treasure−1

 

「あの、すみません…」
「はい、いらっしゃいませ!」
貸し出しカウンターにいたバイトの女の子は、愛想よく弾んだ声を出した。
声を掛けてきた客が、背が高くて結構イイ男だったからだ。
見ない顔だから新規の客だ、と判断した彼女は微笑んで新規申し込み用紙を用意する。
「あ、いや…レンタルじゃなくて……ここではたけってのがバイトしていますよね?」
「え…あ、ハイ」
男はにこっと微笑んだ。
「すみません、仕事中に…すぐ済む用なんで、呼んで貰えませんか」
だが、彼女が返事をする前に貸しビデオの棚の陰から男が捜していた相手が顔を出す。
「あれ? イルカ。珍しー…お前がココに来るなんてさ。何? オレに用? それともC
Dでも借りに来たのか?」
「ああ、いたのか。良かった…お前、携帯忘れていくなよ。連絡取ろうと思ったら、お前
の携帯ソファの上で鳴ってるんだもんなー…」
え? とカカシは首を傾げる。
「オレ、ケータイ持ってるはず……」
ジーンズの尻ポケットを探った彼は、ホラ、と何やら取り出す。
「……………うっ…」
「……………………やっぱ、お前か…………」
カカシの手に握られていたのは、イルカが午前中散々捜していたMDコンポのリモコンだ
った―――





バイトが終わったカカシは、イルカ達と待ち合わせた場所に向かった。彼の仕事中にイル
カが来たのは、最初に決めた待ち合わせ場所がどうも都合が悪いという事がわかったので、
変更になったという事を伝える為だったのだ。
カカシが携帯さえ忘れていなければ二、三十秒で済む用件だったのだが。
「信じらんねー…いくらMDのリモコンが小さいからって…」
「…悪かったってば………寝ぼけてたんだよー…」
イルカはあきれた顔で幼馴染みを見た。
確かにこの男は昔から寝起きが悪く、起きてからもしばらく寝ぼけている事が多い。
「お前、やっぱ午前中は絶対にバイクに乗るなよ。赤信号でも突っ込みかねない」
むー、とカカシはむくれる。
「だからガッコは電車で行ってるじゃん…」
イルカとカカシの会話を横で聞いていたナルトが口を挟む。
「カカシ兄ちゃんのバイクカッコいいってば! なーなー、今度後ろ乗っけてよぉ」
カカシは即答で断った。
「だーめ。万が一コケてみろ。後ろのヤツの命の保証なんて出来ねえからな.」
ナルトは唇を尖らせる。
「ちえー………つまんねえの。やっぱ、大きくなってからメンキョ取るしかないかー」
言ってから、ナルトは何かを思い出したらしくパッと顔を明るくする。
「そーだ! あのさ、あのさ! おじさ…じゃなくて…と、父さんがさ、オレ中学入った
ら、ケータイ買ってくれるんだって! そしたら兄ちゃん、番号交換してくれってば! メ
ールのアドレスも!」
「へえ、そっか。良かったな、お父さん優しくて」
イルカはポンポン、とナルトの頭を撫でる。
「かー…オッサン、息子出来て嬉しくって甘やかしてんじゃねえの? ガキがケータイ持
ってどーすんのさ」
ナルトはちらっとカカシを見上げて、フン、と鼻を鳴らす。
「カカシ兄ちゃんさー…今時、小学生だってケータイでメール交換すんのがフツーって世
の中だぜー? 中学生にもなって持ってなかったら友達にバカにされちまうって」
カカシはイルカを見た。
「そういうモン?」
「……らしいな」
ナルトは眉間に皺を寄せて頷いた。
「ガキにもさ、それなりのツキアイってもんがあるんだよ」
カカシも眉間に皺を寄せて頷く。
「…そっか。それならわかる」
クラスのみんなが持っているのに、一人だけ持っていなかったら即仲間外れ。持っている
『物』は変わっても、いつの世代もそう言う法則は変わらないものだ。
ナルトは、孤児だというだけで随分そういう置いてきぼりをくった事だろう―――今まで
は。
「わかる?」
見上げてくるナルトの視線を避けて、カカシは横を向いた。
「…ガキは残酷でキツイ。相手の心を思いやる想像力もねえから、平気でクラスメイトを
傷つけて、その痛みにも無関心だ。―――そのきっかけは、いつだってそういう何を持っ
てるとか持ってねえとか言うくだらねえ事だったりするんだって…そういうのはわかる」
ナルトはカカシ本人ではなく、イルカの耳元に向かってそっと聞いた。
「…もしかしてカカシ兄ちゃん、イジメられっ子だったりした…?」
イルカは苦笑する。
「小学生くらいまではね。色が白くて女の子みたいな顔で、小さくて細くて、でも成績は
良い。イジメられる要素は揃ってたねえ…土地っ子じゃなかったから言葉も違ってたし」
でも、とイルカは続ける。
「大人しくイジメられて泣くタマでも無かったけどな、コイツは。それにまあ中学入って背
が伸びて、ケンカ連戦連勝負け無しになってからはコイツをいじめようなんて度胸のある
ヤツはいなくなったし」
カカシはちらっとイルカを見たが、何も言わずに先を歩く。
イルカの言った事は嘘ではないが、全てではない。
カカシとイルカは、今でこそそう身長に差は無いが、子供の頃はイルカの方がずっと大き
かった。小学生の頃から結構大きかったイルカは、体格相応の力の持ち主で。悪ガキども
もそうそうイルカに手を出せずにいたのだ。
そのイルカがナイトよろしくカカシの傍にいつもいた。
守られていたのだ、自分は。
カカシは自嘲気味に笑った。
確かに今、カカシは自分の身くらい自分で守れる。
だが、未だにイルカの存在に頼っているではないか。
彼がいないだけで、どんなに不安だった事か。
「……進歩ねえなあ…オレ」


