黄昏の異邦人-10
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
今日はイルカさんの休養日とかで一日お休みだから、朝からオレにつきあってくれることになった。ってワケで、本日は木ノ葉見物なのだな。ちなみにオレは、今日は自分の服。…だって、お兄さんのコスプレはやっぱ、心臓に悪いし。(それに重いし) イルカさんは、特に面白い所も無いんですが、と恐縮しながら案内してくれたけど、異邦人にとっては何気ない街並みも面白いんだよね。で、今、里が一望出来る高台まで連れてきてもらったところ。 「あそこに見えるのが火影岩。代々の火影様のご尊顔を彫刻した岩です」 イルカさんが指差す先には、でかい四つの顔岩が。 ………オレ、ああいうの見たことあるぞ。テレビでだが。確か、マウント・ラッシュモアとかいう、アメリカの歴代大統領…リンカーンとか、ワシントンとかの有名どころの顔を岩に刻んであるヤツ。顔が二十メートル近くあるって言う巨大な彫刻だ。 アレにソックリな感じ。この分だときっと、モアイ像とか、自由の女神とかにクリソツなモニュメントが木ノ葉のどこかにあるに違いない。上野の西郷さんとか、北海道のクラーク博士の像もあるかもな。 「………あれ? でも、この間会った火影様って、三代目でしょ? 何で四人なの?」 「―――四代目は、火影を襲名なさいましたが、若くしてお亡くなりになったので………三代目がまた長に戻らざるを得なかったんです。四代目があまりにも優秀な方だったものですから、五代目がなかなか決まらなくて」 「………ふうん? そうなんだ………」 オレはポン、と手を打った。 「お兄さんは? スゴイ忍者だって言ってたじゃない。お兄さんが五代目ってのやればいいんじゃないの?」 イルカさんは、「ん〜」と微苦笑を浮かべる。 「能力的には問題ないと思いますが……たぶん、ご本人がやりたがらないでしょうね。…亡くなった四代目は、彼の師匠でもあった方ですから、色々複雑でしょうし。それに、少なくとも今はまだ、カカシ先生よりも先に候補としてお名前が上がる方々がいらっしゃいますし」 「そうなんだ〜。ふうん、お兄さんよりも凄い人達がまだいっぱいいるんだ。凄いね。………でもさ、リーダーって、強いだけじゃダメでしょう? オレさ、イルカさんなんか、いいと思うな〜火影。五代目になればいいのに」 イルカさんは、ぶわっはっは、と爆笑した。 「お、俺は一介の中忍ですよ…っ…上忍方をすっ飛ばして、中忍が火影って………」 「………オレ、真面目に言ってるのに。イルカさんって、包容力あるよ。…集団のリーダーに向いていると思うんだよね」 オレがそう言うと、イルカさんは笑いをおさめて、真顔で火影岩を仰いだ。 「……ありがとう。…でも、隠れ里の長は、それだけでもダメなんですよ。皆が心酔してついていくような、魅力と言うか…吸引力と言うか。…そういう要素も兼ね備える事が重要なんです。…それにはやはり、強くなくては。火影になるような方々の強さ、というのは、既に次元が違うんです。人間離れしていると言っても過言じゃない。…そして、俺にはそこまでの能力はありません」 「そーなの? 残念だなあ」 カリスマ性ってヤツかな。 オレはマジで、イルカさんにもそういう『力』があると思う。でも、忍者の世界のことをよく知らないオレに、それ以上何も言えるわけがなかった。 オレには犬に『変化』するだけでも充分人間離れした能力に思えるけど、この世界じゃ、あの程度は子供でもやっちゃうらしいし。そんな世界の『次元が違う能力』ってどういうんだろ。ま、ソレは置いといて。 大体オレはさ、『イルカ』が好きだから。そっくりなこの人を、つい贔屓目で見てしまうのかもしれない。 イルカさんと、ウチのイルカ。 ちょっと、雰囲気は違うけどね。それは、オレとお兄さんの『違い』と同じ質のものかもしれない。 見てきたものが違う。潜り(くぐ)抜けてきた『世界』が違う。 それは、人を殺した事があるとか、そういう問題でも無い気がするんだな。どう表現したらいいんだろう。 この人達は、オレ達より濃くて、深い。 ―――生き方や、魂が。………そんな、感じ。 「カカシ君?」 