黄昏の異邦人-5
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
結局、みんなで何だかんだと話し合っても、今現在の状態以上の事なんてわかるはずもなく。 今ここにオレがいて、お兄さんが行方不明で。 可能性として、オレと入れ替わりに彼がオレの世界に飛ばされたのではないか、という推測が出来るだけという状態では、何も出来ることはなかった。 ナルト達は心配そうな顔をしながらも、イルカさんの『明日の朝まで様子を見て、カカシ先生が戻らなかったら、この一件を火影様に報告に行くから』という言葉に頷いて、帰っていった。 イルカさんが慣れた手つきでササッと作ってくれた夕飯は、何だか切なくなるほど、イルカの作るメシに味が似ていたりして。 「………イルカさん………オレ、どうなっちゃうのかなあ………」 ボソッと呟いたオレの肩に、イルカさんの暖かい掌が載せられる。 「大丈夫。………今回もきっと、『揺り返し』は来るはずです。貴方はこの世界の人じゃない。別の世界に飛ばされたカカシ先生も、その世界では異分子だ。世界は、常に元の状態になろうとするはず。……それが、理(ことわり)というものです」 はう〜……イルカさんのスマイルに癒されてしまう。 いやほら、コッチのイルカさんの方が、オレのイルカよりもちょこっと年上だから。やっぱ落ち着いてるし、何だか頼りになるって感じで安心するよね。 「この際、貴方が夢でしか見ていない木ノ葉を…忍者の隠れ里ってものを、観光気分で楽しまれたらいかがですか? 幸い、今は他の里と諍いがなく、里内は緊迫した状態ではありません。……俺が一緒なら、大抵の場所に行けますよ」 「あ…そう、だね。……そっか。待つしか出来ないんだから、その間楽しまなきゃソンかな?」 そうそう、とイルカさんは笑う。 「どうせカカシ先生も、たぶんまた貴方達の住まいにでも転がり込んで、あっちのイルカ君に世話になるのでしょうから。貴方の世話は俺が引き受けますよ。…お互い様ってものですから、どうぞご遠慮なく」 オレはぺこんと頭を下げた。 「う、うん……ありがとう。…お世話になります」 「いいえ。……前の時は随分貴方達に世話になりましたからね。その節はありがとうございました。ろくに礼も言えないまま、こちらに戻ってしまったから、気になっていたんですよ。…あの後どうなりました? 火事、すぐに収まりましたか」 ああ、そうだった。あれって、どれくらい前の事だっけ? 「ええと……火事は、割とすぐに消防車が来たから、そんなに酷いことにはならなかったよ。負傷者も出なかった。…お兄さんがさ、逃げ遅れた女の子助けてくれたから…あ、でも女の子助けたのオレって事になっちゃって……それこそ火事場のバカ力だから、二度とマンションの8階から飛び降りるようなマネは出来ないって、誤魔化すのに大変だった」 イルカさんは苦笑した。 「カカシ先生も、もう少し時間的余裕があったら…そんな目立つ真似しなかったかもしれないんですけど。貴方には災難でしたね」 「ん? いや、オレのことはいいんだ。女の子が助かって良かったし。…あ、女の子のハムスター助けてくれたのも、イルカさん達でしょ? あの子に代わってお礼を言うよ」 「ハム………ああ、あの小さな可愛いねずみですね。……カカシ先生が、伝言頼んでいた」 伝言。……そういや、一度だけしゃべったっけ、あのハム公。 「………あれ、お兄さんがやったんだ。…びっくりよ。いきなりハムスターがしゃべるんだもん」 「あれは全然人語を話さない動物なんですか?」 「う〜ん、そうだね。ってか、人の言葉を話す動物なんて、普通いないじゃない。…いいとこ、口真似する九官鳥か、インコくらいでしょ?」 イルカさんは少し驚いたような顔をしている。 「……貴方の世界には人語を操る動物はいないと?」 何? それじゃまるでコッチの動物はしゃべるみたいじゃない。 嘘だあ。昼間見かけたわんこは、わんわん吠えてたぞ。 「だって、身体の構造が人の言葉しゃべれるようには出来ていないじゃない。