黄昏の異邦人-7

*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。

 

朝の街は、まだ店もしまっていて昨日とは印象が違う。
道で見かけるのは、忍者が多かった。………忍者の皆さんって、早起きなのかな。
「ねえ、イルカさん………」
「はい?」
「気の所為か、時々人に見られてるよ〜な感じがするんだけど………やっぱりオレ、どこか変なんじゃない?」
イルカさんは苦笑した。
「人に見られる事があるのは、仕方ないと諦めてください。……写輪眼のカカシは里の内外で有名人です。…彼に憧れている若い忍者は多い。見かければ、『わあ、カカシ上忍だ』と喜ぶ。………でもその手合いは、遠くから見ているだけですから、話しかけてくる心配はまずありません」
「……なるほどぉ…やっぱ、お兄さんってスゴイ忍者なんだあ………」
その有名人の恋人やってるイルカさんもスゴイよね。
「あ」
「何?」
オレはコッソリと声を落とした。
「……イルカさんとお兄さんの関係って、オープンなの?」
「………世間では、仲のいい友人、程度の認識が大多数かと。…ごく少数の方は、関係を知っていますが。…物好きな奴らだ、と笑いながら容認してくれているって感じでしょうか。……同性でそういう関係になること自体は、忍の世界では珍しくないので。………戦場で非日常の興奮状態にあると、たぎる血を鎮めるのに手っ取り早いのは性欲の発散です。でも、周り中野郎だらけ。………もう、わかるでしょう?」
オレは頷いた。そういうのも本で読んだことがある。
閉鎖的な軍隊でありがちなホモセクシュアル……だよな。
「………わかるけど。でも………イルカさんとお兄さんはそういう感じに見えない」
戦場の興奮状態で、手近なトコで済ませちゃいました〜的な風には見えないんだよ。お兄さんって、すっごく純粋にイルカさんのこと大事に想っているみたいだったし。
イルカさんは微かに頷いた。
「ええ。…俺達は同じ戦場に出たことがない。ごく普通に知り合って、友達になって、そして、一線を越えた。…それだけです。…でも、里ではそういう気風があるので、抵抗が少なかったのも事実で」
ええと、ええと、ええと。
「………ご、ごめんなさい。なんか、プライバシーの侵害みたいなコト訊いちゃって。………よーするに、外ではいいお友達って風にすればいいんだよね? あ、でもオレは黙ってイルカさんにくっついてりゃいいのか」
「そうですね。…それと、色々訊くのは別に構いませんよ。貴方にしたらカカシ先生と俺の事は全くの他人事じゃないだろうし、興味を抱いて当然ですし。…答えたくない質問なら、そう言います」
それと、とイルカさんは続けた。
「………話は違いますが、さっき写輪眼のカカシは里外でも有名だと言ったでしょう。…それは、里内での意味合いとは正反対ですから。要するに、ビンゴブック…要注意危険人物として、他里の手配帳に載っている忍という意味です。彼の首は高いですよ」
オレはヒクッと息を呑んだ。
「この里の中にいる限り、滅多な事はありませんが。一応そういう事も頭の隅に入れておいてください」
「わ、わかり…ました………」
うう、脅かさないでよ〜。オレ、一般人なんだからぁ。
だからヤだったんだよぅ。お兄さんの格好で歩くなんて。
内心シクシクと泣きながら歩いていると、思わず「ギャース」と悲鳴をあげたくなるような顔にぶち当たってしまった。
くくくっ紅ねーちゃんっ! そうかっ! こっちにもいるんだあ、紅お姉さまは! すげえ、コッチのくノ一ってこんな格好なんだあっ! 色っぽいな〜……けどコワイ。…やっぱ化粧濃いし。
「おはようございます、紅先生」
イルカさんの挨拶に、オレはちょっと首を傾げた。
あれ? こっちじゃ紅姉ちゃんは、イルカさんの従姉じゃないのかな?
「あらおはよう、イルカ先生。………カカシはどうしたのよ。何イルカちゃんの陰に隠れてんの? アンタ、まさかあたしのキープボトル勝手に飲んだとか、そういう疚しいコトしたんじゃないでしょうね」
オレは黙ってイルカさんの陰でプルプルと首を振った。
「………すみませんが、紅先生。…カカシ先生は今、ちょっと具合が悪いんですよ。少し厄介な状態になっていましてね。…今から、三代目に相談に行くところなんです」
嘘は一個もついていないあたりがイルカさんらしいなあ。
『カカシ先生』が厄介な状態になっていて具合が(とゆーか都合が)悪いのは確かだし。
紅ねえ…センセイは、眉根をちょっと寄せてオレを見た。
「ん? ………そ〜いや、ちょっと変ね」
「…事情は後で説明しますから。…失礼します」
「わかったわ。…アンタもいつも大変ね、イルカせんせ」
イルカさんは黙って微苦笑を返す。
そーか、いつも大変なのか………そりゃ、大変だ。


