オレがカカシ君のフリをしてナルトを誤魔化したまま帰す、というのがもう無理のようなので、オレ達は仕方なく『真実』をナルトに打ち明けた。
ナルトは首を傾げながら、でも一生懸命に事態を把握しようと、脳みそフル回転させているようだ。可愛いね。
「ええと………じゃあ、今オレ達が住んでいる世界じゃない、別の世界がいーっぱいあって、そこにはオレ達と似たような人達がそれそれ暮らしてるってコト? ………で、普通ならそこの人がコッチの世界に来たりとか、行っちゃったりとかないはずなのに、ないはずのコトが起こっちゃった………?」
イルカ君は頷いてみせた。
「そう。SF的な理論だしね、普通は考えられない事なんだけど………起きてしまった。要するに、事故だな。……こちらのカカシと、向こうのカカシさんが、入れ替わっちゃったんだ」
ナルトはじーっとオレを興味深そうに見つめる。
「………そういや、よく見たらこのカカシ兄ちゃん、ちょっとフケてる………? オジサンっぽいかなぁ」
…………………………………悪かったね。オジサンで。
「こら、ナルト。失礼だろ。…こっちのカカシさんの方がウチのカカシよりも年上なのは確かだけど、まだオジサンって歳じゃないんだから」
「や、い〜のよ、イルカ君。確かに彼よりはオジサンだし?」
ナルトは頭を掻きながら、「ゴメン」と舌を出す。
「………忍者ってホント?」
「うん、本当。………もっとも、こちらの世界で認識されている忍者とは少〜し違うみたいだけど」
イルカ君は苦笑した。
「少し、じゃなくてだいぶ違いますよ、カカシさん。……こちらでもマンガや映画といった作り物の世界になら、貴方みたいな超人的な能力を持った忍者も登場するでしょうけど」
それを聞いたナルトは眼をキラキラと輝かせる。
「超人的って? 何が出来んの? 忍術で?」
オレも苦笑してしまった。この顔。なんてソックリなんだろうね、オレの世界のあの子と。
「………そりゃあ、色々と。自慢になっちゃうけどね、オレはこれでも上忍だし。…ちょっと見せようか。危なくないヤツを。…話が嘘じゃないって証明にもなるだろうしね」
「やった! 見せて見せてっ」
「じゃ、初歩ね。………分身の術」
オレはササッと印を結んだ。
いきなりザアァッと現れた複数の『オレ』に、ナルトはたまげてひっくり返りかける。
「……すげ…っ…ナントカイリュージョンよりスゲ〜…」
ナントカイリュージョンって何だ? ま、一応ウケたらしいけど。
「ど〜も。じゃ、次も初歩ね」
分身の術を解き、もう一度印を結ぶ。
「…変化!」
ぼぅん、と音を立ててオレは『サクラ』になってやった。それを見たナルトは仰け反る。
「げえぇっ! サクラちゃんっ??」
「おや、やっぱり。…こっちにもいるんだねえ、サクラが」
「………何で…何で、サクラちゃん知ってんだってばよ!」
「サクラはねえ、オレの部下だもの。優秀な成績で忍術アカデミーを出て、オレの班に配属になった。……ちなみに、ナルトもオレの部下だよ。だから、顔を知っていた」
「………ソッチの世界のオレ…? そいつも、忍者なの?」
眼を真ん丸にしているナルトに、オレはニッコリと笑いかけてやる。サクラの姿のままで。果たしてナルトは真っ赤になった。
「…そ。下忍っていって、まだ新米の駆け出し忍者だけど」
ナルトは「うぅ〜っ」と唸り、自分の頭をかきむしる。
「チックショー、ど〜してオレ、ソッチの世界に生まれなかったのかなあっ! そんなスッゲー忍術とか使える忍者だったらオレもなりたかったってばよ〜」
「………何で?」
「だって、カッコイイじゃん」
オレは変化を解いて、首を振る。