 
人気のラーメン店が、たとえ一時間でも貸切にする事を了承してくれたのは、店主がイル
カの事故をその眼で目撃していたからだった。カカシが事情を話し、退院祝いを店でやり
たいと言ったところ、店主は快く頷いてくれた。
「ああ、あの事故! 知ってるよ。俺はちょうど向かいの通りにいたんだ。危ねえっ! と
思った時はもう歩道に車が突っ込んでてなあ……そうか、あの時子供を庇った兄ちゃん、
生きてたか。あんな血まみれだったから、もしかして死んじまったんじゃねえかと気の毒
に思ってたんだが…そうか、退院出来たのか。良かったなあ…で、俺んちのラーメンが好
きだからここで退院祝いをやりてえってんだから嬉しいね。いいよ。昼の混んでいる時間
帯をはずせば、一時間くらいなんとかなる。いや、一時間半くらいはいいよ。…で、何を
用意しようか」
店主は思った以上に乗り気になってくれ、ラーメンは少なめにして他の物も作ろうなどと
メニューの提案までしてくれたのである。
退院祝いをラーメン屋でやろうと言われたイルカは、気負わなくていい場所だし、きっと
ナルトがラーメンを食べたがったのだろうと思っていた。まさか、貸切状態になっている
とは思わなかったので、のれんをくぐった彼は驚いて眼を見開く。
「………え?」
客がいない事にも驚いたが、いつもと様相が違う。
カウンター席がメインであり、テーブル席は二つしかない小さな店だ。その二つしかない
テーブルが合わせられて、テーブルクロスがかかっている。小規模ながら、何かイベント
をやるつもりなのだろうとわかる拵えだった。
「………もしかして……」
後からのれんをくぐって入って来たカカシの顔を見ると、カカシは悪戯っぽい笑みを浮か
べていた。
「退院祝いのパーティだって言ったじゃん。ま、こういう所でやるのも変わってていいだ
ろ?」
カカシの脇から顔を覗かせたナルトも共犯者よろしくニシシ、と笑っている。
その時店の奥から華やかな色彩が現れた。
花束を抱えたサクラだ。
中華料理店だという事を意識したのか、赤いチャイナドレスに身を包んでいる。
「退院おめでとうございまーす、イルカさん!」
面食らったイルカは、何とか「ありがとう」と言いながら花束を受け取る。
「すっげー! サクラちゃん、すっげー可愛い! 似合ってるってば!」
「そお?」
褒めちぎるナルトに、サクラは素っ気無く返す。
サクラとしては、この『可愛い』姿を見せたい相手は他にいたのだ。だが、その相手はこ
の場所に来るはずも無い。イルカとは無関係なのだから―――
膝丈のチャイナドレスはまだ幼い彼女に色気を与える事はなかったが、おめかしした少女
の可愛さを充分引き立てている。
「…ノルねえ、サクラちゃんも」
カカシの呟きに、サクラは赤くなってツンと顎を反らせた。
「だって、中華料理店でパーティだって言ったら、それなら絶対チャイナだーって…パパ
がさ。……パパ、たぶんちょっと勘違いしたのかもしれないけど、せっかく買ってくれる
って言うもの、断る手はないでしょ?」
ぷ、とカカシは噴き出した。
「そりゃたぶんパパが見たかったんじゃねえ? サクラちゃんのチャイナ」
「……たぶんね……写真撮ってたもん……」
中華料理店と言ってもピンからキリまで。
彼女の父親はおそらく高級な店での立食パーティでも想像したのだろう。まさかタウン情
報誌に『行列の出来るラーメン店』として紹介されているカウンターがメインの小さな店
