X−DAY  5

 

一般的に熱海と言えば、ごく普通に思い浮かぶのは梅園ではなく、温泉だろう。
海と美味い魚、と答える人も多いはず。
カカシが押さえた宿は、もちろん露天風呂アリの温泉旅館らしいところだった。
そこに行く前に目に付いた温泉旅館でお風呂だけ楽しませてもらっていたので、先ず二人
はゆっくり部屋で手足を伸ばして、備え付けの茶菓子をお茶と一緒に頂いたりして寛いだ。
洋菓子系はあまり好まないイルカも、和菓子なら口に入れる。
カカシは、おそらくはこの宿のロビーで売っているであろう、いかにも土産物めいた饅頭の
包装をペリリと剥がす。
「イルカ、デジカメちょっと貸せよ。お前ってばオレばっか撮って。……お前の写真もち
ょっとは撮らなきゃ」
「いいって。俺は自分のツラなんか見たってつまらんし。お前カメラ写りいいぞ〜。ほら、
見てみろよ」
カカシはぷっとふくれる。
「オレだってねえっ自分のツラ見て悦るほどナルシーじゃねえぞ」
そう言いながら、イルカがどんなものを撮ったのか気になったカカシはカメラの再生モニ
ターを覗いてみた。
「あー、この梅のアップはいいじゃん。パソの壁紙にしようかなあ。季節感あって綺麗だ
よね。そうそう、こういうのを撮るんだよ。この風景もいいね。……ってオイコラッ! 人
がメシ食ってるとこなんて撮るなっ!」
削除してやるこんなデータ、とカカシがボタンをいじる前にイルカはひょいとカメラを取
り上げる。
「消すなよ。俺の作った弁当を美味そうに食ってたのが可愛かったから、俺嬉しくて撮っ
たんだぜ?」
カカシは「ううっ」と唸って赤くなる。
「そういう言い方は反則だっ! 確かにお前が作った弁当は美味かったけどっ! でもさ、
だからと言ってなあ……ああもうとにかく、かわいーとか言うなっ!」
イルカは目を細めて笑う。
「だって、お前は可愛いよ……」
ひいっとカカシは思わず後退る。
「ヤメロッ! そういうイヤラシイ笑い方すんのっ!」
ムッとイルカは唇を曲げた。
「コ〜ラ。誰がイヤラシイだとぉ?」
逃げを打ったカカシの足首をイルカがむんずと捕まえる。その手の感触にますますカカシ
は慌てた。
「ててて訂正っ……ヤラシ〜んじゃなくって、色っぽいんですっ」
「へ〜え?」
にじり寄るイルカに、カカシは涙眼で首を振った。
「ホントだってば! やめろよイルカぁ…オレ…ヘンな気持ちになっちゃうよ……マズイ
じゃん、まだ晩飯も食ってねえのに……」
イルカは意外だという顔でカカシの足首を放した。カカシは畳の上を泳いで逃げる。
「何だよ、お前俺の顔なんかでソノ気になっちまうってか?」
「なる時はなるんだよ! 悪いかよっ!」
泳いでいった畳の先にあった座布団を、救いを求めるように胸に抱え込むカカシ。
「別に悪いとは言ってないけどな〜…まー、確かに今お前の言う『ヘン』な雰囲気に突入
するとヤバイよな。……ええと、ここ部屋食? 晩飯」
イルカはガリガリと後ろ頭をかきながら現実に返った質問をする。
「………下の大きなレストランでバイキング。好きな物好きなだけ食えるって言うハナシ」
「そうか。じゃあ大風呂満喫してその足でメシ食えるわけだ。いいね」
「部屋にお膳の手配したりする手間が無い分、安いみたいなんだよ……こっちも気を遣わ
なくていいからさ…」
「うん。気楽だ」
「でしょ?」
会話が平常モードになったのに安心したカカシは身体を起こす。と、素早く伸びたイルカ
の手に腕を取られ、簡単に引寄せられてしまった。
我に返った時は既にイルカに抱え込まれ、顎を捕らえられて。
引寄せられた時の乱暴さとは正反対の穏やかなキス。
「………………」
コイツきったねえ…と思いながらも、柔らかく唇を唇で愛撫されるとカカシは弱い。
まるで顎を撫でられた猫のようにもっと、と顎を反らし、大人しくされるがまま。
咽喉がゴロゴロ鳴らないのが不思議なくらいだ。
「………続きは後でな」
イルカに低く囁かれてカカシの白い頬が赤くなる。
「……安心しろ。寝てるとことか、ヤってるとこだけは写真に撮らんから」
「当たり前だああああっっっ!!!」
真っ赤になったカカシは手近にあった座布団を振り回し、思いっきり恋人を殴った。





