X−DAY 3
ヴァレンタイン・デーまで後一週間。 土曜日、二人して遅い朝食を食べながらぼーっとテレビのバラエティを見ていたら、その 時期テレビが取り上げる話題としては当然のようにヴァレンタイン商戦における売れ行き ランキングが賑やかに画面に映った。 「……最近ワケわからん横文字が増えたな……」 コーヒーを飲みながらボソッとイルカが呟いた。 「ちょっとお…それが二十歳の若者のセリフかよ。オジンくせえなー」 カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグにケチャップをかけて、レタスと一緒に トーストに乗せていたカカシは苦笑交じりにイルカを見る。 イルカは顎でテレビを指した。 「お前、アレ全部わかるのか?」 「えー? 全部はわからんけど…どうせ流行りの輸入チョコのメーカーとか、ケーキ屋の 名前なんじゃねえの? ホレ、ゴティバとかデメルならお前も聞き覚えあるだろ? 去年 も来てたじゃない。リンツとかマキシムとか…」 ああ、とイルカは相槌を打つ。 「そういえば……あんまり興味ないから覚えてなかったけど、あのロゴマークなら見覚え があるなあ……」 テレビでは有名どころのチョコレートが紹介されていた。 「……うへ、結構高いな……」 イルカは画面の隅に映ったチョコの金額に首を竦めた。 「マズイよなあ…ああいうのを貰っちまうとさ」 イルカの言いたい事はよくわかる。昨年はあまりにも大量だったので、ろくにお返しなど 出来なかった。律義なイルカは、それを申し訳ないと思っているのだ。 「……今年も来るかねー……」 ベーコンと卵を乗せたトーストをもそもそ食べながらカカシは呟く。 「さあね」 素っ気無く返したイルカはリモコンを取って、チャンネルを変えた。 イルカの好みに合わないコーナーに変わってしまったからだ。 きゃあきゃあ騒ぐ甲高い女の子の声が消え、世間では有識者と呼ばれるおじさん達が盛ん に政治討論をしている真っ最中の画面になる。 「…これも別の意味でうるせえな…いいトシして、他人の意見くらい黙ってちゃんと聞け よ」 自分の意見を言うのに夢中で、他人が発言している最中に割って入る行儀の悪い中年男に イルカはシラケた目を向けた。 カカシはテーブルの端に置いてあった新聞を取ってテレビ欄を見る。 「あ、なんか旅番組やってるぜ?」 「お前、結構そういうの好きだよな。他人が温泉入ったり美味いモン食ってるの見てて面 白いかア…? まあ、いいけど」 イルカは文句を言いつつ、チャンネルを変えてくれた。 「これも情報だよ。行った事無い土地の風景や名物料理を見て、雑学の幅を広げるのさ」 「…なるほどね……あ、梅だ。…もう咲いてるんだなー…」 画面一杯にズームアップされた白梅に、イルカは表情を和らげた。 「桜とは違った風情だよなあ…これも」 「うん」 トーストをコーヒーで胃に流し込みながらカカシはふと思いついた。 今年のヴァレンタイン・デーは週末だ。 桜ではないが、梅の花見はどうだろう。 そういう場所で手渡せば、何を贈っても雰囲気は出るかもしれない。 「「なあ」」 カカシの声にイルカの声が重なった。 「…何?」 「いや……お前こそ何だよ」 「イルカが先言えよ」 イルカはそれじゃあ、と口を開いた。 「来週の週末、どこか行かないか? 車借りてドライブとか」 カカシは驚いたように目を瞠った。 今の梅を見て触発されたのはカカシだけではなかったらしい。 「梅見に行くのか?」 イルカはちょっと照れくさそうな顔をした。 「…や、お前が嫌じゃなきゃ…な。たまにはいいかと思って…日帰りでも一泊でも。出来 たら温泉とか入れると俺は嬉しいんだが」 ハハ、とカカシは笑った。 「お前、温泉好きだモンな。…うん、実はさ、オレも今そう言おうと思ったんだ。次の週 末どこかへ出かけないかって。…梅の花見ってのもいいんじゃねえかなーと思ってさ」 おや、とイルカは唇の端をあげた。 「んじゃ、決まり??」 カカシは頷く。 「決まりだな。―――じゃ、場所決めなきゃな。オレ、ネットでちょいと検索してみるわ。 ついでに宿も見てみる。宿が空いてたら一泊しよーぜ。せっかくだもん」 言いながら、カカシはもう腰を浮かせていた。すぐにパソコンを立ち上げる気なのだ。 思い立ったが吉日。善は急げ。宿のインターネット予約もタッチの差で満室になる事があ るから、早いに越した事は無い。 「ああ。じゃ、そっちは任せるよ。俺はレンタカー手配しておく。…お前まさか、自分は バイクで行くとか言うなよ?」 「言わねえって。お前とバラバラに走ってどーすんだよ。オレ、助手席でナビしてやるよ」 「はいはい」 助手席に座ったカカシのナビは当てにならない。