黄昏の異邦人-6
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
その夜、オレは夢を見た。 『これは夢だ』と自分で何となくわかる夢。 オレの元の世界と、木ノ葉な感じがゴッチャでさ、変な街のオープンカフェみたいな所で、オレは一人で珈琲かなんか飲んでいるわけよ。 そこに、「お待たせ」って、お兄さんが現れる。 オレが「遅いよー」って文句たれると、お兄さんは微笑って、「しゃぶしゃぶおごるから、怒るなよ」だって。 ………何故カフェでしゃぶしゃぶ? ああ、でも夢の中でお兄さんと会話したのって初めてだなあ。この世界を夢で見る時って、彼の視点でって事が多かったから。もしくは、完全な傍観者だったりね。 それで、お兄さんとオレはカフェで他愛もない話をしながら、しゃぶしゃぶ(何故か途中でカニ鍋になっていたけど、そこはそれ、夢だから)を食った。夢ではモノが食えないってのは嘘だな。 お兄さんは、カニの足と格闘しながら笑う。 「…元気そうだね、カカシ君。安心したよ。……いきなり違う世界に飛ばされて、ショック受けてるんじゃないかと心配してたんだ。…キミは初めての体験だし、一人でしょ? オレは二回目だけど、やっぱ一人ってのは心細い感じ、するからね」 オレはきゅうっと胸が締め付けられたように苦しくなった。ああ、やっぱりお兄さんも飛ばされちゃってたんだ。 オレ達、入れ替わっちゃったんだ。 「オレ……オレ、不安だよ、お兄さん。入れ替わったっきり、元に戻れなかったらどうしよう………」 お兄さんは「んー」と首を傾げた。 「そうねえ…お互い、その世界じゃ異分子だからね。いつかは揺り返しがくる………とは思うけど」 「ももも、もし、十年後とか二十年とかだったらどーすんのさっ! その揺り返し!」 「…………あー、あんまり考えたくないけど、それもアリかもねえ………前とケースが違うから、何とも言えない」 オレはしょんぼりと目の前のおでん(どーして食い物だけコロコロ変わるの、この夢)を突っついた。 「………………やっぱ、待つしかないんだ………」 「そういう事ね。あんまりぐるぐる考え込むと身体に悪いよ。キミは、気を楽にしていなさい。………そうだ。ねえ、キミ、イルカ先生んちにいる? したらさ、伝言頼めるかなあ。オレが行方不明になっている間、七班のガキどもは十班に預けておいてって。三代目への報告もお任せするからよろしく。それと、オレんちの冷蔵庫に牛肉入ってっから、傷まないうちに食っちゃってねって。…あ、キミも何かある? イルカ君へ伝言」 オレは、思いつく限りの『伝言』を並べ立てた。 必死にしゃべって―――そして、ポカリと眼が覚める。 まだ、薄暗い。夜明けくらいの時間なのだろう。 身体を起こして周囲を見回し、オレはため息をついた。 見慣れたオレ達の部屋じゃない。 彼の………イルカさんの家の、リビング。 時計の針の音が静かに聞こえる。 扉の向こうでは、彼がまだ眠っているのだろう。 「………こっちの方が夢だったら……良かったのに……」 何だか、泣きそうな気分だった。 ◆ 「でね、カカシ君から伝言ね。……ええと、まず彼のパソコンの中のね、レポートってフォルダに、昨日の日付のファイルがあるから、プリントアウトして提出しておいて欲しいんだって。それから、学校とバイト先に、適当に理由でっちあげて休みの届け出しといてくれってさ」 イルカ君の持っているバターナイフからぼた、とバターが落ちた。丁度パンの上で良かったな。 「………伝言………?」 あ、物凄く疑わしげな声。無理ないけどね。 「そう。…偶然かもしれないけど、夢の中で会えたんだ。たぶん、彼の夢とオレの夢が混線っつーか、一緒の夢を見ているんだろうなって思ったから、オレから向こうのイルカ先生に伝言頼んで、彼にもキミへの伝言があるかどうか聞いてみた。………オレが知らないはずの事を彼の伝言として受け取れれば、本当に夢でカカシ君と会えたんだっていう裏づけになると思ったんでね」 イルカ君は朝食を半分残したまま立ちあがり、足早にカカシ君の部屋に向かう。すぐにパソコンを見て確認するつもりなんだろう。だが、すぐに彼の落胆した声が聞こえる。 