X−DAY 6 =チョコレート始末記=
『へえ、カカシちゃんと梅を見に? ついでに一泊して温泉も楽しんできたってわけね。 優雅ねえ、大学生。……って普通は言っちゃう所だけど、今回に限って言うなら寒いわよ、 アンタ達。なーに? バレンタインに二人してデートの相手も無く、野郎同士で温泉旅行? 寒いわ! 寒過ぎ。やっぱり優しい紅お姉さまがお情けを送ってあげて良かったってとこ ろかしら?』 ほほほ、と受話器の向こうで笑う従姉に、イルカは逆らわなかった。 「はいはい。今年に限ってわざわざ送ってくれてありがとうございました。…でもどうせ、 どなたかに贈るついでに、従弟とその同居人の事も思い出して下さったってトコだろ?」 一拍の沈黙の後、『バカ』と呟いた彼女に電話を切られたイルカは「図星だったか」と小さ く舌を出した。 「何? 紅姉ちゃん、彼氏出来たってー? すげえじゃん。ドコの度胸ある男だよ」 イルカの声を聞いていたカカシは興味を示す。 「…いや、まだ未確認。カマかけてみたら電話切られちまった。…でも、俺のカンが間違 ってなきゃたぶん……」 「たぶん?」 イルカはふっと微笑んだ。 「……猿飛先生じゃないかなあ……姉ちゃん、結構あの手の男に弱いし。俺の治療の時、 会っているじゃないか。どーもね、その時一目惚れしたっぽい」 ああ、とカカシは頷いた。 「…そういや……結構好意的だったよね…姉ちゃん、先生に。…見た目好みでおまけに大 病院の医者。…姉ちゃんがマークするには充分だったってワケね。…姉ちゃんあれでも美 人でグラマーだからなあ…あのヒゲクマ先生も悪い気しねえよな。成立すりゃ遠距離恋 愛?」 カカシは頷きながら、紅からの贈り物を手に取る。 「まー、さすがに姉ちゃんだよな。イルカと俺にチョコなんて寄越さねえあたりは。これ、 小ビンだけどいいブランデーだぜ。…きっと先生にはブランデーにプラス…そうだな、ジ ッポーってとこじゃないかと見たね」 「俺らにはプラスお揃いのタオルハンカチだもんな……色違い入れてくるあたり、俺ら完 全に兄弟扱いだねえ。………ヴァレンタインにデートする相手も無く、野郎同士で温泉旅 行なんて寒過ぎだって言われちまったよ」 ははは〜とカカシは虚ろに笑う。 「…そういや、温泉ホテルでもメシ食ってる時とかな〜んとなく同情の眼で見るオバサン 達がいたよな…あら、あの子達男の子同士で来てるんだわ、可哀相に…って」 「…女同士で温泉来るのは良くて、何で野郎同士だと可哀相なんだよなあ…失礼な」 なあ、と二人で顔を見合わせる。 確かに男同士だが、自分達はその日お互いの『大事な相手』と過ごしたのだ。 他人に憐れまれる覚えは無い。 「ま、あの割にカンのいい紅姉ちゃんもまだ俺らの事気づいてないわけだ。…わざわざ知 らせる事もないし……好きに思わせておこう。…それにしても姉ちゃんの奴…お返しに悩 む必要がなくて良かったと言うか何と言うか…」 イルカは指先でブランデーに同封されていた某化粧品メーカーのカタログをつまんだ。 カカシもそれを見て苦笑する。 「ちゃんと欲しい物リクしてくるあたりも姉ちゃんだよなー。ご立派」 カタログにはご丁寧に赤でマル印しがつけてあった。春の新色口紅に。 「まあこのカタログ、なくさないようにしなきゃな。さ、続きやろうぜ」 「あいよ」 ここでカカシのプレゼント、デジカメが大いに活躍していた。 カカシは贈り主の名前を確認、イルカがデジカメで撮ったチョコレートの写真をパソコン で整理していく。 「うむ、これはいい。この一覧表作っておいたら後で楽だな。誰が何をくれたかわかるし」 イルカはチョコの包装と、中身を並べてシャッターボタンを押す。 「あ、お前が食いたいと思うのがあったらとっとけよ、カカシ。何も全部寄付しなくても いいんだからな」 「うん、わかった」 大量のチョコレートを前に二人が出した案は、以前ナルトがいた施設の木ノ葉園に寄付す る、といったものだった。 「食べきれないほどのチョコをもらうはずの芸能人はどうしているんだろう」というイル カの呟きに、カカシは「どこかに寄付でもするんじゃねえ?」とどこかで聞きかじった情 報で答え、結果二人はその真似事をする事にしたのである。 「子供なら大抵チョコは好きだろうからな。ムダにならないし喜んでもらえたら一石二鳥 だ。…あ、酒の入ったチョコはやめておかなきゃな」 「だねー。あれはガキの舌にはキツイ。…お、これはサクラちゃんからだ。ほら、オレと お前宛て。ビターチョコのクッキーだよ」 「ああ、あのナルトのクラスメイトでお前の教え子の女の子か。へえ、なんか手作りっぽ いね。これは食ってちゃんと味の感想を言った方がいいな」 「じゃ、後でコーヒー入れて食おうか」 中身を確かめる為に包装を解くので、部屋中チョコの匂いがしている。 その甘い空気の中、黙々と女の子達からの『気持ち』を記録する二人。 「……ホワイトデーどうしようか。凝ったのくれたコには悪いけど、やっぱ一律に同じ物 で勘弁してもらう事になるよね。…向こうもわかっているだろうし。ありがとうカードを パソで作って〜…後、キャンディでもつける? イルカ」 カカシの問いかけに、イルカは「ああ」と生返事を返す。 