X−DAY  2

 

それにしても…と街の中を歩きながらカカシは苦笑した。
駅ビルといい、商店街といい。
専門店は言うに及ばず、コンビニエンスストアもごく普通のスーパーマーケットも。
この時期、巷はヴァレンタイン一色である。何処に行ってもチョコ・チョコ・チョコ。
「お店も必死だねえ…売れる物は売れる時期に売れるだけ売る…ってこったね……」
一般消費者もそれを承知で乗せられているのだから、別に構わないのだが。
ささやかな経済活性にもなるだろうし(実際、チョコレートの年間売上の四分の一はこの
時期に集中するらしい)、第一華やかで何となく楽しくていい。
「お?」
女の子が好む可愛いファンシーショップの店先に、見知った少女の姿があった。
彼女はヴァレンタイン仕様に飾り付けてあるワゴンを覗き込み、熱心に品定めしているよ
うに見える。
カカシは何気なく近寄って、その肩をポンと叩いた。
「久し振り、サクラちゃん」
サクラは驚いて飛び上がり、ついでに「きゃあああっ!」と派手な悲鳴を上げてくれた。
思わずカカシは仰け反って周囲を見回す。
サクラの悲鳴に何事かと道行く人々が振り返り、犯罪者を見るような眼でカカシを見てい
る。
「…うげ、周りの視線がイタイ……驚かせちゃったー? ゴメン」
「あー、カカシ先生かあ…びっくりしたあ……」
少女の様子に、別に犯罪でも無さそうだと判断した人々は視線をそらして何事も無かった
ようにそれぞれ歩み去って行った。
「…勘弁してよぉ。それでなくたって最近、女の子とか狙った変態的犯罪が多いからさあ
……何かあるとオトコは分が悪いんだよね」
「カカシ先生、見た目アヤシイしねえ…大変よね」
うんうん、と頷くサクラに、カカシはため息をついた。
「……言ってろよ…んで、何? サクラちゃんもチョコ選び?」
サクラはかぁっと頬を染めた。
「………ち、違うもん…ほ、ほら…ラッピングが可愛いからつい…み、見ていただけよ。
…こ、これなんか小さいクマさんついてて私の方が欲しいわよ」
「た〜しかにね。ヴァレンタインって、一応女の子から男の子にって、贈る対象は男のは
ずなのに、売ってるのはやたら女の子好みの可愛いラッピングやアイテムだもんねえ…」
カカシはひょいと小さなテディベアのついたハートチョコを手に取る。
「ホント、こいつはサクラちゃんが持ってた方が可愛いよな。…買ってあげよっか?」
「え?」
サクラはびっくりして背の高い男を見上げる。
「驚かせたお詫び。……でも、オレが買いに行くのは何だかカッコわりいから、レジはサ
クラちゃんがやってよ?」
ほれ、と500円玉とクマ付きチョコをサクラに渡す。450円の商品だったから、消費
税を入れても間に合うだろう。
サクラはおずおずとその硬貨を受け取った。
「いいの…?」
うん、とカカシは微笑む。
「ありがとう、先生! じゃあ、ちょっと買ってくるねっ! あ、行っちゃ嫌よ? 待っ
ててね?」
サクラは嬉しそうにクマ付きチョコを持って店内に走り込んだ。
チラチラとウィンドウ越しにカカシの姿を確認しながらサクラは支払いを済ませ、小走り
に出てくる。
「お待たせっ! ありがとう、先生。これ、お釣」
「あー? ああ、う〜ん、五十円もねえだろ? コンビニかなんかの募金箱にでも入れと
いてくれる?」
「…ウン、わかった。……何か嬉しいなー。私、欲しいなあって思ったんだけど…ほら、
今月は出費が結構あるでしょ…? だから…」
カカシはそうだねえ、と頷いてみせる。
最近の小学生は金持ちだが、やはり月々の小遣いは限られているのだろう。
「お付き合いもあるし?」
「そーなのよぉ…クラスの男子全員に、女子全員で小さなチョコあげようかって企画があ
るの。担任も男の人だから無視できないし。…まあ、そりゃ大した金額じゃないけどね。
でもそれから一応お父さんとか、おじいちゃんにもあげなきゃいけないし……」
「本命クンにはちゃんとしたチョコ渡したいしねー」
「そーなのよぉ………ってカカシ先生っ! やだっ」
カカシはにま、と笑った。
「お、やっぱりね。……オレの知ってるヤツ?」
もしかしたらナルトだろうか? ならば意外と見る眼あるじゃないか、とカカシはサクラ
のほんのりと赤い顔を見た。
だが、彼女は首を振る。
「………う……ウウン。たぶん、先生は知らないよ……あのね…彼ってすごく人気あるの
……私だけじゃないのよ…彼が好きって子。だから……チョコ渡しても迷惑なだけかもっ
て…そう思うと…」
カカシはサクラが自分を引きとめたのはクマチョコの御礼を言う為だけではなかったのだ
と気づいた。
「………もしかして、オレに何か相談事…?」
サクラは真っ赤になって俯いた。それから、上目遣いに元家庭教師を見上げる。
「…いい…? お時間…ある?」
カカシはポン、とサクラの頭に手を乗せた。
「バイトまで時間あるから、いいよ。……そこら辺の店、入ろうか」