「………あ、ちくしょ…パスワードわかんねえ……起動しねえぞ、これじゃ」 「あ〜、ゴメン。言うの忘れてた。…パスワード、キミの名前に誕生日、だってさ」 そういう文字を入力しないと、機械が起動しないように設定してあるんだって言ってたな。 自分のじゃなくて、イルカ君の誕生日ってあたりが可愛いね。 「………あ、ホントだ………立ち上がった………」 イルカ君は、しばらく機械の画面を見ながら何やら操作していたが、やがて食卓に戻ってきた。向こうの部屋からは、ギチョギチョ、ブブブ、という変な音が聞こえる。……たぶん、プリントアウトをしているんだろう。 「………あったみたいね? そのファイルっての」 イルカ君はぎこちなく頷く。 「………はあ。……俺も知らなかったアイツのパソの起動パスワードを貴方が知っていた時点で、貴方が夢で会ったのはマジでアイツだったんだって………わかりましたけど。………不思議ですね。違う世界の貴方が此処にいるって事より、夢の中でアイツにコンタクト出来た事の方が何故か不思議に思えてしまう」 「そうねえ。………オレも、不思議よ。これからも眠る度に会えるって保証はないけれど。………彼、やっぱりイルカ先生の所にいるってさ。だから、食い物と寝床の心配はしなくていい。………少しは安心した?」 はい、とイルカ君は少しだけ微笑む。 「やっぱり、貴方とアイツは、入れ替わりのようにスリップしていたんですね。………心配は心配だけど、イルカさんの所にいるってわかっただけでも…ホッとしました。別の意味でちょっと不安ですけど。…アイツ、イルカさんにご迷惑かけなきゃいいんですが………貴方と違って、ガキだから」 「はっはっは。………いや、オレも気をつけなきゃね〜。オレも普段はイルカ先生には甘えまくっちゃっててねえ。…キミはイルカ先生じゃないってわかってても、甘えちゃいそうで、怖いな。……ま、イルカ先生とキミは違うんだって、自分に言い聞かせますよ。カカシ君にも釘刺されたしさあ。…寂しいからって、オレのイルカを誘惑したらダメだからねーって。………失礼なガキだよね」 それに、それはコッチのセリフだっつの。 あのガキ、オレのイルカ先生に色目使いやがったらタダじゃおかん。…ま、イルカ先生はあんなガキになびいたりはしないだろうけどさ。 ふふっと笑いかけると、イルカ君はほんのり赤くなった。………や、今のは色目使ったわけじゃないからね?? ◆ 「………牛肉、ですか」 「ウン、そー言ってたよ、お兄さん。…オレ、よくわかんないけど、七班ってナルト達のこと? えっと、十班に預けろって。それから、三代目って人に報告よろしくって」 イルカさんは眉間にシワを寄せて頷いた。 「……わかりました。ありがとうございます」 すげーや、この人。夢で別の人間に会って話をしてきた、なんてフツー信じねーと思うんだけど。あ、でも普通は別の世界から人間がスリップしてくるなんて、そっちの方が信じられないコトか。 「………取りあえず、ちょっとカカシ先生の部屋に行って、冷蔵庫を見てきますから。待っていてください」 「はあい」 オレは朝飯の味噌汁をすすりながら手を振った。 ウチって朝はパンの方が多いんだけど、イルカさんは和食派らしい。白いほかほかご飯に、おあげと豆腐とワカメの味噌汁に、卵焼き。ホウレン草の胡麻和えに、しらす干しに大根おろし。すげえヘルシー。 納豆は好きかと訊かれて、オレは思いっきり首を横に振った。……すみません、身体にいいのは知ってるんだけど、あのニオイは好きじゃないんです。お兄さんは平気なんだろうか、納豆。 おおお、感激。このダシ巻き卵、イルカのと同じ味だー。 感激しながら卵を食ってると、イルカさんが戻ってきた。ホントに近いんだなあ、お兄さんの部屋。 「……ありましたよ、お肉。…そういや、今度スキヤキしたいって言ってましたっけ。買っておいてくれたんだな。…じゃあ、今夜はこれでスキヤキにしましょ。せっかくのいい肉です。彼の代わりに貴方が食ってください。えっと、納豆以外に好きじゃないものあったら、言っておいてくださいね」 「ご、ごめんなさい。納豆はオレ、苦手で…後は、それ程好き嫌い、無いから。