結果的に、『ヴァレンタイン梅見温泉旅行』はほぼカカシの思い描いた通りの物になった。
ドライブは快適。
天気は良く、2月にしては暖かく、うららかな気分で梅の花を楽しんで。
イルカの作ってくれた弁当を食べて、更に熱海の街で色々食べてみたり、目に付いた温泉
旅館で露天風呂に入ってみたり。
宿でもいいお湯が楽しめたし、バイキングの食事も満足できた。
思惑通り、宿では思いっきりイチャイチャも出来たし。
だが、プレゼントのデジタルカメラをイルカが喜び、面白がって結構使ってくれたのが何
よりもカカシにとっては嬉しかったのだ。
勝った、と思う。
たとえ帰宅した部屋にどんなにたくさんのチョコレートが積み上げられていたとしても。
ヴァレンタインの『一番』は自分の贈り物だ。
恋人なんだから。そうでなきゃいけないのだ……――――
「―――カカシ? そろそろ着くよ」
ハッとカカシは眼を開いた。
「…あれ? オレ、寝てた?」
「少しだけ」
カカシはもぞもぞと助手席で座り直した。
「……ごめん。今日は寝る気無かったのに…」
「気にするな。疲れてたんだろ。……ゆうべ、ちょっと調子に乗り過ぎた。…俺の方こそ
…ごめん」
気まずそうに謝るイルカに、カカシは首を振る。
「そんなん……オレもしたかったからさ…お互い様」
「でも、キツイ思いをするのはお前だ」
悔やんでいるようなイルカの声と横顔に、カカシは驚く。
確かに、カカシに付き合って『遊んで』いた頃とは違って、今のイルカの抱き方はどこか
激しい。だが、イルカの『欲しい』という気持ちがはっきりと伝わってくるのはカカシに
とって嬉しい事だったし、激しい抱き方は『愛されている』という実感となって彼を酔わ
せた。
カカシには何の不満も無い。
だが、イルカの気遣いはカカシにもわかる。自分だって、相手に無理をさせているのでは
ないかと思ったらイルカと同じ顔をするだろう。
どう言えば自分の気持ちが上手く伝わるかと考えたカカシだったが、いい言葉など浮かば
なかった。
「……マジ、キツかったら言うから。…オレ、ちゃんと言う。我慢なんてしないから。…
だから、イルカは気にしないで好きにオレを抱けばいいんだ」
ボソボソと呟くカカシの声を聞きながら、イルカはそっと手を伸ばして銀色の頭を撫でた。
「…………うん。…言ってくれ」
愛しあって、永遠の愛を誓った夫婦だってその熱が冷め、冷え切った末に憎みあって別れ
る事もあるのだ。
男同士の自分達ならば、余計にこの関係は薄氷の上を歩むようなものなのかもしれない。
ずっとずっと、死ぬまで純粋な『親友』でいれば良かったのに、とお互い悔やむ事になる
日が絶対に来ないとは言い切れなかった。
その不安な思いは、程度の差こそあれカカシもイルカもそれぞれ胸の奥に抱えるしこりだ。
だから、普段どんなに遠慮の無いバカをお互いやっていても、ふとした拍子にこうした慎
重な言葉のやり取りになる。
フッと軽くイルカが息を吐いた。
「…帰ってコーヒーでも飲もうか。腹は? 減ってたら何か買って帰ろうぜ」
カカシもイルカに合わせる。綱渡りな会話は終了だ。
「あっオレ、美味いパンがいいな。どっかベーカリー寄ってよ」
「了解。俺、ガーリックと明太子フランスな」
「ベーグルもだろ?」
「うん。明日の朝飯にするから」
買物を済ませ、イルカはそのままレンタカーを戻しに行った。
カカシは荷物を抱えて一足先にマンションに戻る。
エントランスに入るまで、カカシはすっかり忘れていた。もしかしたら今年も我が家が大