ファーストフード系のカフェに入ると、カカシはカフェラテを二つ注文する。
「…ごめんね、先生。…奢ってもらっちゃって」
「あははー…ま、これくらい気にするなよ。ここでサクラちゃんと割り勘なんて、それこ
そカッコワリイだろー? 一応オレ、オトナだしな。それに、可愛い女の子とお茶する時
は男が奢るもんだぜ」
カカシはトレイを持って窓際の席に行く。
「ほら、そっちに座って。そこには煙草の煙が行かねえから」
「…ありがと。ホントにフェミニストだよねえ、カカシ先生って。…傷痕があっても眼が
優しいし、イケメンっぽいし、背が高くてスマートだし。…ねえ、先生って、モテるよね?」
「でかい声でンな恥ずかしいコト訊くなよ……ま、自慢じゃねえが、ヴァレンタインは結
構……もらうけどさ」
カカシの白い頬がふわっと上気する。
照れているんだ、とサクラは意外な思いでカカシを見た。
「………どれくらい………?」
カカシはちょっと考えたが、肩を竦めた。
「…数はわかんねえなあ……覚えてない。イルカに来たのか、オレに来たのかわかんねえ
のもたくさんあったし……二人合わせて、ミカンのダンボール箱に入りきらなかったから」
サクラは目を丸くした。
「…すっごおい……なんか、そんなんじゃよっぽどスゴイの贈らないと眼にも止まらない
よねえ……でも、スゴイねー…モテるだろーなとは思ったけど…人気あるのねえ」
いーや、とカカシは首を振る。
「……人気って言うか…もう大方、面白半分でくれるってカンジ。オレなら、マジに受け
取って面倒な事にはならねえってわかってるから、みんな気軽にくれるよ。シャレ半分義
理半分、年中行事のご挨拶ってとこじゃないかと思うな」
はあ、とサクラは肩を落とした。
「……いっぱいもらう人って…どういうのもらったら嬉しいって言うか…どうやったら他
の子のプレゼントより目立てるのか教えて欲しかったのに…あんまり参考にならないっぽ
い…?」
ううう、とカカシは唸った。
「やー、そりゃあ、マジっぽい子のは見ればわかるけど? アカラサマに手作りとか……
少なくとも、コンビニで売ってる感じのはお遊びっぽくて本気で告ってるとは思えねえよ
なあ……」
サクラはさっき買ってもらったクマつきチョコの包みに目を落とした。
「…アカラサマに手作りのチョコって、迷惑じゃない…? 嬉しい?」
真面目に悩んでいるらしいサクラの様子に、カカシも真面目に考える。
「………そりゃ…嫌いじゃない女の子から手の掛かった物貰えば…普通は嬉しいし、関心
を持つきっかけになるかもしれない。でも、結構賭けだぜ? その野郎の性格にもよるな。
…女の子にモテるのがもう当たり前だと思っている奴なら手作りしたって大した効果は期
待できないし……女の子に貰うチョコなんかウザイとしか思ってない奴ならかえって逆効
果」
サクラはやっぱり、と深いため息をついた。
「…やっぱ…逆効果っぽいなあ………」
「ナルトなら大喜びするんじゃねえ?」
サクラは半眼になった。
「………何でそこでアレの名前が出るわけ? あの子にはクラスのみんなと一緒にあげる
わよ」
「だってオレ、アレくらいしかサクラちゃんのクラスメイト知らんし。…でも、アレに関
しちゃ完全にお義理なのねー」