犬とか猫とかは」 「それ、聞いておいて良かったです」 ―――へ? 「我々忍者が、口寄せして使役する動物の中には、高い知能を有し、思考し会話をこなすものが少なからずおります。…犬がしゃべるのを聞いても、驚かないでくださいね」 ちなみに、とイルカさんは続けた。 「カカシ先生は忍犬使いです。確か、同時に八頭の忍犬を召喚して使うことが出来ます。……人によっては、動物というより妖怪という域の生物と口寄せ契約をしている場合もあります」 思わずグラ、と身体が傾いだ。 ………どこまでオレの常識と違う世界なのよ、ココ。 妖怪? ナチュラルに妖怪がいんの? オレ、絶対に一人で出歩くのよそう。 「わかった。……犬が話してても、猫が買い物してても驚かない、でいいのね?」 「全部が全部でもないですから。…口寄せに応じられても、人語は話せないコもいますしね。一般の方が飼っている犬は、たぶんしゃべりませんし」 ふうん、とオレは曖昧に相槌をうった。 「イルカさんは? 何か使うの? 動物」 「俺は今、大抵は内勤ですから。滅多にそういうものが必要な任務は入らないんですよ。…連絡用の小鳥を一羽確保してあるくらいです」 「ねえ」 「…はい?」 「オレに敬語なんて使わなくていいのに」 イルカさんは苦笑を浮かべる。 「………貴方のそのお顔相手に、それは無理です」 「お兄さんと恋人同士なのに? ずっとそんな堅苦しい話し方なの?」 「…特に苦痛に感じたことはありませんので」 「…………べ………ベッド…でも?」 プライバシーに立ち入った質問に気分を害した風も無く、イルカさんはあっさり頷いた。 「そうですね。彼も最初はゴネましたが、今はもう諦めたようです」 「……そう……なんだ」 まあ、タメ口は利けないんだろーなあ…ここの二人は。ガキの頃からつるんでいるオレ達とは違うんだもんな。………階級とか、年の差とかあって。 イルカさんは、ハタと思いついたように立ち上がって、隣の部屋へ足を向ける。 「…そうだ。ベッドといえば……ああ、しまったな。昼間のうちに気づいて、予備の布団を干しておけば良かった。………最近干してないから、湿っぽいかも」 予備の布団があるだけでもすごいとオレは思った。だって、独り住まいの男なんて、大抵は自分が寝る為の布団しか持ってないもんじゃない? 頻繁にここを訪れているだろうお兄さんは、すぐ近くに部屋を持っているみたいだし、第一ここに泊まる時に、別々に布団敷いて寝たりはしないよな? たぶん。 オレは彼の背中に声をかけた。 「あのう…いきなり来て泊めてもらうのに、贅沢言わないから、オレ」 イルカさんは振り返り、申し訳なさそうな顔で「すみません」と謝る。 いや、マジ何だっていいですから、オレ。異世界にご招待されるなんて、とんでもない状況の初日に、安全な場所で眠れるなんてだけでも本当に幸運だと思うから。 しかも、安心できる人と一緒に。 「そこのソファが確か、ベッド仕様になるはずですので……ちょっと手を貸して頂けますか?」 「あ、はいはい」 壁際にあったソファをちょっとずらし、背もたれの部分のロックを外すと、簡単にベッドに早変わりだ。 イルカさんはオレを見て微笑む。 「少し前まで、俺はもっと古くて狭い宿舎にいたんですよ。広い部屋に引っ越した後で良かった。前の所には、こんな洒落た仕掛けの椅子を置く場所も無かったですから」 あ、そういやあ、ここはオレが前に夢で見たイルカさんの部屋じゃないな。確かにあの部屋はもっと狭かった。 キスしようとしたら、足が卓袱台に引っかかって、湯呑みが倒れたのを覚えている。 「へえ。もしかして、お兄さんの近くにわざわざ引っ越してあげたの?」 「……あげた、というか。…俺がそうしたかったんですよ」 自分の寝床だ。オレはベッドの支度を手伝った。 平らに広げたソファの上に、薄い布団みたいなのを敷いてくれて。これって、ベッドの敷きパッド代わりみたいなものかな? その上からシーツをかぶせる。シーツからは、石鹸と糊の清潔な匂いがして、もうそれだけで充分な感じがした。出してくれた上掛け布団も、彼が気にするほど湿っぽくなかったし。 