イルカが何か考えている様子なので、カカシはそれ以上聞かずに作業を続ける。 後少しで終わる、という頃、イルカは眉間に皺を寄せてカカシを見た。 「あのな」 「ん?」 「…その…」 「何よ?」 「……………………お前は何がいい?」 「は?」 イルカは鼻梁の傷の辺りを指先でかきながら俯く。 「いや、だから……その、ホワイトデー……」 思いがけないイルカの言葉に、カカシは数秒固まった。 「…え?」 イルカは俯いたままボソボソと続ける。 「…さっきから考えてたんだけど、俺はどうもそういうの苦手みたいで思いつけないんだ よ。…どうせならお前が欲しい物の方がいいんじゃないかと……」 俯いている所為で肩から流れ落ちているイルカの黒髪を見ながら、カカシは苦笑した。 「………何? オレ、ホワイトデーもらえちゃうの?」 イルカはムッと唇をへの字にして顔を上げる。 「俺がお前に気持ちを返したいって思って悪いかよ。……本当は、俺だってヴァレンタイ ンにお前に何か贈っても良かったのに、俺全然そんな事思いつかなくて…せめて、対応し た日にお前に何かやりたいと思ってさ…」 日本ではヴァレンタインは主に男性が『貰う』日だ。 イルカの思考回路で、カカシに何か贈ろうなどと思いつくわけが無い。 カカシは苦笑したまま、イルカの髪の先に指を絡ませた。 「…ヴァレンタインはいいんだよ。オレからお前へ、で。……そーだなー……オレもすぐ には欲しい物思いつかないや。……オレ、イルカが選んでくれたものなら何でも嬉しいけ どなあ。……やっぱ、贈り物ってのはリボン解く時のあのドキドキワクワクがいいんじゃ ねえ?」 イルカはがっかりしたような顔になる。 「…教えてくれないのか?」 カカシはわざと顰め面で頷く。 「…あのな、オレだってさんざ悩んだワケよ。……お前だけラクしようったってそうはい かねえぞ」 手を抜くんじゃねえぞ、とばかりに視線で釘を刺されたイルカは息を吐いた。 「……お前の言う通りだな。…頑張って考えてみる」 カカシはニッと笑った。 「うん。……オレ、楽しみにしてる」 イルカの気持ちもわかるが、この場合は『イルカが選ぶ』事が重要だった。 贈り物には、『何を贈ろうか』と悩む気持ちと選ぶ時間も付加価値としてつくのである。 結果的にハズレた贈り物になったとしても。 カカシは首を伸ばし、イルカに軽くキスをした。 *** 一ヵ月後。 ホワイトデーなるものがやって来た。 これも世間に普及させたのは菓子業界であり、キャンデーを売る為の販売戦略なのである らしいが、この際そんな事は関係ない恋人達である。 自宅のソファに二人して腰掛け、カカシは彼からの贈り物の包装を開けて思わず「わぉ」 と喜びの声を上げた。 「うっわー…あー…でもオレ、そんなにあからさまに欲しがってた…?」 「いや? でも、見ていたら何となく……」 「うう、そーかあ…」 何となく悔しげなカカシに、イルカはふと不安げな表情になった。 「気にいらない?」 カカシはぶんっぶんっと首を振る。 「まさか! オレ、すっげー嬉しいっ!!」 良かった、とイルカは安心したように微笑む。 カカシは改めてイルカの観察眼に脱帽した。 確かにテレビのCMには眼が釘付けになっていたし、雑誌の広告ページも眺めていた。 だけど、一言も「これいいな」とか「欲しい」といった類の事は口にしなかったのに。 色も形もカカシ好み。 「ありがとーな、イルカ」 嬉しそうなカカシの笑顔に、イルカも微笑みを浮かべる。 「ネタ的にはお前のパクリだな。すまん」 「何言ってんだかー♪ ああ、売り場は近かったっけ? でもそんなの関係ないじゃん」 彼の手の中には最新機種のポータブルMDプレーヤーが大切そうに収まっていた。 「お前が一番欲しがっているのは新しいノートパソだって知ってたけどさ、ちょっと手が 出なかった……」 「やだな、そんなん貰っちゃったらオレの方が困惑するぜ。これで充分。充分過ぎるくら い」 嬉しげにMDプレーヤーをいじっているカカシの耳元でイルカが囁く。 「お前、ホワイトデーの意味知ってる?」 カカシはきょとんとした。 「……ヴァレンタインのお返しの日じゃないん……?」 ま、そうなんだけどさ、とイルカは笑う。 「ヴァレンタインに結ばれた恋人達が改めて永遠の愛を誓う日、なんだってさ」 その後に続いた言葉と耳たぶに落とされたキスに、カカシの首筋は桃色に赤く染まった。 |
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ついでだからホワイトデーまでふぉろー。 最初は、イルカさん大奮発でハワイ旅行〜とかも考えたんですがハワイ旅行なんてなんと言うか新婚旅行ですわな、まるで。 ホワイトデーのお返しにそんなもん奢ってたら、誕生日とかどうしたらいいかわからないし、第一ただの大学生。 そんなに裕福なわけないですものね。 MDだけでも結構すると思うし・・・・・・でも彼女にブランド物の財布やバッグ買うこと考えたら似たようなものですな。 頑張れ、男の子。 2004/1/31〜3/13 ***
連載当時は、ポータブルオーディオといえば(自分が)MDだった為、贈り物がMDになってしまいましたが、もう少し後だったらiPod系のMP3になっていたでしょうね。 |