treasure−2
海老のチリソースに青椒肉絲、チマキに海老蒸し餃子。小籠包、鶏とカシューナッツの炒 め物に春巻き。そこに加えて店主ご自慢の醤油ラーメン。 カカシは感心してテーブルの上を眺めていた。料理だけなら中華街にある高級店にも引け はとらないだろう。 彼はそっとカウンターの中に入った。店主がまだ何か作っている様子に少し当惑した顔に なる。 「……おやじさん、これって凄くねえ? こんなに本格的なの作れたんだねー…」 ふふん、と店主は胸を反らせた。 「まだまだこんなモンじゃねえけどなあ、俺のレパートリーは。あんまりたくさん作って も食いきれないだろう?」 「いやそりゃメニューとしちゃ充分…過ぎなくらいだけどさ……」 カカシはこそっと声を落とす。 「………これって予算オーバー……してんじゃないかと……」 店主は笑ってピン、と親指を立てた。 「ばぁか。ガキが妙な心配してんじゃないよ。…代金は最初決めただけでいい。はみ出し た分はアレだな。俺の気持ちさ。……あの鼻傷の兄ちゃんは、人間一人の命を助けたんだ ぜ。それこそ自分の危険も省みずな。きっと、危ないと思ったら勝手に身体が動いちまっ たってクチじゃないかと思うんだが、それはあの兄ちゃんがそういう感心な心根を持って るって事だろう。男の…いや、人間としての胆力だと俺は思う。…咄嗟にそう言う行動を とれるかどうかって言うのはね。俺は、偉いと思った。褒めてやりたい。……こんな事し か出来ないがな」 店主は笑って蟹玉の餡かけを皿に移し、カカシに手渡した。 「まあ、心配せんでも後はデザートだけさ。あの嬢ちゃんに訊いたら、杏仁豆腐がいいっ てよ。…俺も久々に色々な料理が作れて楽しかったよ」 「…ありがとうございます。……でも何で普段はラーメンと餃子だけなの?」 もったいない、と呟くカカシに店主は苦笑した。 「……そりゃ、そんなにメニューを増やしたって手が追いつかんだろうが」 もっともな話だった。 カカシがカウンターの中で店主と話している時、店の中ではナルトがイルカにおずおずと ラッピングした包みを手渡していた。 「イ…イルカ兄ちゃん。……あの、コレ…コレ、オレの気持ちだってば…!」 春巻きを口に入れかけていたイルカは、取りあえず箸を置く。 「え…? これ、俺に?」 うん、とナルトは頷く。 「本当はね、こんなんじゃオレの気持ちを表しきれないんだってばよ…オレ、オレ本当は …何をしても、何を言っても全然足りねえんだ! だって、オレの命だもん。兄ちゃんが 助けてくれたのは、オレがたった一つ、自分の物だって思っているものだもん!」 サクラは箸を止め、眼を見開いてナルトを見ていた。 イルカは「そんな気遣いをしなくても…」と言いかけた言葉を引っ込めて微笑んだ。 「…ありがとう。…俺、嬉しい。ナルト君を助けられた事が嬉しい。…君が怪我をしなく て、死ななくて本当に良かった」 イルカは包みを受け取り、ナルトの小さな身体をひょいと引き寄せて両腕で抱き込んだ。 「…ナルト君の今のお父さんが、君を息子にしたいって思った気持ち…わかるな」 イルカに抱擁されて、ナルトは赤くなった。 イルカはナルトの背中でラッピングを解く。 「お」 新しいB5判のスケッチブックに、外でスケッチする時に簡単な色付けが出来る固形顔料 絵の具のセットだった。 ナルト一人の思いつきではないだろう。きっと、カカシか今の両親に知恵を借りたに違い ない。 「…これは持ってなかったな。…嬉しいよ」 「……お、俺ね…お手伝いして…お駄賃貯めたんだ…だから、そんなに高い物じゃ…ない んだってば……」 恥ずかしそうにボソボソ呟くナルトをイルカはぎゅっと抱き締めて、耳元で囁くように「ば っか」と言った。 「値段なんか関係ないんだよ…ありがとう…」 「にーちゃん…」 ナルトは今度こそ耳まで真っ赤になった。 