気づくと寝てしまっているからだ。 それもイルカに気を許しているからだと思うと憎めないが。 イルカは食べ終わった朝食の皿をまとめて、流しに運んだ。 「あんまり遠くにするなよー。ドライブが目的じゃないんだからな。俺、目的地でゆっく りしてえから」 「おっけー」 パソコンの電源を入れながらカカシは検索のキーワードを頭の中に思い浮かべていた。 (まず梅・開花、だよな。関東近郊で…温泉も入れる所か。…あるかな) 出掛けてしまえば後は知った事ではない。 もしかしたら、帰宅した時は玄関が悲惨な状態になっているかもしれないが。 そんな事を今から心配しても仕方ないではないか。 ふふふ〜と頬を緩めながら検索サイトにアクセス。 (イルカと二人っきりでドライブだもんねー) キーワードを入れてエンターキーを押すと、ざっと関連サイトが出てくる。 その中から、目的に合っていそうなサイトを数件見てみたカカシはふむ、と一人頷いた。 振り返ってキッチンのイルカを呼ぶ。 「なー、ここなんかどうだ? クルマだったら二時間もかかんねえだろうしさあ、お前の ご希望の温泉もあるよ」 カチ、とクリックして切り替わった画面をカカシの肩越しに覗き込み、イルカは頷いた。 「熱海かー。熱海梅園ね。うん、いいんじゃないか? あそこなら花も見頃だと思うし。 駐車場ある? …ああ、あるみたいだな。そうだ、あそこら辺ならお前の好きな苺狩りも 出来るぞ」 「……団体のオバハン達に混じって…?」 苺狩りはいいが、旅行会社が企画する団体日帰りバス旅行とぶつかるのはあまりありがた くない。カカシが顔を顰めるとイルカは笑った。 「お前、それを言うなら梅園にだって絶対いるぞ? 団体客は」 「…そりゃそーだけどお……梅園は結構広そうじゃない。団体避けて静かに梅鑑賞くらい 出来るさ」 「ま、俺は温泉に入れて、美味い魚でも食えればいいんだけどな。…お前が別に苺食いた くないなら梅園から温泉宿直行だ。あ、立ち寄り湯とかもあるんじゃないかな。宿に行く 前に、別の温泉入るのもいいよなあ…」 イルカの目的は既に温泉がメインになっており、梅を見るのはついでになっているようだ。 「食いたくねえとは言ってないけど…でも、今回は温泉巡りでいいんじゃねえ? 一度に 欲張る事ないじゃん。海外旅行じゃあるまいしさ、車ですぐの所なんだから」 カカシはカチカチ、とクリックして温泉宿を探す。 「お宿の予算は〜?」 「……張り込んでも一泊お一人様二万くらいな。そこが上限だ。一万二、三千円くらいを 目安で探してくれよ。…安ければそれに越した事は無いから、一万切るのは大歓迎だぞ。 まあ、週末だからあんまり安くはないかもしれんが」 「だね〜……」 しかし、宿など安かろう悪かろうで、あまり安宿では料理は期待できないし、部屋だって 清潔かどうかわかったものではない。楽しみな風呂もあまりにもお粗末では萎える。 (オレはさ、ただの温泉旅行じゃないもんねっ! 愛の日ヴァレンタインのイベントだか らな。あんまりショボイお宿は嫌よんっ…と。ま、上限ギリギリならいい線のとこいける かもな。最近、温泉宿も値下げしてるって噂だし〜…) イルカと二人でいいお湯に浸かって、美味しい物食べて。 それでもって、もしもイケそうならば押し倒す。 カカシは思わずニンマリと笑った。 (たまには違う所でヤリてえじゃん? ラブホで遊ぶのはイルカが絶対に首縦に振らねえ だろうしさ。ま、温泉宿でしっぽり…もご風情があっていいよねえ…) 何となく頭の中でその花見兼温泉旅行のシミュレーションをしていたカカシは、「あ」と思 わず声を上げた。 いい贈り物を思いついたのだ。 向うについてからも役に立ちそうな物。 (うはは〜オレってば冴えてるじゃーん! 食ってもらえねえチョコに金かけるよりいい よな! うん、来週の土曜までに買いに行こうっと!) イルカとドライブして梅の花を見て美味しい物を食べて温泉に入る、と言うプランだけで も今から胸高鳴るというのに、悩んでいたプレゼントまで決まった。 カカシは鼻歌交じりでマウスをクリックするのだった。 |
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イルカやっと登場・・・ 土曜日お休みなのか大学生。優雅じゃないか・・・ 普通ならブランチって時間なんだろうけど、きっとこの人達はお昼も食べる。絶対食べる。 そして何故そんな遅くまで二人して寝くたれていたのかというと、寝るのが遅かったからですね。次の日休みだと思って、ゆっくりとお楽しみだった模様。らぶらぶ。・・・やあねえ。(笑) |