三代目っていうのは、小柄だけど威厳のあるジイ様だった。なんか、いかにも『長』ってカンジの。
今までの経験から、もしかして知っている顔かもと思ったけど、このジイ様に似た顔は知らないなあ………ひょっとすると、ウチの大学の理事長とかこんなだったりしてな。
今回の『事件』のあらましをイルカさんが報告すると、ジイ様は少し沈黙した後、オレに視線を向けた。
「………顔を、お見せ」
イルカさんを伺うと、彼は黙って頷いた。ジイ様の言う通りにしろってことか。
オレは額当てを外して、口元を覆っていた布を下げる。
ジイ様はオレの顔をじっと見つめ、それからニコリと顔を綻ばせた。
「……本当に、カカシによう似ておるの。あれがまだ暗部にいた頃の顔に近い。…目つきはカカシの方が悪かったがのう。………お前さんも、顔に傷を負ってしまったのか。綺麗な顔をしておるのに、惨いことじゃ。……イルカ」
「はい」
「………カカシ上忍が、ここにいるカカシ君と入れ替わりに別の世界に飛ばされたというのは確かなことか」
「…九割九分、カカシ上忍は、ここにいる彼の世界に飛ばされたと思われます。…この神隠し現象に関しては、確かな裏づけも無ければ、法則もあやふやなものですが。…前の時、カカシ上忍と私は『揺り返し』で戻って来られました。今回もまた、世界を元通りにしようとする力が働くと………私は信じております」
ふむ、とジイ様はあごひげを指で撫でる。
「………神隠し、か。…前にお前達の報告を聞いた時は、眉唾ものと…思わぬでもなかったのだが、こうして実例を目の当たりにしたのでは信じぬわけにもいかんな。………よし、わかった。…『揺り返し』とやらが来るまで、カカシは病気療養ということにしておこう。あれへの指名依頼は全部断るようにしておく。…七班はアスマにでも預けておけ」
………今、アスマって言った? まさか、あのアスマ先生? やっぱこっちにもいるの? あのヒゲクマ。
「そのように手配致します」
「この子の面倒は、お前が見ておあげ、イルカ。その間、受付の業務はいいから。…アカデミーは休まれるとマズイがな。……なるべく、この子の傍にいてやりなさい」
「はい、三代目」
うわあ、良かった。
ここで一番エライ人が、イルカさんにオレと一緒にいろって言ってくれたよ。彼と引き離されないという保証が得られて、オレは凄く安堵した。
だって、オレが思ってた以上に、お兄さんはこの里で重要人物だってわかってきちゃって―――その彼にソックリなオレはどうなっちゃうんだろう。もしかすると、どこかに閉じ込められて監視されて………とかもあるんじゃないかって、ビクついてたんだよね、実は。
ジイ様は改めてオレの方を向いて、微笑みかけてくれた。
「お前さんもな、難儀な事に巻き込まれて不安じゃろうが、気を確かにな。…なに、住めば都というじゃろう。もし戻れなくても、悪いようにはせん。心配するな」
 縁起でもないコト言うなよ、じっちゃん〜とか思いながら、そこでオレは初めて声を出した。
「………ありがとう、ございます。……不安は不安だけど…きっと戻れるって、イルカさんも言ってくれるから……だから、頑張ります」
「ほう、声もカカシに似ておるのだな。でもお前さんの方がスレてなくて可愛いのう」
………スレてて可愛くないってのは今まで散々言われてきたんだけど………逆のこと言われたの初めてだよ。………お兄さんって…いったい………
ジイ様はちょいちょい、とイルカさんを手招く。
「イルカイルカ、ちょっとおいで。…小遣いをやるからな、この子に木ノ葉の名物料理でも食べさせておやり」
イルカさんは苦笑して、ジイ様に頭を下げた。
「お心遣い痛み入ります。…遠慮なく頂戴致しましょう。…彼がいずれ元の世界に戻った時に、ああ酷い世界に飛ばされた、などと思われないようにしたいですからね」
オレは何と言ったらいいのかわからなかったので、黙ってイルカさんの後ろでぺこんとお辞儀をしておいた。
そしたら、その仕草が可愛いとまたジイ様に大ウケしてしまったよ………なんでだ?



