黄昏の異邦人-4
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
携帯電話とやらは一向に繋がらず、いつまで待ってもカカシ君は待ち合わせ場所に現れない。 こりゃ、もしかしてもしかせんでも………ヤバイ? イルカ君は、学校の友達やら、カカシ君のアルバイト先に電話をしてみている。 「………そうですか。あ、いえ、ちょっと待ち合わせに遅れているだけで……ええ、そうです。すみませんでした。きっと、うっかり携帯のバッテリーでも切らしてしまったんでしょう。……ハイ…ハイ。ありがとうございました。失礼します」 プツッと携帯電話を切り、イルカ君はフウ、と息をついた。 「…バイト先にもいません。一度、家に戻りましょう。いくらアイツでも、連絡も寄越さずに二時間も遅刻するわけないから」 「………うん」 ………きっと、イルカ君もオレと同じ事を考えているんだろうなァ。顔色がすぐれない。 確信は持てなかったが、たぶん、彼は―――オレと同じように、飛ばされてしまったんだろう。 「………ごめん」 思わず呟いたオレを、イルカ君は驚いたように見た。 「………謝らないでください。貴方の所為じゃないでしょう? ………でもやっぱり………そういう事なんでしょうか……ア、アイツ…どこかに一人で……」 「あまり、そうは思いたくないんだけど。…とにかく、もう少し様子を見よう、イルカ君。何か違う事情で、連絡が取れないだけかもしれないし」 イルカ君とオレは、彼らの住まいであるマンションに戻った。やっぱりね、前に十日以上もいた所為か、どことなく懐かしい感じ。 そして、やはりと言うか、カカシ君はいなかった。 イルカ君も「やっぱりいねえか……」と呟く。 充電忘れの携帯電話を放り出したまま、カカシ君が眠り込んでいるとか、そういうのを微かに期待したんだが。 やはり現実は甘くなかったようだ。 部屋に入ったところで、オレは変化を解いた。 イルカ君は軽く眼を見張る。 カカシ君は、オレのこの忍姿を見ているが、彼は初めてだものな。 「やっぱりヘン? この格好」 イルカ君は慌てたように首を振った。 「あ、いえ……失礼しました。うちのカカシの奴が、忍者忍者した格好じゃなかったよ〜、なんて言ってたけど………何と言うか…雰囲気が全然違ってて………ああ、別の世界の人なんだなって………改めて思っちゃって………」 「そうね〜…言ってみればコレって、武装状態だもんねえ。コッチの世界じゃ違和感あるかもね。…でも、里によって、結構服装とか装備は違うんだよ。これはウチの里、木ノ葉の標準的なスタイルかな? 中忍以上の、ね。オレは普段から口布あげているけど、これは必要ない時は下ろしているヤツの方が多い。額当ても、普通は、こう」 と、オレは額当てを押し上げる。 「オレのこの赤い眼は、ちょっと特殊なものだから。普段は隠す方が周囲の為だし、自分の為でもあるわけ」 「………なるほど。色々と……大変なんですね」 オレはハハッと笑った。 「大変、か。そういう言い方してもらえると、何だか慰められた気分だね」 イルカ君は少し狼狽する。 「あ、その…すみません、俺、よくわかってないのに……」 「何で謝るの? 別にオレ、気に障ったわけじゃないよ。…キミが大変って言ってくれたのは、オレへの思いやりだろう。……上っ面だけの相槌程度の『大変』か、相手の事を少しでも想像した上での『大変』って言葉か。区別はつくよ。………ありがとう」 うぉっ…可愛い。イルカ君、赤くなっちゃった。 「いいえ………やっぱり、本当に貴方がどれだけ大変なのかは…わかってはいないと思いますので………」 ―――はあ。『イルカ』ってやっぱりどの世界でも『イルカ』なのね。思わず愛しくなっちゃうよ。……いやいや、ダメだって。理性理性! そんなコト考えている場合じゃないでしょ。この非常事態に。 「……そりゃあ無理ないって。オレだって、コッチの世界の人達の大変さはわからんと思うよ。