「カッコイイ、か。………でも、痛い思いもいっぱいするよ? 戦った相手が自分より強ければ、死んじゃうかもしれないしねえ………」
眼の前にいるオレが、数えきれないほど人を殺してきた男だと知ったら、この子供はどう思うだろう。そんな事を告げて脅かす気はないけれど。
「………でも、ソッチのオレは忍者なんだろ? ソイツはどうして忍者になろうと思ったんだ? やっぱ、カッコイイからじゃないのか?」
オレはちょっと首を傾げた。あのナルトにとって、忍者以外の道があっただろうか。
「…それもあったかもね。でも、それより何より、アイツは自分自身を皆に認めて欲しかったんだろう。…里でそれを望むなら、一人前の忍者になるのが一番だから。…だから、忍になることを選んだんだと…思うよ」
ナルトの表情がフッと沈む。数秒、考え込むように俯いてから上げたその顔には、大人びた微笑が浮かんでいた。
「………それ、何となくだけど、わかる気がするってばよ。だからだろ? スゲー忍術が使える立派な忍者になれば、みんながスゲーって言って、認めてくれるから」
今の両親が養父母だというなら、おそらくはこの子も本当の親とは縁が薄かったのだろう。今まで、辛い思いもしてきたのかもしれない。
「………そーだな。………お前も、ナルトなんだもんな」
ナルトはニヘッと笑った。
◆
…………スンゲ〜居心地の悪さ。
オレは今、『顔を知ってはいるけど、知らない人達』に囲まれて、酒の肴にされている。
この居酒屋は席ごとに仕切りがあって、小部屋風になっているから他人の眼を気にすることが無い―――とはいえ、こんな格好のまま外で飲食だなんて、心臓に良くない。
『紅センセイ』はすり寄ってくるしっ(涙)!
「ホホホ、んま〜あ、そういう事情! ホントにあるのねえ、そんな奇妙奇天烈なコト! まあ、災難だったわねえ、若くて可愛いカカシ君。…で、何? 私もいるの? アンタの世界に」
若くて可愛いって………若いはともかく、可愛い?
「………いますよ。今は近所じゃないけど。イルカの従姉だから、オレも姉ちゃんって呼んでました」
へえ、と忍者の格好をしたヒゲクマが笑う。
「そっちじゃイルカと紅が親戚なのか。…面白えなあ」
「………貴方の顔も知っています。…猿飛先生は、イルカが大怪我して入院した時の担当医……つまり、外科のお医者さんです」
「…へー、俺が医者ね。似合わんコトしてるな、そいつも」
そうでもないでしょ、とイルカさんは微笑った。
「俺が医者っていうよりも自然な気がしますよ」
「そうかなあ。オレ、イルカさんがお医者さんだったらすごく安心して任せられそうな気がするけど」
オレは思わずポソッと呟いていた。
この世界でも『アスマ先生』と呼ばれているヒゲ男は、揚げ出し豆腐を突っつきながらオレを見る。
「そういや、お前さんの世界にもイルカっているんだろ? 何やってんだ? やっぱ教師か」
「……オレと同じで、アイツもまだ大学生だから。…でも、教師志望だって聞いています」
「大学生?」
紅ねーちゃんソックリの姐御が興味を示す。
「それって、まだ教えられている側って意味? その歳で」
「…そうです。え〜と、オレの世界は…と言うか、オレが住んでいる国の教育制度では、まず、七歳になる年に小学校へ入って六年。それから中学校へ進んで三年。ここまでが義務教育って言って、国民は皆そこで必要最低限の教育を受けられます。それから希望する者は高等学校へ進んで三年。そして最終が大学で、これは専攻するものにもよりますが、普通は四年で卒業。スムーズにいっても、十六年はかかるんですよ。…オレはまだ大学、二年目だから…」
紅サンは素早く計算した。