だとは思っていまい。
「いーじゃん、何でも。サクラちゃんが可愛いんだから」
イルカはナルトの頭に手を置いて同意した。
「だな。この場合ナルト君の意見が正しいかも。やっぱり女の子がいると華やかだね」
「さ、時間限られてっから、さっさと始めようぜ。先ずは乾杯かな」
そのカカシの声を聞き取ったのだろう。
奥から店主が出てきて、ジュースやウーロン茶のビンとコップを人数分カウンターに出し
てくれた。
「お、サンキューおやじさん。……昼間だし未成年がいるから酒はやめたんだけど、お前
ビールの方が良かった?」
イルカは微笑って首を振る。
「いや。……ウーロン茶でいいよ。うん、昼間だし」
第一、店主を除けばこの中で二十歳になっているのはイルカだけだ。
もっともカカシは高校生の頃からアルコールにも煙草にも手を出しているのだが、現在は
煙草を嫌うイルカと同居している為禁煙を余儀なくさせられている。
吸うとイルカが嫌がってキスもしてくれないから、天秤にかけた結果カカシは当然煙草を
捨てたのだ。
そのイルカも実は酒は中学の頃から父親に仕込まれていて、結構強い。昼間からビールを
飲んだ所で本当は何の影響も無いのだが。
「じゃ、ウーロン茶ね。…サクラちゃんはジュース? ナルトもジュースか? ヨシ、じ
ゃあ皆コップ持って〜…あ、おやじさんも一緒に乾杯してよ。…そうそう。じゃー行きま
す! うみのイルカ生還を祝してー! 無事退院おめでとーさん! 乾杯!」
「退院おめでとだってばよ、カンパイ!」
「イルカさんおめでとう!」
「おめでとーさん、良かったな、兄ちゃん」
カチンカチンとコップがぶつかりあった。
それぞれ半分ほど飲むと、コップをテーブルにおいて拍手した。
イルカがぺこりと頭を下げる。
「どうもありがとう。皆には心配掛けしましたが、おかげ様で無事に退院出来ました」
「ま、普段頑丈で滅多に風邪もひかないイルカサンが入院ってのは貴重な体験でしたね
っ! おかげでオレも看護っつう滅多に出来ない体験をしたわけだし。ナルトも大きなケ
ガしなくて済んだ上、新しいご両親まで出来たりして。……結果オーライってとこ?」
ね、とカカシにウインクされたイルカは苦笑して頷く。
「そうだな。結果的にはね」
カウンターからシュウマイの皿を運んできたサクラが口を挟む。
「カカシ先生はあたしと再会出来ちゃうし。悪い事ばかりじゃなかったねって事ね?」
ついでに会いたくも無い男とも再会してしまったカカシだったが、彼はその事をムリに頭
から追い払った。
「…そおね。…ウン、悪い事ばかりじゃなかったって事よ」
カカシは目を細めた。
何せ、あの事故がなければイルカが自分をああいう風に受け入れてくれたかはわからない。
自分自身もこんなに彼が好きだと自覚しなかったかもしれないのだから。
彼が事故に遭った時は胸がつぶれるかと思ったが、何がどう幸いするかはわからないもの
だとカカシは思っていた。

 

        



 

同人誌『X-DAY』書きおろしSS。

イルカくんの退院祝いは、やっぱり一楽。(笑)
もうお忘れかもしれませんが、カカシくんの『会いたくも無い男』
とは、ガイ先生のことです。何故イヤか。
勝負を挑まれるからです。(お約束)

 

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