当たり前、とサクラはカフェラテを口に運んだ。
「………あの子、嫌いじゃないけど……でも……」
「恋の相手には不足、かな? ガキだもんねえ。……で、どんな子? サクラちゃんに手
作りチョコあげたいとまで思わせる男の子って」
サクラは恥ずかしそうに上半身をくねらせた。
「……ん…カカシ先生になら言ってもいいかなあ…あ、他の人にはナイショよ?」
「うん」
あのねえ、とサクラは声を落とす。
「隣のクラスの子なの…黒い髪がホントに綺麗でね…あのね、サッカー上手いし…スポー
ツ万能って感じでねえ……成績も良くて…ちょっと大人っぽい感じなの。クールって言う
か……それでいて、何だかすごく高い目標に向かって真っ直ぐ走っているみたいな…そん
な感じでカッコイイんだよ。…だから、ライバル多くてさ」
カカシはにやっと笑った。
「ひとつ抜けてるんじゃない? サクラちゃん。…んでもって、ハンサム君なんでしょ」
「う…うん……わかる…?」
「そりゃーね、モテる子の顔が悪いわけないわなあ…名前は?」
「言わない……恥ずかしいもん……」
プラスチックの細いコーヒーマドラーでカフェラテを無意味にかき回しながら、サクラは
消えそうな声で呟いた。
小学生の恋もそれなりに真剣で大変らしい。小学生といっても、後二ヶ月で中学生だ。
異性を気にして、自分を好きになって欲しいという感情なら幼稚園の子ですら持っている。
カカシは優しく微笑んで、恋に悩む乙女を見た。
「…でも、サクラは自分の気持ちを伝えたいんだよな? ミーハーな気持ちじゃありませ
ん。私は本当に貴方が好きなんです! …って」
カカシの声にからかっている響きはなかった。
「………カカシ先生…」
「……で、そいつチョコ好きそう? いやあの、イルカなんかはガキの頃から甘いもん苦
手なんだぜ? 嫌いなもんもらったって、大量になればなるほど嫌気が差すだけって事も
ある」
「…………好きかどーかは…わかんない…好きじゃないかも…しれない…でも…」
「……ヴァレンタインにチョコを渡す事に意味がある、と」
コクン、とサクラは頷く。
「…人を好きになれるって、素敵なコトだよな。オレはそう思う。……でもさ、サクラち
ゃん。…その子が他の男子よりオトナっぽく見えたとしてもだ。サクラちゃんくらいの年
だと、絶対恋愛方面女の子の方が進んでいるモンだぜ? まして、そいつサッカー選手で
何だか知らんが目標バリバリって感じなんだろ? たぶん今は女の子よりボールの方に引
力感じてると思う」
サクラはしぶしぶ頷いた。
「…私も…そんな気がする……」
カカシは微笑んで見せた。
「ま、だいじょーぶさあ。個人差はあるけど、これから第二次性徴始まるだろ? そーな
りゃ嫌でも女の子が気になって仕方ないってお年頃になるから、男は。…だからサクラち
ゃんは頑張ってオンナを磨きな。向こうに惚れさせるようにな」
「そんなあ…ムリよお…」
「まあ、向こうの視界に入る努力はすべきかもな。それとなく好意を見せて、気を引いて
おくってのは結構有効だと思う」
「む、難しいのね……」
「そーね。ま、そう簡単にはいかねえぞー。…で、当面今年のヴァレンタインだが」
サクラはテーブル越しに身を乗り出した。
「うんっ」