「何か足りないものがあったら、遠慮しないで言うんですよ? 貴方の世界ほど、ここは便利ではないと思うんですが、生活に必要な物はたぶん揃いますんで。はい、歯ブラシとタオルと、寝巻きと下着。お風呂場はあちらです。そろそろ沸く頃だから、お先にどうぞ」 「ハイ。…ありがとうゴザイマス」 ―――何つーか、もう至れり尽せりな感じです、先生。旅館でもここまで親切じゃないだろってくらい、行き届いた気遣い。歯ブラシとか下着とかきちんと新品だし。 ウチのイルカさんも、すごく気が回る方だけど、お兄さんの(たぶん、お兄さんはウチのイルカの所にいるはずだ)世話、ちゃんとここまで焼いてるかな。 お言葉に甘えて風呂(この風呂も、別に時代遅れといったカンジでもなくて、ごく普通に使えた)を借りて、貸してもらった寝巻きを着ると、何だか人心地がつくって言うか。何となく落ち着いた気がした。 オレが出た後、すぐに風呂に入ってしまったイルカさんがつけていったテレビでは、天気予報らしきものをやっている。見慣れた、日本地図に気圧配置が描かれていたり、気象衛星から観測した雲などがウゴウゴと移動している画面では無かったけど。さすがに 人工衛星はないんだろう。 画面に映っていたのは、全然知らない地図。その見慣れない地図に、ここがオレの知る世界とは違う世界なのだと、改めて思わせられた。 オレから見れば超能力か魔法としか思えない『忍術』を使う人達がいて、しゃべる犬がいる、変な世界。 「………ただの夢、だったのになあ………」 まさか、本当に来ちゃうなんて。 ―――いかん。オレの精神状態ったら、まるでジェットコースターだ。 不安になって、少し浮上したと思ったらまた暗くなって。………どうしてこーかな、オレは。いくら一人で飛ばされてきたからって、不安定過ぎるだろ。 お兄さんなら。 オレと同じ顔したあの忍者なら、たとえ独りでまるで知らない世界に飛ばされたとしても、もっとしっかりしているんだろうな。 ふう、とため息をついた時、風呂場の戸が開く音がした。その音につられて顔を向けた先には当然イルカさんが。 ―――思わず、今までの事は全部夢だったのではないかと思うくらい普段通りの光景がそこにあった。 濡れた長めの髪をタオルで拭きながら、裸足で歩いてくる『イルカ』。髪をおろすと、本当に見分けがつかないくらいソックリなんだよ。オレを見る穏やかな眼と、話し掛けてくる口調の差が無ければ、マジに錯覚するくらいに。 イルカさんは、オレを振り返って、慰めるような微笑を浮かべる。 「………今日は色々とあって、お疲れでしょう。俺の事は気にしないで、先に休んでください」 「イルカさんは?」 「…俺は、持ち帰りの仕事がありますので。小一時間程度で片付けられますから」 「………大変だね、先生って」 イルカさんは微かに首を振った。 「そうかもしれませんね。でも、みんな、大変なんですよ」 その表情が、『貴方もでしょう?』と言っていた。オレは曖昧に頷く。 「………じゃ、オレおジャマしないように静かに寝るね。おやすみなさい」 「おやすみなさい。…もし、寝付けなかったら言ってください」 「ん? 子守唄でも歌ってくれるの?」 「………そうですね。貴方がそれをお望みなら」 んー、ソレいいね。…そこまで甘えられないけどさ。 「じゃあ、寝られなかったら頼むね〜」 「はい。……では、失礼」 イルカさんは、寝室兼仕事部屋にしているらしい奥の部屋に入っていって、戸を閉めた。彼が立てる僅かな物音が時々聞こえる。 ソファベッドに腰をおろし、オレは部屋の中をぼんやりと眺めた。 オレの『イルカ』は。……今頃、心配しているだろうな。あいつ、物凄い心配性だから。 普段あんまり神頼みなんかしないんだけど、こういう時は思わず神様に祈りたくなる。 ―――どうか、お兄さんが入れ替わりにオレの世界に行っていますように。そして、イルカと一緒にいますように。 そして、そして………早く『揺り返し』が来ますように。 |
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