………所詮、人間は自分で体験した以上の事なんて、実感できやしないのさ」 イルカ君は、ちょっと微笑んだ。 「………ですね。ええと、とにかく何か腹に入れませんか? 空腹って、思考もマイナスになりそうで」 オレは黙って頷いた。そのセリフ、やっぱりイルカ先生が言いそうな事だと思いながら。 カカシ君が行方不明だっていうのに外で食うわけにはいかず、オレ達は途中で弁当屋に寄り、適当に食い物を調達してきていた。イルカ君が、きちんと三人分買っているのがどこか切ない。そのメシをご馳走になって、イルカ君がいれてくれた熱いほうじ茶を飲んだら、オレも少し気分が落ち着いたようだ。 や、オレだってね、前と条件が違い過ぎる『飛ばされ方』に動揺してんのよ。何たって、今回は独りだしねえ……… 「………ご馳走様。悪いね、また世話になっちゃって」 イルカ君は静かに首を振った。 「いいえ。貴方がいてくださって良かったです。……アイツが行方不明のこの状態で……わけも解からないまま捜し回ったり…待っているのはキツイから………ああ、すみません。貴方だってまたこんな場所に飛ばされて、お困りなのに」 「う……まあ…ね」 「カカシさん」 「ん?」 イルカ君は真面目な面持ちで問う。 「………カカシさんは、どうお考えですか? もし仮に、アイツも別の世界に飛ばされたのだとして。……平行宇宙の概念上、アイツは無数に存在しているどこか別の世界に行ってしまった可能性もありますが。…カカシさんがいた世界に入れ違いに飛ばされた、という事はないでしょうか。………だって俺は貴方の世界を夢で見たことなんか無かったけど、アイツはずっと夢で貴方達を見ていた。………何か、繋がりのようなものがあるような気がするんです」 オレは頷いてみせた。 「………もっともな意見だ。オレは、その可能性の方が高いと思っている。つまり、入れ違いになった可能性がね。………聞いてない? オレね、オレもこの世界に来る前、夢で見ていたんだ。……キミ達のこと。彼ほど頻繁に見たわけでもないし、変な夢だとしか思ってなくてね。…そうだな………難しいことはよくわからんが……深層意識レベルというか、そういうオレ達があずかり知らないところで、オレと彼は繋がっているのかもしれない」 イルカ君は途方にくれたような声で呟いた。 「………でも…何一つ、確証は無いんですよね……」 「うん。………この現象に関して、オレに言える事はひとつだけだ。『揺り返し』を待つ。それ以外、出来る事なんて無い」 そう答えながら、オレは腰嚢の上を指でたどる。 実は、それこそまるで確証はなかったが、オレには今回の件に関して、ひとつだけ心当たりがあったのだ。 「ねえ、イルカ君」 「はい」 「キミ達が待ち合わせしていた場所の近くに、三叉路ってあるかな」 イルカ君は二、三秒考えてすぐに頷く。 「はい、あります。……俺達、あの貴方が声をかけてきた本屋の前で待ち合わせしていたのですけど。その近くにあります。三叉路」 ―――やっぱり。 顔を掌で覆ってしまったオレを、心配そうにイルカ君が覗き込む。 「カカシさん。…大丈夫ですか? 気分でも………」 ウン………もう最悪かも。 「………ごめん」 「え?」 「……やっぱ、今回のコト………原因って言うか……キッカケ作ってしまったの………オレかも」 それを腰嚢に入れてしまったのは、気まぐれに近かった。 今回の任務は、いかにもDランクって仕事だ。つまり、簡単も簡単。オレの仕事といえば、ナルト達がバカをやらないか見張っているだけの退屈なものである事は、やる前から予想がつく事だったから。 だから、空き時間をだな、有効活用しようと思っただけだったんだ。オレだってね、暇さえありゃイチャパラ読んでるってわけじゃないんだよ。 オレの先生である四代目火影サマは、確かに天才だった。他者には理解し難い術を開発し、ホイホイ使っていたんだな。そのうちのひとつ、『瞬身の術』。 