…唐辛子系の辛過ぎるモノが食えないくらいかな」 イルカさんは、持ち帰った包みを冷蔵庫にしまって微笑った。 「カレーは?」 「………多少辛くても平気」 「良かった。俺、カレーはつい辛くしちゃう方で」 「…イルカさんの作るものって、ウチのイルカの味と似ているから。気を使わないで、普段通りにしてて」 わかりました、とイルカさんは頷く。 「さて、では朝飯が済んだら出掛けましょうか」 え? 留守番じゃないの? オレ。 「………オレも一緒に?」 「ええ。三代目に引き合わせましょう。…あの御方には、現状を全てお知らせした方がいい」 三代目っていうのは、この忍者の里の代表…というか、長らしい。よーするに木ノ葉で一番エライ人だね。 「すみませんが、着替えてください。…カカシさんの服ですけど」 イルカさんがそう言って渡してくれたのは、何と彼が来ているのと同じ―――つまり、ここでの『忍者装束』だった。………えええっ………もしかして、お兄さんのフリをしろってかーっ? 無理だよ! 自信ねーって! 「はい、脱いで脱いで。アンダーは被りですから。はいズボン。脚絆は後で巻きます。サンダルで擦れやすい部位の保護の為に、足の甲の方にも。…あ、脚絆巻いたことないですか? じゃ、やってあげます。足、出して」 イルカさんは、オレが拒否の言葉を吐く前に、テキパキと『着付け』をしてしまった。 「で、口布を上げて、額当てはこう、斜めに……左眼が隠れますが、大丈夫ですか?」 「そ、それは大丈夫……オレ、左眼、殆ど見えてないから…ふさいでも不自由はないから………」 顔の傷痕で、眼も一緒に怪我したんだろうっていうのは説明しなくてもわかると思ったから、言わなかった。 イルカさんは、ちょっと辛そうな顔をして、「そうですか」とだけ言った。 「それよりさー、イルカさん。オレがお兄さんの格好なんかしちゃって、大丈夫なの? オレ、忍術のニの字もわかんないのにさ」 「……いくら俺が同行するにしても、里長火影の御前にいきなり『不審者』は連れて行けません。止められて、調べられたら厄介です。それよりも、写輪眼のカカシとして行けば、手続きも要りませんから」 ―――つまり、顔パスか。 「それと、誰かに声を掛けられても、ヘタに反応しないでください。黙っていればいいですからね。…大丈夫、俺がフォローします。……はい、手甲。…あの人は普段ずっとこれをはめていますので」 「………ハイ」 金属のプレートの所為で、その指無しグローブはずっしりと重かった。これで裏拳くらったら痛いだろーなー。………何か、このベストもやたら重いんですけど? 何仕込んであるんだろ、コレ。うへえ、肩凝りそう。 「う〜ん、貴方の方がカカシ先生より少し痩せているみたいですね。………背丈も少し足りないな………まあ、余程よく観察しないと分からない程度だから、いいか」 イルカさんの独り言のような呟きに、オレは言葉を返せなかった。自分がお兄さんより背が低いことなんか、知ってたしさ。痩せているって言うより、筋肉が足りないんだろーってことも。 ううう、忍者と一緒にすんなよ。オレ、軟弱な大学生なんだからっ。ガキの頃、ちょっと空手をかじった程度の。 「これは彼のクセなんですけど…すみませんが、歩く時には両手をポケットに入れて、やや猫背気味に………そうそう、そういう感じです。やあ、ホントにカカシ先生みたいですよ、うん」 ………忍者って………小説とかで得た知識なんだけどさ、『常に戦いの緊張にある男』っていうのは、両手…いや、利き手は常に空けておくってのが常識かと思ってました。 それが、両手ポケットに、猫背。 イルカさんは姿勢がいいから、きっとそれはお兄さんだけのクセなんだろうけど。 「じゃあ、行きましょうか。…貴方は何も心配しなくていいですよ。…この木ノ葉にいる間は、俺が貴方を守ります」 間近でオレを見つめる真摯な黒い瞳に、オレの心臓はドキンと跳ね上がった。まままっまずっ………そんな眼で、そんなセリフを吐かんでくれ〜っ………オレ、うっかりイルカさんにまで恋しちゃうよ。 オレはしどろもどろに「ヨロシクお願いシマス」しか言えなかった。 |
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