; ちなみに、この段階での火影はまだ三代目です。 (09/04/25) |