「………皆、目立とうと思って可愛い綺麗なのを贈るだろ? きっと。…だから、ここは
抑えてクールに行ってみるってのどお? 大人っぽいシブイビターチョコを、やっぱシブ
イ感じの品のいいラッピングで。で、ガキ臭くねえカードを添えるわけよ」
「そこに『好きです』って書くの?」
いや、とカカシは首を振る。
「そこは直球じゃダメよー。そーだなあ…『幸運が貴方と共にありますように。試合、
頑張って下さい』って、そんな感じがいいかも。で、ミステリアスにイニシャルだけにし
とくの。少し謎めいた感じって、結構好きだよ、男ってさ」
サクラは疑わしげにカカシを見る。
「…そんなんで…大丈夫かなあ……」
「そこはそれ、ちゃんと匂わせておくのさ。ヒントは与えておかなきゃ。さっきステーシ
ョナリー見てたらさ、もう桜のカードとかいいのが結構出てたぜ?」
あ、そっかー、とサクラは手を打つ。
「それ行こうかなー。今好き好きって迫ったってダメっぽいから、伏線っていうかー今か
らさり気なくサスケ君包囲網を展開するのね?」
カカシはニヤッと笑った
「あ、サスケ君っつうんだ」
サクラは「ああっ」と口を押さえた。
「やあああんっ! ね、ね、ナイショよおおおお? 絶対誰にも言わないでね? イルカ
さんにも言ったらダメだからねっ!」
「言わない、言わない」
「…絶対よ?」
「言いませんって。誓います」
カカシはニコニコ笑いながら片手を挙げて宣誓の真似をする。
サクラは赤くなりながら「ヨシ」と呟いた。
「………相談、乗ってくれてありがと、先生。……先生もいっぱいもらうんだったら、迷
惑かもしれないけど…私、先生にもチョコ、あげたいな。…もらってくれる?」
カカシは笑顔のまま頷いた。
「サクラちゃんからのチョコなら喜んで。いらないなんて罰当たりな事言うわけないじゃ
ない」
えへ、とサクラははにかんで笑った。
思春期に差し掛かった少女は、ほころびかけた蕾のようだ。
これからきっと綺麗な花を咲かせるに違いないと思わせる初々しさが眩しい。
こんな可愛い少女に片想いをさせている少年も罪作りなことだ。
嬉しそうに小さなクマを胸に抱えて手を振りながら去る少女を見送って、カカシはため息
をついた。
「……さあて、オレはどーするかな……オレの場合とっくに告って両想いなんだからゼー
タクな悩みなんだけどさ。でも、喜んで欲しいし〜…驚かせてやりたいし〜〜…」
小学生の恋愛相談に乗っている場合ではないのだ。
「……他人事ならアイディア沸くのになー…何で自分の事になると上手い知恵が浮かばん
のかね……」

      



 

イルカがなかなか登場しない・・・ってか、何でカカシとサクラのデートで終わっちゃうかな。小学生とデートする大学生。
んでもって、サスケやっと登場。(名前だけだが)

店先でチョコ見てたら、「マジ可愛い〜あたしの方が欲しいよコレ〜」と騒いでいる女子高生がいて。こればかりは深く同意。
ど^〜見ても女の子ウケしそうな物ばかりですよねえ・・・特にキディ●ンドとかサン●オショップとか。ソ●ープラザもかなあ・・・(笑)

 

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