宵の寄り路迷い路−2
子供の顔には見覚えがあった。 金色のツンツンとした奔放な髪に、青い眼の―――名は、確かナルト。あの銀髪の上忍が 担当している班の下忍だ。 そういえば、洞窟の中で自分の身体を発見してくれたのはこの子だと聞いている。 秋水は眼を真ん丸にしているナルトに笑いかけた。 「何だ? オレの顔、おかしい?」 ナルトは目を細めてクンクン、と鼻をうごめかせた。そしてポン、と掌を秋水の腹の辺り に当ててから納得げに腕組みをして反り返った。 「…顔はおかしくねえけど、ちぃっと甘いンじゃねえ? イルカ先生。そーんなハンパな 変化でこのオレは騙されないもんねっ!」 (おや、このガキ結構鋭いでやんの……) それでも秋水はしらばっくれてみる事にする。 「…オレがイルカ先生?」 ナルトはあきれたように見上げてくる。 「先生さあ、見た目は少し変わっているけど、声同じじゃん。やるなら声も変えなきゃよ」 ああ、そうだった、と秋水は思い出した。 イルカと自分は、顔の造作よりも声の方が似ているのだ。 この子供は、この声でイルカだと思い、更に『匂い』と『感覚』で確認したのだろう。 「…声? ……う〜ん、でもこれがオレの声だしなあ。変えろって言われてもな」 ナルトはヒソヒソと声を落とす。 「……でも、せんせ…マズイってばよ…オレにもわかっちゃったんだもんよ。もっとこー、 びしいっと別人になった方が良くねえ? 任務なんだろー?」 「いや? 別に任務じゃねえよ。それにオレ、イルカじゃねえし」 秋水はニッと笑ってみせた。 「………久し振りだなぁ、ナルト。…覚えてる? 秋水だよ」 ナルトは数秒固まり―――そしてもの凄い形相で叫んだ。 「イルカせんせのじいちゃん――――ッ?!!!」 青年はパチパチと手を叩く。 「はい、正解〜!」 「じいちゃんの身体、氷づけだったじゃん。…生き返れたの?」 ナルトと秋水は公園のベンチに並んで腰掛けた。 「いんや? オレの身体はまだあそこ。…ヘタに触れないんだよな。……これは、イルカ の身体だよ。お前の言った通りさ。イルカの身体を借りて、オレは自分に変化しているん だ」 ナルトは得意げにハナを擦った。 「なーんだ、へへっ…やっぱりなー。ぜーったいイルカ先生だと思ったんだよな。あれ? じゃあイルカ先生は?」 「そうだなあ……ぐっすり眠っている状態…だな」 「オレの声とか聞こえてねえの?」 「聞こえてはいないと思うぞ。寝ているんだから」 「ふうん…あ、なあ……じゃあ、じいちゃんってば、いつもはユーレイやってんの?」 ん? と秋水は首を傾げる。 「……や…イルカの身体の中に間借りしてるんだけどさ……普段はやっぱり眠っているカ ンジ? あの子の奥底でさ。…これってやっぱ憑いてるっていうのかなあ。オレ、幽霊?」 「……そーゆーカンジには見えねえってばよ?」 小首を傾げて見上げてくる子供の頭を秋水はかきまわす。 「ハハハ、肝心のオレが幽霊っぽくねえもんなー。ま、こうやってオレの意識が外に出て お前とかと話をするってのもあんまり無いからさ、安心しな。…イルカの身体はイルカの ものだ。……今日はさ、一日身体貸してくれたんだよ…イルカが。…たまには遊んでこい って事なんだろな。…あれ? そういや、お前今日任務は? あの上忍一緒じゃねえのか」 「今日はオレら休みだってば。休養日だからさー」 今日カカシは任務のはずである。と、いう事は子供には関係ない上忍任務で出ているのだ ろう。 「……っていけねっ! じいちゃん、今何時?」 秋水はポケットから時計を引っ張り出した。 「……十時…もうすぐ半、だな」 あちゃあ、とナルトは頭を抱える。 「あーも、ダメだろーな。……売り切れてるよなー」 「そういやお前、急いでどこかに行くトコみたいだったな。何か買いたいものあったの か?」 ナルトはズボンのポケットからクシャクシャのチラシを出す。 