問題は、オレと彼が『入れ替わった』状況だった。
以前の『神隠し』騒動の時の発端は、術の解呪を試みた事に対する反発の力―――で、『揺り返し』のキッカケは火事によって誘発されたガス爆発(だった事はこっちに来て聞いた話だが)だ。
今回の場合、たぶん偶然にもこっちのカカシ君とオレが、同じような場所(三叉路)で、同じ様な事を同時にしてしまったのだと推測される。
いわゆる、同調だ。そこに、時空間忍術の座標術式が加わって、よくわからん力が働いたんじゃないかと―――思う。あくまで推論だが。
神様が現われて、『正解』を言ってくれなきゃ、本当の事なんてわかるはずもない。
「………なら、揺り返しも……彼とオレが、同時に同じ事を同じ様な場所でするか、同じ言葉を口にするか、で来る………か?」
条件的にはそういう事だ。
「絶望的だ。―――そうそう、上手くいくものか? ……やっぱり時空間忍術を何とか解明するしか………」
「上手く、いくかもしれませんよ」
オレの独り言に応えたのはイルカ君だった。彼は、オレの目の前の卓に、コトリと湯呑を置く。
「この前だって、貴方達を帰す力はちゃんと働いた。……火事、そしてガス爆発。それも、貴方とイルカさんが二人揃っている時に。………そんな偶然、普通無いです。マンションでガス爆発なんて、滅多に無い事故なんですよ?」
「………そうなの?」
「そうですよ」
イルカ君は、ひょいと目の前に掌を差し出した。オレは何となく、『お手』のようにそこに手を軽く乗せる。
それを見た彼は、クッと笑い声を漏らした。
「ほら。……アイツに今と同じ事をやったら、絶対そうして手を乗せてきます。…実に自然に、何気なく。…アイツと貴方、やっぱり同じ人間なんだ」
「……………………」
「だから。………きっとまた同じタイミングで、何か同じ事をするんですよ、貴方達は。…それが、『揺り返し』の法則なのだと俺は思います」
「いや、だけどね…………」
「………忍術を知らない俺がどうこう言えるものではないのですが。………偶然をアテにしないで、何か『揺り返し』を起こさせる方法を模索する、というのはこのケースでは無駄な…いや、かえって危険な気がするんです」
ん? …イルカ先生のカンは侮れないからな。この子のカンもしかり、か?
「この現象は、人智を超えています。………無理をして、かえってとんでもない現象を引き起こしたら………最悪、別の空間に飛ばされ続けて、元の世界に戻れなくなったら? そんな事だって無いとは言い切れないじゃないですか」
―――ああ。無いとは言い切れない。
「………それは、怖いな」
「…だから、待ちませんか。…貴方が、ご自分が原因になってしまったのだと、責任を感じていらっしゃるのもわかりますが。…無理、なさらないでください」
ね? とイルカ君が笑いかけてくる。
ちょっと眼の下が熱い。オレは薄っすらと赤くなっているのかもしれないな。
イルカ先生よりも更に年下の彼に、励まされている。
確かにオレは、自分が原因になったのなら、ただ待つだけではなく自分が何とかすべきだと―――思い始めていた。
「………なるほど。じゃあオレは、特別な事をする必要はない、と?」
「貴方とアレでは、育った環境も物の考え方、価値観も違う。それが当然なんですが。…ふとした仕草や、物言いが似ている。………そこに、根源的な相似があると思います。自然体でいいのではないでしょうか? そのうち絶対、同じ事しますって。…それが何かはわかりませんが」
イルカ君は、サングラスと上着をオレに手渡した。
「お茶、飲んだら出掛けませんか? この間は殆どこの部屋から出なかったでしょう。せっかくだから、こっちの世界を観光するのも悪くないんじゃないでしょうか。…大丈夫、アイツは光に弱いんで、夏じゃなくてもサングラスをかけて外出する事が多いんです。目を隠していても、不審には思われません。…気分転換に、如何です?」
ああ、そうね。案外、イルカ先生もそう言ってカカシ君を案内して歩いているかも。
「わかった。…キミの言う通りだ。…じゃ、どこか連れてってもらおうかな」
オレに出来る事と言ったら、先生の三叉クナイ(絶対コレが元凶の一端だ。八つ当たり的な直感だが、あながち外れていないハズだ!)を肌身離さず持ち歩くくらいなんだろう。
玄関の扉を開けたところで、イルカ君は誰か知り合いに会ったらしい。ご近所つきあいっぽい無難な挨拶をしている。
オレは何となく、足を止めて様子を伺った。
………ん? ちょっとマテ。相手の声、何となく聞き覚えがあるぞ………?