「……あ、ごめんなさい。ちょっと、ボーっとしちゃった」 えへへ、と笑って誤魔化してみたりして。 だって、オレが考え込むと、イルカさんは途端に心配そうな顔をするから。…この人にあまり心配掛けたくない。 イルカさんの方だって、お兄さんが…自分の恋人が無事に帰ってくるか、それが不安で仕方ないはずなのに。そんな気持ちは押し隠して、オレを心配する。 そういう人だ。 イルカさんは、あくまでも『イルカそっくりの人』。この人は、オレのものじゃないんだから。 ―――だから、あんまり甘えちゃいけない。 同じ様に優しい手をしていても、穏やかに微笑みかけてくれたとしても。甘えちゃいけないんだよ。 「…疲れましたか? では少し早いけど、昼飯にしましょう。…ラーメン、お好きでしたよね?」 「うん、好きだよ。…あ、もしかして一楽連れてってくれるの? オレの世界の一楽と、味同じかなあ」 そうだ、前の時、そんな話もしたっけね。同じ名前のラーメン屋なら、味も同じかって。あの時は、とうとう一緒に行く機会はなかったんだけど。 「三代目に叱られるかもしれませんが。せっかく小遣いやったのに、ラーメン屋に連れて行くなんて馬鹿かお前は!…ってね」 「え〜、オレ一楽行ってみたい。オヤジさんも同じ顔しているのか見たいし〜」 有り得るよね、それは。だってこれだけシンクロしている世界だもん。 だけど、一楽にたどり着く前に、オレ達は行き先の変更を余儀なくされた。もうちょっとで一楽だ、というところで、目の前にパタパタ、と小鳥が飛んできたのだ。 ソレを見たイルカさんの表情が、微妙にきゅっと引き締まる。 「………イルカさん?」 「…すみません、カカシ君。………呼び出しです。俺はすぐに行かなくてはなりませんが、貴方はどうします?」 オレは即答した。 「一緒に行きます」 小さい子みたいで恥ずかしいんだけど、イルカさんと離れて一人で帰るのがイヤなんだよね。なんか、心細くて。誰かに『カカシ上忍』と間違われたりしたら厄介だし。 そのオレの心の声が聞こえたかのように、イルカさんは頷いた。 「そうですね。その方が安心だし。…じゃあ、悪いんですが一緒に来てください」 イルカさんがプライベートな外出にも拘わらず、忍服着用だったのは、こういう事があるからだろうか。 お休みの日でも、いつ呼び出されるかわからないなんて、忍者って大変。………いや、いつ呼び出しされるかわからない職業は、オレ達の世界にもあるか。 イルカさんは、真っ直ぐにアカデミーの方へ向かう。 と、門の所にアスマ先生が苦笑を浮かべて立っていた。 「おう、イルカ。カカシその2クンも悪いな」 ………『カカシその2』ってなんですか。ナントカ2号みたいじゃんか。失礼なヒゲだ。(ん? オレも失礼だね) 「アスマ先生。…俺を呼び出したのは……」 「ああ、もちろん三代目さ。…スマンなあ、年寄りは気が短くて。明日まで待てんらしい。お前さんが組んでいた新しい暗号書式な、アレがどうやっても捜せんのだと。いじれそうなヤツが何人か挑戦したけど、ダメだったらしい」 途端にイルカさんが渋い顔になる。 「アレですか? …うわ、マズイな。ヘタに見ようとすると、潜る仕掛けにしてあったんです。………ヘンな所に潜られると、俺でもそう簡単に引き上げが出来るかどうか……他のヤツにいじらせるくらいなら、最初から呼んでくれればいいのに………」 何の話かなあ。…でも、何かマズイ事になってるっぽいね。オレ、ついてっちゃってもいいのかなあ。 「とにかく、見てみます」 「…頼むわ。俺はああいうのは苦手でな」 ま、取りあえず『帰れ』とは言われないので、ついて行こう。 イルカさんが入っていったのは、アカデミーの隣の建物だった。中の人達は、イルカさんの後からほたほたとついて行くオレを見て、皆一様にギョッとした顔をする。 ―――あ、オレもしかして間違われてる? こんな格好で『シャリンガン』のカカシが来るわけないのにね。 建物の結構奥の一室には、この間会ったジイ様がいた。 「おお、スマンのう、イルカや」 「…火影様。大体の所は聞きましたが。…例のもの捜そうとなさったのですって? 何人に触らせました?」 ジイ様は、あらぬ方を見ながら咳払い。 「…………そんなに多くはないぞ。