驚いたようにナルトを見ていたサクラの顔に微笑が浮かぶ。 「……ナルト。アンタ、真っ赤よ」 「サササッサクラちゃん! いやっ…あのその…だって!」 あたふたするナルトを、イルカは笑いながら拘束している。 その様子を、餡かけ蟹玉を片手に掲げたカカシが呆れて見ていた。 「…イルカったらタラシだなー。この見境なし。守備範囲広過ぎ」 イルカはやっとナルトを解放した。 「人聞き悪い事言うなよ、カカシ。親愛と感謝の抱擁だぞ」 「………オレのバイト先の女の子にも色目使ったろ。彼女、俄然お前に興味持っちゃって さ。お前帰った後オレ質問攻めだったんだぜ」 イルカは心外だ、と肩を竦めた。 「誰が色目なんか。…お前がいるかどうか訊いただけじゃないか。……その子も、物好き だな」 えええっと声を上げたのはサクラだった。 「どうしてー? イルカさん、結構イケてるっぽいのにー! …マジで彼女いないんです か?」 イルカは苦笑する。 「………手間のかかるのと同居してるからね。コイツで手一杯」 実際、女性と真面目に交際するのは結構労力がかかる。 『彼女』は四六時中『彼』が自分の事を考えていてくれるものだと思っているし、何事よ りも自分が最優先だと信じているものだから。 少なくともイルカの知っている女は大抵その調子で、彼はそれが面倒だと思ってしまう男 だった。 「…そういうもん…なんですか…?」 「うんまあ…俺はね」 サクラは矛先をカカシに向ける。 「カカシ先生は?」 カカシも肩を竦めて見せた。 「女の子ってのはそういう話が好きだねえ…オレも今はフリーだけど? 大学生もね、真 面目にお勉強するのは大変なワケよ。バイトとお勉強とイルカに迷惑かけるんで手一杯。 それ以上の事したら睡眠時間が無くなっちゃう」 「お前、バイトと勉強はいいが、最後のは何だ」 サクラとナルトがウケて大笑いしてしまった為、イルカとカカシの異性問題はそこでお流 れになった。 店主渾身の力作だという杏仁豆腐は確かに絶品で、サクラに握りこぶしつきで絶賛された 店主は満更でも無さそうにおかわりまでくれて。それを皆で腹に入れた時にはそろそろ夕 方の客が来る時間になっていた。 「どうもありがとうございました。無理なお願いを聞いて下さって感謝しています」 宴の主役であるイルカがきちんと店主に礼を言い、パーティはお開きになった。 「いや、またラーメン食いにおいで。美味いモン食えるのも無事に生きているからだから な。大事にしなよ」 店主は自分よりも背の高い青年の肩を分厚い掌でパンパンと叩く。 「本当にそうですね。…不自由になってみて初めて健康のありがたさが身にしみてわかり ました。…忘れないようにします」 イルカ達は皆で店主に頭を下げ、店から出た。 サクラは外では目立ってしまうチャイナドレスの上に上着を着て隠している。それでも注 意深く見れば彼女がチャイナを着ているのはわかった。 そのサクラをチラッと見て、カカシはナルトに耳打ちする。 「ナルト。サクラちゃんを家まで送ってやんな」 耳聡いサクラは、ナルトより先に声をあげた。 「えー? 大丈夫よお。一人で帰れるもん」 「だってサクラちゃん、そんな可愛い格好じゃ目立つよ? もうすぐに暗くなってくるし さ、変なのに声掛けられたくないだろ?」 サクラは「う〜」と唸った。 「でもぉ…」 ナルトは少し赤くなりながら、それでも彼女のエスコートを申し出る。 「サクラちゃん、オレ送ってくってば」 「……ホントーに変なヒトが出た時、ナルトじゃ頼りないよぉ」 ナルトは目に見えて落ち込んだ。 本当の事だけに言い返せないでしょげている彼の頭に、イルカがぼふっと手を置いた。 「サクラちゃんちとナルト君ちじゃ方向が違うしな。ナルト君が遅くなってもご両親が心 配するから、サクラちゃんは俺が送るよ。