「木ノ葉マーケットで十時からタイムサービス。カップラーメン半額だったんだってば… いつもは高くてちょっと買えねえ生麺タイプのヤツも半額でさー……あーあ…」 「………かっぷらーめん? ラーメンの親戚か?」 「じいちゃん、カップラーメン知らねえの? たぶんイルカ先生のウチにもあると思うけ ど……」 まだ十二年しか生きていないナルトには、四十年の歳月で起きるジェネレーションギャッ プがわからない。 「………じいちゃんは四十年間世間とは隔絶されてましたから〜…あんまり新しい事は知 らねえの〜」 なるほど、とナルトは神妙な表情で頷く。 「そっか。洞窟ん中で氷に閉じ込められてたんだもんなー、じいちゃん。……セケンの事 なんかわかんねえよなー」 よっしゃあ! とナルトは立ち上がる。 「オレ、里の中案内してやるってばよ! 色々今のコト教えてやるって!」 「……ラーメン、いいのか? 買いに行かなくて」 「ん…別にいいや。安く買えないだけでさ、買えなくなっちゃうわけじゃねえから」 エヘ、と笑う子供に秋水も笑みを誘われた。 「そのカップラーメンって、一楽のより美味いのか?」 ナルトは「まーさか」と口を尖らせた。 「一楽のラーメンの方がずーっとウマイってばよ!」 「んじゃ、案内のお礼に一楽おごってやるよ……後で」 眼をキラキラさせて「やったーっ」と叫びかけたナルトは顔を顰めた。 「…………ん? でもじいちゃんって金持ってんの? もしかしてイルカ先生の金じゃ… いいのかあ? 勝手におごるなんて言っちゃって……」 いつも遠慮なくイルカにたかっているナルトだったが、この場合はイルカの承諾が無い所 為か、何となく気が引けたようだ。 「ふっふっふ。心配するな。………このオレがひ孫の財布を軽くするわけなかろう。…ま、 最初の資金は借りるけどな。…おい、ナルト。早速案内頼むわ」 「どこ行くんだ? じいちゃん」 秋水は目を細める。 「………パチンコ屋。里の中にもあったよな? 確か」 「ちょーっと昔とタイプ変わってるけど、基本的なトコは同じだな」 「………昔もパチンコ屋はあったんだー……」 ナルトはパチンコ台に向かう秋水の背中にへばりついて、興味津々な眼でパチンコの玉が 弾けながら下に流れていく様子を見ていた。 「もーちっと大人しい感じだったけどねー。何かハデっぽくなってまあ…軽薄になったよ なあ……これはこれで面白いけど。ああ、お前はやっちゃダメだよー。もっと大きくなっ てからな」 「面白いのになー。大人ってズルイ」 「や、これ賭け事だからね。…乗っかるなよコラ、重いって! 勝ったらお前の好きな物 にも交換してやっから、大人しく見てろ」 どんどん前に乗り出し、秋水におぶさるように台を覗き込んでいたナルトは「ホント?」 と彼の背中から降りる。 「おう、ラーメンでもチョコでも好きなもの選べ」 「よっ! じいちゃん男前っ! 頑張れっ!」 「……頑張るけどね……いい加減じーちゃんって呼ぶのヤメロ………」 そして小一時間パチンコ屋で励んだ結果。 「すっげー! パチンコってスゲエ!」 ナルトは両手に一杯の景品を抱えてさかんに感心していた。 「……あのね、パチンコが凄いんじゃなくって、オレが凄いのこの場合。…まあ、いつも 勝てるワケじゃねえけどな。オレは結構得意だからさ、滅多に負けないけど。…何百万両 も賭け事に突っ込んで、借金まみれで夜逃げしたヤツもいるんだぜ。……オレは今、金を 増やす方法がこれしか無かっただけだ。お前、でかくなっても、こういうのはお遊び程度 にした方が身の為だって覚えておきな。……それよりゴメンな。あそこ、結構煙草の煙す ごかったな。煙たかったろ」 ナルトは首を振ってから秋水を見上げて笑った。 「オレは平気! ……じいちゃんってばさ、やっぱイルカ先生みてえ。言う事似てるって ばよ」 「………そお?」 