モノがモノじゃからな」 「―――何人です」 お、イルカさん、ジイ様相手に引かない。かっこいいぞ。 「………4、5人じゃな」 はあ、とイルカさんは息をついた。 「これ、そうアカラサマなため息をつくな。…わしだってな、休養日のお前を引っ張り出すに忍びなく………」 「それはどうも。……が、あれはあらかじめ設定した手順以外で触ると逃げるように仕掛けをしておいたんですよ。…その4、5人がどんないじり方をしたかが怖いです」 イルカさんの視線の先に鎮座していたシロモノを見て、オレは思わず「ウッソ」と呟いてしまった。 ………だって、だって……アレは所謂『パソコン』というモノでは……… あのさ、忍者が国家の軍事力なんでしょ? 軍隊代わりに忍者の里があるんだよねえ? この世界。妖怪とか平気でいるわけでしょ? そういう世界に何でパソコンがあるんだよ! ………いや、テレビがあったんだから、パソコンくらいあってもいいのか………? 百歩譲ってコンピュータはあるとして。 オレの世界だって、一般的にああいうサイズのものが普及しだしたのはここ二十年くらいだと思うんだけど。携帯電話だって、十年くらい前はあんまり無かったよな? ポケベルの世界だったような気がするぞ。いや、文明レベルこっちより進んでるかも〜、なオレの世界がそんな感じなのに、ここにパソコンが鎮座しているのがすごく違和感あるんだよ。 ああ、わからん世界だ。ニンジャ=昔のもの、というオレの既成概念がどうも認識の邪魔をする。 「…うむ、スマン。…悪いが、潜ったヤツを引き上げてくれ。休みに呼び出した分、明日代休と特別手当をやる」 イルカさんは肩を落とし、「ハイハイ」と苦笑した。 「イルカさん、オレ見てていい?」 「もちろん、構いませんよ。…貴方は敵国の忍ではありませんから。…でも、退屈じゃないですか?」 「ん、いや………ちょっと興味あるんだ。オレ、こういう機械いじりが趣味だし」 何となく『パソコン』という単語は避けてみる。もしかして『電脳箱』とかいう名称かもしれねーし。 「ああ、なるほど。…では、そこの椅子をどうぞ」 ガタゴトと木製の椅子を引っ張ってきて、イルカさんの斜め後方に陣取ったオレの肩を、ポンと誰かが叩く。 「お前さんもスマンのう。…どれ、ジジイが茶をいれてやるからの」 うわ、ジイ様に挨拶すんの忘れてたっ! オレは慌てて立ち上がって頭を下げた。 「あ、いや、そんなっ…オ、オレこそちゃんとご挨拶もしなくて……勝手にこんな所まで入ってきちゃって………」 「いやいや、ダメならイルカが止めておる。気にするな」 イルカさんは、パソコンを操作しながら小さく笑いを漏らした。 「火影様。…俺も頂けるんですか? お茶」 「うむ、仕方ないのう。いつもコキ使っておる詫びに、とっておきの玉露と最中を出してやろう」 「恐縮です。…では、頑張りましょうかね」 何だか、イルカさんと火影様って、仲のいいお爺ちゃんと孫みたいだな。 ブン、と軽い音がしてモニターが明るくなった。起動したんだ。あ、さすがに『窓』でも『りんご』でもねえや。見慣れないデスクトップだ。 しばらくモニターを睨んでいたイルカさんは、「うぅっ」と唸る。ああ、きっと思っていた以上に厄介なことになってるんだな。 「………防壁を作ったのも罠を仕掛けたのも俺だけど……なんか、勝手に逃げてどんどん奥深くまで潜っていったみたいだなあ。仕方ない、地道に捜すか」 「防壁かけたのってファイル? 検索機能無いの? いや、そんな事で見つかるなら苦労はないか」 検索かけて見つかる『ブツ』なら、イルカさんが呼び出されるわけがない。 「いっそ、チャクラで鍵をかけておけば良かったんですが。それでは俺以外の人間がこれそのものに触れなくなってしまうし。…まあ、何とかなるでしょう。自爆するような仕掛けはしていませんから」 それってデータが消滅するって意味? それとも、物理的にマシンが爆発…? 何だか後者の可能性が強いみたいな気がしてコワイ。 恐れ多くも里のトップ様がいれて下さったお茶を手に、オレは見慣れないモニターを観察し始めた。 |
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