…いいかな? ナルト君」 イルカはナルトに確認をとったが、「うんっ」と声を上げたのはサクラの方だった。 「イルカさんなら安心〜! 大人の人だもん」 サクラはさっさとイルカの腕に懐く。 「じゃあね、カカシ先生、ナルト。さよならあ。行こ、イルカさん」 サクラに引っつかれたイルカは、苦笑気味な顔でカカシ達を振り返ってから黙って歩き出 す。 カカシとナルトは一楽の前で、サクラがイルカを見上げながら楽しそうに何やら話し掛け ている後姿を見送った。 「……………めげるなよ、ナルト」 「…………………………わかってるってば」 「……………サクラちゃんもオンナなんだよ…」 同い年の寸詰まりよりも、年上で背の高い頼もしい男を選ぶ。 当然の『オンナの選択』なのだ。 「………………………………………わかってるってばよ…」 「元気出せ! 何であの時送ってもらわなかったんだろうってサクラちゃんが後でくやし がるよーないい男になるんだ、少年!」 ナルトはぴょこん! と顔を上げた。 「だよなっ! うん、オレってば頑張るっ!」 「……………立ち直り早いね、お前………」 ナルトはえへへ、と笑う。 「でなきゃ生きていけないってばよ!」 そっか、とカカシは目元を和ませた。 「じゃ、一楽に戻るぞ。いい男への第一歩だ」 何で戻るの? と見上げるナルトに、カカシはウインクして見せた。 「そりゃお前、後片付け手伝うのさ。…食ったら片づける。オレ達は払った料金以上食わ せてもらってんだ。それくらいしなきゃな」 ナルトはなるほど、と頷いた。 「いい男への第一歩か。オレ、わかったってば、カカシ兄ちゃん。…いい男ってのは、ジ ンギを大事にしなきゃなんねえんだな?」 「……仁義ね。ま、そんなとこかな……」 「よ、ご苦労さん。…遅かったな」 てっきり先に帰っているかと思っていたイルカが帰宅したのは、カカシよりも一時間後だ った。 「ああ…家の前まで送ったらすぐ戻るつもりだったんだが…お茶ごちそうになっちゃって ……」 イルカはやれやれ、と言った顔で肩をゴキゴキと回している。 「……何かあったの?」 「…いや、ちょっと気疲れしただけ。……実は、彼女の家の前まで送って帰ろうとしたら、 中から彼女の親父さんが飛び出して来たわけ。…家の中から見えたんだろうな。親父さん にしたら、夕方とは言え、可愛い娘が男…それも彼女よりも随分年上の男に送られて帰っ て来たもんだから、一大事さ」 イルカは事情を話しながらキッチンへ行き、水を汲んで一口飲んだ。 事の成り行きを察したカカシは苦笑する。 「大事な娘を誑かしているロリコン男に間違われたわけ? うわあ、ご愁傷様」 「笑うなよ。…で、まあ俺も誤解されるのは嫌だから、ちゃんと挨拶したんだ。事情を説 明して、お嬢さんをお借りしましたってね。そうしたら、せっかくだからお茶でもって誘 われて…お母さんまで出てきてぜひにと言われたら断わりきれなくてさ。どうやら、サク ラちゃんから話は聞いていたらしい。何だかえらく感心されて…あ、ナルトを庇った事を な。…ああ、そうだ。お前によろしくってさ。お前、結構あそこのお母さんに気に入られ てたんだな。お前の友人だって事で俺も信用されたみたいだ」 ハハ、とカカシは笑った。 「そーかなあ…あそこの御両親がお前を信用したんだとしたら、お前自身をちゃんと見た からだろ」 「ま、小学生を誑かしているロリコン男って誤解が解けりゃそれでいいんだけどな、俺は。 サクラちゃんとお付き合いするワケじゃなし、あそこの親にどう思われたって」 「そりゃそうだけどね。…ま、人の口ってのは怖いからさ、大人連中に好感持ってもらっ てて損は無いんじゃない? お前もオレも顔に傷痕があるだけで偏見持たれる事もあるじ ゃない……特にお前は教師志望なんだから」 イルカは少し驚いた顔でカカシを振り返った。 