ピンポン、と玄関の呼び鈴が鳴った。
イルカ君は今、学校に行っていていない。
居留守しちゃった方が面倒なくていいかな〜、いや、オレでも済む事なら対処しようか、と一応玄関まで行って、覗き穴から外を見てみた。
………見慣れた黄色いアタマがそこにいた。この髪のハネ具合といい、落ち着きの無さといい、オレの部下にソックリ。これなら何とか対処出来そうだと踏んで、オレは扉を開けた。
「ちわぁっ! カカシ兄ちゃん! ゴメンなー、電話してから来ようと思ったんだけどさ、ケータイ落として壊しちゃって、今修理中でさ〜。なあ、イルカ兄ちゃんいる?」
―――こっちの世界でもけたたましいヤツだな、お前は。
「……お前、ナルト?」
子供はキョトンとオレを見上げる。
「そーに決まってんじゃん。ナニ言ってんだってばよ、カカシにぃ…………」
でっかい眼が更に見開かれた。顔から目玉がこぼれるぞ、お前。
「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃんっ! その眼、どうしちゃったんだよ、真っ赤っかだぞ! びょーいん行ったのか? びょーいん! 痛くないのかよ? 大丈夫?」
ああ、そうだった。写輪眼晒したままだな。家の中だから、油断した。
「………ヘーキ。痛くないから。眼帯かけとくの忘れちゃってさ。ごめんな、気持ち悪いもん見せて」
念の為、とイルカ君が用意してくれていた眼帯をポケットから引っ張り出して掛ける。
「……ホントにホントに大丈夫なん? カカシ兄ちゃん」
こっちのナルトもいい子だねえ。すっごく心配そうなマジ顔でオレの顔を覗き込んでくる。
「ホントにホントに大丈夫だよ〜。何? イルカに用?」
さっさと用件を聞いて、急ぎでなかったらお帰り願おう。
「うん。数学と英語、宿題見てもらおうと思って」
―――スーガクとエイゴ……宿題って事は、こっちの学校の教科だな、きっと。そういう事なら、オレには対処出来ない。
「そっか。…悪いな、イルカはまだ帰っていないんだよ。またにしてくれない?」
愛想よくじゃあね、と手を振ったオレの腰に、あろうことかナルトはがばあ、と抱き着いてきた。
「カカシ兄ちゃんっまたじゃダメなんだってばようっ! 宿題明日提出だし! この際カカシ兄ちゃんでもいいからさ、教えてくれってば! 教え方がフシンセツだとか、もう絶対文句言わねえからさあっ」
………何となく、読めた。
こいつ、カカシ君にも勉強見てもらったんだな? でもカカシ君の教え方についていけなかったんだ。で、文句言って……彼に「文句言うならもう教えない」とでも言われたんだろう。ハハハ。目に見えるようだね。
まー、オレにわかるものなら教えてやってもいいが、こちらの世界のお勉強ってのが……特に、このナルト程度の年齢で学んでいるものが何なのか、オレにはさっぱりわからんものなあ。
「………つーか、宿題なら自分でやれっての」
「カカシにーちゃんはいっつもそう言うけどさぁ、オレだって自分で一応やってみてるんだってばよ。………でもわかんないから教えてって言ってんじゃん」