彼は昔、オレの上忍昇進祝いとか言いながら、実は時間を無駄にせずにオレ達と合流する(つまりは、手助けに来る)為に、瞬身の術の『目印』を施したクナイをオレに渡してくれていた。 そしてそれはちゃんと役目を果たしたワケなんだが。 一応『お祝い』としてオレがもらったモンだからね。その後も返したりなんかせず、持っていた。 ―――先生が亡くなった後も、ずっと。 持っていたら、どこかの時空から先生が来てくれるかも、なんて奇跡を心のどこかでは待ち望んでいたのかもしれない。 それはともかく。 四代目の弟子として、『他者には理解し難い術』を研究解明する為にも、このクナイは重要な手掛かりだった。何せ、残された術の記録が殆ど無かったから。 ………あったとしても、あの人の書き方じゃ、それを解読するだけで一生が終わりそうだが。悪筆の上、書いた本人にしか意味がわからない暗号だらけなんだ、あの人の巻物は。秘術を記するという点では正しいが、後世にも残らない。 別に後世に彼の術を伝え残したいワケじゃなかったけど、オレは個人的な…つまり、忍としての知識欲から、あの術を何とか『解明』したかったのだ。 だから、今回の任務の準備をしている時、ふと思いついて件(くだん)のクナイを腰嚢に入れた。どこにどういうヒントが転がっているかわからないし、暇な時間があったら、術式の研究が出来るかも、とね。術の研究ってのは、知識も大事だが、インスピレーションっていうの? 閃き、カンも重要なんだな。 案外、昼飯食った後にボーッとクナイの『目印』を眺めている時なんかに、そういう閃きが訪れるかもしれないじゃないか。 時空間忍術については、色々と文献も調べてみたし、自来也様の首根っこつかんで揺すぶって、彼が知っている事は教えてもらったから、多少の論理は理解出来た。 ただし、瞬身の術に関しては、四代目の師匠である自来也様も、全容を把握しているわけではなかった。自来也様曰く、「アレの開発した術は個性が強過ぎて、ワシにも手が出せんモノが多過ぎる」だそうだから仕方ないが。 …三忍の自来也様にそう言わせた四代目を、さすがオレの先生、と単純に尊敬出来たのは始めのうちだけだった。 今じゃ「バカヤロー」とあの世に向かって罵りたい気分だ。(八つ当たりだが) 何でもう少しマトモな資料を遺してくださらなかったんですか先生っ! オレだって伊達に六つで中忍、十二で上忍になったワケじゃない。昔は神童って言われたもんですよ。『二十歳過ぎればタダの人』と嘲られない為に、オレがどれだけ苦労したか。(苦労をしている時点でもう『天才』とは呼べんってか? 放っておいてくれ) …いやその、つまり。オレは自分で言うのも何だが、忍術に対するセンスは、人一倍あると思う。でなきゃ、このご大層な『眼』をそれなりに使いこなして、『コピー忍者』だの『木ノ葉一のワザ師』だなんて二つ名を頂戴したりはしませんて。 その、忍術を会得・解明する能力に関しては結構自信があったオレに、長年の敗北感を味あわせてくれているのが、四代目の『時空間忍術』なわけで。オレは何とか、理論だけでも完璧にモノにしたかったんだ。 結果、一日持ち歩いた先生のクナイは、オレに何のインスピレーションも与えてくれなかった。 任務からの帰り道、もう何百回眺めたかわからない、クナイに施された目印である術式を眺めながら、三叉路に差し掛かった時だ。(暢気にもオレは「腹減ったな〜」とか呟いていた気がする。)手にしていたクナイの形が、目の前の三叉路に似ているな、と思った。 その時、頭の中にフッと何かが浮かび上がったような、そんな気がして。オレは咄嗟にその『何か』を追いかけようとした。そして――― 気づいたら、この世界にいたのだ。
「………と、言うわけ。………オレにもわけがわからんけど、きっと偶然に色んな要素が重なったんじゃないかと………そんな気がする。………すまない」
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