「………二十歳でまだ生徒ってワケなのね。ま〜大変」
―――いや、十九なんだけど。ま、いいや、別に。
「………今のは基本的な例です。中学の先は専門学校があったり、大学も二年の短期大学があったりで、皆が皆同じコースを辿るわけじゃないです。中卒ですぐ働くって人もいるし、大学から更に上の機関に移って学問や研究の道に進む人もいますから、人それぞれです」
………はあ、疲れた。今の説明でわかったかなあ。
アスマせんせは、タバコをくわえた。
「……十六年も勉強かよ。すげえな。…そんなに勉強するんなら、皆さぞかし賢いんだろーな、お前さんの世界じゃ」
―――いや、そ〜でもナイと………う〜ん、改めて学生でいる期間を年数で言われると、キツイな。本当にそれだけ勉強してきたのに、その内容がどれだけ自分の実になっているかは疑問ってトコが。
「………学校行けば皆が皆、賢くなるってわけでも……」
下を向いてボソボソ呟いたオレに、イルカさんは苦笑した。
「そうですよ。この世界だってアカデミーを出た全員が上忍になれるわけじゃないですからね。それと同じでは?」
「それもそうだな。…どこの世界にだって、天才もいれば落ちこぼれもいるってか?」
ハッハッハ、と豪快にヒゲは笑う。
「………カカシは、天才の部類だったわ。………貴方はどうなのかしら? カカシ君」
朱唇に問われて、オレは首を振った。
「オレは、普通ですよ。天才とは程遠い。……別に落ちこぼれてもいないけど………」
ホホホホ、と彼女はおかしそうに笑った。
「カカシだって、自分を天才だとは言わないでしょうよ。周囲がそう言うだけ。………ごめんね、意地悪な事を訊いたわ。…はい、このつくね美味しいわよ。…貴方、まだ若いんだから! だったらいっぱい食べなきゃ! 細いカカシより更に細い腕でどーすんの!」
………あ、今のはグッサリ来た。
ど〜せオレは、ナマっちろい運動不足の大学生ですよ。
だから忍者と一緒にすんなってーの。
「………カカシ君、気にしないで。貴方はまだ、身長が止まっていないでしょう。前に会った時より、少し伸びている。いわば、成長期がまだ終わっていないんです。体格はこれからも変化するはずですよ」
ちょっとムッとしたオレに気づいたイルカさんは、ただオレを慰めようとしてくれたんだろうけど………え〜? オレ、身長伸びてる? マジ?
「最近、背なんか測ってないけど………伸びた? オレ」
はい、とイルカさんは微笑んだ。
「前より視線が上がっています。思春期のように急激に伸びないから、自覚されていないだけですよ。もしかしたら、カカシ先生と同じくらいになるんじゃないですか?」
おおっ! したら、オレもしかしたらイルカよりデカくなれる? 今はアイツの方がでかいもんな。
「そっか〜、ウチには体重計しかないから気づかなかった。ありがと、イルカさん」
何だかな〜、簡単に慰められちゃったよ。我ながらオレって単純。
アスマ先生は、オレの方にから揚げの皿をさりげなく押して寄越しながら、身を乗り出してきた。
「……ところで話は違うが、アンタはその、大学とやらで何を勉強してんだ?」
「あ…専攻は、法科です。…え〜と、つまり司法…法律の勉強ですね」
ま、と紅サンは眼を見開いた。
「な〜んか、難しそうなコトやってるのねえ………」
「そら、やっぱカカシだからな。…アレだって、戦闘能力だけの野郎じゃない。アタマ、いいぜ? アホだけど」
―――あの………アタマいいけどアホって何ですか。それって、オレもアホって事ですか。
「まあ………そういう言い方も出来ますか………」
ああっ…イルカさんまでッ…アンタ、恋人でしょ?