変な事になっているかもしれない、という事を。
習慣でエントランスホールの郵便受けに目を遣り、思わずカカシは「げっ!」と悲鳴をあ
げた。
やはりと言うか何と言うか、昨年の悪夢再び。
よくもまあ、盗難に遭わないでいるものだと感心するほど、郵便受けからナニやらはみ出
している。
郵便配達員の親切か努力か、よく見れば郵便物は丁寧に受け箱に詰め込まれており、はみ
出してはいるものの、鍵で開けなければきちんと中身を取れないように工夫されていた。
その手間に感謝したカカシは心の中で見知らぬ配達員に手を合わせ、鍵で扉を開ける。
普通の郵便物と一緒に、定形外の大きな封筒が溢れるように出てきた。
「すごい…って言うかマジ何でここまでしてくれるのかしら…オレ、わかんねえ……」
取りあえずスポーツバッグの口を開け、チョコレートらしき郵便物を詰め込む。
バッグの中が結構空いていたから、何とか全部入れられた。
カカシは急いでエレベーターに飛び乗り、階数ボタンを押す。
「お願いします。段ボール箱だけは設置されていませんように〜〜〜〜っ!」
その願いは天に通じなかった。
カカシはしくしく泣きながら扉の前に設置されていた箱を玄関に運び込む。
「誰よ…こんな親切に受け箱まで用意してくれるヒトって…」
そして彼はヒラリと宙に舞った紙切れに目を奪われる。
床に落下する前にキャッチすると、電光石火で携帯電話を取り出して紙に書かれている番
号に電話した。
「も、もしもしっ! 不在票見ましたあっ! 木ノ葉パレスマンションのうみのです! 
……ええ、昨日留守してましてえっ! あ、ハイ…ハイそれです! え…? はいもう今
日は何処にも出掛けません。…そーですか。五時頃ですね。よろしくお願いしますー」
うはあ、と息をついていると、イルカが帰って来た。
「…カカシ? どうした顔色が……」
カカシの足元のダンボールに気づいたイルカも「げ」と低い声を上げる。
「今年もかあ?」
「う…うん。これだけじゃないよ…オレのバッグの中…郵便受けに入ってた分……そ、そ
れよりもイルカ……これ」
カカシが差し出した紙切れを見たイルカも無言で速攻携帯電話を引っ張り出した。
「ア…いいんだ。もうオレが電話した。五時頃…届けてくれるってさ」
イルカは「そうか」と息をついて携帯を折りたたんだ。
「ありがとう。……つうか、コレってばマズイな〜〜」
「ねー。昨日だぜ〜来たの。マズイよなあ、昨日のうちにお礼電話かけなかったの」
「……仕方ないよ。俺、今夜電話しとく。ちゃんと留守してたって言うから。…紅姉ちゃ
んに。姉ちゃんまで義理チョコくれる事ないのになあ…」
「何をくれたのかが問題だよ。来月のホワイトデー、倍返ししとかなきゃ後が怖い…」
来月倍返し。
はあ、と二人はため息をつく。
「誰だそんなシステム考えたの……」
有意義で楽しい旅行の締めくくりは、旅行中極力考えないようにしていたチョコレート地
獄だった。



 

終わんなかった・・・TT
バレンタインネタなんてもっとライトにかる〜いラブラブおバカなハナシにしようと思ってたのに。
(バカには違いないけど、長いってば・・・TT)
ねー、倍返しとか3倍返しとか。
オトコも大変ですよね。未だに『お返し』なんて知らん振りってヒトもいるけど。(笑)

 

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