ほう、やっぱり『オレ』だね。言う事は同じか。
「父ちゃんがいたら教えてくれるんだけど、父ちゃんは今日、出張で帰ってこないんだって。…母ちゃんは数学も英語も苦手だって言うしさー」
―――え………?
『父ちゃん』に『母ちゃん』?? こいつ、両親いるのか? ………あ、いや、こっちのイルカ君の父上はご存命らしいから、家族構成や生い立ちが違っていてもおかしくないのか。………そうか、ちゃんと両親いるのか…ナルト。良かったなあ。
「お前がスーガクとエイゴが苦手なのをお母さんの所為にすんなよ。んなもんまで遺伝するかっての」
オレは当たり障りの無い会話をしたつもりだった。
が、何故かナルトがひどく驚いた顔をしたかと思うと、オレからパッと離れて、後退りをした。
「………カカシ兄ちゃん、何言ってんだってばよ………」
―――しまった。何かドジったらしいぞ、オレ。
「…オレ、バカだけどイデンが何かくらい知ってる。……兄ちゃん、ヘンだ。……オレが養子だって知っているのに…オレと母ちゃん、血の繋がりなんか無いって知ってるはずなのに………」
あ………そーゆー事。そっかー、両親って養父母だったんだ。あ〜、上忍ともあろうもんが、とんだポカだね。
さあて、どう誤魔化すかな〜と考えていると、ナルトは「ああっ!」とデカイ声を出して、ビシイッとオレの顔に指を突きつける。人を指差すな。失礼だろ。
「―――わかったぞ! お前、カカシ兄ちゃんのニセモノだな! そうか、だから眼が赤かったんだ! 宇宙人かなんかだろっ!」
………ええと。また意味不明な単語が。ウチュウジンって何よ。困ったね。
「え〜と、取りあえず落ち着け、ナルト」
ナルトはオレの言うことなんか聞いちゃいねー。
「そういや、今日は始めっからナンか変だった! オレのこと、名前呼んで確かめたり! うおおお、オレのバカッ何でソコで気づかねえかなっ!」
「………いや、よくそこに気づきました。エライエライ」
オレはパショパショ、と拍手をしてやる。
「…ってコトはアレかっ! やっぱ宇宙人なのかお前っ! あ、イルカ兄ちゃんと本物のカカシ兄ちゃんどーしたんだよ! 食っちゃったのか? 食っちゃったのかあぁぁあっ?」
「………ウチュウジンって、人間食うのか?」
仕方ない。わからない事は訊く。知ってそうな人に素直に訊く。亡き先生の教えだ。ムダに知ったかぶったり、見栄を張ると後で痛い目を見るから、知る機会を逃すなと。
ナルトが何か言おうと大口開けた時、玄関の戸がガチャンと開いた。
「カカシさん、遅くなりました………って、あれ、ナルト」
ナルトはポカンと大きな口を開けたまま、帰ってきたイルカ君を見上げた。
「………イルカにーちゃんだ………良かったあ。……う、宇宙人に食われてなかった………」
「はあ?」
イルカ君の声が思いっきり裏返る。
「……何言ってんだかよくわからんが、お前もタコ焼き食うか?」
彼がぶら下げているビニール袋からは、ソースのいい匂いが漂っていた。
 



 

 

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