「アホは言い過ぎですが、突飛なことはなさる方ですねえ……時々、思考回路が不明です。説明段階すっ飛ばすから」
あ、そういうコト………頭良すぎて周囲を置いていくタイプね、お兄さん。
「でも、カカシったらヒマさえありゃ例のエロ本ばっかり読んでるじゃない。…あんまりインテリに見えないわよ」
それを聞いたアスマ先生は笑った。
「ほ、そりゃあそうだろうな。………お前まで騙せてんなら、他のヤツらが気づくはずもねえってわけだ。……お前さんは知ってるのか? 先生」
イルカさんは少しだけ苦笑を浮かべた。
「………ただのエロ本じゃないってことは」
「ナニナニ? 何かあるの? あの本」
紅サンは俄然興味を示す。
「あれを書いているのは、誰だ? ソレを考えりゃ、わかるだろ」
アッと紅サンは声を上げた。
「―――自来也様………」
エロ本の著者が『ジライヤ』。
………お隣に引っ越してきたエロ作家と同じ名前だけど、もうオレは驚かないぞ。『様』ってつくのがちょっと気になるけど。
「そう、自来也様だ。………他の人間が読めば、ただのエロ本。…あれに含まれている情報は、孫弟子であるカカシにしか読み取れねえ。…三代目だって、たぶん全部は読み取っていねえはずだ」
は? 孫弟子だって? へ〜、関係は全然違うね。オレんとこと。…って事は、こっちのジライヤ先生って忍者…なんだろうな、やっぱ。まあ『ジライヤ』ってくらいだから、当たり前っちゃ当たり前な気もするけど。大蝦蟇に乗ってたりすんのかな〜、古い忍者映画みたいに。ハハハ。
お隣の自来也先生は、奥さんが『ツナデ』さんなんで、それに引っ掛けて洒落でつけたペンネームらしいけど。…本名は知らないなあ、そう言えば。もう本人も忘れてるっぽいし。
「………くやしい。…そんな仕組みだったなんて」
爪を噛む美女に、イルカさんはお酒をついであげた。
「でもまあ、仕組みがどうあれ、他人から見たらエロ本でしかないモノを、人前で堂々と広げていられる感性はやはりどこかズレているような気がしなくもないです」
あ、お兄さんったら恋人にスッパリ斬られました。
アスマ先生は、ニヤニヤしてオレを見る。
「……だってよ。お前さんも、エロ本読む時は注意しろよ?」
「オレは、そういうモンはちゃんと自宅で読みます。人前ではちょっと………やっぱり世間体を考えますデス」
「………正直な子ねえ………そういう物は読まない、とは言わないあたり」
いけね。…そっか、そういうかわし方もあったか。………オレってやっぱアホかも。う、何か顔が熱い。赤くなっちゃったかな。
アスマ先生は焼き鳥の串を軽く振った。
「おいおい、紅。二十歳やそこらの若い男がエロに興味なくてどーすんだって。そんなのはどこの世界だって一緒だろうよ。………や、エロ本はどーでもいいんだよ。脱線しちまった。俺はな、このカカシそっくりな兄ちゃんが、何を勉強していて、それから何の職業に就く気なのか、そいつに興味があっただけなのによ。だって、忍者はいないんだろう? その世界には」
「……少なくとも、今現在は、貴方達みたいな忍者はいません。戦国時代の忍者の末裔なら、いるみたい…ですけど。そんな、全くの別人や犬にバケたりとか…なんて魔法みたいな真似、不可能だし」
「…変化の術が不可能か。…じゃあ、どんな事するんだ? その忍者の末裔は」
オレは首を傾げた。
「…テレビで見た事あるけど…手裏剣投げたりとか…壁登りしたり、古式泳法とかで泳いだりとか………? すんません、あんまり覚えてないです。とにかくその…チャクラ練ってどーとかって忍術は使って無かったですよ」
そんなん出来たら、超能力者だよ。スーパーマンだよ。万国ビックリショーどころじゃねーって。
「なるほど、忍術の定義が違うようだな。わかった。…で、お前さんはどういう仕事をする気なんだ?」
「………実は、オレはイルカほどハッキリ決めてなくて。司法関係の職に就くか、全然違う企業に入るか。……IT関連にも興味あるし」
「あいてぃ?」
………忍者が常識的にいる世界に、コンピュータはねえだろうなあ、やっぱ。
「えっと、つまり……情報技術というか産業っていうか…」
どう説明したらいいのかわかんねーよ。
「情報を扱う専門職か?」
「情報は大事よ。…忍の世界でも、それ抜きには行動出来ないわ。それの専門職だなんて、やっぱりアンタもカカシねえ」
………えーと? ……微妙に捉え方が違うよ〜な気もするけど…まあ、いいか〜。
「そんな…感じ…かも、デス………」
言葉が通じているようで通じていない会話に疲れて、オレは思わず居酒屋のテーブルに突っ伏してしまった。「あらあら、弱いわねえ。あれっぽっちのお酒で。かーわいい」とか言う声が降ってきたが、オレは起き上がる気になれなかった。もーいい。しばらく寝る。も〜、疲れました。
そっと労わるように背中を撫でてくれているのは、イルカさんだな。
ああ、気持ちいい。
イルカの手と同じ。
―――涙が出るくらい、優しい手だ。
オレのものじゃ、ないけれど。
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