「……それも…そうだが。お前が世間体ってものを考えているってのは意外だったな」 「ひっでえな〜オレはね〜自分の事はどうでもいいけど、お前の事はどうでも良くないも 〜ん」 カカシは笑いながらイルカの後ろから肩に手を回し、背中にぺたりと張り付いた。 「お前な、そんな………」 目の前に来たカカシの指を見たイルカは言葉を切る。 「……お前、この指どうした?」 あ、と呟いたカカシが慌てて引っ込めようとした手を素早くイルカは掴んだ。 「……さっきまでこんな怪我してなかっただろうが」 カカシの左の人差し指と中指にべたべたと何枚も絆創膏が巻かれていた。まだ血が滲んで いる箇所もある。 「ちょっとドジっただけ。大した事ねえよ」 「……ちょっと?」 カカシは肩を竦めた。 「いや〜…あのさ、まだ従業員の人も来てないみたいだったからさ…あの、杏仁豆腐とか はおやっさんの気持ちだったみたいだし、食器洗いくらいやってもバチ当たらんかな〜っ て思ってさ。…だから、ナルトと洗い物やったんだよ。それで…」 「コップでも割ったのか?」 実際に割ってしまったのはナルトだったのだが、それを片付ける為に手を伸ばしたカカシ は目測を誤ってガラスで手を切った。左右の視力が極端に違う為、時々遠近感が狂うのだ。 「……そんなとこ。…やっぱ、慣れない事はするもんじゃないね」 手首をイルカに掴まれて身動き出来ないカカシは、イルカの肩口に顔を押しつけたままボ ソボソと『白状』した。 ふう、とイルカは息をつく。 「………気をつけろよ……」 「…うん…」 「…弁償は?」 「そんなん気にすんなっておやっさんにどつかれた」 イルカは苦笑した。 「…なるほど。…ナルトにケガは?」 「ああ、しなかった。だいじょ…」 ハッとカカシは口を噤んだ。 「やっぱ、割ったのはアイツか」 「……何でわかっちゃうんだよお……」 子供の失態をわざわざ言う事もあるまいと曖昧に誤魔化したのを、いとも簡単に見破られ たカカシはイルカの背中でうめく。 「カカシ」 「ん〜〜?」 イルカはカカシの手首を離し、くるりと向き直った。 そして、カカシの身体を徐に抱き締める。 「…イルカ?」 「……気をつけろよ」 先刻と同じ言葉をイルカは繰り返した。カカシもイルカの腕の中で先刻と同じ返事を返す。 「…うん…」 イルカはよしよし、とカカシの頭を撫でる。 「…お疲れ様。……それから、ありがとう…」 カカシは薄っすらと赤面した。 「………何も…オレ、何も…してな…」 「してるよ」 「…本当に…?」 イルカは幾分怒ったようにカカシを抱き締める腕に力を込める。 「こんな事で嘘つくかよ。…今日の事ばかりを言ってるんじゃないぞ。…お前がいなかっ たら…俺は……」 「…イルカ…」 「お前がいてくれて…良かった…って…ずっと…」 「イルカ…」 戸惑ったように眉を寄せていたカカシの顔に、やっと笑みが戻った。 ゆっくりと両腕を上げ、イルカの背を抱きしめ返す。 「…そんなの、オレだって一緒だよ」 いや、彼に依存しているのは自分の方だとカカシは知っている。そう思っている。 だけど、自分の存在が彼の中で『不可欠なもの』ならば嬉しい。 どんなに小さくてもそうならば―――嬉しい。 カカシはにっこり笑って恋人に提案した。 「…じゃあ、退院祝い第二幕と行こうぜ。…ベッドで」 パーティの主役は苦笑しながら同意した。 |
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すみません、彼ら若いモンで、つい運動したくなるようです。(笑) 中華料理のメニューを見ようと思って、中華レストランのサイトに行ったらすごく美味しそうで………夜中にお腹空いちゃった思い出のあるSS。(爆) |