「そうそう、ウチの宿六が、読者さんからたくさんお餅を頂いたんだよ。後でお裾分けしてあげるからね」
「いつもありがとうございます、ツナデ先生」
ぐわあっ! やっぱ、やっぱアノお人? オレの知っている方の彼女は、借金取りから逃げて全国賭博ツアーに出たまま里に音沙汰無いんで、ここ数年会ってないけど。
宿六って誰よ! 『読者さん』って単語がえらく引っ掛かるんですが!
オレは扉の陰で、彼女に見つからないように息を殺す。
いや、本能だ。………見つかったら、マズイ事になりそうだという。
「自来也先生は、大丈夫ですか? この間ベランダ越しにご挨拶したんですが、お元気が無いようで」
うっ…自来也様までいるのかあっ! …てか、それじゃあやっぱり『宿六』って………この世界のツナデ姫と自来也様、夫婦? こえ〜…
「あー、アイディアに詰まって、グダグダしてたね、そう言えば。ウチは家の中でタバコ吸わせないから、ベランダでホタル族よ。ホントは、書きながら吸いたいんでしょうねえ。…でも、吸わせないよ。タバコ吸わなきゃ書けないなら、書くのやめちまえってのよ。…まったく、ヤク中と一緒よ。………あんた達は? タバコ吸うの?」
「俺は吸いません。…カカシも前はちょっと遊びで吸ったみたいですが、今はやめています」
ふふ、とツナデ姫…いや、こっちのツナデさんが笑った。
「オーケイ。それでいいんだよ。…ガキん時に興味本位でああいうモンに手を出すのは仕方ない。でも、大人になったらやめる。タバコなんてね、金出して自殺しているのと同じさ。…ま、スモーカーの意見は違うみたいだけどね。…今度ベランダで会ったら、それとなくアンタからも禁煙促しておいてよ。あたしが言っても聞きやしない」
文句を言いながらも、彼女が心配しているのは亭主の身体の事なんだろうな。………こっちの人達は、チャクラ練って解毒、なんてしないんだろうし。
「わかりました。…俺が自来也先生に注意なんておこがましいですが。他ならぬツナデ先生の為でしたら」
うおうっ…何ソレ。イルカく〜ん、何か、凄いセリフに聞こえたんですが〜………やー、これって大真面目なんだろーなァ。天然タラシ。
イルカ先生も、ちょこっとそういうトコロあるんだっけな〜…そういや。
後、二言三言、挨拶の応酬があって、がちゃん、と隣の部屋の扉が閉まる音がした。
「…お待たせ、カカシさん。すみません、お隣の奥さんに会っちゃって………どうかなさいましたか?」
「………いや、何でもない………」
この分だと、コンビニでハヤテやゲンマがバイトしてたりとか、連続殺人の手配犯として大蛇丸やイタチの顔がテレビのニュースに出ても不思議じゃないかも。…怖っ…
「えっと、それじゃあ何処か行ってみたいところ、ありますか? …その、テレビとか新聞で興味持った所とか」
うーん、そうね。興味といえば―――
「………じゃあ、自衛隊っていうの? この国の軍事組織。里とは軍備が全然違うみたいだから、見てみたいなあ」
イルカ君は黙ってしまった。…あー、オレ、まずった?
「…もしかして遠かったりする? ならいいんだよ」
「……いえ、あの…ああいう所は、地理的に遠いというより、敷居が高いです。民間人が気軽に入れる場所じゃないんで……基地祭とか、そういう催しがある時なら、ある程度は見られますが」
「あ、そーだよね。…考えたら、そんな簡単に入れる所なワケないよねえ。国の軍事基地が。ゴメンゴメン」
各国の隠れ里だって、一応人の出入りには厳しい。依頼人は入る時に検査されるし、他国の忍なら特別な通行証が必要だものな。
「…あの、基地の他に見学出来そうな施設なら、捜せば…」
「いや、いーの、いーの。別に、何処でもいいんだよ。こっちは何処見ても面白そうだから。…でも、何処でもいいとか言われても困るかな。…じゃーねえ…よし、繁華街に行こう!」
「………は? 繁華街ですか?」
「そう、繁華街。この近辺で一番賑やかなところね」
自来也様曰く、初めて訪問した国では、取りあえず街で一番賑やかそうな所に行けば、大体の所はわかるのだそうだ。所謂、国の『程度』が。街の空気、危険度なども。
そして、情報が手に入りやすいのもこういう場所だ。
「わかりました。…では、ちょっと電車に乗りますが、行きましょう。繁華街」
電車か〜。うん、いいね。こっちの乗り物も興味あるんだよね。
では、異世界見物に出発だ。
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