うん、とナルトは頷く。 「声だけじゃなくてさ…何となく。イルカ先生はすぐお説教になっちゃうんだけど。んで、 オレ、アカデミーの時はそれがすっごくうるさいなーって思ってたんだけど……あれって ば、オレの為を思って言ってくれてたんだよな。……下忍になってさ、色々任務とか…や るようになって…やっとわかったんだってば……」 「そっか……イルカが聞いたら喜ぶな」 ナルトは慌てて秋水の袖を引っ張った。 「い、言わなくていいって! 絶対に言っちゃダメだからっ! 説教しか言わなくなっち まうってばよイルカ先生!」 ハハハ、と秋水は声を上げて笑った。 「わかったわかった。言わねえよ。……んーと、そろそろ昼だな。…そうだナルト。一楽 は後にしていいか? オレ、二丁目の角の団子屋に行かなきゃ。そこで好きなもの食って いいから」 「二丁目? あ、サクラちゃんが好きな店だ。お汁粉とかさ、団子とかさ、ウマイんだよ な。……じいちゃん、甘いもの好きなのか?」 「あそこは甘いものだけじゃないからね。……サクラちゃんって、あの可愛い子? お前 と同じ班の」 ナルトは大きく頷いた。 「うんっ! サクラちゃんは可愛いだけじゃねえんだって! すっげえ頭もいいんだぜ」 その弾んだ口調だけで、この少年が少女に寄せている想いに気づいた秋水は苦笑する。彼 が見た限り、サクラという少女はもう一人の黒髪の少年しか見ていなかったから。 「……なんかスカしたガキもいたな。お前の仲間。生意気なヤツだったけど、強いのか?」 「…………サスケ? うんまあ……何だかアイツも色々あるみたいだってばよ。…ま、何 だ。一応強い…けどな。あっでも! オレだってサスケなんかに負けてねえよ! マジ!」 「わかったわかった。…で、あの片目の上忍が指導教官だよな。アレはどう?」 ナルトはむう、と唸った。 「…カカシ先生か〜…何だか得体が知れねーっていうの? よくわからねえ先生なんだよ なー…遅刻ばっかしててさー…変な本ばっか読んでるし」 「へえ?」 「あッでもさ、やっぱ上忍だなーって思う。すっげえ強いよ! 術もたくさん知ってるし さ、印なんか早過ぎて全然見えねえし。忍犬も一匹じゃなくてさ、何匹も契約してるみた いなんだ。………んでもって、やっぱナゾだらけ」 「ナゾ?」 ナルトは顔中口にしてわめく。 「だってオレ、カカシ先生の顔知らねえんだってばよ! なあじいちゃん、コレってちょ っと水臭いよなっ! 敵に顔見せねえのはわかるけど、何でオレ達にまで隠すんだって の! メシも一緒に食わないしさっ! ひょっとしてアレか? 見せられないくらいヒデ エ顔なわけ? でもさ、でもさ、男は顔じゃねえよなっ」 息継ぎもせずにそれだけ一気に吐き出したナルトはハアハアと喘いだ。 「……うん、ま…確かに男は顔じゃない…かも。……あの上忍がヒデエから隠してるかど うかはともかく……まあ、何だ。あんま気にするな。別にお前らを信用してねえから素顔 を見せないわけじゃない…だろ、たぶん」 会った早々、カカシの素顔を見ている秋水には適当な事しか言えない。 ぶー、とナルトはむくれた。 「やっぱ、じいちゃんってイルカ先生と同じコト言うんだな」 そりゃそうだろうな、と秋水は内心ため息をついた。素顔どころか、あの銀髪の男の身体 なら隅から隅までイルカは見ているはずだ。 「でもお前、あの上忍好きだろ?」 ウッとナルトは言葉を詰まらせた。 「す…好き……かなあ、やっぱ。…あれで結構優しいし…」 何より、冷たい眼でナルトを見ない。ナルトは笑って顔を上げた。 「うん。好きだってばよ」 「なら、いいじゃねえか。顔なんかどーでも」 「………かなあ…」 今ひとつ納得していない顔の子供の頭をかきまぜ、秋水は笑った。 |
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